たとえば、そうだ。何かをする時は、事前準備が何よりも重要だということ。

ほんの20年ちょっと前のことでしかないのに、当時の「ネット環境」と今のネット環境の差と来たら、旧石器時代と宇宙探査時代くらいの懸隔があるような気がする。

wi-fiなんてものは想像すら出来ず、当時は遠未来を描いたSF映画ですら、ネットにつなぐ為にごてごてした太いケーブルを必要としていた。

 

当時、パソコン通信をする為には、電話機のケーブルをちょいと抜いて、パソコンに接続したモデムから伸びたケーブルを電話機用のジャックに刺さねばならず、当然その間は電話が使えなくなる。

モデムを使って対象サーバにぴぴぽぽと電話をかけて、しばらく「ぴーーーーがーーーー」という音を聞いてから、ようやく東京BBSに繋がる。

これだって、受話器に直接でかい音響カプラ—をつけていた時代とは大違いなのだ。

 

私も兄も、親の目を盗むように電話線を占有する機会をうかがっていたし、来る予定の電話をとれなかったとバレた時は偉い怒られた。

勿論電話代の問題もあり、長時間ネットにつなぐことなど当然出来ず、接続したらまず巡回ターミナルを立ち上げて、がーーっとログを取得して、ネットから切断してからゆっくりと閲覧していた。

 

テレホーダイ?いや、それはもうちょっとだけ後の話だ。少なくとも、我が家にテレホーダイが来たのはインターネットプロバイダと契約した後だった。

東京BBSにやたら繋がりにくかった時は、禁断の「ダイヤルQ2回線」を通して接続したこともあった。当然、後から電話代で怒られた。

 

 

「なんの話をしているか」から始めるべきだろう。

インターネットが一般に普及する前のほんの一時代、日本には「パソコン通信」の時代というものがあった。1980年代の半ばから1990年代の終盤くらいまで、と考えればまあ大体合っているだろう。

 

パソコン通信というのは、四捨五入して言えば「Yahooしか閲覧出来ないインターネット」のようなものだ。

利用者のPCとホストサーバは一対一で通信し、横のつながりというものは基本的に存在しない。利用者は、そのサーバの中のコンテンツだけを閲覧出来、そのサーバの中にだけ書き込むことが出来る。利用者とサーバを繋ぐのは電話回線だ。

 

コンテンツの中心となるのはいわゆる「掲示板」と「ライブラリ」であり、「掲示板」はユーザー同士が様々な書き込みをして、色んなメッセージのやり取りをすることが出来た。

ライブラリでは、色んなソフトウェアやCGなどのデジタルコンテンツをダウンロードしたりアップロードすることが出来た。

 

アスキーネットやNIFTY-Serveのように、企業がサーバを公開することもあれば、特にバックボーンを持たない個人がサーバを公開することもあり、個人が公開したサーバは「草の根BBS」と呼ばれていた。

そんな中、日本最大の草の根BBSとして君臨していたのが「東京BBS」通称東Bだった。

 

東京BBSには、漫画、アニメ、ゲームなどといったホビー系のBBSが山とあり、多くのユーザーが24時間出入りしていた。

初めて東京BBSを閲覧した時、私はそのあまりの情報量と、圧倒的な熱量に打ちのめされた。

 

そこには、例えば「格闘ゲームについて語るBBS」や「タイトー好きが集結するBBS」「ダライアスシリーズに命を賭ける猛者達が凌ぎをけずるBBS」があり、実生活では聞いたこともないような深さのメッセージを、恐るべき数のユーザー同士がやり取りしていた。

 

当時ゲーセン通いを始めたばかりだった私は、「ゲーメスト」や「ベーシックマガジン」のようなゲーセン専門誌ですら追いつかない情報の速さに目を疑った。

確か、当時まだ隠し超必だった「ヴァンパイア」のモリガンのダークネスイリュージョンのコマンドを、ゲーメスト公開の何週間も前に突き止めていたのが東京BBSの格ゲー板住人だった筈だ。

 

