先月末、はてな匿名ダイアリーで「小金持ったオタクおじさん最強の趣味は『ワイン』です」という短い文章を見かけた。

 

もともと短い文章だが三行に要約すると

・ワイン愛好家は仲間に飢えている。男女比も半々なので出会いもあるかも
・ステータスのある趣味なので人脈ができるかもしれない
・奥が深い、競技的側面がある

といった感じだろうか。

 

ワインを長くやっている中年として、私は「最強とか、ふかし過ぎだろ」と思った。確かにワインは面白い。でも面倒だし、健康に良くないし、万人に勧められるものじゃないとも思う。

 

この文章では、「そろそろ中年だし、ワインでもやってみようか」と思ったことのある人を想定読者として、中年ワイン道のリスクのある点やめんどくさい点、それから魅惑的な点などを紹介してみる。

 

ワインだって健康に良くない

趣味としてのワインの欠点のひとつは、お金がかかることだ。

ワインの視野を広げ、ワインの奥深さを理解するにはどうしても高級なラインナップに触れる機会が必要になり、そのための経済的負担は無視できない。しかし、冒頭の匿名ダイアリーの筆者は「小金持ちのオタク」に話を限定しているから、今回は金銭面の問題についてはスルーさせてもらう。

 

それよりも、ワインがアルコール飲料であることの弊害について確認しよう。

昨今、アルコールは少量でも健康に良くないといったレポートがあると語られている。私は、そのレポートの詳細な研究デザインを知らないので、どういう不利益がどういうかたちで確かめられたのか等、詳しいことまでは言えない。それでもワインがアルコール飲料である以上、健康を害することをまずは認めるべきだと思う。

 

赤ワインに関しては、一時期、含まれているポリフェノールが健康に良いとか言い訳めいたことが言われていたが、私は、そんなのは気休めにすらならないとはじめから思っていた。

 

依存性の問題もある。

正直のところ、ワインは他のアルコール飲料、たとえばホワイトリカーやストロング系飲料などに比べれば依存に陥るリスクの少ないアルコール飲料だと私は考えている。なぜならワインはしばしば高価で、ガブガブ飲むような飲み物ともみなされていないからだ。

 

しかし、ワインが絶対にガブガブ飲めないわけでもない。

質の良いシャンパンのなかには、いくらでも飲めてしまう快楽の権化みたいな品がしばしばある。私自身の場合は、非常に質の良い(白ワインの)シャルドネ種がそれにあたる。カリフォルニアやブルゴーニュの素晴らしいシャルドネを飲んでいると、つい、グイグイ引き込まれてしまう。

 

人を陶然とさせ、いつまでも飲み飽きないワインはえてして高価なので、その値段の高さが壁になって殆どの人は滅多に飲めない。

しかし、一本数万円のワインを缶ビールを買うような感覚で買えてしまう人には、その快さ、飲み飽きなさがリスクになるかもしれない。お金がありすぎてワインが買えてしまう人こそ、人一倍の節度や弁えが必要になるだろう。

 

そのうえ、中年もたけなわになってくると、次第にアルコールに身体が弱くなってしまう。

より早く酔いが回るようになるし、酔いが回った時の身体的なパフォーマンスの低下っぷりもひどい。酔った時にバランスを崩しやすくなるだけでなく、たぶん、認知的なパフォーマンスも低下しやすくなっているだろう。

 

中年になってから、思い立って筋肉を鍛えるようになる人は多い。

しかし筋肉と違って内臓を鍛えるのは難しい。「アルコールを飲めば肝臓が鍛えられる」という人がいるが、確かに消化酵素の関係でアルコールに強くなったように感じられるかもしれないが、そういう状態じたい、肝臓をいじめていることになるのだ。

 

だから、どんなに御託を並べようともワインはアルコール飲料で、健康にはマイナスに働き、依存症のリスクがあると覚悟しておく必要がある。たとえば私にも、ワインを愛好することで自分の余生を短くしているという確信がある。

