ネタではなく、結構本気で言っているのだが、なぜそこに至ったか、お話する。
*
少し前のこと。
私は知人の紹介で、元医師の、医療系スタートアップの経営者の方にお会いした。
私はスタートアップの経営者にお話を伺うときにはいつも、「なぜ起業されたのですか」と聞いている。
その問題意識こそが、会社の原動力だからだ。
彼は言った。
「日本の医療費の伸びは、危機的状況にあります。」
事実、日本の医療費は総額40兆円を超え、一人あたりの負担も上がる一方だ。
(出典:http://www.jpma.or.jp/about/issue/gratis/databook/2018/table.php?page=p85 より作成)
「日本の皆保険制度をこれからも機能させるには、変わっていかなければなりません。」と彼は言う。
確かに、それには皆がうすうす気づいている。
私は尋ねた。
「どのように変わらなければならないのですか?」
彼は口を開いた。
「いまの保険制度は、病気にかかり、病院に行く、というところからスタートしています。例えば、高血圧で5年前から心臓病を患っている患者さんがいる。もちろん、塩分は控えなければなりません。
だけど、その方はどうしても、「醤油たっぷり」がやめられない。でも、それは医師による治療の対象ではない。」
「はい。」
「ついに彼は、心筋梗塞で倒れ、病院に担ぎ込まれる。そして、ここからが医者の仕事です。幸い、処置が成功し、命は助かりました。医者は感謝され、報酬を受け取りました。」
そして彼は、自嘲気味に笑い、言った。
「だけど、そもそも「心筋梗塞にさせない」ほうが、全体としては遥かに良いと思いませんか?」
それは、そのとおりだ。
「はい。」
「では、「病気にさせない」ことは、誰が担うのでしょう?」
考えたこともなかった。それはそもそも、自己管理の問題ではないのか。医師のやることなのか。
「……お医者さん……ではない?」
「残念ながら、いまの制度は予防に対して、お金を出しません。病気にならないとお金が出ないんですよ。もちろん、医者は節制を勧めますが、指示に従う人は少ない。」
「自己責任、ということでしょうか?」
「とんでもないです。自己責任じゃないですよ。皆保険ですから。連帯責任です。我々皆が、彼の心筋梗塞に対して、責任を担っているのですよ。」
「……。」
*
病気と医療に代表されるように、我々は、「予防」がとても苦手だ。
高血圧で心臓病にもかかわらず、食事の満足のために塩分過多の状態をやめようとしない。最終的には心筋梗塞で病院に担ぎ込まれる。
歯を磨くと出血をしているのに、「忙しい」と言って歯医者に行かず放置する。最終的には歯周病で歯をほとんど失ってしまう。
脂質異常症という検査結果なのに、揚げ物やラーメン、ポテトチップスを貪るように食べてしまう。終いには肝硬変を起こす。
もちろん、これは不合理だ。
実際、55歳〜74歳の男女1000名のアンケートによる「リタイア前の後悔トップ20」には、健康に関する事柄が、ずらりと並ぶ。
1.歯の定期検診を受ければよかった
2.スポーツなどで体を鍛えればよかった
3.日頃からよく歩けばよかった
4.腹八分目を守り、暴飲暴食をしなければよかった
5.間食を控えればよかった
我々は、「わかっていてもできない」ことがたくさんある。
だが、一体なぜだろうか。
なぜ我々は合理的に行動できないのだろうか。
実は、これらはすべて「将来的に払わなければならない、大きなコスト」を、脳がうまく計算できないせいだ。
経済学者たちは、これを「現在バイアス」という言葉で表現する。
「現在バイアス」とは、「私達は、未来の幸せよりも、今日の幸せを選好する」というものだ。
このバイアスは、往々にして「悪い先送り」を引き起こす。
例えば、車のちょっとした修理など、ただちにやるべきささやかな量の仕事があるとき、人は往々にしてそれを先送りにし、最終的に車がもっと大々的な修理を必要とする状態になってから、3倍から4倍もの費用を払う。(中略)
割引率の高い人(=現在バイアスの強い人)は一般的にあまり幸せではなく、体重は多く、借金も多く、貯金は少なく、アルコール摂取量と喫煙量は多く、運動量は少なく、給料の安い仕事に就き、ひとところに勤め続ける期間は短く、離婚率も高い。
これを「自己責任だろ」と一笑に付す人もいるが、「自己責任」で済まないのが、皆保険であり、いまの日本の現状である。
もちろんこれは、医療の分野だけではない。
企業が短期的な利益を追求し、不祥事を引き起こすこと。
経営者が、マーケットの先細りが見えているにもかかわらず、改革を断行できないこと。
会社員が、将来性のない会社にとどまり続けること。
フリーターが、見込みのない夢に掛け続けること。
