ピーター・ドラッカーは著作の中で、「人の育成こそ、組織のもっとも重要な課題である」と言った。
4月のこの時期には、大勢の新入社員が企業に入ってくる。必然的に、この時期の企業に課せられた大きな課題の一つは、「新人をいかに育成するか」だろう。
だが人の育成は、それほど簡単ではない。
特に新任のマネジャーは、「どうしたら部下が育つのか」について、非常に思い悩むことも多いだろう。
そこで今回は、人材育成に関する幾つかの重要な指針を取り上げて紹介する。
1.モチベーションについての原理
部下の育成に際して、最初に悩む方が多いのは技能や技術云々ではなく、「モチベーション」、つまりやる気についてである。
というのも、「やる気がない人」には、何を教えてもムダ、と考えるマネジャーが非常に多いからだ。だから、マネジャーは一般的に「部下のやる気のあげかた」を知ろうとする。
だが、それはあまり実りの多いこととは言えない。なぜなら、やる気はコントロール出来ないからである。
インテルの元CEO、アンドリュー・グローブは著作の中で、「やる気を起こさせることはできない」という。
マネジャーはどうやって部下にやる気を起こさせるか。一般的に、このことばには、何かを他人にさせるというような含みがある。だが、私にはそういうことができるとは思えない。モチベーションなるものは人間の内部から発するものだからである。
したがって、マネジャーにできることは、もともと動機づけのある人が活躍できる環境をつくることだけとなる。
より良いモチベーションというのはとりも直さず業績が良くなることであって態度や気持ちの変化ではないのであり、部下が「自分はやる気が起きた」などということにはなんの意味もない。大切なのは、環境が変わったために〝業績(遂行行動)〟が良くなるか悪くなるかである。
これは全くその通りで、マネジャーにできるのはせいぜい「部下のやる気を損ねないこと」だけだ。
逆に言えば、マネジャーは無理に部下のやる気をあげようとしなくてよい。言わなくても、環境さえ整えば大抵の部下は会社に貢献しようとするし、仲間と上手くやっていきたいと考えている。
では、環境づくりで決定的に重要なことは何か。
それは「効率性の重視」である。私のかつての上司は「上司の役割は、部下の靴の中の石ころを取り除いてあげることだ」といっていたが、まさにその表現が正しい。
部下が靴の中を気にせず、全力で走れるような環境を整えることが、マネジャーの仕事だ。
ドラッカーの洞察は、環境づくりについての本質をついている。
マネジメントの能力の有無は、仕事を中断することなく効率的に働けるようにすることができるか否かによって判定される。
毎朝自分が手紙を読み終わるまで部下を待たせ、午後にその時間を取り戻させるべく圧力をかける経営管理者ほど、コストを増大させる者はない。
いかなる組合の演説家といえども、一週間前に用意できたはずの工具を探している間部下を遊ばせておく職長ほどには、効果的に生産量を落とせはしない。
万一のときのために技術者を温存し、意味のない仕事をあてがっている主任技師ほど、士気を破壊する者はいない。
これら計画性の欠如はマネジメントに対する敬意を失わせる。優れた仕事を要求されていないと思わせ、最大の努力をしようという気を失わせる。
マネジャーは、部下に複雑なことを要求してはいけない。
非合理を廃し、成果についての情報を与え、自らの仕事ぶりへの適切なフィードバックを受ければ、人はゲームにのめり込むように、仕事を熱心にするようになる。
2.スキル習得の原理
モチベーションのが存在する状態で、マネジャーが次に気になるのは、部下のスキル習得である。
ドイツの社会心理学者、エーリッヒ・フロムは、スキルの習得原理について、次のように指摘している。
技術を習得する過程は、便宜的に2つの部分に分けることができる。一つは理論に精通すること。今一つはその習練に励むことである。
もし医学を習得したければ、まず人体やさまざまな病気についての多くの事実を学ばなければならない。しかし、そうした理論的知識をすべて身につけたとしても、それだけでは医学を身につけたことにはならない。
実際の体験を山ほど積んで、理論的知識の集積と実践の結果が一つに融合し、自分なりの直観が得られるようになったときにはじめて、医学をマスターしたといえるのだ。
この直観こそが、あらゆる技術の習得の本質である。
しかし、理論学習と習練のほかに、どんな技術をマスターする際にも必要な第三の要素がある。その技術を習得することが自分にとって究極の関心事にならなければならない。
フロムが指摘するように、技術習得には3つの要素が存在する。
一、技術習得に対する興味の喚起
二、理論への精通
三、実践と習練
一、が示すものは、部下に対する「仕事の」マーケティングである。マネジャーが仕事の面白さを効果的に伝えるとともに、部下が技術習得に興味を持つように演出することも時には必要となるだろう。
二、が示すものは体系化である。ここでやってはいけないのは「見て盗め」だ。
「見て盗め」は体系とは程遠い。部下が知ろうとしているものに対して、定義付けや法則化、基準の設定が成されているものでなければ、習得には職人芸のごとく、一〇年、二〇年の歳月が要求される。
