この世には、ごくまれに信じられないほどキラキラした瞬間ってやつが訪れる。

それは予想だにしない瞬間にやってきて、いつまでも眠る前に思い出すような、そんな煌びやかな輝きを残像のように残す。

そう、まるで奇跡だ。

 

もしかして僕はそのキラキラした瞬間を見たくてこのつまらない日々を生きているのかもしれない。

それくらいそのトキは鮮烈で輝かしく、いつまでも脳裏に焼き付く。そして、明日を生きる糧となるのだ。

 

新宿駅東南口の改札を出て長いエスカレーターを下ると目の前にパチンコ屋がある。

その裏手に回るようにして路地に入ってくると、とあるビルが右手に見える。

敷地面積は狭いが、それを補うように上へと延びる細いビルだ。そこはアイドルのDVDを賑やかにモニターで流していて、ガヤガヤした音楽を流している。看板などを見ると一見して怪しい店だとわかる佇まい。

 

店の中を少し覗くとすぐに分かるようになっている。エロいDVDとか売ってる店だ。

地獄へとつながっているんじゃないかと思うほどか細く先の暗い通路の両脇には、ギッシリとエロいDVDが控えていて、ハリーポッターが杖を選んだ場所みたいになっている。

 

2011年秋。僕はその怪しい店の前に立っていた。

エロいDVDはもっぱらレンタル派であり、買うなんてめっそうもない、そう信じて疑わなかった僕は、この手の販売店など眼中になかった。

いつも何も気にすることなく店の前を通り過ぎていた。エロいDVDは一期一会という信義に反するからだ。しかし、この日は違った。先を急ぐ足が止まったのだ。

 

「本日、“成瀬心美”握手会! DVD2枚購入で参加できます」

そのような手書きのPOPが祭囃子のように店頭を彩っていたのだ。

 

「成瀬心美かあ」

成瀬心美さんはこの後にかなりメジャーなAV女優へと上り詰め、知名度を上げることになるが、当時はまだ駆け出しで、そこまでではなかった。

どこかのサイトで見た成瀬心美さんはとてもかわいく、一瞬で気に入った。

 

その気持ちを抱いて発掘する気持ちである日、こう呟いたことがある。

「最近は成瀬心美とかいいね」

別になんてことはない、ただお気に入りのAV女優を呟く。ちょっと評論家気取り。それだけだった。

 

けれども、どうやら駆け出しだった成瀬心美さんは自分の名前でエゴサーチをしていたらしく、すぐに返信をくれた。

これは現在27万のフォロワー数(2018年10月現在)を誇る成瀬さんからしたら考えられないことだ。

興奮した。最高にうれしかった。エキサイトした。まさか画面の向こうにいるあのAV女優が反応してくれると思わなかった。

僕の小汚い匂いたつようなツイートを読み、返信ボタンを押して文字を打ち込み、送信したのである。

これはとんでもないことだ。時代は変わったのである。そう思った。

 

思えば、色々なAV女優が僕の中を駆け抜けていった。

伊藤真紀に三田友穂、氷高小夜に長瀬愛、川島和津美、つぼみ、彼女たちは夜空に浮かぶ星座のごとくキラキラしていた。

そう、彼女たちは星座だったのだ。綺麗だねと眺めることはできたけど、いくら手を伸ばしてもそれは届かなかった。彼女たちはずっと夜空に浮かんでいた。

 

星座に届いた。

その思いは鮮烈なものだった。

星座とはある羊飼いが夜空を眺めながら「あれはてんびんに見えるからてんびん座だ」と考えたことから始まっている。つまり実際には存在しないものなのだ。

きらめく彼女たちも星座のようで、本当はこの世に存在しないんじゃないだろうか、そう考えていたのだ。

 

けれども、彼女は違った。ツイートを読み、反応してくれた。

それは構ってもらえたという喜びよりも、ああ、彼女は存在したんだ、という思いが強かったように思う。

 

「DVD2枚で握手会か」

もう一度POPを見て、さらに財布の中身を見る。DVDを購入したことがないのでどれほどの値段かいまいち分からないが、たぶんギリギリなのだろう。下手したら足りないことすらありえる。

けれども、それでも行くしかない。もはやそれは心の中で義務に変わりつつあった。

 

