2011年に千葉県でバスジャック事件が起こったことを覚えていらっしゃるだろうか。

当時はもうSNSが普及していたため、事件の現場には何人かのtwitterユーザーが居合わせていた。彼らは何を投稿すべきで、何を投稿しないようにすべきか、慎重な判断を心がけていた。

そのことを知った私は「ネットでは何を書かないようにするかが問われる」という内容のブログ記事を書いた。

「何を書かないようにするか」が問われている-シロクマの屑籠

件のバスジャック事件のような、他人の命運を左右するような状況はもちろん、個人情報管理といったセキュリティ面でも、「何を書かないか」は個々人のネットライフを――特に生残率を――左右する重要因子となる。

自動車教習所では「危ない場面ではブレーキを踏んで徐行しなさい」と習うけれど、あれは、ネットライフにもそのまま当てはまると思う。

「ちょっと危ないかな?」と思ったら、まずは「書かない」というブレーキに限る。そして少しでも時間をかけて、書くべきか、書かないでおくべきか、考えてみるべきだ。

それから8年近い歳月が流れ、その間にたくさんの企業アカウントが炎上し、有名ブロガーの没落やアルファツイッタラーの凍結があった。

昨今のデリケートな状況をみるに、インターネットはますます「何を書かないようにするか」が問われるようになっていると思うので、そのあたりについて述べてみる。

 

炎上していなくても慢心してはいけない

今日日のインターネットは、炎上が起こりやすいといわれているし、実際、炎上の起こらない日など無い。

だから猫も杓子も炎上に神経質になっているわけだが、炎上が起こるかどうかだけを気に掛けるだけでは片手落ちだ。

上のリサーチによれば、炎上に関わっているのは全ネットユーザーのごく一部であるという。炎上に好んで参加し、徒党を組んで他人を罰することに喜びを感じる人々は、ある意味、極端なネットユーザーだ。

そのような人々に目を付けられること自体も、確かに問題ではある。

 

だが裏を返せば、大部分のネットユーザーは炎上に参加していないということだし、炎上していないからといって、「声の静かな多数派」の人心を失っていないとは限らない、ともいえる。

 

たとえばtwitterなどを使っていると、つい、声の大きなアカウントの、攻撃的な発言に目を奪われてしまいやすい。twitterに限らず、今日のネットサービスには「声の大きな少数派」が目立ってしまいやすい側面が確かにあろう。

 

ところが実際には、攻撃的で声の大きなアカウントは少数派でしかなく、ほとんどのアカウントはもっと慎ましい発言を心がけているか、何も発言しない。

せいぜい、時折「いいね」をつけるようなアカウントこそが「声の静かな多数派」なのであって、そうした大きなボリュームゾーンのなかにも、各方面の専門家やオピニオンリーダーといった人々がたくさん潜んでいる。

だから炎上していないからといって慢心していては駄目である。

 

良識ある人々や揉め事を嫌う人々は、あなたがまずい事をネットに書いたとしても、炎上には加担せず、ただ黙って観ているだけである。

そして、そのようなことが度重なれば、黙って去っていくだけである。

 

たとい炎上はしていなくても、過激なことを書きまくっている人・分別なく書きまくっている人は、そうやって穏健な人々を少しずつ遠ざけてしまい、穏健とは言い難い人々、それこそ、炎上が三度のメシより好きな人々を引き寄せてしまうだろう。

 

二年ほど前に、あるインターネットのオフ会で、インターネット老賢人が以下のようなことを言っていたのが記憶に残っている。

炎上は、ヘイトが溜まって下地ができあがっているところに着火すると爆発的に燃える。下地ができていないうちはたいした炎上には発展しない

 

これは、大企業アカウントの炎上に限ったことではない、と私は思う。

個人のアカウントでも、過激な発言や無分別な発言で潜在的なヘイトを溜めている人、穏健な人々を遠ざけて穏健ではない人々を近づけている人は、まさにその炎上の下地をつくっているといえる。

 

炎上を避けたいなら、炎上事例を研究するだけでは片手落ちで、炎上の下地、いわば”可燃性”についても振り返っておくべきだろう。

どういう人々が自分のアカウントに惹き付けられているのかを調べれば、そのヒントが得られるかもしれない。

 

「ファン千人にはアンチ百人が必ずついてくる」問題

一定以上のフォロワー数の、いわゆるアルファツイッタラーのようなアカウントや、大企業アカウントになると、これとは別種の問題にも対処しなければならなくなる。

 