ワインとどんな付き合い方をするのであれ、それが健康にマイナスに働く点から目を逸らして付き合うのはおすすめしない。最も行儀良くワインを嗜むとしても、である。

 

ワインは面倒くさい趣味でもある

それから冒頭の匿名ダイアリーには、「ワイン愛好家同士が出会いたがっている、なんなら男女の出会いもあるかも」とも書かれている。

ワイン愛好家同士が出会うか出会わないかといったら、確かに出会うだろうなと思うけれども、ワイン愛好家の集まる場所とて極楽浄土ではなく、しょせんは娑婆世界である。ワイン愛好家の世界にも気苦労がついてまわると思っておいたほうがいい。

 

ワイン愛好家の集まりそうな場所に行くと、まあ色んな人がいる。いわゆるブラインドテイスティングで見事にワインの品種や産地を当ててみせる人もいれば、高級ワインをグラス一杯飲ませてくれる気前の良い紳士に出会ったりもする。ワインの好み、ワインとの付き合い方に共通点の多い愛好家に出会った時は、話がはずみがちだ。

 

しかし、出会ってあまり嬉しくない人がいないわけではない。ペラペラと蘊蓄を垂れてちょっとうるさいほどの人、知識や経験で優越していることを鼻にかけたがる人もいる。どれほど経験を積み、自宅のワインセラーを高級ワインでいっぱいにしていても全く嫌味に聞こえず、聞き飽きないワイン談義をしてくれる愛好家もいれば、なんだか偉そうで、それでいて本当にこの人はワインのことが好きなのか? と首をかしげたくなる愛好家もいる。

 

男女の出会いについては、そんなの勘定に入れないほうがいい、と個人的には思う。

確かにワイン愛好家には女性も多く、飲んでいるうちに顔見知りになることはある。でも、それだけである。そもそも、ワイン愛好家の女性だっていわばワインオタクなのであって、ワイン愛好家が集まる場所に来ている時にはワインが飲みたいのであって、男性をひっかけたいわけではないのである。

 

それと、中年があまりみっともないことをしないほうが自分自身やお店のためでもある、ってのもある。私は、ワインを飲んでいるうちに異性と親しくなることがあってはいけないとは思わない。特に若い人なら、そういうことに前のめりな姿勢が見え隠れしてもいいだろう。でも、中年が前のめりにそれをやるのは(清少納言風に言えば)わろし、である。

 

ワインは空間を占拠する

ああ、それからもうひとつ、ワインに関する深刻な問題を挙げておこう。

ワインを始めてしばらくすると、ワインを熟成させるためのワインセラーがきっと欲しくなる。これが大変だ。日本の風土ではワインをワインセラーに収蔵しなければワインが劣化してしまうが、だからといって狭い住居にワインセラーを何台も並べるとたちまち生活空間がなくなってしまう。

 

ワインを始めて間もない頃は、このフォルスターのロングフレッシュぐらいのワインセラーがあれば満足に思われるだろう。

しかし、ワイン沼の住人なら全員が同意してくれようが、この程度のキャパシティでは遠からず満杯になってにっちもさっちもいかなくなる。「じゃあ、もうひとつセラーを買い足すかー!」などとやっているうちにワインセラーに生活空間が脅かされることになる。

 

たぶん、この点ではウイスキー趣味のほうがまだマシじゃないだろうか。

自宅地下に大洞窟が広がっているのでない限り、こうした空間占拠の問題も愛好家の悩みの種になる。ワインセラーだって電気代がかかるし、夏場に故障したら一大事である。ついでに言えば、ワイングラスやデキャンタといった周辺ツールも空間を占拠する。それらは地震に対して脆弱で、洗って干すのも面倒だ。飲んだ後の空瓶も無視できない。空瓶はまめに捨てておかないと、いずれ収集がつかなくなる。

 

それでもワインは奥深く、中年の感性に合っている

こんな風に、ワインには弊害やリスクや面倒くささがついてまわる。中年は健康に気を配り始める時期だから、「もっと健康・健全な趣味を探したらどうですか」、などと私もつい書きたくなってしまう。

 

それでも……ワインをやってみたい・やりたいというなら……それは天晴なことだし、覚悟や割り切りもあるのだろう! ようこそワイン沼へ!

