20代や30代の人にはほとんど印象がないかも知れない。

パソコン黎明期の時代、すなわち1990年代後半から2000年代前半にかけて。

この頃に多少なりともパソコンのヘビーユーザーであった40代以上には、台湾製のデバイスや消耗品は最悪であると言う印象を持っていた人が、とても多いのではないだろうか。

 

30枚が束になっている台湾製のCD-Rをソフマップで買えば、そのうち書き込みエラーが発生する確率はロットによって10枚に迫る勢いで、とても使えない。

そのため、大事なデータは日本製CD-Rに焼き、どうでもいいテンポラリーのデータは台湾製で焼くというのが、当時の常識になっていた。

 

それでも当時、30枚が束になっている台湾製CD-Rが1500~2000円程度であるのに対し、日本製CD-Rは3枚で1000円ほど。

そのため、仕事やプライベートでCD-Rを大量に使う人はどうしても、台湾製CD-Rの「当たり」を期待して使い分ける。そんな時代だった。

 

それから10年以上の時間が経ったが、2018年現在、台湾製のデバイスや消耗品にそのような印象を持つ人はほとんどいない。

というよりも、台湾製デバイスが劣悪であると言う印象を持っていたことすら、すっかり忘れているオッサン世代も多いはずだ。

それほどまでに、台湾製のデバイスや電気製品は「安くてそこそこ使える」ポジションをしっかりと確保し、私達の生活に入り込んでいる。

 

そして台湾に対する好意的な国民感情もあって、そのポジションはますます大きくなるばかりだ。

 

ではなぜ、台湾製のデバイスや家電製品はこのように急速に進歩したのだろうか。単に、企業努力で製品のクオリティがどんどん高まっていった結果なのだろうか。

 

台湾で出会った経営者たちの経営思想

急に話を変えて恐縮だが、2016年4月、日本を代表する家電メーカーの一つであったシャープが台湾のホンハイ精密工業の傘下に入ったことは記憶に新しい。

 

当時、このニュースは日本凋落の象徴のように連日大きく報じられていたが、そんな中、私はある台湾人経営者たちの言葉を思い出していた。

 

話はそれから更に6年ほど遡る2010年頃、私がある先進的な製品を作る会社のCFOを務めていた時の話だ。

その会社で私は、製品を量産化するにあたり中国や台湾の企業と提携して、安価で良質な製品を作れないか。そんなことを模索して、台湾を北から南まで3泊4日の強行軍で周り、15社の経営者とお会いしたことがある。

 

そんな中、ある会社では董事長(=会長、経営トップ)が出てくるなり、

「日本人は、そういう難しいことばかりやろうとするから国が凋落したんだよ。苦労をせず儲けるのが商売の基本なのに、日本人は全くわかっていない。」

と、相当に侮蔑のニュアンスを込めて話し出した。

 

董事長が発言するたびに、周りにいる役員が声を上げて笑っていたので、おそらく同時通訳の台湾人女性が話す内容よりも、相当強烈な内容だったのだろう。

 

そして、「商売の基本がわかっていない日本人とは取引できない」と、全く聞く耳を持ってもらえず半ば追い出されるように、会議は打ち切られた。

なおその会社は、一般的な家電製品をとにかく価格勝負で安く作り成長している、典型的な当時の台湾メーカーだった。

 

これも一つの経営思想だろう。なおかつそれで成功し、台湾で上場している大きなメーカーだったので一つの聞くべき教訓ではある。

しかしながら、その経営者からは大企業のトップであるような度量や品格を、全く感じることができなかった。

 

こんなものかと、やや気落ちしながら次の会社に向かう。

そして会議室に通されると、程なくして董事長、総経理(社長)、副総経理(副社長)に3名の部長が迎えてくれた。

 

そして開口一番に董事長は、日本人かと思うほどに流暢な日本語でこう話した。

「皆さんはなぜ、そのパソコンをお使いなのですか?」

その時に私達が机の上に広げていたのは、安価だが壊れやすいことで有名なメーカーのノートパソコン。私はこのノートパソコンの質の悪さに本気でイラついていたが、アメリカブランドでもメイドイン台湾のPCである。

 

そのため下手なことは言えないので、

「コストパフォーマンスに優れているので、当社は全て、このメーカーのPCを使っています。」

と答えた。

 

すると早速、董事長が食いつき、熱っぽく話しだした。

「コストパフォーマンスに優れているとおっしゃいましたが、私はそう思いません。」

そう話す董事長以下、先方の出席者が机の上に置いているのはパナソニックのレッツノートである。

言うまでもなく、日本が誇るハイエンドノートPCだ。ちょっとやそっとのことでは全く壊れない。

 

つまり、台湾企業のボードメンバーは皆、日本製のレッツノートを机の上に置き、日本側の私達は、メイドイン台湾のPCで話す。

見ようによってはちょっと滑稽なシチュエーションであった。

 

董事長は、更に続ける。

「私は、テレビや洗濯機は台湾製や中国製を使っています。命に関わらないからです。しかし、車やパソコンは絶対に日本製を使います。命に関わり、また会社の死活問題に関わるからです。」

同時通訳の出番は全く無い。

流暢な日本語で、高揚しながら熱っぽく、日本と日本製品の魅力を語りだす。

 

話は多岐にわたり、半ば呆気にとられるようにその話を聞いていたが、その要旨は以下のようなものだった。

「日本人は、日本人の強さを全くわかっていない。」

「日本のメーカーは、誰でも作れるような白物家電の価格競争から早々に撤退して、飛行機やロケットのような高付加価値の製造に移行するべきだ。」

「中国製や台湾製の製品に生命を預けるのは、私たちでもお断りです。でも日本製なら命を預けられる。その強みとブランド力を活かすべきです。」

先に私達を追い出した経営者とは、全く逆の経営思想だ。

 