入店すると、本当にそこはエロいDVDの森みたいになっていた。

迷えるアリスのように暗い暗い通路の奥へと入っていくと、まるで作業小屋のような板で仕切られた小さな部屋があった。どうやらレジのようだ。

板の中央が開かれており、そこで商品とお金のやり取りをするようになっている。販売商品からの配慮だろうか、客も店員もお互いにはっきりと顔が見えないような造りになっている。

 

レジの前には、成瀬心美の出演作品が所狭しと並んでいた。完全に成瀬心美フェアだ。

この陳列棚にあるものが対象商品で、ここから2本選んで買えば握手会に参加できるのである。わかりやすい。僕はじっくりと吟味した。

 

あいにく、「対象商品2本なんだろう、だったら適当でいいよ」とヘラヘラと手前の作品2つを手に取るような訓練は受けていない。そんなぬるい戦場を潜り抜けてきたわけではない。選ぶとなったら真剣だ。

パッケージの裏の写真、煽り文句、あらゆる面を吟味して2本を選ぶ。返却してしまえばいいレンタルと違い、購入するものだ。パッケージを握る手に汗がにじんだ。

 

吟味に吟味に重ね、2本を選びレジに差し出す。お金はギリギリ足りた。

なぜか店員さんはこういった店に珍しく女性だった。か細い手に、麗しい声、顔は見えないがサラサラと少し茶色がかったロングヘアがのぞく。

 

よし、これでDVDを買ったぞ、これで成瀬心美に会うことができる。

本当に成瀬心美は実在するのか。本当に彼女は、星座はこのように実在するのか、強く下唇を噛み締めた。それは決意だったのかもしれない。あるいは現実という巨大な対象への畏怖だったのかもしれない。

 

「おつかれさまー」

先ほどレジをしてくれた女性店員がヒョコっとレジのスペースから飛び出してきた。

成瀬心美だった。

存在していた。

 

あまりの展開にあっけにとられていると、彼女はレジ前にあったエレベーターに乗って握手会の会場である6階だか7階に行ってしまった。現場に残された本来の店員2名がレジに入りながらこんな会話をしていた。

「すげーかわいかったな」

「いい匂いがした」

確かにいい匂いがしたが、なんでレジに成瀬心美がいたのだろうか。

 

よくよく店内のキャンペーン案内を見てみると、どうやら買ったDVDの枚数によってサービスが変わるシステムだったようだ。その関連のサービスのようだ。

DVDを2枚買うと握手会に参加できて、写真撮影もできるらしい。

買う枚数が上がるとツーショットで撮影できたり、コスプレで撮影できたり、どんどんランクアップしていく。

けっこう刻みが細かい。正確には覚えていないが10枚だとか常軌を逸した枚数を購入すると成瀬心美店員がレジをしてくれると、という濃厚サービスだったようだ。

 

本当に常軌を逸した枚数を購入した人が、次々と成瀬心美さんにレジをしてもらうという時間だったようなのだけど、それが終わった後のエアポケットのような時間に僕がやってきて、2枚だけ購入していったようだった。

2枚しか買っていないのに、常軌を逸した枚数を買った人のサービスを受けてしまったのだ。

 

それが面白くなかったのは常軌を逸した枚数を買った人だった。エレベーター前でまごまごする僕にすぐにクレームがついた。

「てめー殺すぞ、こちとら常軌を逸した枚数を買ってるんだ」

そんなニュアンスのことを言われたと思う。

めっちゃ怒ってた。

 

右手を見ると、常軌を逸した枚数が入った袋が強く握られていた。

怒るのも無理がないと思った。そう、ここは戦場なのだ。

悪気はなかったといえ、2枚のDVDを買っただけで殺されかねない。そんなピリピリした戦場なのだ。

こうでなくちゃならない。心拍数の上昇にワクワクする自分がいた。

 

それにしても、あまり盛り上がってないように見えた。

あの成瀬心美である。駆け出しとはいえ、十分にメジャーな成瀬心美である。その実物が来ているのだ。

 

もうちょっとファンが押しかけ、この狭い店舗の中で蟲毒みたいな状態になっていると予想したが、人がいなかった。フロアには常軌を逸した枚数を手にした数人の猛者がいるだけだった。

「最近はかなり成瀬心美、キているはずなのに、あまりファンは多くないのかな」

失礼にもそう思ってしまった。

 

