日本のサービスは、本当に「世界一」なのか?
日本人の多くは、日本のサービスが世界のなかでも群を抜いていると思っている。
外国人は日本のおもてなしに深い感銘を受けるはず、日本が誇れる文化、たくさんの人を感動させている……と。
でも日本のサービスって、他国と比べて、本当にそんなに質がいいんだろうか?
そう言うと、必ずと言っていいほど「海外旅行に行った時こんな酷い目に遭った」「外国人の友だちがとても喜んでいた」なんて返事がくるわけだが……。
いや別に、それは日本のサービスがいいからじゃないよ。
日本では単純に、サービスが「タダ」なだけなんだよ。
海外では金を払えばいいサービスを受けられる
実は……というほどでもないが、海外でもランクが高い店に行けば、質のいいサービスを受けられる。
1泊数十万円のスイートルームとまで行かなくとも、たとえば1泊200ユーロくらいのホテルであれば、日本の同ランクのホテルと同じ、もしくはそれ以上のサービスを期待できる。
まともなホテルで、海外でよく聞く「店員が無愛想」「持ち物を雑に扱われた」「要望を断られた」なんて悪いサービスをされたことは一度もない。
そりゃまぁハズレを引く可能性はあるけど、それは日本でも同じだし。
海外では基本的に金を払えば払うだけサービスがよくなるので、「どこもかしこもサービスが悪い」と文句言っている人は、金をケチっているだけだ(最初サービスが悪くとも、たいていのことはチップで解決できる)。
値段を上げて生まれた余裕=サービスに割けるコスト
オックスフォード大学で日本学を学び、元ゴールドマン・サックスのアナリストであるデービッド・アトキンソン氏が、NewsPicksのショート動画でこんなことを言っていた。
日本のホテルは稼働率80%以上を目指すが、海外の富裕層ホテルは60%を目指す。4割の部屋が空いているのですぐに客を通せるし、客を待たせたりしない。値段を上げて稼働率を下げる。
出典:10) 【富裕層ビジネス】海外ホテルの考え方 #shorts – YouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=GAtYRBF7tho&list=LL&index=5
そう、これが海外におけるサービスの考え方の基本なのだ。
稼働率は下げるが、稼働率が高い場合と同じ程度の利益が見込める金額を取る。稼働率を下げて生まれた余裕が、そのまま「サービスに割けるコスト」になる。
海外では、金を払って「この人にはサービスをしても採算がとれる」と認識してもらえば、いいサービスを受けられるのだ。
いくら要求したところで金払いが悪ければ相手はなにもしてくれないから、ダダをこねても時間のムダ。必然的に「金を払わないクレーマー」は消えていく。
「海外のサービスは質が悪い」というのは、あくまでそのへんの安い店の話。
そういった店は「安さ」や「手軽さ」で勝負しているのだから、そこに「サービス」を期待しているほうがおかしいのだ。
どこの国でも、金さえ払えば、いいサービスなんていくらでも受けられるのだから。
日本のサービスはビジネスではなく「善意」
問題はこの、「金を払えば」の部分だ。
なぜヨソの国では有料のサービスが、日本では無料なのか。タダでやって当然だと思われるのか。それが不思議だ。
なんて思っているタイミングで、YouTuberのゆんさんが炎上した。
現在妊娠中のゆんさんは、背丈ほどある段ボール3箱の家具を注文。玄関前に届けた配達員に対し、「家の中まで運んでほしい」と伝えたが断られ、「悲しかった」そうだ。
この動画に対し、「壁を傷つけたりでもしたら問題になるからできるわけがない」「ふつうは夫が家にいる時間に指定する」といった否定的なコメントが集まり、炎上状態になった。
ゆんさんの言動の是非は置いておいて、この件でわたしが思ったのは、「サービスをビジネスではなく善意として考えているんだなぁ」ということだ。
動画内で「冷たかった」と言っているように、彼女は「こちらのお願いを聞いてくれない業者はひどい人」だと思っているらしい。
だがこれはおかしな話で、相手は仕事中である。
部屋まで運ぶのが仕事ならばその要求を断るのはおかしいし、仕事でないのならば断るのは当然であり、そこに人柄はいっさい関係がない。
+αの仕事を依頼をするなら料金が上乗せされるのは当然で、だから家具配送にはよく、有料の搬入オプションや組み立てオプションがあるのだ。
でも彼女は本来有料であるサービスを無償で要求し、断られたことを「冷たい」と言った。
サービスを、ビジネスの一貫ではなく、個人対個人の善意の奉仕だと認識する。
善意でやるものだから、断るのはひどいことで、金を払う必要もない。
こういう考えがあるから、日本では「サービスはタダで当然」と過度な要求をする人が多いのだろう。
とはいえわたしは別に、「日本人はダメだ!」的なことを言いたいわけではない。
なぜならこの現状は、サービス提供者たちが、みずから招いたことでもあるのだから。
安売りの限界から精神論のサービスへ
日本はつねづね、いいものを安く売ることを追求してきた。
しかし安売りには当然、限界がくる。
結果、サービス競争という不毛な争いに足を突っ込んでいった。
あれもこれも無料でつけるからうちで買ってください、と特典をひたすら上乗せしたり。
24時間営業の店が1軒できたら、まわりも後れを取らないように24時間営業にしたり。
ライバル店が配送料無料にしたら、すぐにそれを真似したり。
しかしこういったサービスにもまた、限界がある。
では次は?
