「君のドイツ語レベルでは、正直採用できない」
ドイツで何度か挫折したわたしだけど、そのなかでもかなりショックだったのが、採用面接でこう言われたときだ。
そう言われてしまえば、外国人のわたしはどうしようもない。
でも数年経ったいまでは、「君じゃできないよ」という残酷な言葉で引導を渡すのもひとつの優しさだったんだなぁ、なんて思っている。
ドイツの就職活動で外国人の壁を痛感
2014年9月、大学を卒業したわたしはドイツに渡り、まずは職業教育を受けようといろいろと申し込んだ。
職業教育というのは、学校で理論を勉強しながら実際に働くというドイツの伝統的な教育制度だ。
本当は出版社や新聞社に興味があったが、ネイティブではないのでさすがにそういった分野は無理。
ということで、旅行社やホテルに狙いを定め、職業教育の学生を探している企業に応募した。
そこで面接に呼ばれたのが、とある有名旅行社である。
採用面接は1日がかりで、部屋にはたしか8人くらいの応募者がいた。
その日はその企業についての説明を受け、社員と交流し、ビュッフェ式の昼食でもてなされ、ディスカッションをしたり模擬接客をしたりして最後に個別面接、という流れだ。
しかしこれがまぁ、思い出すと逃げ出したくなるくらいひどい出来だった。
当時のわたしのドイツ語は、言語レベルを6段階で表すCEFRでC1。TOEICでいえば945点以上のレベルであり、ドイツの大学に入学できる程度だ。
「C1あればドイツで働ける」などと言われることもあり、だからこそ就活に踏み切った。
しかし実践では、その程度のドイツ語じゃまったく太刀打ちできなかった。
参加した人たちはなんと、みんなトリリンガル。ドイツ語が母語、英語は当然、そしてもう1言語。
片親がアメリカ人やフランス人だったり、第二外国語として選んだスペイン語を勉強するために学校を卒業して1年間ホームステイをしていたり……。
ドイツ語そこそこ、英語はお察しレベルの日本人のわたしは、最初の自己紹介で「これ詰んだ」と悟った。
「君の能力が足りていない」と言われた現実
ディスカッションでは、とある家族のプロフィールが用意され、その家族に合う旅行プランを提案するというテーマが与えられた。
つらすぎて頭の中から消去したからあまり覚えていないが、資料として、いくつかのアクティビティやホテル、レストランなどの書類も渡された気がする。
まず、わたしはネイティブに比べて読む速度が圧倒的に遅かった。
しかも、アクティビティの一部の単語を知らず、郷土料理もどんな食べ物なのかまったく想像がつかなかった。
結局、ディスカッションでは始終無言。最悪である。
模擬接客もさんざんだった。
電話でホテルを予約したい客の対応、という設定で話したのだが、お客さんの息子にはどうやらアレルギーがあるらしい。しかしそのアレルギーとやらが食品なのか植物なのかがわからず、わたしは気の利いた返事ができなかった。のちに調べると、「甲殻類アレルギー」だと言っていたらしい。
予約の際名前や住所を言われるが、ドイツ語の名前なんてふだん書くことがないから、スペルがわからずメモできない。
住所も、「B」なのか「W」なのか、「F」なのか「H」なのか、うまく聞き取れない。
地名や人名を理解するには、語学力というより、慣れというか、「この響きならこんな感じだろうな」という勘、感覚が必要である。
そういったものがわたしにはなくて、本当にもう、散々だった。珍しくもない苗字を10回聞き直すような人間が窓口にいたら困ると、自分ですら思う。
ほかの人たちは、実にかんたんにその課題をこなしていた。わたしだって、日本語ならそれくらいできただろう。
でも、できなかった。できなかったのだ。
すでに帰りたくなっていたが、プログラム通り最後には順番に個別面接に呼ばれた。
志望動機ややりたいこと、長所や短所など、日本でもよくあるような質問をされる。
しかし面接を担当してくれた人はその後、少し言いづらそうに、こう言った。
「君のドイツ語レベルでは、正直採用できない。君に問題があるわけじゃないんだ。でも、電話対応とか窓口勤務とか、それを任せるのは心配だ。外国人だからそう言っているのだと思わないでほしい。ただ、こちらが求める仕事をこなすドイツ語力に達していないと言わざるを得ない」
それは開始早々に悟っていたので、「わたしも正直むずかしいと思いました。お時間を取ってくださってありがとうございます」と頭を下げた。
こんな簡単な課題すらまともにこなせなかった自分にがっかりしていたし、自信やプライドなんてものはズタズタだった。