けれども、それは大きな間違いだったのである。

「そろそろ握手会に移ります。会場は最上階です。階段で移動してください」

その声を受けてカラクリ屋敷みたいになっている通路を抜けて階段まで行くと、とんでもないことになっていた。

 

おそらく6階だか7階だったと思うが、最上階からずっと行列が1階まで伸びているのである。ファンが少ないのかな? なんてとんでもない。かなりの数のファンが列をなし、成瀬心美を見にきているのである。

列は最上階から1階まで伸び、さらに売り場のほうまで侵食していた。僕はその最後尾にちょこんと並んだ。

最上階の構造がどうなっているのかわからないが、階段だけでも200人くらいは並んでいるんじゃないか。そう思ったのだ。

 

この店のシステムはなかなか興味深いものだった。おそらく最上階まで隙間なく詰まってる階段からは誰も降りてこない。

最上階の会場で握手や撮影を終えた客たちは、そのままエレベーターで1階まで帰ってくるシステムだった。なるほど、合理的にできている。

 

なんとか列に並ぶが、列が動かない。

まあ、僕は微々たるものだと見くびっていたのだ。だいたい握手会という名称なのだから、握手なんて10秒もあれば終わる。階段に200人、最上階の会場に100人いたとしても300人。ざっと3000秒だ。

50分程度で成瀬心美に到達するだろうと思っていた。実際には常軌を逸した枚数を購入してツーショット撮影とかする客もいるだろうからもうちょっと長いと思うが、それでも1時間ちょっとくらいだろう。そう思っていた。

 

けれども、僕は後に知ることになる。これが深くて重い沼の始まり、ほんの入口に過ぎなかったのだ。

まずおかしかったのが、エレベーターから降りてくる客が極端に少ないという点だ。

握手を終えた客がエレベーターで荷下ろしされてくるので、かなりのピストン輸送でやってくると思ったが、ぽつりぽつりとしか降りてこない。

そして、列が全然進まない。これから6階か7階か最上階までみっちり階段に人が並んでいるというに、まだその階段にすら到達していないのだ。

人が降りてこない。そして列が進まない。最上階でとんでもないことが起こっている。その考えが浮かんでいた。

 

3時間くらい経過しただろうか、牛歩のように進んだ行列は、やっと2階と3階の踊り場みたいな場所に到達した。

もういまさら離脱することなんてできない。3時間が無になる。でも先は長そう。これはもう沼である。発狂しそうだった。右手に抱えた買ったばかりの成瀬心美のDVDに汗がにじんだ。

 

おかしいことに気づいた。もう握手会に参加できる権利であるDVDの販売は終わっているはずなのに、次々と僕の後ろにも行列が形成されているのである。絶えることなく列が追加されていくのである。

 

この謎はすぐに解けた。どうやら握手を終えてエレベーターで出荷された客が、そのまままた列に並んでいるのである。

「いやあ、よかったな」

「最高ですな」

「今日は何周いっちゃう?」

「4周の予定」

後ろのほうの青年二人がそんな会話をしていた。

どうやら、並んで握手をし、それからまた並んで握手をするという無限ループに近い行為が一般的に行われているようだ。

周回数でのマウンティングも随所で見られた。

4周するなら2枚×4で8枚のDVDである。もはや常軌を逸した枚数である。

 

それからさらに1時間くらい経過しただろうか。僕は気が狂いかけていた。列が進まなくなったのだ。

3階と4階の踊り場に立たされていたが、一向に進まなくなった。

 

階段や踊り場にはエロいDVDの販促ポスターがサブカル色の強いライブハウスみたいな感じで無造作に貼られているが、ちょうど僕の前に貼られていたのが「喪服の未亡人」で、喪服の未亡人がめちゃくちゃにされるというDVDのポスターだった。

あまりにもそこでずっと止まっているものだから、ポスターに書かれている文言を一字一句違わず暗記してしまったほどだった。葬儀が終わった直後なのに濡れてるじゃねえか奥さん、とか書いてあった。

 

もうどれだけ時間が経過したのかもわからない。ヘロヘロになりながら最上階の会場に到着すると、そこもまた列の太さが倍くらいになった行列があった。完全に心を折りにきている。

最上階はイベントスペースみたいになっている広い空間で、一番奥がステージになっているようだった。

 

