カイジ「命より重い!」お金の話』(木暮太一著/サンマーク出版)という本の冒頭に、こんなクイズが出てきます。

【問題】あなたは、銀行から年利12%で100万円借りました。

銀行から「返済が大変でしょうから、返済は月々1万円でいいですよ」と言われます。

毎月の返済額が減るのは、あなたにとっても嬉しいことであり、さっそくその条件で契約しました。さて、あなたが借金を返済し終わるのは、何年後のことでしょうか?

(※なお、金利は「単利」とする)

A 5年

B 8.3年

C 10年
さて、いかがでしょう? 電卓を使わなくても、暗算で解ける問題です。

バカにするな!という声が聞こえてきそうですが、これが解けない、あるいは自分では解けたと思い込んでいるだけの人が、世の中には少なくないのです。

 

正解は、「この条件では、永遠に(というか、あなたが死ぬまで)借金を返済できない」です。

それどころか、年間12万円返済し、1年間の利子が100万円×0.12の12万円ですから、ずっと元金は1円も減りません。

 

いま、世の中の金融機関が笑顔ですすめてくる「リボ払い」って、原則的に、こういう仕組みなのです。

1回の返済額が少なくてトクなようにみえるけれど、長期的にみれば、借りる側にとっては、大きなマイナスになる借金のしかたなんですね。

 

最近、ネットサロンが話題になっていて、そのなかで、有名なサロンを運営している人が、しきりに「リスクをとらなければ、何も得られない」と仰っているようです。

この言葉自体は、けっして、間違っているわけではありません。

多くの「成功者」たちも、リスクを承知の上で、投資をしたり、起業をしたりしています。

 

ただし、彼らのほとんどは、やみくもに「ただ、やってみた」だけではないのです。

「期待値」という言葉を御存知でしょうか?

投資家であり、「村上ファンド」で名を馳せた村上世彰さんは、著書『生涯投資家』(文藝春秋)のなかで、こんな話をされています。

私の投資スタイルは、割安に評価されていて、リスク度合いに比して高い利益が見込めるもの、すなわち投資の「期待値」が高いものに投資をすることだ。

投資判断の基本はすべて「期待値」にある。いろいろな投資案件において、きわめて冷静に分析や研究をして、自分独自の「期待値」を割り出している。

 

たとえば、百円を投資する場合の「期待値」の計算方法は、次のようになる。

・0円になる可能性が20%、200円になる可能性が80%であれば、期待値は1.6(0×20%+2×80%=1.6)

・0円になる可能性が50%、200円になる可能性が50%であれば、期待値は1.0。

・0円になる可能性が80%、200円になる可能性が20%であれば、期待値は0.4。

期待値1.0を超えないと、金銭的には投資する意味がない。この「期待値」を的確に判断できることが、投資家に重要な資質だと私は考えている。

ちなみに多くの投資家は、0円になる可能性がある程度(20%以上)ある場合は、投資をしない。また、負ける確率が5割以上と考えた場合も投資しない(たとえば、5回投資して2勝3敗以下と予想される場合)。

 

このように、リスクが高い場合や勝率が低い場合には投資を避けるのが普通だが、「期待値」と勝率は別の概念だ。

勝率が低いと言われる場合でも、自分なりの戦略を組み立てることで、勝率は変わらなくても、期待値を上げることはできる。

 

私の場合はすべてが「期待値」による判断なので、0円になる確率が5割を超えていても、勝率が1勝4敗でも、トータルリターンが1.0を大きく超えるかどうかで判断する。

また、『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』(森岡毅著/KADOKAWA)のなかで、USJの「V字回復」に大きく貢献した著者は、こう仰っています。

職業選択の際に、誰もが気にする自分自身の将来の年収について。実はこれは職業を選んだ時点でだいたい決まっているのです。それは選んだ職業の年収が一定の幅で決まっているからです。

 

「え? ホントかいな!」と思う人もいると思いますが、市場構造が一定であるならば、その市場にいる人の収入も「ある一定の幅」で決まってしまうのです。

 

例えば、あなたがうどん屋の主人になったとします。

競争力のあるうどんの単価、店舗のキャパシティー、原材料費、店舗にかかる諸費用、従業員人件費など、それらの相場は好き勝手にコントロールできないことがほとんどで、市場構造やビジネスモデルによってあらかた決まってしまっているのです。

 

売上から費用を引いた後に残る資金から得る主人の年収も、最初からだいたい決まってしまっているのです。

決まっていないのは「どの程度うどん屋として成功するか失敗するか」による上下幅の着地点です。成功したうどん屋の客単価と客数が想定できるので、うどん屋の大将の年収の上限も容易に試算することができます。

 

逆に、失敗したうどん屋の大将の年収がどうなるか、リスクも予め試算することができます。うどん屋の大将の年収は「ある一定の幅」が最初から決まっていて、成功から失敗までのシナリオによってその幅の中のどこに定まるかが決まります。