アカウントのフォロワー数が一定のレベルをこえると、ひとつの投稿に数百~数千の「いいね」が集まることも珍しくなくなる。それ自体は、良いことかもしれない。

 

問題は、千人から「いいね」をもらった時には、だいたい百人以上は「よくないね」と思っていることである。

 

たとえば猫の面白かわいい動画をtwitterで投稿したとする。インターネットのなかでは無難なカテゴリーの投稿だろう。それで千人から「いいね」をもらった時でさえ、たぶん、百人前後ぐらいは心のなかで「よくないね」と思っていたりする。

 

その1割かそこらの「よくないね」派の内実は、「俺は猫が嫌いだから猫の動画は見たくない」というものかもしれないし、「そんな動画で通信量を使いたくない」かもしれない。「今日は、なんとなく気分が悪かった」という人だっているかもしれない。

 

ブログ記事のオピニオンともなれば、「よくないね」派はもっと増える。

読者のリアクションが可視化されやすい、はてなブックマークでブログ記事への反応を確かめてみると、否定的なリアクションが1割以下のブログ記事が少ないことに気づく。

百人以上が反応するようなブログ記事では、2~3割程度の否定的なリアクションを伴うことが多い。

 

こうした、不可避的に存在する否定的なリアクションが、アカウントが大きくなると無視しにくくなる。

十万人から「いいね」をもらうことが、一万人以上からの「よくないね」をもらうことと表裏一体だとして、それは、本当にペイしていると言えるのだろうか?

 

もちろん、ペイする場合もある。現に、「一万人から嫌悪されるかわりに百人の熱烈なファンを掴めば成り立つ商売」も存在する。

ただし、そのような商売は炎上と隣り合わせ……というより炎上マーケティングを走り続けなければならない商売なわけで、ほとんどのアカウントや企業が真似できる業ではない。

 

大企業のアカウントのなかには、SNSへの投稿に慎重な態度を取り、ほとんど味のしない、無味無臭な投稿を繰り返すものもあるけれども、その理由が私にはわかる気がする。

大企業のアカウントともなれば、どれほどたくさん「いいね」が付くような投稿でさえ、アンチを生み出し、アンチを刺激する材料になりかねない。

 

そしてアンチの数が増えれば、炎上の下地ができあがり、アカウントの”可燃性”は高くなってしまうのである。

「できるだけアンチを増やさず、炎上の下地を作らないように」心がけた行先は、単なるアナウンスに近い投稿だ。

そのアナウンスでさえ、表現を削りに削った、”官僚言葉”のごときシロモノにならざるを得ない。

 

非公開アカウントでも油断できない

ここまで読んで、「私はフェイスブックを非公開でやっているから関係ない」「私のインスタグラムには影響ない」と思った人もいるかもしれない。

 

私はそうは思わない。

非公開アカウントの投稿が炎上すること自体は稀だろう。

 

とはいえ、フェイスブックやインスタグラムでも、棘のある投稿に無言で眉をしかめている人や、無神経な投稿の羅列を鬱陶しいと思っている人がいるのは変わらない。

 

過激な発言や無神経な投稿を見て、「あなたのそれは間違っている」「そんなに無神経な投稿を繰り返さないでください」とじかに声をあげる人はけして多くはない。

フェイスブックやインスタグラムのような、各人の面子やソーシャルキャピタルが賭けられているオンラインメディアでは尚更である。

 

さりとて「いいね」ばかりで世の中が回っているわけでもなく。水面下の「よくないね」によって、人望は着実に失われていく。

「投稿を見て嫌な思いをしたけれども、相手の面子や今後の人間関係を考えてスルーした」といった経験は、ほとんどの人にあるはずだ。

 

良識を重んじ、お互いの面子やソーシャルキャピタルを意識しあう状況では、人は「よくないね」という評価をそう簡単には表明しようとしない。だから人望の浮沈はいつも水面下で進行していく。まあこれは、ネット普及以前からそうなのだけれど。

 

「何を書くか」を気にするあまり、「何を書かないようにするか」を疎かにするようでは、きっとこれからのインターネットではうまくいかない。

オープンなtwitterやブログも、非公開なフェイスブックやインスタグラムも、そういう基礎的な部分では違わないのではないだろうか。

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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(Photo:amslerPIX)