そこにギッシリと人が埋まっている。こうして俯瞰して見ると会場には女性が多い。多いどころではなく、半分くらいは女性だ。

そして残った男性のうちの半分くらいはバズーカみたいなカメラを携えている。やはりここは戦場なのだとつくづく思う。

 

一番奥に、成瀬心美さんがいた。

本当に実在していた。

感動に打ち震えると同時に、あれだけ列が進まなかった理由が分かった。握手が長いのである。

 

「えー、そうなのー? マジでー?」

成瀬さんはファンと握手をしながら会話をする。

サイン色紙にサインを書きながらも会話をする。

とにかく長い。一人にかける時間が尋常じゃなく長い。

そりゃ列も進まないわ、そう思った。

 

「さあ、今日は終電までに全員終わらせますよー!」

成瀬さんの横にいた司会と思われる人が叫んだ。

「おー!」

群衆は意味不明にシュプレヒコールだ。

「お腹がすいたら店の前のソバ屋が美味いですよ!」

「お―!」

もうよく分からないことになっていた。

 

少しずつ、本当に少しずつ、社民党がやった時の牛歩戦術みたいな速度で列が進んでいく。

だんだん、成瀬心美さんの息遣いとかが分かる距離まで近づいてきた。いよいよだ。そこで事件が起こった。

 

「あ、久しぶり~」

どうも常連っぽい女性ファンが来たようで、成瀬さんが軽快に挨拶をした。

ただ女性ファンは大好きな成瀬さんを前にして自分が出せないのか、モジモジしていた。沈黙してしまったのである。

それを機敏に感じ取ったのか、それともこの子はいつもそうなのか、成瀬さんが話しかける。

 

「あ、なんかかわいい服だね。いいじゃん、似合ってる。かわいいー!」

その女の子はオシャレをしてきていたのでそれを褒めた格好だ。女の子の態度を見るに、成瀬さんに憧れているんだと思う。

 

その成瀬さんに褒められるのだからさぞかし嬉しいのだろうと思ったが、違った。

女の子は激怒した。あからさまに怒りの態度を示し、大きな声で叫んだ。

「あんたのほうがかわいいわよー!」

 

怒るポイントがよくわからんな。

どうやらいつものお約束のやり取りらしく、不穏な空気になることもなく、笑顔で握手会は進んでいった。

 

ついに僕の番が来た。それまでもしかしたらホログラムかもしれないという疑惑が完全には拭えなかったが、目の前にきてみてわかる。

成瀬心美さんだ。

握手してもらったが、すごく小さいで柔らかくて、ホログラムではなかった。温もりがあったからだ。

 

どんな会話をしたのか覚えていない。ただ、3DSにサインを書いてもらったのだけは覚えている。

夢見心地のまま、エスカレーターに乗せられ、出荷されていった。

 

店の外に出る。夜の新宿は少し肌寒くなっていた。星空を見上げるとネオンの隙間から消え入りそうな星が見えた。その星と、成瀬さんを重ねる。

「しかし、綺麗やったな、さっきのは……!」

「眩いばかりの光が連なって……、まるで天の川のようやった……!」

そう呟いた。それほど成瀬さんの輝きはすごかった。

 

世の中にはごくまれにキラキラした瞬間ってやつが現れる。この文章の冒頭でそう述べた。

普通ならそのキラキラした瞬間ってやつが、星座のように輝きを放つ成瀬さんだと思うかもしれないが、そうではない。

彼女は確かに輝いていたが、キラキラした瞬間ではない。

キラキラした瞬間というのは、生きざまそのものだ。そして、もっと人知れず輝くものだ。決して華やかな舞台や人を指すわけではない。

 

そう、ここまではただの前置きに過ぎない。ここからが本番だ。キラキラする瞬間がやってきたのである。

 

店を出て、言われた通り店の前のソバ屋に行こうとすると、一組の男女が目に付いた。最上階でみた二人だ。

どうやら、握手会の参加者だったようだ。

 

「好きです。付き合ってください」

男のほうが勇気を出して告白していた。エロDVD屋の前で告白もどうかと思うが、おそらくこうして成瀬さんの握手会やイベントに一緒に行くうちに仲良くなったのだと思う。

そのうち、その思いが恋心に変わっていき、告白したのではないだろうか。

それならばうってつけの告白場所だ。横ではおっさんどもが食券を買うために並んでいることだけを除けば。

 

