***本記事は書評サイト「シミルボン」からの配信記事です***

文:杉江松恋

 

学生のころ、ゲテ物喰いに憧れた時期がある。

きっかけは1冊の本だった。講談社が出していたドラゴンブックスという子供向けの叢書がある。志水辰夫が別名で書いた『生き残り術入門』が有名だが、他の本もかなりな価格がつく稀覯書として取引されている。その中の寺ノ門栄『飢餓食入門』が愛読書だったのである。

 

1970年代中盤から1980年代初頭にかけて、結構な終末ブームが存在した。小松左京『日本沈没』やその映画化作品、五島勉のノストラダムス本などが火つけ役で、児童書にも「世界はこうやって終わる」と煽り立てるものが続出したのである。

背景にはもちろん冷戦の存在があり、一歩間違えば核戦争で人類は簡単に滅亡するということが日常的な恐怖としてあった。

 

私の場合はレイチェル・カーソン『沈黙の春』やトマス・ロバート・マルサス『人口論』も気になり、特に後者については、やがて深刻な食糧不足の時代がやってくるのではないか、という心配で眠れない夜も幾度か過ごした。

高校の現代社会で厚生省(現・厚生労働省)の人口問題研究所に行ってレポートを書いたこともある。そのころは今のような少子化時代が日本に到来することなど、まったく予想していなかったのだが。

『飢餓食入門』もそういう関心で読み始めたのだと思う。将来食べるものがなくなったときのために、というわけだ。そしてまったく別の理由で嵌まった。紹介されている飢餓食が、まことにもって美味しそうだったからだ。

 

今手元に本がないのが実に残念である。『飢餓食入門』はレシピ本といってもよく、この動物はどう料理すればうまいか、ということに記述の主眼があった。

たとえばカブトムシの幼虫は汁気がたっぷりであるとか、モグラの肉の臭みを抜くにはどうしたらいいかとか、そうした記述の一つひとつに魅了された。

そして、自分でもやってみたいと思ったのである。

 

当時私が住んでいた多摩市南部は結構な鄙で、町田市との境は里山のようになっていた。そのへんを歩いていると空の薬莢を拾うこともあったので、たぶん狩猟が許可されていたのだと思う。

したがって頑張って山の中に入れば、憧れの飢餓食の材料となる虫やら小動物やらを捕り放題だったと思うのだが、幸か不幸か、それが可能になるほどの知識や根気が私には欠けていた。

徹底したインドア派だったので、山歩きも数日すると飽きて、本の世界に戻ってしまったのである。かくして私の飢餓食実践は中途半端な形で未遂に終わった。

 

成人した後でその熱はやや再発し、新しい国に旅すると何か珍しいものは食えないか、と探すようになった。

しかしそれも、桂林でコブラのスープを飲んだり、ホー・チ・ミンでサソリの唐揚げを喰ったり、という程度で、飢餓食本来の主旨からは大きく外れたものであった。

そういえばタイで犬が食えるという噂を聞いたのでレストランに入るたびに聞いていたら店の人たちに爆笑されたことがある。「犬は精力をつけるために喰うものだから人前で言わないほうがいい」というわけだ。犬を食いたければ北部のナコーン・サコーンに行け、と言われた。

 

というわけで中途半端なゲテ食好きなのであるが、最近続けざまにその方面の本を読んだ。世の中にはやはり、一定数の同好の士がいるのである。

最初に読んだのが玉置標本『捕まえて、食べる』(新潮社)だった。これはゲテ食の範疇に入れては気の毒な本で、中に出てくる生物はスッポン、ギンポなど結構な高級食材ばかりである。

著者にとって重要なのは「捕まえて」の部分にあり、干潟に行ってアナジャコを筆で釣るような、変わった手段の漁を紹介する本と言ったほうがいいだろう。

中でもっともやってみたいと思ったのは、世界で二番目に臭い料理であるホンオフェを自作する章である。

作り方は、エイの切り身を甕に入れて放置するだけ、とありいかにも簡単そうなのだが、ものすごい臭気が漂うことも明記されているので、なかなか手が出ない。甕を庭に置いてたら、毎日やってくる野良猫からそっぽを向かれそうである。

紹介されている生物の数では『捕まえて、食べる』よりも平坂寛『喰ったらヤバいいきもの』(主婦と生活社)のほうが圧倒的に多い。

……

(続きはシミルボンで)

 

 


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