僕らは宇宙の大きさに悩まない。

何を言っているんだと思うかもしれないが、悩まないのだから仕方がない。

例えば、この宇宙がどこまで続いているのか、その外はどうなっているのか、そもそも宇宙とはなんであるのか、そう考えるとゾッとしてきて夜も眠れなくなるかもしれないが、悩むというほどではない。

僕らは宇宙のことでそんなに悩んだりはしないのだ。

(Naki1900)

でも、悩む人はいる。宇宙物理学者だとか、ロケット技術者だとか、NASAの人だとか、哲学者だとか、我々はどこからきてどこに行くのか考えている人とか、そういう人は宇宙のことで頭を抱えて悩んでいる。その思いは真剣で真摯なものだ。彼らは宇宙の大きさに悩んでいる。

ここがとても重要なのである。宇宙のことで悩む人はいる、確かにいる、でも大半の人は悩まない。当たり前のことと思うかもしれないがそれこそが真理であり、大切なことなのだ。

 

僕らは日常生活において多くの悩みを抱えている。人間関係のことかもしれないし、お金のことかもしれない、仕事のことかもしれない、そういった尽きない悩みは深刻で、苦しく、時には自分自身を追い詰めるものかもしれない。けれども、それは別の誰かにとって、ただの宇宙かもしれないのだ。

つまり、今、アナタが悩んでいる“何か”は、解決できる“何か”である可能性が高い。それは「越えられない壁はない」みたいな熱血で青臭い考え方ではなく、「悩む時点でそのステージにいる」という至極あたり前の事実、それがあるからだ。

 

宇宙の大きさで悩む人は宇宙のことを案じるステージにいる。同様に、その人が抱えている悩みは、その人がその悩みを案じるステージにいる、ということである。

それは同時に太刀打ちできる可能性があるということだ。誰だって、全く歯が立たない宇宙については悩まないが、今日の夕飯については悩むのだ。

 

そもそも思いもよらない世界というものが誰にだってあるはずで、悩むということは思いもよる世界にいるということを示している、ただそれだけだ。

 

 

僕の同僚にミランダのことについて思い悩んでいる男がいる。

僕にとってミランダとは全く知らない人で、どこの国の人? という勢いだが、同僚にとってその悩みは深刻だった。

なんでもミランダはインターネットで知り合った栃木県の女の子らしく、美人でかわいらしく趣味が合う相手だそうだ。同僚はとにかくそのミランダに夢中で、同時に彼女のことで悩んでいた。

(tomo tang)

「ミランダは俺の支えだ」

同僚はそう言った。毎日ネット経由でメッセージを交わしているうち、いつの間にか愛を語り合うようになったらしい。

その思いは真剣で真摯なものに違いなく、どこかイノセントなものだった。

 

しかしながら、順調に愛を育んでいたというのに、そろそろお互いに会ってみたいね、会ってみる? という話になってきた時、少し様子がおかしくなってきたようだ。同僚は栃木まで行くことも辞さないといった勢いだったが、ミランダが異変を示し始めた。

 

「会いたいのはやまやまだけど、トモアキ君が他の男に会うなっていうんだ」

突如として「トモアキ」なる謎の人物が登場してきたのだ。

このトモアキ、話によると同じようにインターネットで知り合った千葉県に住む男らしい。なかなかたいした男で、映画関係の仕事をしていて、財力も豊富、芸能界に近い位置にいるとのことだった。唐突なるトモアキの登場に同僚は動揺を隠せなかった。

 

「トモアキ君は私を東京に招待してくれるらしいの」

その言葉に同僚は焦った。

「も、もちろん、僕だって招待するよ」

栃木まで会いに行くつもりだったようだが、まだ見ぬトモアキに対抗して東京に招待することにしたそうだ。もちろん交通費負担で。

 

そう返信するが、トモアキはすぐにその上をいってくる。

「トモアキくんはディズニーランドに連れて行ってくれるらしいの」

同僚は、その程度なら自分もいけると思ったのだろう。すぐに俺だって連れていく、シーにだって連れて行くと言ったそうだ。

Mike

「でね、ミラコスタの部屋をとったっていうの。すごいよね、トモアキくん」

ミラコスタとはたしかディズニーシーの園内にある高級ホテルで、お値段もさることながら、人気も高く、なかなか予約が取れない場所だ。トモアキはそんな難易度の高いミッションも余裕で飛び越えてくる。なかなか見上げた男だ。

 

「なんとかしてミラコスタ取れないか。今度の三連休」

そこで初めて、同僚から僕に相談があった。

このままではトモアキなんて言うポッと出のヤツにミランダをとられてしまう。その悩みは深刻なものだった。なぜ僕に相談してきたのかは分からない。僕には特別な力があるわけではないので、インターネットの予約サイトをみて、あー、ミラコスタ、三連休無理だね、と言うことしかできないのだ。クソの役にも立たない。なんで相談した。