それは、企業が求めるスピードとは程遠い。マネジャーは必要な知識を体系化し、細分化し、法則化しなければならない。
三、については次項に譲る。
3.訓練の原理
いわゆる「訓練」と言われるものは、前項の理論への精通とともに行われることが望ましい。
だが「訓練」は、漫然と教えられたことを繰り返すだけでは時間の無駄になる。
心理学者のアンダーズ・エリクソンは、何かを長い間継続するだけでは上達しないし、努力さえすれば上達する、という考え方が完全に間違っていることを、調査によって示した。
彼は「訓練は漫然と繰り返しても一向にうまくならない、何を身につけるかに集中する必要がある」と述べる。
ではどうするか。
アンダーズ・エリクソンによれば、効果的な練習には次の要素が含まれていなければならない。
一、はっきりと定義された具体的目標
二、集中
三、フィードバック
四、能力ギリギリの課題
これらの要素は、私がコンサルタントだった頃、新人のときに受けた訓練にかなりよく当てはまる。
例えば、「ロールプレイ」の訓練があったが、目標は「顧客から真の意図を引き出す」「顧客に意思決定を促す」「作業遅延を改善させる」など、都度明確に設定された。
また、ロールプレイの勉強会は主に土曜日、一日かけて集中して行われ、その場で即時フィードバックが行われた。
そして何より、そのロールプレイは憂鬱になるほど厳しいものだった。主催者であるパートナーは言葉の一つ一つにまで気を遣わせ、細かく間違いを指摘し、それができるようになるまで執拗に訓練を繰り返した。
これは「コンサルタントらしい振る舞い」を身につけるのに、大変効果的な訓練であったことは間違いない。
が、しかし、決して楽しいものではなかった。
アンダーズ・エリクソンも「訓練はあまり楽しくない」ことを、指摘している。
アマチュアにとってレッスンは自己表現の場であり、日頃の悩みを歌で吹き飛ばし、歌うことの純粋な喜びを感じる時間だった。
一方、プロにとってレッスンは歌唱技術を向上させるために発声技術や呼吸法などに集中する場だった。集中していたが、そこに喜びはなかったのだ。
プライベートレッスン、グループレッスン、一人での練習、あるいは試合や競技をすることも含めたありとあらゆる練習から最大の効果を引き出すカギはここにある。自分がしていることにとにかく集中するのだ。
本質的に良い訓練の特徴は、簡単にできるコンフォート・ゾーンの外側で努力することである。
しかも自分が具体的にどうやっているか、どこが弱点なのか、どうすれば上達できるかに意識を集中しながら何度も何度も練習を繰り返すことにある。
そして、これが意味することがもう一つある。
よく、社内のトレーニングにも関わらず、トレーニング中に思い切り失敗を責める会社があるが、それは間違っているということだ。
つまり、訓練においては「限界ギリギリ」を狙うわけであるから、意図的に失敗させないと、上達が望めない。逆に言えば、「訓練においては、失敗が許される」という状況を作り出さないと、技能は思うように上達しないのだ。
「お客さんのところでそんなことやってんのか!(怒)」という叱責ほど、訓練の効果を落とす一言はない。
4.強みを活かす、という原理
上のようなことをすべて行ったとしても、成長のスピードは人それぞれである。
「みんなができているのに、なんでお前だけできないんだ」と不満を持つマネジャーも中にはいるだろう。
そこで大抵のマネジャーは焦って、「できない人」を徹底的に強化しようとする。
しかし、マネジャーが絶対に覚えておかなければならないことは、
「全員が同じように成長することはありえない」
という原則である。
本質的に人には得手不得手があり、得意なことでしか、成果を上げることはできない。
次のピーター・ドラッカー言葉こそ、慧眼である。
成果を上げるには、人の強みを生かさなければならない。弱みからは何も生まれない。結果を生むには利用できる限りの強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを動員しなければならない。強みこそが機会である。強みを生かすことは組織に特有の機能である。
組織といえども人それぞれがもつ弱みを克服することはできない。しかし組織は、人の弱みを意味のないものにすることができる。組織の役割は、ひとりひとりの強みを協働の事業のための建築用ブロックとして使うところにある。
つまり、弱みを普通の人並みに強化しようとするのは、時間の無駄である。
実際、私は、成果が上がらないと人事異動を軽々しく行う会社を幾つか見てきた。
最初のうちは「成果があがらないからと言って、異動をさせてしまうのは、本人が傷つくのではないか」と思っていた。
だが、それは完全に間違いだった。
事実、成果が上がらないまま、それを克服させようと、その部署にいつまでも置いておくほうが、遥かに残酷な処置である。
新しい職場で、自らに合った仕事を生き生きとしている人のほうが、無理に出世コースで競争させるよりも、本人にとって遥かに幸せであることが圧倒的に多いのだ。
人は、全てを上手くやることはできない。会社にいるのはほぼ全て、凡人であって、万能の天才の数はあまりにも少ないのだ。
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