このところ、膨大な量の活字を読んでいる。

新しい職場で新しい仕事を始めたからだ。

 

全く未経験の業種で働き始めたので、先ず業界のことが分からない。顧客のことも分からない。要するに、右も左も分からない。

 

しかも、就職先は地方の中小企業である。つまり、マニュアルがない。研修もない。誰も教えてくれやしない。

 

小さな会社では、社員教育にマニュアルなんぞ無くて当たり前なのだ。誰もが自分の業務で手いっぱいのため、指導の余裕もないらしい。OJTもなく、何もかもいきなりぶっつけ本番である。

会社側としては、いい年齢の大人を中途採用しているのだから、

「一から教えなくたって、ある程度のことはできて当たり前だろ? こっちは即戦力として雇っているんだ!」

と、考えているのだろう。

 

まあ、そんなことだろうと覚悟はしていた。新人とはいえ新卒の女の子ではないので、懇切丁寧に教えてもらえるなんて、こっちもハナから期待してない。なので、とりあえず上司に指示された仕事を機械的にこなしつつ、取り掛かったのは読書である。

 

まず始めに、数年分の業界誌を気合いで一気読みして、昨今の業界の状況を把握した。

次に、図書館の地域資料コーナーにて勤め先の社史を探し出し、ネットに載っていない企業情報を頭に入れた。

 

それから、任された業務に役立ちそうな本を手当たり次第に借りてきて、片っ端から読み漁っている。そして役に立つと思った本は購入し、マーカーを引きながら読み返す。

これは楽しむための読書ではない。多量の情報とハウツーを短期間に詰め込むための読書なので、脳みそにめちゃくちゃ負荷がかかる。

 

そうやって寸暇を惜しんで学習しながら、新しい環境や社内ツールにも早く馴染むよう努力するのは、なかなかシンドイ。

こっちは人生の折り返し地点をとっくに過ぎているのだ。新しいことを覚えるのは、どんどん苦手になっている。

 

自分にとって心地よい環境で、慣れた仕事だけしていられたら、どんなに楽だろう。

けれど、気持ちが楽な方へ逃げようとするたびに、

「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」

と、私の中の碇シンジが耳元でささやき始める。

そうだ、シンジの言う通りだ。ここで逃げちゃダメだ。エヴァに乗るんだ、私!

 

組織も個人も、変化と挑戦から逃げたら死亡フラグが立つことを、私は商店街に勤めた2年間で思い知ったじゃないか。

 

私が勤めた商店街の歴史を紐解くと、ただひたすら変化に対する拒絶と抵抗の繰り返しだった。

昭和の時代には、周辺地域が発展して新たな有力商店街が出現することを「なんとしても阻止せねばならん!」と、大真面目に議論していた。

 

平成になって、主要駅の周辺に再開発の話が持ち上がると、「あっちが整備されて綺麗になったら、こっちの客が奪われるじゃないか!」と、計画を妨害している。

さらに「地域住民が簡単に都会へ行けるようになったら、地元の店で買い物をしなくなる。そんなことは許さない」と、鉄道や高速の整備にもゴネまくっていたのだ。

 

当然ながら、イオンの進出には血道をあげて反対運動を繰り広げた。それに加え、シネコンの建設にも反対したことで、終いには地元住民の怒りを買い、盛大に批判を浴びている。

 

当たり前である。

住民にとっては、駅周辺が再開発されて都会的な街並みになれば嬉しいし、鉄道や高速道路が整備され、他県へのアクセスが容易になるのは喜ばしいことなのだから。

イオンをはじめとした郊外の大型商業施設の方が、駐車場が無料(←大事なポイント)だし、子供の遊び場もあるし、買い物も楽しい。

話題の映画は、古ぼけた映画館より、最新の設備が整ったシネコンでポップコーンをかじりながら観たい。

 

それなのに、商店街は自分たちの利権と顧客を囲い込もうとするあまり、地域が発展し、地方の暮らしが便利で豊かになることを妨害し続けてきたのである。

消費者の利益を無視して、自分たちの都合を押し付けることにばかり躍起になってきたのだから、見放されるのは当然の結果だろう。

 

けれど、見放されてなお、商店街に残された店主たちは変わることができない。

DXやキャッシュレスを嫌がり、ECにもインバウンドにも背を向けて、二言目には、

「難しいことは分からない」

「面倒なことはやりたくない」

「新しいことは覚えられない」

「今まで通りがいい」

と言い募る。この2年近くの間、私はそれらの言葉を耳にタコができるほど聞いてきたが、そのたびに悲しい気持ちにさせられたものだ。

 

「あと5年〜10年は商売を続けたい」と言いつつも、時代についていく気が全くない者たちが社会的な死を迎えるまで、もはや5年の猶予もないだろうから。

 

そもそも商店街の黄金期に商売をしていた人たちは、実は努力をしたことがない。高度成長期とバブル期は、ただ立地の良い商店街に店を構えているだけで、殿様商売でも面白いように客が入り、真面目に働かなくても左うちわだったという。

金も時間もたっぷりあったから、その時代の店主たちはみな女グセが悪く、当時の商店街は艶談に事欠かなかったと聞いている。

 

つまり、真面目に働かず、そんなことばかりしていたのだ。

親が経営に汗をかく姿を見ていないから、後継ぎたちも押し並べて時代の変化に疎く、経営オンチである例が多い。

 

華やかな時代が過ぎた後も、幸運期に築いた資産で悠々と食べてきた人たちは、まだ商売を続けていても、もはや経営はしていない。

彼らには変わる気がないというより、もともと時代に合わせて変化していく才覚もなければ、新しいスキルを獲得する能力もなかったのだろう。

 

過ぎ去りし過去の栄光にとらわれて、1日でも長く「今のまま」(努力せずとも食べていける幸せ)が続くことを願う人たちに、

「無理に変わろうとしなくてもいいですよ。これまで通りで、どうにかなりますから」

と、言ってあげられたらいいのだけれど、難しい。

 

こうして立ち止まっているあいだにも、世界中で生み出される新しいテクノロジーが、どんどん社会を変えていく。

生成AIごときに驚いてる場合ではないのだろう。やがては自立型AIの普及が始まり、次の10年で社会の有り様は一段と変わるに違いないのだから。

 

その時になって、

「AI? 何それ? 嫌よ、嫌。もう、やめてやめて。難しいことは分からん。ついていけんから、とにかく今まで通りにして!」

と言う人たちに、居場所は用意されない。

 

新しい職場の上司に、

「ゆきさん、長く働いて下さいね」

と声をかけてもらったが、65歳を定年とするなら、まだ後15年もある。

これから15年間、会社が存在し続けられるかなんて分かりっこない。大企業に勤めていたって安泰とは言えないのだから、この会社で定年まで働ける未来を信じられない。

 

だから私は、今日も必死になって知識を詰め込む。会社にとって役立つ社員になるためじゃない。

スキルアップして、私個人の価値を上げるためだ。いつ会社がなくなってもいいように。文章を書く仕事が消えたっていいように。

 

例え今こうして詰め込んでいる知識や、磨いているスキルの全てが陳腐化したって構わない。また学び直せばいいのだ。

 

私には大した学歴がない。資格もない。誇れるようなキャリアもない。

エリートでも何でもない私のような一般人が、かろうじて持っている「時代が変わっても通用する汎用性のあるスキル」って何だろう。

 

それはきっと、変化に対する柔軟性とか、学習意欲の高さとかいうスマートさじゃなくて、

「時代の荒波がなんだ、コノヤロウ! ここで溺れてたまるか、クソが!」

と発奮するド根性ではないだろうか。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

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