台風一過の抜けるような青空、僕にはどうしても忘れられない夏の思い出がある。

それは、ある一組の男女。

 

「シャリさん誰かイイ人いません?」

A子は、行きつけのBARで会うたびに口癖のように言っていた。

そこそこ齢も重ね、仕事も出来る彼女は、世間で言うところの「いい女」だったと記憶している。

 

僕は言った。

「彼氏いたんじゃなかった?」

彼女は

「いつの話ですか、とっくに別れましたよ」

とこともなげに言う。

 

酒場でよくある、そんな他愛もない話をしていると、不意に酒飲み友達B男から着信があった。

「もしもし、近くでのんでます?いっていいですか?」

A子との話題も尽きかけていたのでちょうどよかった。

「おー、来い来い」

 

今思えば、それが悪夢の始まりだった。だが、当時の僕はそんなことを露ほども思わない。

 

安い酒、安い人情が売りの場末のBAR。僕は互いを紹介した。

二人の様子はまんざらでもなさそうだ。

こんな場だ、もりあげてやれ、と僕は「そう言えは二人ともフリーなんだから付き合っちゃえよ!」と茶化す。

「そんなんじゃないですよー」とA子。

「まだ会って1時間じゃないですか」とB男。

 

お前ら、僕の前で堂々とイチャつきすぎだ。

でも、僕の後押しは絶対に効果あった。なにせ、数時間後にはすっかり二人は意気投合して夜の街に消えていったのだから。

 

翌日。

その二人から僕の携帯に連絡が入った。曰く、付き合う事になった、と。

やっぱりな。

季節は冬だったけれど、モヒートのライムとミントくらいお似合いな二人だなと思った。

 

 

 

ところがその後の展開は、僕の想像を超えていた。

彼らは出会って3ヶ月で結婚を決めて、

そして、その後3ヶ月で離婚したそうだ。

 

もちろん、僕はその間の二人に何があったかは分からないし、分かりようもない。なにせ、その日以来、半年彼らには会っていなかったのだ。

でも、僕はすんなりとその話を受け入れた。

 

そして、別れた彼らから、ある日電話があった。

「こんな事になってすみません」

「本当に申し訳ありません」

 

いやいや、謝ってもらっても逆に困ってしまう。

「僕に謝る必要は無いよ。」

と電話口で返し、飲んでいたカイピリーニャの唐辛子の辛みを噛みしめた。

僕は大人の事情に口を挟むほど野暮じゃない。

 

 

一週間後、件のBARのマスターから連絡が入る。曰く、とにかくFacebookをチェックしてみろ、と。

僕はただならぬマスターの様子に、緊張しながらFacebookを開いた。

 

驚いた。

アイスバケツチャレンジや優雅なランチの投稿に混ざって、ひときわ異彩を放つ投稿がそこにはあった。

「A子はワ○ガの✕✕✕」

「そもそもタイプじゃなかった」

「B男はマザ○ンで✕✕✕✕」

「寝顔が気に入らない」

「メシがマズイ」

「バカ舌のくせに」

そこにはつい先日まで家族だった二人の罵り合いがあった。

 

普段、他者から見えるはずのないやり取りが、公然と行われている。

ここはインターネットだ。まずいんじゃないか。

 

はじめは、二人に寄せられるコメントは「辛かったね!」「頑張ったね」などの当たり障りのない同情や励ましの言葉が多かった。

だが夏の暑さののせいか、ヒートアップする二人の熱に当てられたのか、この騒ぎを止められるはずの共通の友人知人が参戦し、暴露合戦が始まった。

 

コメントも徐々に

「だいたい、あなたの家族もおかしい。」など、

周囲を巻き込む毒気を帯びてくる。

多少は責任を感じていた僕は、なんとか事態を収拾するべく説得を試みたが、一度始まってしまった、インターネットのパーティは収まらない。

 

分別があるはずの人々が変貌する。

「どうしようもない人と別れてよかったね!」

「二人が別れて清々したよ」

「あいつはロクなやつじゃない」

「もともと、顔が気に入らない」

親切心なのか、野次馬根性か、皆「悪」を責めることには一切躊躇がない。

 

流れ弾で過去の浮気をバラされたA子の弟がいた。

ひとには言いづらい性癖をばらされたB男の上司がいた。

そこには人の醜さが充満していた、そこはまさに地獄だった。

 

気づくと、見覚えのない電話番号から着信がある。

嫌な予感がする。恐る恐る電話を折り返した。

「もしもし、A子の母ですが、どうしてくれるんですか?」

「え?」

「もしもし、電話変わりましたB男の父です、シャリさんはどうお考えですか?」

「え?え?え?」(そもそも何で一緒にいるんだ?意味がわからん?)

 

どうやら今後の話し合いが行われているらしく、

その場の結論で「二人をあわせたシャリが悪い」になった模様。

ああ……。

このまま電話で話していても埒が開かない。気は進まなかったが、僕は話し合いの場に行くことにした。

 

B男のお父さん。

白髪の恰幅の良いオッサンが、何故かシャリが悪い という超理論をまくし立てる。

A子のお母さん。

紫のメッシュが入ったオバサンは、なぜか腰痛が悪化したって話をする。

 

僕は黙ったままヌルイアイスコーヒーをちびちび飲み、ひたすら聞くしかない。

コーヒーの氷が全て解け、グラスも空になったころ、ようやく訳の分からない時間が終わった。

 

ふと横を見ると当の二人はスマホでゲームに興じている。

僕はもう、怒る気にもなれなかった。

 

ここにいちゃ駄目だ。

自分の親と同じくらいの歳の方々に

「おっしゃりたい事は分からなくはないが、いや正直に言うと全然わからないが」

と必死に弁明とも説教とも取れない話を汗だくで訴え、どうにかこうにか理解してもらいアイスコーヒー代の千円を叩きつけて帰った。

 

帰りしなに僕は独り彼らの事を考えた。

少なくとも僕の知っている彼らは陽気に食を楽しみ酒を酌み交わす、知性と社交性をもった大人達だったはずだ。

ただほんの少しだけボタンを掛け違え、アクセルを踏み込み過ぎただけなんだ、と。

 

いや、彼らだけではなく皆が皆そうなのかもしれない。ただそこに もしかしたら人類には早すぎたのかもしれない未知の道具、SNSがあっただけの話なんだろう。

 

遠くでヒグラシが鳴いていた。

その後二人がどうなったかは知らない。知りたくない。

 

過ぎ去りし台風が残した爪痕は、僕の心の柔らかい場所を

「二度と人の恋愛になんか関わるか!ばーかばーか!」と今でもまだ締め付ける。

 

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(2024/12/6更新)

 

【プロフィール】

筆者:シャリ(@shaleed

ラッパー Hawknest代表 酒場大喜利-suiken-主宰

創作家 メカトロニクス屋 土 のんだくれ

FM TARO [76.7MHz] Friday Groovin’ 準 レギュラー出演中

 

Speech is Golden / Hawknest

(Photo:ROBERTO CARLOS PECINO MARTINEZ