「はてな匿名ダイアリー」に、こんな記事がありました。
仕事も落ち着いて、まとまった収入も貯金もできて、好きなモノを好きなときに食えるくらいの身分になったから、この間の夜ヨメさんと銀座に出て、初めて超高級な、いわゆる「回らない」寿司を食べてきたんだ。
要約すると、好きなものを好きなだけ食べられるくらいの収入が得られるようになった増田さん(この文章の書き手)が、はじめて銀座の回らない寿司屋に行き、夫婦でひとり3万円くらいの夜のおまかせを食べた。
おいしいのはわかるんだけど、なんだか萎縮してしまって楽しめず、これならスシローとかすしざんまいみたいな安い回転寿司のほうが好きだと思った。
でも、そんなふうに感じてしまう自分が、ちょっと悲しい。まあ、そういう話です(って、もともとそんなに長くないので、要約になってないですね)。
僕はこの増田さんに共感したのですが、ブックマークコメントを読んでみると、これだけの情報なのに、いろんな読み取り方をする人がいるんですね。
「うまい寿司屋情報」はそれなりにありがたいのだけれど、この人は「ものすごく美味しかった」と、味に不満なわけではないし、「高かった」とも書いていない。
僕は以前、回転寿司と「回らない寿司」は、値段の差ほど味に違いはないと思う、と書いて軽く炎上したことがあったのです。
「お前は味覚オンチだ」
「本当に旨い寿司を食べたことがないんだろう」
いやいやいや、「値段ほど」って書いてあるはずだけど……。
このときに痛感したのは、世の中には「食べ物マウンティング」というのが存在する、ということなのです。
そのなかでも「寿司マウンティング」は、かなり強烈なものがある。
それこそ、一皿90円から、一貫数万円、という世界なので「君がどんなものを食べてきたか言ってみたまえ、君がどんな人間かを当ててみせよう」という人にとっては、格好の題材なんでしょうね。
僕はこれまで、それなりに高い回らない寿司も食べてきました。基本的に、食にはさほどこだわりがない人間なので、つきあいとか、接待で行ったことがほとんどです。
増田さんの「おまかせで3万円」というので思い出したのが、一度だけ行ったことがある『すきやばし次郎』でした。
ミシュラン3つ星!もはや寿司の世界の生きる伝説!あの小野二郎さんが握る寿司とは、どんなものなのか?
周囲からは、「とはいえ、一食3万円なんて、高すぎるだろ」とさんざん言われたのですが、一度きりの人生だし、どんなものか体験してみよう、と同好の士とともに潜入したのです。
事前情報では、小野二郎さんが直接握ってくれないこともある、ということだったのですが、僕たちは運よく小野さんが握る寿司を食べることができました。
その寿司は……美味しかったです、やっぱり。
僕は光りものがけっこう好きなのですが、さわやかな味わいと、口のなかで自然にほどける酢飯。なかでも、穴子はまったく骨っぽさがなく、これが本当に穴子なのか、と驚きました。
「あの伝説の寿司屋」ということで、緊張していたんですよ。
目の前で、小野二郎さんが握ってるし!