すべて、未来に支払わなければならないであろう、大きなコストを現在バイアスのために無視している例である。
ではこの「悪い先送り」を回避するために、我々ができることはあるのだろうか。
*
私事で恐縮だが、私も多分にもれず、30代半ばから、運動不足と不摂生という問題を抱えていた。
脂質異常症、脂肪肝、歯周病、寝不足、慢性疲労……。
だが、仕事が忙しいから、という言い訳をしても、体の数値は改善されない。
本質的には健康というのは、生活習慣の集大成、というだけのことである。
運動を始めてもいきなり効果の出るものではないし、食事を始め、睡眠などの生活リズム、仕事の量、余暇の過ごし方まで、生活すべての見直しを含んで行わなければ、成果は得られない。
だが、頭でわかっていても「生活を見直す」というのは、一大事業だ。
日々押し寄せてくる、圧倒的な量の雑事の前に「生活を見直す」という意気込みは、ただ無力であった。
仕事が忙しくなれば、運動しなければならないことなど忘れてしまうし、何かしらのきっかけで「健康に気を遣おう」と決心し、エスカレーターではなく階段をつかってみれば、「今日はよく運動した」と、昼食にラーメンの大盛りを食べてしまう。
そんな「現在バイアス」に囚われる日々が続き、私は自分が嫌になっていた。
ある時、私は記事を書くためにドラッカーの著書をひっくり返していた。
ふと、目に入ったのは「目標と自己管理によるマネジメント」の項目だった。
自己管理……
本には、こうあった。
自己管理によるマネジメントを実現するためには、その考えを正しく望ましいものとして認めるだけでは不十分である。
そのための道具立てが必要である。これまでの考え方や仕事の仕方について、思いきった変革が必要である。
自らの仕事を管理するには、自らの目標を知っているだけでは十分ではない。自らの仕事ぶりとその成果を、目標に照らして評価測定することが必要である。
私は震えた。
人間は目の前に脅威がない限り、「やりたい」「やらねば」だけでは、行動の動機としては不十分だという事実を、突きつけられたからだ。
「道具立てが必要」とドラッカーが言う通り、私には成果を評価測定する手段が必要だった。
それができなければ、簡単に日常に圧殺されてしまう。
私は、「自分の行動をモニタリングできる機器」に一縷の望みを託した。
それが、Apple watchだった。(注:Appleからは何も受け取っていません、むしろ多額のお布施していますw)
*
そして、このデバイスで、活動量、心肺機能、睡眠時間など、日常生活の多くのデータをモニタリングするようになってから、1年以上が過ぎた。
「自分がどの程度運動したか」
「どの程度睡眠が取れているか」
「トレーニングの成果はでているか」
「トレーニングのやり方は正しいか」
「体重の変化はどうか」
「体脂肪率の変化はどうか」
などの情報が自動で記録され、ひと目でグラフで追えるようになった。
生活習慣はすっかり変わり、1年で体重はマイナス7キロ。体脂肪率はマイナス8%と、ある程度の成果が得られた。
しかも、ほとんど無理なく。
今では
「どの程度の睡眠で、日中の眠気をなくせるか」
「1日あたりの摂取カロリーをどの程度にすれば太らないか」
「トレーニングはどの程度の頻度で行えばよいか」
「体脂肪率は、食事でどの程度変化するか」
といった法則が、ある程度データから読み取れるようになったので、体調の管理は信じられないくらい楽になった。
完全に、日常に体調管理の活動と、そのフィードバックが組み込まれたのである。
もちろん懐疑的な方も多いだろう。
私も、これが全員に向いている方法だ、などということはもちろん、言わない。
だが、数値的な目標、わかりやすい測定機器さえ与えられれば、それなりに努力できてしまう人は、結構たくさんいると思う。
いや、少なくとも、いろいろな人がこの試みを始めれば、真に困っている人々のために、皆保険制度を維持可能にするレベルにはなるのではないか。
個人的にはそう思っている。
*
冒頭の経営者に、私は上の話を述べた。
だが、その経営者は首を振った。
「予防に力を入れるため、健保組合などで、万歩計を配ったが、残念ながら皆使わなかった。」
いやいや、当たり前だ。
万歩計のようなダサい機械では、つけたいとは全く思えない。
モニタリングデバイスは、多目的で、デザイン的にも優れていて、身につけたくなるようなものでなくてはならない。
だから、あえて言おう。
日本人は、直ちに全員、Apple watchをつけるべきだ。
みんなが幸せになるために。
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(2024/12/6更新)
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