ミラコスタは無理である、そう告げると同僚はやはりかという顔をした。

そしてさらに続けた。どうもトモアキなる人物、ミラコスタどころの騒ぎではなくさらに上をいってきたらしいのだ。なんなんだ、トモアキは。

 

「でね、トモアキ君が言うには、仕事の関係でエグザイルと遊んだりすることもあるから、タイミングが合えば会わせてあげられるっていうのよ」

ミランダはそう言ったらしい。そう言ってのけたらしい。

ミランダはエグザイルの大ファンなので、もうトモアキに夢中だ。完全に勝てない、そう思ったらしい。

 

「知り合いにエグザイルいるか?」

同僚は僕にそう言った。いるわけない。そもそもなんで僕を頼ればエグザイルと繋がりを持てると思ったのか、そっちのほうが疑問だった。

これは決定打だった。完全に負けだ。どうにかして頑張って死ぬ気であたれば、ミラコスタくらいはなんとかなったかもしれない。けれども、やはりエグザイルは無理だ。エグザイル風の男、それこそエグザイルのサングラスの破片から生まれてきたみたいな男なら準備できるかもしれないが、やはりエグザイルは無理である。完全にお手上げだ。

 

「それって騙されているんじゃない?」

そうアドバイスしようと思った。ミランダは完全に悪い女で、おそらくトモアキなる完全無欠な男でエグザイルとも交流がある存在は架空のものだ。その架空の存在と競い合わせる形で同僚の競争心を煽り、金なりなんなりを引き出そうとしているんじゃないか。そう考えるのが普通である。早い話が何らかの詐欺だ。

しかしながら、そこまで分かっていてアドバイスしようとしてハッとなった。大切なことに気が付いたからだ。

僕にとってミランダは宇宙なのだ。

当然のことながら、僕はミランダのことで悩まない。僕ら凡人が宇宙のことで悩まないのと同じように、ミランダのことでは悩まない。なぜなら、そのステージにいないからだ。ミランダなんて知ったこっちゃない。どうでもいい。当たり前だがそんな印象だ。

 

じゃあ、そのステージにいない人間がアドバイスしたとして、それが果たして相談者の心に響くのだろうか、という問題だ。

もちろん蚊帳の外からの意見が貴重でためになるという考え方もあるだろうが、それ以前にステージが違うのだから、なんのこっちゃとなるはずだ。僕らが宇宙物理学者にその惑星の軌道はもう2光年ほど内側だね、とよく知らずにアドバイスするようなものだ。たぶんぶん殴られる。

 

実のところ、世の中に数多く存在する「相談する者」と「相談される者」の齟齬はこれが原因だ。

そもそも相談された者は親身になってアドバイスしているつもりかもしれないが、それは当事者でない者にとって宇宙の大きさくらい他人事なのだ。

そこでどんなアドバイスをしようと、本気で宇宙の大きさに悩んでいる人には届かない。そこに悲劇が生まれる。

 

どう考えても悪い女にひっかかっている人に、そんな女やめなよ、騙されているよとアドバイスすることは簡単だ。そしてそれは正しい。

けれども、やめなよと言われて「はい、やめます」と言えるならばそもそも最初から悩まない。

そこに至った経緯や、色恋沙汰において理論的に思考できなくなる心理状態、そして苦しさゆえに追い詰められている状況など、当事者にしか持ちえないエッセンス、それを分からずにアドバイスすることは、宇宙物理学者に宇宙のことをアドバイスすることとさほど変わらない。

 

つまり、ミランダがどれだけ悪質で妖艶な女なのか、それを知らずして同僚にアドバイスすることなどできないのだ。そんな女に騙されるなんてなんと愚かな、などと誰が言えようか。

そう、だったら僕もミランダに魅了されてみればいいのである。

そうすれば同じ宇宙に生きることができる。適切なアドバイスができるかもしれないのだ。

 

早速、同僚から聞き出したメールアドレスを用い、ミランダに接触してみることにした。極めてナチュラルに、そして不自然でないように振舞うことは困難を極めたが、なんとか怪しまれることなく接触できた。

様々な紆余曲折を経て、ミランダと会話を交わすうちに、彼女の持つ妖艶な魅力みたいなものが分かるようになってきた。

(Logan French)

とどのつまり、彼女はとにかく上手いのだ。どうすれば男心を掌握できるのかよく存じている。

どうせ騙す気なんだろう、と心に壁を作って接していたが、そんなことも忘れるほどにミランダに夢中になる自分がいた。

「みてみて、今日、起きたら目が腫れていたの」

そう言って、別に腫れてもいない顔写真を送ってくる。なかなかの美人だ。アヒル口だ。かわいい。

 