最後に
「これでひととおり終わりましたが、何かもう一度、というものがあれば……」
と尋ねてくださったのですが、
「こういうとき、何を頼むのが適切なのか……トロとか頼んだらとんでもない値段になるし、このシチュエーションで的外れのオーダーをしたら、素人だと鼻で笑われるのではないか(素人なんですが)。うーむ……」
と悩み、結局、「おなかいっぱいです」と答えてデザートにしてもらいました。たしかに、けっこうおなかいっぱいだったんですけどね。
それでも、回転寿司だったら、あと二皿くらいは食べていたのではなかろうか。
ちなみに、食べ始めてから、店を出るまで、30分から40分くらい。
「すきやばし二郎」では、とにかく寿司を味わってもらいたい、ということで、まずは小鉢や刺身でお酒を飲んで……という流れではありません。
座るとおまかせで寿司がどんどん出てきます。
本当に20種類くらいの寿司が、「どんどん」出てくるんですよ。一緒に行った友人は「わんこそばみたいだった……」と述懐していました。
食べ終わったら、流れ作業のように退店です。出ていけと言われるわけじゃないですが、そういう雰囲気なんですよ。
もちろん、寿司は、握りたてが旨い。
店もお客さんの予約でいっぱい。
近くの席で小学生くらいの子供が平然と寿司を食べていて、これが日本の階級社会か……などと愕然としたのも事実です。
僕にとっては、3万円払うのなら、「寿司の味はランクが落ちてもいいから、もうちょっとのんびりしたい」という気持ちのほうが強かったのです。
3万円あれば、ニンテンドースイッチが買えるのに、食べ終わったら消化されて排泄されるものとしては値が張りすぎる。
それでも、こういう店が、日本代表として燦然と輝いてくれるのは良いことだよなあ。僕も総理大臣になったら、アメリカの大統領と一緒に来たい。
とりあえず、今の僕は、一度「体験」できれば満足、という感じでした。
1万円の回らない寿司屋なら、3回行ける。スシローなら、家族で5~6回は余裕でしょう。
最後にもう一貫、という時に、「トロとか頼んだらヤバいよなあ」という人間には、向かない場所なんだと思う。
ただし、個人的な見解としては、一生に一度くらいは、それも、あんまり高齢にならないうちに「体験」しておいても損はしないんじゃないかな。
「3万円」とはいえ、こうして話のタネやブログのネタにもできることを考えれば、そんなに高くはないのかもしれません。
(これは「自慢」だと思われるかもしれませんが、もちろんそうです。3万円を30分で使ったら、せめて自慢くらいしたくなるんです、すみません)
正直、増田さん(匿名ダイアリーの書き手)が行った店が「すきやばし次郎」だったかどうかはわかりません。銀座に寿司屋は星の数ほどあるので、違う可能性のほうが高そうです。
「すきやばし次郎」というのは寿司店のなかでも特殊な店ではあります。『ラーメン二郎』基準で、「東京のラーメン屋」を語るようなものかもしれません。
けっこうゆっくりできて、居心地もよく、値段もそれほど高くない鮨屋にも、東京にはたくさんあります。
値が張る寿司店にも、増田さんがくつろげる店はあるでしょうし、お金と興味があったら、いろんな店を発掘してみるのも良いのではないかと。お金がなければ選択の範囲は狭くなるけれど、お金があれば、好きなところを選べるのだから。
回転寿司は回転寿司で、食べたいものを食べたいだけ食べるときに行けばいい。
そこにあるのは優劣ではなくて、TPOだけです。
高級寿司店でのふるまい、について、『ダーリンは72歳』という西原理恵子さんの漫画のなかに、高須院長のこんな話がありました。
「ニューオータニでは、あの『久兵衛』が、高須院長用に『大トロ茶漬け丼』をつくって、ルームサービスでもってきてくれる」
食べる時間がもったいない、ということで、「寿司茶漬け」を好む高須院長向けの特別メニューみたいなのですが、店だって、相手が大金持ちだったり、社会的地位が高い人だったりすれば、寿司のルールみたいなものは飛び越えて、「融通をきかせる」わけですよ。
だって、商売だもの。
ふつうの人は、店に過剰に迎合して「いいお客」であろうとする必要はないのです。
どんなにへりくだったって、僕に『大トロ茶漬け丼』をつくってくれるとは思えないので。わざと迷惑をかけるようなことさえしなければ、それで十分。
……などと、グルメっぽい締めなのですが、僕は出張の際には、松屋かコンビニ弁当で済ませて、ホテルでごろごろしていることが多いです。
何も余計なものがないビジネスホテルのシングルルームって、なんかすごく快適なので。
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【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
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(Photo:City Foodsters)