「そう……」

告白された女の子は俯いた。その表情はまんざらでもなさそうだった。完全に手ごたえあり、である。良かったな。そう思った。しかし、ここから様子が変わった。

 

「わたしと“ここみん”(成瀬さんの愛称)どっちが好き?」

 

でた。不毛な質問だ。

完全に良くない質問だ。

こんなことを聞いて何になるのだろうか。告白してる場面では、君のほうが好きだとか、成瀬さんは有名人として好きだから恋心とは違う、みたいな返事が返ってくるだけである。

完全に予定調和でしかない。

 

「XXXちゃんのことのほうが好きだよ。ここみんは好きとは違う。ファンとかそういうのだから」

男も無難に答えた。有望な選手がSASUKEのセカンドステージに挑戦しているのを見守るような気分だった。

いいぞ、よしっ! という気分である。

「本当に?」

「本当に」

「じゃあ、ここみんが付き合ってもいいよって言ってきたらどうする?」

 

もうさっきので予定調和の問答は終わりだろ。

もうやめやめ。これ以上はやめ。

そう思ったが、僕は無関係で、ただソバ屋の食券待ちの列に並ぶおっさんである。なにもできなない。

 

「付き合わない、君と付き合ってるから」

よしっ! サーモンラダークリアだな。いける。いける。嘘でもいいからそう言っておけばいいんや。

いつの間にか熱くなった僕は拳を握っていた。

 

「じゃあさ」

女の子のほうがさらに続ける。まだあんのかよ。しつこい女だな、そう思った。

「じゃあさ、わたしとここみん、どっちかとエッチするってなったらどうする?」

 

たぶんだけど、彼女なりのマウンティングじゃないだろうか。彼女だって成瀬さんの握手会に参加する常連なのだから、成瀬さんに憧れているのだと思う。

その憧れの対象と自分を比べているのだ。

明らかに自分が選ばれると分かりきっている告白の場面でだ。なかなかしたたかな女だ。

 

いいから「君だよ」とか甘い言葉でも囁いておけ、そうすればSASUKEクリアーだ。

そのまましっぽりと今日中にフェードインもいけるぞ、その思いでおっさんが見守る中、彼が口を開いた。

 

「いや、それはここみんかな」

 

うそー!

とおっさんは叫びそうになったけど、相手の女の子も同じように叫びそうになっていた。

あと、僕の前で食券の列に並んでいた釣りみたいなチョッキを着た人もそんな顔をしていた。

 

好き、付き合う、まで彼女と成瀬さんを比べ彼女を選んできたのに、なぜかセックスをする項目だけは嘘をつけなかったらしく、言い切った。成瀬さんを選んだ。そこには彼なりの矜持があったのかもしれない。

 

「うん、それはここみんだな、うん」

言いながら自分で納得しているし。とんでもねーことになったな、こりゃ。

 

結局、そのまま沈黙の時が流れ、彼女は「じゃ、私、今日は周回しないから」と新宿駅のほうへと消えていった。

男のほうは、しばらくエロDVD屋の最上階を眺めたのち、また店舗へと消えていった。たぶん周回をするのだろう。どうしても嘘をつけなかった成瀬心美にまた会いに行くのだろう。

 

この世には、ごくまれに信じられないほどキラキラした瞬間ってやつが訪れる。

それは予想だにしない瞬間にやってきて、いつまでも眠る前に思い出すような、そんな煌びやかな輝きを残像のように残す。まるで奇跡だ。

 

「綺麗やったなあ。キラキラしてまるで天の川みたいやった」

僕はこの先、誰かに強いられて嘘をつかねばならないとき、自分の中のプライドを捨てねばならないとき、彼のことを思い出すとおもう。

決してセックスだけはここみんと譲らなかった彼のことを思うはずだ。

 

誰かのキラキラとした輝きは誰かに勇気や希望を与えてくれる。そんな瞬間が見たくて僕は生きているのだ。

 

「きれいだなあ」

新宿のネオンは綺麗で、まるで天の川のようで、いつまでもいつまでも夜の街に瞬いていた。

 

著者名:pato

テキストサイト管理人。WinMXで流行った「お礼は三行以上」という文化と稲村亜美さんが好きなオッサン。

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