サンフランシスコ空港にて

私は昔からアメリカとの相性が悪い。なぜなら、入国と同時にセカンダリールーム(別室)へ連れて行かれるからだ。

 

それこそ、人生2度目のセカンダリールーム送りとなった時の理由は「(ただ単に)怪しいから」というものだった。その言葉を聞いた私は、「こんな理不尽なことが許されるのか⁉︎」と、こみ上げる怒りと不信感で立ちくらみを覚えた。

(後にも先にも「Suspicious」という単語を、面と向かって言われたのはあの時だけだ)

 

そんなこんなで私は、アメリカの中でも「セカンダリールーム送りの名所」として有名な、サンフランシスコ国際空港を突破するべく、長い列に並んでいた。とはいえ、ここ最近の勝率はかなりいいので、今回も問題はないはず。

そもそも毎年、9月に所用でラスベガスを訪れているため、そのあたりは入国記録を見れば一目瞭然。よって、怪しさの「あ」の字もないわけだ。

 

——こうして私は、何事もなくイミグレーションを通過したのである。いやはや当然のことだが。

 

 

「・・Stop here!!」

サンフランシスコからラスベガスへ向かうため、国内線の保安検査場を通過する際に、恰幅(かっぷく)の良い女性検査官に呼び止められた。

 

今日の服装はタンクトップに短パン、足元はビーチサンダルという軽装ゆえに、どこをどう見ても問題があるようには思えない。いったいどんな難癖をつけようってんだ——。

 

「右足の親指に巻いてあるテーピング、それが怪しいわね。なにか薬物でも仕込んであるんじゃないかしら」

私は耳を疑うと同時に愕然とした。

 

——この国は、どこまでヒトを疑えば気が済むんだ?このテーピングが怪しいだと?

 

これは、根元からガッツリと剥がれた生爪を、懸命に圧着するという重要な役割を担っている。それをなにか?ここへ薬物を忍ばせているだと?バカバカしいにもほどがある!

 

私がなぜここまで怒るのかというと、ただでさえ入国審査が混みあっていたため、乗り継ぎ便の搭乗終了まであと5分を切っていたからだ。

 

とはいえ、ここで揉めたら大変なことになる…というのは想像に難くない。やむを得ず私は、言われるがままパイプ椅子に腰掛けると、女性検査官の指示を待った。

 

「自分の手でテーピングをペタペタと触りなさい。その手に検査薬をかけてチェックするから」

いかにもめんどくさそうな言い方と態度にムッとした私は、思わず、

 

「なぜ私が?あなたが触ればいいじゃない?」

と半笑いで返した。すると彼女は激昂し、

 

「ハァ?!ふざけたこと言ってんじゃないわよ!なぜ私がアンタの足を触らなきゃならないのよ!自分の手で触れなさい!」

と、烈火のごとくまくしたてた。

 

これ以上引き延ばしたら、本気で乗り遅れる。ここは大人しく従うしかない——。

察した私は右足のテーピングをギュッと握ると、憮然とした表情の女性検査官に手を差し出した。彼女は無言で薬剤を塗布すると、スキャナーのような機器でチェックを始めた。

 

「陽性反応が出ればいいのに」とでも願っているかのように、鼻歌まじりに作業をする彼女に向かって、

 

「あと3分で搭乗終了なんだけど、乗り遅れたらどうしてくれるの?」

と穏やかに尋ねた。すると彼女は待ってましたとばかりに、

 

「ハッ!知らないわよ!アンタの荷物がどこかへ飛んでいこうが、アタシの知ったこっちゃないわ!」

と、高らかに笑い始めた。・・あぁ、余計なことを口にするんじゃなかった。

 

 

こうして、薬物反応が出ることもなく検査は終わり、私は搭乗口へとダッシュしたのである。

 

ラスベガス空港にて

一週間ほどの滞在を終えて、私は帰国の途に就くべくハリー・リード国際空港にやってきた。

それにしても、アメリカという国は「来るもの拒み、去るもの追わず」的な側面がある。入国審査の厳しさというかネチっこさに比べると、帰国時のアッサリとした対応には思わず笑みがこぼれる。

 

こうして、「さっさと出ていきなさい」と言わんばかりの追い立てにより、私はラスベガスからサンフランシスコへと向かった。

 

そして事件は機内で起きた。

離陸時刻をとうに過ぎているはずだが、キャビンクルーは慌ただしく動いており、飛行機が飛び立つ様子はない。

 