 

ワインは単なる「おいしい」を超えた複雑さや精妙さを秘めた飲み物だ。一杯のグラス、一本のボトルから複数のおいしさ・万華鏡のような香りが感じられる可能性がある。

ワイン愛好家がいうところの、スケールのでかさ、立体性といった評価尺度も面白い。ワインに含まれるタンニンや熟成過程で出現した微量の化合物などの影響によって、同じぶどう品種のはずなのに、違った味と香りと複雑性を備えたワインが生まれてくる。

 

ワイン愛好家は単においしいワインをおいしく飲みたがっているわけではない(と思う)。それぞれのワインが違った風においしいさま、違った様態をみせるさまに喜びを感じる。そして、そういうことを繰り返していると、稀に、これこそ神の雫だと言いたくなるような感動をおぼえる。

 

前にも書いたことがあったが、たとえば私が愛好する高いシャルドネのワインたちは、酸味がしっかりしていて、軽く、それでいて蜂蜜クッキーや大理石や火打石みたいな香りが順番に襲ってきて、しょっぱいと感じるかと思えば甘いと感じる瞬間もあって……そんな風にさまざまな風味が波状攻撃のように押し寄せてくる。

 

「そんなワイン、本当にあるのかよ」とおっしゃる人もいるかもだが、感動的なワインはだいたい、ちょっとあり得ない味と香りの波状攻撃をやってみせる。さながら、味と香りのレインボーシャワーだ。そういう時、ワインを追いかけてきて本当に良かったという気持ちが腹の底からこみあげてくる。

 

産地、品種、メーカーによる違いも無限にある。ワイン趣味のいいところのひとつは、きりがないことだ。フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、アメリカといった国々のひとつひとつに呆れるほどたくさんのワインがあり、全部を網羅することはかなわない。だから、どの地域・どの品種を重視するかが問題になるし、愛好家の嗜好がそこに現れる。かと思えば、とあるお店で飲んだ一杯のワインが忘れられなくて、いきなり狙いどころが変わることだってある。それがまた、面白い。

 

そのうえ、ヴィンテージ(ワインがつくられた年)によってワインは移ろう。ワインはつくられた年の気候などによって風味がかなり変化する。だから、あえて同じ地域・同じメーカー・同じラベルのワインだけを毎年買い続けて飲み続けるのも、実は面白かったりする。適切に保存したワイン、とりわけ、定評のある銘柄で良い作柄だったヴィンテージのワインの場合は、瓶のなかで熟成し、味や香りの複雑さを増していく。

 

それを追いかけること、熟成を期待して待ち続けることが、また面白いのだ!ときには、なかなか熟成が進まなかったり、熟成を待っているつもりがワインが下り坂に入ってしまった……なんてこともあるかもしれない。でも、そうやってうまくいった、うまくいかなかったと悩むのがまた面白いのだ。

 

特に中年になって思うのだけど、ワインならではの面白さは、待つということ、そして歳月に思いをはせることにあると思う。

子どもが生まれた年にまとめて買ったワインを、子どもが10歳の時、15歳の時に飲んでみて、子どもが成人した暁には祝杯をあげるようなプレジャーにはワインはぴったりである。そうでなくても、長く寝かせたワインを抜栓した時、ウィンが見事に円熟の域に達していた時の喜びはなかなか替えがきかない。

 

前半で書いたように、ワインを愛好する際にはさまざまなリスクや面倒が伴い、とうてい完璧な趣味だとは言えない。だが、ワイン道楽には間違いなく奥行きがあり、その奥行きをなしている変数のひとつが時間である点は特筆に値する。

ある程度年齢を重ねた人間の感性に合っているところだとも思う。ワインと一緒に年を取ってみませんか。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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ブログ:『シロクマの屑籠』

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