「いけるだろう」と甘く見ていた自分が悪い。
でもできると信じていたからこそ、「君には無理だ」という事実を告げる言葉が、ひどく冷たく、意地悪に聞こえた。
残酷な現実を告げるという誠実さのかたち
その後わたしは職業教育先を見つることができたのだが、結局は辞退した。
わたしのドイツ語力が仕事をこなすレベルに達していないと知ってしまった以上、まわりに迷惑をかけるのがわかりきっていたからだ。
単純に怖気付いたともいえるが。
当時は自分の至らなさを認められず、かなり落ち込んだ。
留学中「君のドイツ語は上手だね」としょっちゅう言われてそれなりの自信をもっていたから、なおさらしんどかった。
でもいま思えば、「君では無理だ」と引導を渡したのは、面接担当者なりの優しさだったのだろう。
というのも、ドイツは人種差別的発言にかなり敏感な国である。「ドイツ語力が足りない」なんて、わざわざ言わなくてもよかったのだ。
適当なことを言って、不採用だと伝えればいいのだから。もっとオブラートに言ったってよかった。
それでもわたしに現実を突きつけたのは、相手の誠実さだ。なぜ採用しないのかを正直に教えることで、わたしに誠意を見せてくれた。
当時はそういった気遣いに気づけなかったが、いまでは「いい人だったなぁ」と思うくらいには受け止められている。
冷たく聞こえる言葉が信頼につながることもある
「格差は悪いこと」「機会は平等にすべき」というように、「人間はみんな平等でありみんなにチャンスがあるのがよいこと」だと思われがちだ。
だから、「君にもできる」「がんばろう」という言葉が溢れる。「努力すればだれだってできるはずだ」と。
現在その人がもっている能力は千差万別で、当然個人差が大きい。
努力でカバーできることもあるが、諦めた方が本人のため、伸びる可能性が感じられない、ということも現実的にある。
それでも、「だれかができるのだから君だってがんばればできるはず」と言われがちだ。
その人が発揮できるパフォーマンス以上のことを「きっとできる」と言って不相応に期待をもたせたり、能力以上のチャンスを与えて「努力すればできる」=「できないのは努力不足」だというのも、ある意味残酷かもしれない。
しかし単純に能力が足りなかったと言われれば、傷つきはするが、「そりゃそうだなしょうがない」と納得もできる。
それをバネに努力する人もいるだろうし、わたしのように「それならちがう道を探さないと」と割り切れることもある。
「君の今のレベルじゃダメだ」と引導を渡すことは、ほかの可能性の提示にだってなりうるのだ。
いまはネットに書かれるリスクやパワハラだと言われるリスクもあるから、採用担当者や上司があえて「君じゃできない」と言うことはメリットが少ない。
「君もできる」と言った方が、相手の心象としてもいいだろう。内心「能力が足りていない」と思っていても、そうは伝えずに適当な理由をつけて断ったりすることだってあるはずだ。そっちのほうが優しく聞こえるし。
しかし、不相応な期待を抱かせて能力以上のチャンス与えたり、足りていない能力を指摘せずにごまかすことだけが優しさじゃない。
仕事をしていくうえで、ハッキリと「あなたの能力では現状無理です」と言うのも、またひとつの優しさだろう。
もちろん、言い方や場合によるから、一概に「ダメ出しすればいい」というわけではない。
ただ、優しく聞こえる適当な言葉より、厳しく聞こえる誠実な言葉が必要なときもある。
優しい言葉をかけてくれる人は大事だ。でもそれだけでは足りなくて、残酷な現実を教えてくれる誠実な人もまた必要。
そういう人の言葉を受け入れるのは精神的にきついかもしれないが、そういった言葉をもらうのは悪いことばかりではない。誠実なダメ出しは新たな可能性の提示や、起こりうる大失敗の予防にもなるのだから。
そして、客観的な評価を伝えるということは、逆にこちら側も「自分にはその能力が足りていないのでできません」と申告できるようになる。
つまり、信頼関係にもつながるのだ。
前向きな言葉で励まし、努力して能力を高める。それももちろん大事だ。
でも「がんばればどうにかなる」とキャパ以上の期待を背負わされることが多いなかで、こういった一見冷たくも思える誠意というのもまた、大切にしていくべき誠実さだ。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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(Photo:Matt Madd)