サンフランシスコ空港での国際線への乗り換えは1時間もないため、わずかな遅延が命取りとなりかねないのだが、いったいなにが起きたというのか——。

 

「整備作業により、離陸は30分後になります」

突如、機内アナウンスが流れた。ま、待ってくれ!ただでさえ余裕のない乗り継ぎ時間なのに、30分も遅延されたら絶望的じゃないか。なぜ今さら整備作業など・・。

 

だが、どうあがこうがこの遅延は決定している。もはや気を紛らわせるしかないと悟った私は、散歩がてら後方にあるトイレへと向かった。

 

待ちぼうけをくらった搭乗客が考えることは、ほぼ同じなのだろう。すでに数人のトイレ待ちがいたため、私はその最後尾に並んだ。すると、一人の老人がニコニコしながら話しかけてきた。

 

「あなたは、この遅延の本当の理由を知っているかい?」

なんとも意味深な質問だが、私はもちろん「知らない」と答える。

 

「この国はね、整備作業だの通信機器のトラブルだの、われわれ乗客が確認できない理由で離陸が大幅に遅れることがある。そんなときは必ず『別の理由』があるんだよ」

 

どうも胡散臭い内容だが、年寄りの戯言だと思って話に付き合うことにした。

整備作業や通信機器のトラブルは、ごく普通に起こりうる現象。だがこの老人いわく、定期的に発生する大幅な遅延の裏には、実は別の理由——すなわち「上級国民による何か」があるのだそう。

 

そんな都市伝説のような話に相槌を打ちながらも、順番が回ってきた私はトイレへ消えると、その老人との会話も終了となった。

 

 

座席に戻ってしばらくすると、背後から呪文のような悲鳴のような、なんとも奇妙な震え声が聞こえてきた。

(マズい。頼むからこれ以上トラブルを発生させないでくれ・・)

そう祈りながらも、その正体が気になる私は座席の隙間から背後を覗いた。

 

すると、一人の老婆が小刻みに震えながら、空中に向かってなにかを訴えかけているではないか。よく聞き取れないが、この飛行機は呪われている、私を解放しなければさらに呪いをかける、というようなことをブツブツと呟いている。しまいには感極まって泣き出すではないか。

(あぁ、これはマズい。このままじゃ、飛行機は飛ばないぞ・・)

 

子どもならば、あの手この手であやしたりなだめたりできるが、相手は人生の達人である老婆だ。しかも呪いが使える能力者であり、そう簡単にどうにかできるとは到底思えない。

 

すると案の定、機内に警察官が乗り込んで来た。そして泣き叫ぶ彼女を抱えながら、地上へと連れ出したのだ。その直後、こんな機内アナウンスが流れた。

「当機から降ろさなければならない乗客がいたため、離陸は50分遅れます」

 

——終わった。上空でどれほど速度を上げようが、もう間に合わない。私がサンフランシスコに到着する頃、搭乗予定の飛行機はすでに離陸しているだろう。

 

再び、サンフランシスコ空港にて

降機と同時に私は走った。これほどの全力疾走をしたのはいつぶりだろうか。とにかく今は、搭乗ゲートへ走るしか方法はない。

さすがに、国際線が国内線の遅延を待つことはないだろうが、それでもこの目でゲートが閉じたことを確認しなければ気が済まないのだ。

 

ここ、サンフランシスコ国際空港はユナイテッド航空のハブ空港でもあるため、一日1,000を超える発着便数を誇る。そのため、搭乗予定の機体がわざわざ遅延便を待つとは思えない。だがもしかすると——。

 

なだれ込むように搭乗ゲートへたどり着くと、そこには航空会社のスタッフの姿があった。どうやら私は、間に合ったらしい。

そして勢いそのままに機内へ足を踏み入れた瞬間、ちょうどアナウンスが流れ始めた。

「通信機器のトラブルで、この飛行機の出発は40分ほど遅れます」

 

安堵よりも先に、あの老人の笑顔が脳裏をよぎった。通信機器のトラブルによる大幅な遅延はウソ、そこには「別の理由」がある——。

 

 

私とアメリカとの相性は悪い。だが毎回、空港内だけでも稀有な体験ができるので、それはそれでいい思い出となっているのだ。

(了)

 

 

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【著者プロフィール】

URABE(ウラベ)

ライター&社労士/ブラジリアン柔術茶帯/クレー射撃スキート

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