教えても何故このひとはわかってくれないのか。できないのか。
もしあなたが先輩や、管理職だったら。一度くらいはそう思うのではないだろうか。
些細な「業務報告」にはじまり、「営業トーク」「資料作成」「サーバの設定」などの業務まで教えたとおりにできない、教えたとおりにやらない。
「わかった」といっていたが、やっぱりわかっていない。会社ではそんなことだらけである。
教えてもわかんないんだったら「ほっときゃいいじゃん」という外野の声もあるだろうが、現実的には、そうも行かないだろう。まわりの足をひっぱり、モチベーションを低下させることを考えると、放置もできない。
「怒ればいいじゃない。真剣さが足りないんだよ」という方もいるが、
「怒ってどうにかなるなら、とっくにそうしてる」
「怒ったら、萎縮してしまって逆効果だった」
という方もいるだろう。ダメな人はダメ。どうしようもないそういう諦めも、あるかもしれない。
だが、「悪い生徒はいない。悪い先生がいるだけである」との格言通り、残念ながら「言っても出来ない」は、一部の極端な例外を除いて、ほとんどの場合、教える側に責任がある。
なぜだろうか、単純に言えば「教え方」を知らない素人が教えているからだ。
確かに先輩や上司は「営業」や「技術」においてはプロかもしれない。だが「教えること」に関してのプロが会社に存在しないことが、この話の元凶だ。
「オレは教えるのがウマいのに、部下がそれをちゃんと受け止められないからダメなのだ」という方は、成果が出ていないのであれば、まずは「教えるのがウマい」という根拠を疑ってみるべきだろう。
専門家になるには1万時間の練習が必要という、「一万時間の法則」の提唱者とされるフロリダ州立大学のK・アンダース・エリクソン教授は、実際には「学習の長さ」よりも「学習の方法」を強調する。※1
彼によれば一流のスキルは「熟考した練習」と呼ばれる「似たような小さなタスクを繰り返し、即座にフィードバックや修正、実験を加える練習方法」によって身につく。
「練られていない練習や訓練」をいくら繰り返しても、身につくものは少なく、苦労だけが多い。一流のスポーツ選手、専門家などは、それを避けるためにほぼ例外なく「効果的な練習方法」を心得ている。
したがって、あなたが上司・先輩で教える立場にあるのであれば、それを見習うべきだろう。
具体的な方法は以下のとおりである。
1.ターゲットとなるスキルを細かく分割、定義し「標準」を作る。
「オレの真似をしろ」では、相手が効果的に学習を行うことは望めない。「俺がやる営業を見て学べ」では、ターゲットが大きすぎて、何を身につけなければならないのかわからないからだ。
営業を学ばせたいのであれば、もうすこし「営業業務」を細かく定義し、「標準的なやり方」を確立する必要がある。例えば以下のようにする
・営業業務は何種類あるか ⇒ 「新規顧客に対する提案営業活動」「既存顧客に対する継続受注営業活動」の2つ
・うち、「新規顧客に対する提案営業活動」にどのようなスキルが含まれるか ⇒ 「電話」「事前準備」「アイスブレーク」「ヒアリング」「提案」「クロージング」「フォローアップ」の7種類のスキル
・うち、「電話」スキルの中身 ⇒ 「名簿づくり」「電話の姿勢」「受付の方へのトーク」「責任者へのトーク」「アポ取り」の5つ
・うち、「名簿づくり」の具体的動作 ⇒ 「名簿づくりは、以下のステップによって行う……」
このように定義すれば、先輩は「新規営業は、7つ身につけなきゃならないスキルがある」と指導することができる。また、スキルが細かく分割されており定義が明確であるほど、教わる側のスキル習得は早い。
これは個人的な経験とも一致しており、前職ではコンサルティング業務に「属人性」は排除されていた。
例えば「提案書」「コンサルティングの手順」「使用する様式」「お客様とのトーク」「メールのやり取り」「使用するテキスト」「想定問答」などが恐ろしく細かく定義されていたため、コンサルタントとしてお客様に一人で訪問するまでに3ヶ月程度の訓練しか要しなかった。
2.「一つ一つ」実践させる。複数の訓練を同時にやらない。
定義し、教えたたスキルは、実践させなければ意味が無い。
だが、人間はそれほど器用ではないので、一度に複数の新しいことはできない。実際に客先で営業をやらせてみるのは良いが、ターゲットとなるスキルは1回の訓練につき1つ、2つ程度に留める。
「今日はアイスブレークだけ集中してやろう」
「今日はクロージングを頑張ってやろう」
そのように、注意を集中させて行えばスキルの習得スピードはかなり上がる。
3.早いフィードバックを行う
フィードバック(反省・指導)は、早ければ早いほど良い。「1週間後にフィードバックする」などと呑気なことを言うのではなく、できれば即時、その場で行うべきだ。
私に営業を教えてくれたかつての上司は、営業活動に同行すると必ず、会社へ帰る途中に喫茶店などに立ち寄り、そこでフィードバックをくれた。記憶が残っているうちにフィードバックをもらうことで、改善すべきポイントを具体的にイメージすることができる。
また、定期的な「内部監査」の制度があり、仕事ぶりを相互にチェックする仕組みがあった。ベテランといえども即時フィードバックを受ける機会が用意されていた。
ベテラン同士のフィードバックは社内における「標準」のレベルアップにかなりの貢献をしてくれる。
4.ケーススタディ・ロールプレイで改善する
勉強会は必須である。だが「先輩が一方的に後輩に教える」といった形式よりも、知恵を出し合って「スキルの標準」を改善するほうが遥かに効果がある。
そして、勉強会は必ず事例に基づくべきだ。「ケーススタディ」あるいは「ロールプレイ」を通じてのみ、実践的な知恵が身につく。
標準に記載することのできない細かなコツや、ちょっとした悪いクセの修正、標準に対する改善の指摘などは、こう言った場を通してしか体系的に習得する機会が持てない。
「なぜこんなに教えてもオマエはできないんだ」という言葉はほとんどの場合、部下の無能ではなく、マネジメントの無能を示している。
現在の企業において必要なスキルはすでに「背中を見て学べ」という無責任な教育でキャッチアップできるレベルのものではない。必要なのは「効果的で、合理的な教育方法」である。
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