仕事柄、今まで人材育成について大変多くの企業から相談を受けてきた。そして、そこで聞かれる質問は、究極的には3つの質問に集約される。
1.何を学んでもらうのが良いか?
2.学習の効果をどのように測定するか?
3.どうしたら自分から学ぶようになるのか?
非常にシンプル、かつ本質をついた質問である。この質問に応えることが出来れば、人材育成のやり方で困ることはないだろう。
深く考えずに教育を勧める人は、概ね次のような回答を行う。
1.の質問に対しては、「まずは一般的なビジネススキル研修とOJTからやりましょう」
2.の質問に対しては、「テストを行う」か、「上司が評価しましょう」
3.の質問に対しては、「まずは強制しましょう」
上の3つの回答は、記憶の定着を重視する、「トレーニング」としては効果を発揮する。つまり、育成と言うよりは訓練に近い。そういう意味では、例えば小学校で漢字の書き取りをやらせたり、計算ドリルをやらせたりすることに似ている。
従って、何かの動作ややり方を反復するような仕事においては、上の方法で訓練を行うことで、成果をあげることができる。「定形業務」や、「受験」、「資格取得」が目的であれば、この方法で良い。
しかし、この方法での訓練は、社会人に対してはせいぜい入社して半年間やるだけで十分である。実際、「覚えなければならないこと」は、ほとんどが実際の業務の中で得られるからだ。
だが、多くの会社が「人材育成をやりたいと思う動機」は、これだけではあるまい。もちろん、新人を普通の仕事が出来るレベルに引き上げることは重要である。が、明日の会社を作り上げていく有能な人材を作るには、これでは不十分だろう。
さて、人材を育成するために何が必要か。私見は以下のようなものである。
1.の質問に対しては、「なんでも良い」である。欲を言えば、「仕事と関係あるかどうかわからないけど、本人が真剣にやれて、面白いと思うこと」を選んでもらったほうが良い。「なんで仕事と関係ないことに、会社がカネを出さなければいけないんだ」と思った方。特に育成を行わなくてもいいと思う。無理してやる必要はない。
だが、人間の成長、というものは、本質的に「多様性を身に付ける」ということに他ならない。他者の考えを受け入れ、新しい考え方や行動を生み出すことだ。そして、そのようなものは、機械的に「このインプットを与えれば、このようなアウトプットが出る」という形で生み出されるものではない。人間はもっと複雑だ。
カネをかけたんだから、カネを生み出せ、というのは企業の論理としては正しいが、育成の論理としては正しくない。子供に、「金を払って学校へ行かせたんだから、稼げる人間になれ」と言っているのと同じだ。人材育成は、金を稼ぐ技術を中心に据えてもうまくいかない。
とは言え、安心して欲しい。「全く関係ない事」を学習する人は極めて稀である。自分で「仕事に使えそうだ」と思わなければ「真剣にやりたい」と思わない人が多いだろう。
したがって、2.の質問に対しては、「外部からは測定が難しいので、自分で設定してもらう」というのが答えだ。人材育成の効果は定量的に測りにくい。「この人はどの程度人間として奥深いのか」が定量が難しいことと同じだ。
しかも、そのアウトプットは直接的に「稼げる」という形では出てこない。「少しいいことを言うようになった」とか、「行動が早くなった」であるとか、「信頼感が上がった」など、間接的に随所に出るだけである。
ただし、本人のやる気を継続する意味でも、「何を学んだか」は社内外問わず、発表してもらったほうが良い。測定できなくとも、その人が変わったことは周りの人は感じる。「客観的事実や数値」にこだわらなくても十分である。
3.の質問に対しての回答は、「やりたい人だけにやらせる」が自明である。
育成の結果が出るまでには時間がかかる。本人も、本当に学びたいことでなければ続けられない。従って、本人の意思が最優先である。自由時間を削っても、時間外手当が出なくても、勉強したい人がいれば、やってもらう。
そこまで言うと、「うーん、ウチにはそういう人はいないなあ、どうすればいい?」という質問を受ける。そうであれば、答えはカンタンだ。「採用のやり方」を変えるか、「事業を魅力的なものにして、良い人を集める」しかない。
さらに言えば、先人たちが教えるように、部下は上司の器までしか育たない。部下が「勉強したくない」というようであれば、それは上司のせいだ。
「率先垂範」という言葉があるが、まずは「自分」が真剣に勉強する。社内外に発表する。ということで見本を見せることが、もっとも人材育成の方法として優れている。「他の人に勉強して欲しければ、自分から始めるより他はない」ということなのではないだろうか。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)