そう、精神的なサービスの競争だ。
より笑顔で、より丁寧に、より親切に。
これは精神論でどうにかなるので、元手はゼロ。
とにかくペコペコとこびへつらうことで、「いいサービス」を提供し、他と差をつける。
こういったサービス競争の結果、日本では本来金を取るべきである多くのサービスが、無料になってしまったのだと思う。
仕事としてのサービスと、善意による親切がごちゃまぜになって、「仕事なんだから客の言うことを聞け。でもサービスは善意によるものだから金はもらえないし、やらなければ人間性を否定される」なんて妙な状況が、いまの日本だ。
そして「善意」である以上、「それをしない=悪い人」になる。悪い人を叩くのはまちがいじゃない、だってわたしはひどいことをされたんだから。と、クレーマーが増えていく。
サービスを受ける側、それもクレーマーが圧倒的に得をして、サービスを提供する側がしんどい思いをする。
これが、「おもてなしの国」のあるべき姿なんだろうか……?
金を払わずいいサービスを受けられるのが日本の魅力
なんてことを、カフェでオレオパフェを食べながら、夫と話していた。
わたしは自分の主張の正しさを100%疑わずに、「日本のサービスももっと金を取ればいいんだ」と力説していたが、夫は「そうかなぁ?」と苦笑。
「それって裏を返せば、『貧乏人は雑に扱ってもいい』ってことでしょ? 『金を持っていなければサービスする価値はない』っていうのと同じだよ」
「まぁたしかにひどい言い方かもしれないけど……。でも1000円パスタのイタリアンで、一流のサービス求めるのはおかしくない?」
「うん、でもそれをするから日本のサービスはすごいって話になるんじゃないの?」
ふーむ、たしかにそう言われればそうかもしれない。
「外国人が日本のサービスに感銘を受けた!」的なやつは、物価が安い東南アジアのレストランに行って、「1000円でこんなにご馳走が食べられた!」と日本人がはしゃぐのと同じようなものか(まぁ日本もかなり物価が安い国ではあるけど)。
たしかにそれは、悪いことではない。
少ない出費で高い満足感を得られるのは、その国の魅力でもある。
でもその結果、要求ばかりはいっちょまえで財布が空っぽな人間に余計なコストをかけ、マナーがいいお客様にサービスする余裕がなくなってしまっては、本末転倒だと思うんだよなぁ。
客を選んでいいお客様にはいいサービスを
日本には「金を受け取らないことが誠意」という考えがあるから、「サービス有料化」という考えとは相性が悪い。
金銭目当てでサービスしないことで付加価値をつけているから、金をもらった時点でその価値がなくなってしまうのだ。
でもいいサービスをするためには、コストがかかる。
そのコストをまかなえるかどうかを考え、「どこまでサービスするのか」の線引きは必要だと思う。
つまり店はもっと、客を選ぶべきなのだ。
サービスに割ける時間、労力には限界があるのだから、ワガママな客にコストを割くよりも、いいお客様にサービスしてリピーターになってもらったほうが絶対にいい。
そっちのほうが、「このお客様にサービスしてよかったなぁ」という気持ちにもなれる。
客側も、「サービスするに値する客でなければもてなしてもらえない」と学べば、しぜんと「マナーよくしよう」という意識になっていくだろう。
お互いが相手を思いやってこその、「いいサービス」だ。
というわけで最後に、松下幸之助による『人生談義』から、一節引用してこの記事を締めよう。
サービスというのはね、本来相手を喜ばせるものであり、そして、またこちらにも喜びが生まれてこなければならないと思うのです。相手が喜んでくれれば自分もうれしい、それは人間の自然な感情ですよ。そういう喜び喜ばれる姿の中にこそ、真のサービスもあるのです。
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ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
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当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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