これが、最初から「私の顔写真」と送られてきたら身構えてしまうが、「目が腫れたの」と送ってくると構えない。

そして、そんなに腫れてないよと返したくなるし、「腫れてるの! 本当はもっと目がぱっちりしてるんだから! もうしらない!」とプチ喧嘩みたいになって仲を深めることになる。とても心をくすぐってくるのだ。

 

万事がこの調子で、ミランダは男の心を掴むのがやたら上手い。いつの間にか彼女に夢中になっている自分がいた。

この心理状態を知らずに、同僚に「そんな女やめろよ。信じるなんてバカみたいだぞ」とアドバイスすることがいかに愚かなことか、初めて理解した。これは夢中になる。やっと彼と同じ宇宙に立てたのである。

いつの間にか、会話の流れは僕とミランダが会う、というところまできていた。

 

すると、少しミランダの様子がおかしくなった。

「会ってもいいんだけど、実はSさんにも誘われているんだ」

ミランダが言い出した。そしてこの引き合いに出されたSさんとは、同僚のことだった。僕は同僚の名前が出てきたことに少なからず動揺した。

 

「Sさんはね、ディズニーにも連れて行ってくれるって」

僕だって頑張ればディズニーくらい連れていける、そう思った。

 

「Sさんはね、ミラコスタの部屋をとったらしいんだ~」

僕だって頑張ればとれると思った。死ぬ気でやればたぶんとれる。

 

「Sさんはね、エグザイルと知り合いらしいの」

同僚のヤツ、いつの間にかエグザイルと知り合いになったらしい。こうなったらこっちはエグザイルに似た男を連れて行って「エグザイルの落合です」と架空のメンバーを作るしかない。誰だよ、落合って。

 

いつの間にか、同僚のことが憎くなっていたし、負けてはならない、僕のほうがミランダに夢中だ! という思いが強くなった。

次第に、僕の頭の中がミランダへの悩みで支配されていったのだ。

 

最終的に、ミランダは金を要求してきた。東京まで行く交通費がないから、コンビニでアマゾンギフト券を買ってその番号を送ってきてくれと言い出したのだ。

負けてなるものか、このままでは同僚が先に送金してしまう、早く送らなければならない! 2万円分くらいあればいいのか!? と焦ったがそこで正気になった。交通費にアマゾンギフト券はおかしい。明らかにおかしい。絶対におかしい。

僕は騙されてるんじゃないか、そう思った。

 

なんとか目を覚まし、のらりくらりとかわして、金送りたいんだけど、ギフト券とかそんなハイテクなことおじさんにはわからんよ、銀行振り込みにしておくれ、とか言い続けていたら、しぶしぶながら振込口座を教えてくれた。

これでミランダの本名が分かる。妖艶な女であるミランダの本名、どんな名前なのか、それが分かる。僕は身を乗り出した。

「〇〇銀行××支店 口座番号〇×△〇×△〇×△ オオシタ タツオ」

たつおおおおおおおおおおおおおおおお!

ってめえタツオじゃねえか、どのツラ下げてミランダとか名乗ってんだよ。お兄ちゃんの口座だからとか言ってる場合じゃねえよ、女名義の口座くらい用意しておけ。

 

なんとか同僚にも、あいつはタツオだったよ、とアドバイスをし、お互いに目を覚ますことができた。

普通なら、こんなバレバレの詐欺に騙されるなんてダメすぎるだろと一刀両断するところだが、そうではないのだ。当事者になって初めてわかる。あれは騙される。

どんな悩みにもそれなりの理由があるのだ。

 

そしてこれは無関係宇宙からの無差別な干渉にも同じことがいえる。

 

現代は、空前の被害者批判社会だ。オレオレ詐欺や詐欺被害、性被害などもそうだ。

あらゆる被害に対して、なぜこうしなかったんだ、普通はこうする、と被害者を責める傾向が強い。

ただ、これらは全く別個の宇宙からの批判に近い。その宇宙に立ってみないと、そうなった経緯も理由も分からない。もしかしたら仕方がないことだったのかもしれないのに、別の宇宙からあれこれ言うことは全く無意味で愚かとしか思えないのだ。

 

僕らは宇宙の大きさに悩まない。

それと同時に、宇宙の大きさに対してとやかくいうこともできないのだ。与えられた自分のいる宇宙で、生きていけばいいのである。

ただ、宇宙の大きさには悩まないけど、ミランダに対する「夢中」の度合いを同僚と競ったことは忘れてはならない。僕らは「夢中」の大きさには悩むのである。

 

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著者名:pato

テキストサイト管理人。WinMXで流行った「お礼は三行以上」という文化と稲村亜美さんが好きなオッサン。

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