これはほとんどの職業においても当てはまります。市場構造やビジネスモデルが何かの理由で大きく変わらない限りは、その職業の収入の上下幅はだいたい決まっています。

世の中には、100%成功する起業はないし、プロスポーツ選手を目指すとか、芸能人になるとか、成功する確率が低い職業もたくさんあります。

ただし、多くの場合、彼らは運試しだけをしているわけではありません。

自分の才能や能力に投資をして磨きをかけ、リスクは高くても、成功したときに得られる「巨大なリターン」を考えて勝負に出ているのです。

 

プロ野球選手とか将棋の棋士とかは、競争も激しいけれど、成功してトッププロになれれば、得られるものも大きい。

その一方で、多くのマイナースポーツの競技者は、どんなにすぐれた能力を持っていても、「市場規模」が小さいため、それだけで生活していけない、ということも多いのです。

 

それでも、「お金や有名になることよりも、この競技が好きで、とにかく続けていきたい」ということが最優先であれば、それもまた、自分の人生の期待値を満たすことだとは思うのですが。

 

プロブロガーのなかには、「大学なんて行く必要はない」「つまらない会社なんてやめてしまえ」なんていう人もいるのですが、それで、彼らが薦めている生き方というのが「起業しろ」とか「ブログを書いて生活しろ」とかなんですよ。

 

いやちょっと待ってほしい。

 

いま、定職を持っていないとか、大学といっても、そんなに有名ではなく、就職活動も厳しそう、というのなら、元々の「期待値」が低いので、イチかバチか、一発逆転に賭けてみるのも良いかもしれません。

ただし、プロブロガーやユーチューバーというのは、いま、なりたがっている予備軍の数の多さと、今後、芸能人や有名人、プロの映像制作者・編集者などが参入してくることを考えれば、非常に「狭き門」となることが予想されますし、いまの日本でものすごく成功したとしても、年収数千万円のレベルだと思われます。

 

成功する確率×期待できる収入で考えると、期待値はかなり低いのです。

 

そもそも、一人のブロガー、ユーチューバーの賞味期限は、そんなに長くない可能性が高い。

「会社だって潰れるし、もう生涯雇用の時代じゃない」のは事実だけれど、ネット広告がずっと今のような形で続いていくかどうかは疑問です。

 

今だって、グレーゾーンな投資案件や出会い系サイトを薦めているプロブロガーがたくさんいるのだけれど、そういうものを他人に買わせて稼いでいる人間の言うことを、どこまで信じるべきなのか。

 

大学に行って勉強を続けて就職したり、会社のなかで頑張ったりするほうが、はるかに「期待値」が高いような人ほど、かえって、「新しい生き方幻想」にとらわれやすいように、僕には見えるのです。

ブログを書ければ、動画を更新してさえいれば幸せ、どんなに貧乏でも構わない、というのであれば、悪くない選択だとは思うんですけどね。

「ネットで炎上しながら稼ぐことに適した人柄」っていうのも、あるのでしょうし。

 

大学を辞めた起業家は少なくありませんが、彼らは「先に大学をやめた」わけではないのです。

在学中にやってみた仕事が軌道にのって、どんどん忙しくなって学校に行く時間も意義もなくなってしまったから、結果的に学校をやめたのです。

だから、まずは、いまの学校や仕事をやりながら、自分の適性を確かめてみればいい。

 

世の中には「成功するためには、リスクを取らなくては」と、あなたに迫ってくる人がいます。

そういうときには、ぜひ、問い返してみてください。

「そのリスクをとることによる期待値はどのくらいありますか?」って。

 

100回に1回の確率で1000円もらえるクジがあれば、引き続けるべきです(ちゃんと抽選されているならば、の話ですが)。

 

もちろん、あまりにも確率が低くて多くの試行や時間を必要としたり、賭け金がすごく高かったりすると、期待値が高くても、現実的にはリスクを避けるべき場合もあります。

 

基本的には「期待値に触れずに、うまくいったときのことばかりを話したり、リスクを取らないと成功しない、と迫ってきたりする」ような人は信用しないほうがいい。

そして、自分自身でも、何かをやろうとするときに「期待値」を意識し、計算する習慣をつけることが大切だと思うのです。

現実では、そんなに簡単に数字で表せるものではないけれど、「ボーっと生きていると、イメージだけでリボ払いにしてしまう」から。

 

「数字に弱い」と、騙されやすい。

僕は数学は得意じゃないのですが、たぶん、世の中の大部分の人も、僕とそんなに変わらないレベルだと思います。

「養分」にされないためには、自分で学んで、考えるしかない。

 

最後に、小説家・森博嗣先生の言葉を紹介します(『的を射る言葉』(講談社文庫)より)。

最も期待値の大きいギャンブルは、勉強である。(その次は、仕事)

 

 

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(2024/1/22更新)

 

 

【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

Twitter:@fujipon2

(Photo:Adrian Sampson