知人が経営するBtoBビジネスの会社がある。エール、という会社だ
そこは、ちょっと変わった事業をしている。
ターゲットは大手企業。
その社員たちひとりひとりに、「社外の相談相手(≒メンター)を提供する」という事業だ。
サービスの売りは、「社内では話せない本音を引き出し、働きがいと成果を創ること」という。
メンターへの相談内容は多岐にわたる。
仕事上の問題解決や、目標達成のためのPDCAを回すサポートと言った実務的なもの。
あるいは、単純に悩み事を聞いてほしい、外部からの客観的なフィードバックがほしい、などなど。
社員の悩みに応じて、メンターは傾聴し、適切にアドバイスを行っており、現在では野村総研など、有名企業もエールのサービスを導入しているという。
なるほど。
私は知人からこのサービスの話を聞いた時、
「ついに、リーダーの業務をアウトソースする時代が来たのか」と感じたことを覚えている。
しかし、これは考えてみれば合理的だ。
なぜなら、組織の中では比較的高い能力を持っているリーダーといえど、その能力は万能ではないからだ。
PM理論と呼ばれるリーダーシップ論で世界的に知られる、大阪大学の名誉教授、社会心理学者の三隅二不二(みすみじゅうじ)氏は
「理想的なリーダーは「目標達成」と「集団維持」の両方を満たす」と述べた。
つまり、三隅氏の定義によれば、
・数字を作る
・チームを作る
ことの2つを同時に行うのがリーダーだ。
参考図書:
だが、現実は厳しい。
数字を作ることに邁進しすぎて、チームを崩壊させてしまうリーダーは数多くいるが、この両者をうまくやってのけるリーダーは相当少ない。
個人的な体感値では、10人に一人いるかどうか、というところではないだろうか。
であれば、数字を作ることが得意なリーダーは、数字に邁進してもらい、メンバーの声に耳を傾けることは、専門家にある程度委ねるのも、悪い考えではない。
それぞれが、得意なことをやるほうが、チーム全体としてはうまくいくのだ。
*
実際、優秀な人をうまく使うには、メンターのような役割を持つ人が、社内外を問わず、絶対に必要だ。
なぜなら、現場で働く人々のニーズを細大漏らさず把握し、彼らの求める仕事のやり方を認めることが、仕事の生産性を大きく向上させるからだ。
逆に、旧来の管理職がやっていたように「出世や給与をタテに、脅かして仕事をさせる」というやりかたは、現代の知識労働者の主役たち、優秀な人々にはもはや通用しない。
優秀な人々はそういった「操作」を軽蔑し、長期的にはその会社へのロイヤリティを必ず失ってしまう。
実際、Googleも同様の課題意識を持ち、「効果的なチームとは何か」という問題に正面から取り組んでおり、チームの効果性にとって重要な因子が以下の5つであると主張している。
(参考:https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/)
1.心理的安全性:
心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうか。
2.相互信頼:
相互信頼の高いチームのメンバーは、クオリティの高い仕事を時間内に仕上げます(これに対し、相互信頼の低いチームのメンバーは責任を転嫁します)。
3.構造と明確さ:
効果的なチームをつくるには、職務上で要求されていること、その要求を満たすためのプロセス、そしてメンバーの行動がもたらす成果について、個々のメンバーが理解していることが重要となります。
目標は、個人レベルで設定することもグループレベルで設定することもできますが、具体的で取り組みがいがあり、なおかつ達成可能な内容でなければなりません。
4.仕事の意味: チームの効果性を向上するためには、仕事そのもの、またはその成果に対して目的意識を感じられる必要があります。仕事の意味は属人的なものであり、経済的な安定を得る、家族を支える、チームの成功を助ける、自己表現するなど、人によってさまざまです。
5.インパクト: 自分の仕事には意義があるとメンバーが主観的に思えるかどうかは、チームにとって重要なことです。個人の仕事が組織の目標達成に貢献していることを可視化すると、個人の仕事のインパクトを把握しやすくなります。
逆に、Googleが「チームのパフォーマンスに関係がない」と主張する因子は、次のものだ。
* チームメンバーの働き場所(同じオフィスで近くに座り働くこと)
* 合意に基づく意思決定
* チームメンバーが外交的であること
* チームメンバー個人のパフォーマンス
* 仕事量
* 先任順位
* チームの規模
* 在職期間
もちろんこれは、Googleの社員を対照としたリサーチであり、全労働者の中のごく一部の、極めて知的で、有能な労働者に当てはまる条件、と考えたほうが良いだろう。
だが、これらの結果は、優秀なメンバーに対しては、「普通の会社」で行われているような、リーダーが数字に邁進し、メンバーに圧力をかけて働かせるだけではチームをうまく運営できないことが示されている。
当たり前だが、優秀なメンバーには、優秀なリーダーが必要なのだ。
中でも重要なのが、「心理的安全性」というキーワードだ。
心理的安全性なぜ重要なのかといえば、知識労働において最も重要な「学習」に大きな影響を与えるからだ。
心理的安全性が確保されなければ、人は失敗できない。失敗できなければ、学習の貴重な機会は永遠にやってこない。
「失敗の科学」を著したマシュー・サイドは、こんな問いかけをしている。
あなたは判断を間違えることがありますか?
自分が間違った方向に進んでいることを知る手段はありますか?
客観的なデータを参照して、自分の判断の是非を問う機会はありますか?
すべて「いいえ」と答えた人は、ほぼ間違いなく学習していない。
これは、自明の理だ。モチベーションや熱意に問題があるわけではない。問題は、暗闇でゴルフの練習をしているその「やり方」にある。
したがって、リーダーには、次の責務がある。
●メンバーに学習を促すため、心理的安全性の確保をすること。
●心理的安全性を確保するため、メンバーと適切なコミュニケーションをとること。
●メンバーと適切なコミュニケーションをとるため、十分な時間をコミュニケーションに割くこと。コミュニケーションスキルを身につけること。
したがって、リーダーがメンバーとのコミュニケーションに十分な時間を割くことができなかったり、コミュニケーションスキルが低いリーダーだったりすれば、そのチームは学習しない、知識労働に不向きな組織となってしまう。
そのミスマッチの解消の手伝いをするのが、エールのような会社、というわけだ。
今後、仕事が高度になるに連れ、リーダーの業務の一部をアウトソースする会社と、アウトソースを受ける会社がますます増えるのだろう。
それこそ、従来の「管理職」の定義をあっという間に塗り替えてしまうほどに。
【お知らせ】
エールでは直近で資金調達を終え、現在は積極的に人材を募集しているとのこと。
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