そして董事長は、私達の製品について喜んで下請けをやりたいと申し出てくれた。

そしてその理由について、

「日本と日本人から学ぶことが、とても多いからです。ぜひ、仕事をさせて下さい」

というような事を話した。

 

最終的にこの董事長をその後、日本に招いて良い関係を築くことができたが、お会いした台湾メーカーでは数社を除き、概ねこのような反応であった。

 

2010年といえば、その前年に民主党政権が誕生して政治・経済が混乱の極みにあった世相である。

そんな中でも、まだまだ日本から貪欲に学ぼうとする台湾の経営者たちは、本当に怖いと感じさせられた。

 

この人たちはきっと、もっともっと大きくなるだろう。そして本当に、日本はハイエンドの分野でも台湾に抜かれる時代が来るかも知れない。

商売では手応えを感じながらも、日本の先行きに、逆に不安を感じる台湾行きになった。

 

日本を去った技術者たち

ところでこの時、董事長が途中退出すると2名居る副総経理(副社長)の一人が、流暢な日本語で話し掛けてきた。名刺交換した時からなんとなくわかっていたが、2名とも日本人である。

「この後、歓待の宴席を設けています。豪華なランチと行きましょう。」

「ありがとうございます。ところで、台湾のこんな大企業で日本人が副総経理を務めているとは意外でした。最初からこちらで就職されたのですか?」

すると2人の副総経理は笑いながら、自分たちのキャリアを話しだした。

 

要旨、2人とも日本の大手家電メーカーで開発の責任者をしていた部長であったこと。しかし、経営不振でリストラの対象になり、お払い箱にされたこと。

そんな自分たちを拾い、活かしてくれたのが董事長であること。

 

台湾人の優しさや日本に対するリスペクトを経験したら、もう日本に帰る気はさらさら無くなったこと、などだ。

ちなみに両名とも、誰でも知っているような日本の、大手家電メーカーの元部長であった。そして台湾に渡り、身につけた技術を活かしその会社の飛躍的な成長に貢献して、ついに副総経理まで昇り詰めていた。

 

聞けば、1990年代後半から2000年代前半にかけて吹き荒れた大リストラの時代。多くの同僚や同業他社の技術者が台湾に渡り、同様の待遇を受けて台湾企業の成長に貢献しているという。

 

なんとも情けない日本の経営者だと、居たたまれない気持ちになった。

これほどまでにやり手で価値のある人たちを、日本の経営者たちはリストラし、それで業績が回復したと喜んでいたのか。

 

なお董事長の日本語が堪能なのは、松下幸之助を始めとした昭和の日本を作った大経営者たちの書籍を、日本語の原文のままで読むために猛勉強したからであることも聞かされた。

こんなに必死で、さらにその上で自分より優れていると思った人を心からリスペクトし、その協力を本気で取り付けようとする人たちに、日本の経営者は勝てるわけがないじゃないか。

 

冒頭にご紹介したCD-Rのクオリティでも、いつまでも台湾が同じところに足踏みをしているわけが無いはずである。かつての台湾製デバイスや消耗品のイメージが、上書きされていて当然だ。

 

正直、「日本人は商売が下手だ」と蔑み、侮蔑するためにわざわざ時間を取ったような董事長は全く怖いと思わない。

しかし、日本をリスペクトし、まだまだ日本から学んでやろうとする経営者は本気で怖い。

 

なりふり構わず学び、合理性に一直線なのだから、日本はいつか台湾にあらゆる分野で負ける日が来るのではないか。

日本の経営者は、台湾人経営者や、その経営手腕で大いに活躍している日本を去った日本人たちをリスペクトし、学ばせてもらうべきではないのか。

自分たちを、自分たちの能力以上に優れた存在であると勘違いしているのではないのか。

そんな事を深く考えさせられる、台湾人経営者たちとの出会いだった。

 

なお余談だが、シャープを買収したホンハイ精密工業。

そのホンハイから送り込まれたシャープの戴正呉社長だが、日本ではシャープの一般社員向けの社員寮に住んでいるという。

赤い帽子、カツラ、社員寮暮らし……再上場のシャープ・戴社長がいろいろすごい

シャープを買収した鴻海精密工業の大番頭だった戴氏が新社長として来日したのが昨年8月。産業革新機構を推す経産省と鋭く対立した末の買収に、シャープの将来を危ぶむ声が消えることはなかった。

着任すると戴氏は、構造改革に取り組み、経費の削減にも大ナタを振るった。自らもシャープから役員報酬を受け取らず、社員寮で暮らした。若手社員の中には社長が社員寮にいることを知らない者もいたほどだったという。「ぜいたくには興味がない」と語る戴氏は着任早々から社員とワゴン車に相乗りして客回りに奔走した。

(文春オンライン)

そんな戴社長について、あるシャープの社員はメディアに、

「社長はもちろん役員でも、今まで社員寮に住んだ人などいません。初めてですよ。」

と、経費節減を上から言うだけでなく、自ら実践する新社長に敬意を向けて話していた。本来であれば、このような「率先垂範」は日本人の価値観であり、強みであるはずではなかったのか。

 

そんな価値観を理解し、実践して日本人従業員の心を掴んだ台湾人経営者は、やはり凄い。

私達が、彼らから学ぶべきことはとても多い。

 

【著者】

氏名:桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。

中堅メーカーなどでCFOを歴任し、独立。会社経営時々フリーライター。複数のペンネームでメディアに寄稿し、経営者層を中心に10数万人の読者を持つ。

(Photo:iphonedigital