社会人になって一段落したあたりから、いわゆる高校の同窓会というものに出席する事となった。

ちなみに高校は某県にあった、そこそこの進学校である。

 

僕は高校入学当初は入試の成績がマアマアよかったみたいで、入学当初は最上位クラスというものに割り振られた。

まあ結局その後、ものの見事に化けの皮が剥がれズルズルと成績は下降線をたどる事となったのだけど。

 

その後、すっかり高校での勉強にやる気を無くした僕の成績はものの見事に下から数えて30番以内まで急落し、高校3年生時にはいわゆる最下位クラスというものに割り振られることになった。

ちなみにこのクラスは当時の校長から

「このクラスはわが校の恥であり、反面教師とせよ」

と全校集会で名指しで指摘されるぐらいに勉強に興味がまるでない人間の集まりだった。

 

と、いうわけで僕はまず間違いなく卒業式のスピーチの類には呼ばれない。

なにせ恥であるω;`)

 

進学校の最下位クラスというのは、実は結構面白い。

いわゆる底辺校だと、校風は荒れたのかもしれないけど、曲がりなりにも進学校の最下位クラスだったのでヤンキーみたいのはおらず、どちらかというと一癖も二癖もあるある変わった奴が非常に多かった。

 

振り返ってみると、最上位クラスの人間はやりたい事はある程度はやりつつも「ここが人生の正念場」とばかりに、自分のやりたい事を制限して学業に励む傾向があった。

一方で、最下位クラスの人間は学校の勉強よりも何らかの興味を持っている事が1つや2つあり、それに時間をかけすぎてイマイチ学業に専念できてない人間が多かったような印象がある。

 

ある意味では最上位クラスの人間は大人だった。彼らだって、興味のある事の1つや2つはあっただろう。けど、ちゃんと学業にも励んでいたのだから大したものだ。

一方で最下位クラスの人間は自分を含めて自制心というものが全く無かった。勉強が自分にとって難しすぎると判断した瞬間、別の面白いことに躊躇なくシフトするのだから、堪え性がないにも程がある。

 

最上位クラスと最下位クラスの進路の違い

とまあ、そんな経緯があって、僕はこの全く異なる2つのグループに属する機会に恵まれたため、卒後は2つの同窓会どちらにも呼ばれるという類まれなる経験をしたのだけど、これがまた非常に面白かったのだ。

 

まず最上位クラスだけど、彼らの多くは、いわゆる超一流大学に進んだ。

上場企業の社員や大学の博士課程に進む人間もいえば、僕のような医者もいた。

最上位クラスに所属していた人間の進路の特徴を一言でいうと、エリートサラリーマンである。いわゆる定時出社・そこそこの残業・地方転勤といった「自制心」が適切に必要とされる職場に進んだ人が非常に多い。

 

彼らの進路は、一言でいうと昭和型のわかりやすい成功例だ。

誰もがわかりやすく歴史がある企業に所属し、そこで歯車として、全く違和感なく存在感を発揮していた。

 

さて一方で最下位クラスはどうだっただろうか?

彼らの多くも、まあ自頭は悪くは無かったので浪人後にそこそこの大学には進学した。そしてその後の進路が非常に面白いのだ。

 

ある人間は美大に進学後、昔からやりたかったゲーム制作会社への進出を希望。

そこで絵が書けるという事を強みにゲーム制作会社に入り込んだはずなのに、結局そこでやった事もなかったプログラミングの才能が開花。結果、現在ではとある有名なソーシャルゲーム制作会社でマネージャー職に就職中。

 

ある人間は普通に薬剤師として勤務する一方で、昔からやりたかった劇団に所属する事となったのだけど、なぜかそこでマネジメント役をする羽目になり、劇団を率いる事となった。今では立派なチームリーダーである。

 

ある人間は在学中に会社員になるのが嫌で大学院に進む一方、小遣い稼ぎにアフリエイト等をやる過程でプログラミングの技術を習得。

その技法が高まった結果、結局フリーのプログラマーとして、某有名大学にヘッドハンティングされる事となった。

 

とまあ、同じ高校にもかかわらず、彼らの進路は驚くほどに異なるものとなった。

ちなみに単純に年収を比較したら、平均値は間違いなく最上位クラスの方が高いとは思うけど、上位層は恐らく最下位クラスの方が高い。

まさに憎まれっ子世にはばかるである。

 

こうして2つのクラス出身者を比較してみると、最上位クラスの人間は社会の要求に自分を合わせるのが非常に上手いと言えるだろう。

入試で良い点を取り、高校3年間も校内テストでトップクラスの点を取り続け、超一流大学に進学。

そして新卒試験や院試を難なく通り抜け、いわゆる社会の歯車的なエリートコースを突き進む。まさにエリートサラリーマンといえるだろう。

 

一方で最下位クラスはどうだろう?

少なくとも僕の友達の先の3人に限って言うと、彼らに共通して言えることは、誰一人として社会の都合に合わせて自分を整形していない。

みんながみんな、自分の好きなことしかやっておらず、むしろそれを社会にうまく迎合させている。結果として、それに需要が産まれ、世間が彼らに迎合する事となった。

 

同じ高校でも、こうも進路が異なるのだから、人間というのは本当に面白い。

 

自制心が低くて良い成績が取れないからって、悲観することはない

僕は正直、最下位クラスに所属している時、自分を含めてこいつらは将来大丈夫なんだろうかと割と不安になった。

「わが校の恥」とまで言われる有様なわけで、若くてピュアな僕の心は流石にちょっと不安になったのは、仕方がないといえるだろう。

 

けど今になって思うと、結局のところ、進学校の最上位クラスと最下位クラスの違いは、自分の時間をどこのベクトルに向けてるかでしかなかった。

 

最上位クラスが自制心をフルに働かせて学業に全力フルコミットしている一方で、僕ら最下位クラスは自分の興味のある事だけに全力でフルコミットしていた。

最下位クラスの僕らには自制心なんてカケラもなかった。自分の興味にだけに全力で、やらなくてはいけない受験勉強なんか目もくれずに、自分のやりたい事だけを徹底的に突き詰めていた。

 

最下位クラスのやった事は、高校側からみれば許しがたい事だろう。

けど、今になって思うと、最下位クラスにいたときに経験した、自分の好きを周囲の目もくれずに徹底的に謳歌するという事が、社会人になってからどれだけ役に立った事かは、ちょっと筆舌に尽くし難いものがある。

 

自制心も熱意もどっちも使えるようになれ

人生、時には相手の要求に正しく答える事も大切だ。しっかり受験勉強して、良い大学に入る事は、その後の社会人生活を送るにあたって、かけがえのないリターンを与えてくれる。

 

一方で、人生は時には自分のやりたい事に無茶苦茶にフルコミットする事も大切だ。自分の熱意で周りを動かす事ができれば、それだけで世界が動くこともある。

高校の3年間で、この2つの全く異なる多様性ある価値観に触れられた事は、何よりも自分にとって幸福なことだった、と今になって凄く思う。

 

これを読んでいる最上位クラス寄りの人は、ちょっとぐらい道を外れる事を経験してみるとよいだろう。

逆に、これを読んでいる最下位クラス寄りの人は、たまには相手の要求にキチンと耳を傾けてみるといいかもしれない。

 

自制心と熱意、どっちもあれば、人生はとてもとても楽しいものになる。

医者とライターという、2つの全く異なったアイデンティティーを今の自分がうまく乗りこなせているのは、この貴重な体験があったからなのかもしれない。

 

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(2019/5/13更新)

 

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高須賀

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