繰り返すが、当時はまだインターネットがなかったのだ。「見知らぬ誰かと、共通の趣味の話題で盛り上がれる」機会なんて、この世のどこにも存在しなかった。

唯一「自分と同じような市井のユーザー」の熱量が感じ取れるのは、ゲーム雑誌の投稿コーナーくらいのものだった。

 

そんな状況で、学生時代の私にいきなり可視化された「自分以外の山ほどの市井のユーザー」が、東京BBSにはいた。夢中にならない方がおかしいだろう。

「ダライアス外伝の稼ぎパターンについて誰かと直接議論出来る」というのが、地方の一ゲーマーにとって一体どれだけの価値を持っていたのか、ちょっと想像してみて欲しい。

 

 

 

例えば、「回線の向こうにはちゃんと人間がおり、相手の気持ちを考えることも重要なんだ」ということ。

 

「草の根BBSに接続出来る」という時点で既にかなりのリテラシーが必要とされるので、当時のBBSの治安自体は決して悪くなかったが、それでもやはり議論がヒートアップして人格攻撃が乱れ飛ぶことも、「360度全て敵」というようなマサカリズム全開の人が周囲一面に銃弾をぶっ放すこともあった。

そんな時は、niftyで言うところのシグオペのような、それぞれの掲示板のまとめ役的な人が仲裁に入ったり、最悪の場合問題になった人を書き込み禁止にするようなこともあった。

 

私が出入りしていた掲示板はまとめ役がとても上手い人で、攻撃的な人が時折現れても、その人を巧妙に持ち上げながらもその場の議論を別の方向に誘導したり、上手いことなだめて平和な雰囲気に戻したりしていた。

攻撃的な人に対して攻撃的に接していれば、その場が一瞬で荒れ果てることは、色々な掲示板を見ていてよく分かった。私の後々のwebでのスタンスは、あの頃の経験によって醸成されたところが大きい。

 

 

例えば、「肌色が多めのCGを閲覧する時は背後によく気を付けないといけない」ということ。

 

東京BBSには同人的要素も多分にあり、ライブラリには様々な人が描いたCGがアップロードされていた。

pixivしか知らない人には理解出来ないことかも知れないが、当時はわざわざ「CGをダウンロードしてきて、ローカルに保存した上で、CG表示用ソフトにファイルを読ませる」という手順を経ないと、CGを閲覧することは出来なかった。

「Susie(すーじーというらしいが、私の周囲はみんなすしえと呼んでいた)」や「MAGろーだー」といったソフトが著名なCG閲覧ツールだった。あんた、.magっていう拡張子のファイル、知ってるかい?俺のPCにはまだ残ってるぜ。

 

いや、一応言っておくと、私は当時律儀に「18歳未満閲覧禁止」という表示を守っており、アウトな画像をダウンロードしたことはなかったのだ。

これは、「ユーザーの年齢が管理されており、ダメなものをダウンロードすると東京BBSに入れなくなる」と私が信じ込んでいたことが大きい。

 

実際はそんな管理されていなかったと思うが、まあ全くのアレな画像ではないにせよ、それなりに肌色分が多めなあられもない絵を時折引っ張ってきてしまうことがあったことは否定できないし、その閲覧家庭でいつの間にか背後に忍び寄っている親の気配に大苦戦したことも間違いではない。今となっては遠い思い出である。

 

全然関係ないが、確か私が東京BBSに出入りしていた当時は「エヴァンゲリオン」が大人気になっていて、私はアニメで見たこともないキャラクターについて大体見知っていた。

CG用ライブラリのタイトルが「綾波レイ」の四文字で埋め尽くされる光景は、一種壮観でもあった。

 

 

例えば、「女性との出会いを期待してオフ会に参加するべきではない」ということ。

 

当時私は男子高に通っており、世間一般の清く正しい男子高校生と同様、通学する際はどこの角を曲がったらパンをくわえた見知らぬ女子高生と正面衝突することが出来るか、慎重に検討するのが専らだった。

自分の観測範囲内でXX染色体をもった生物はただ二人、母親と購買のおばちゃんだけであって、それ以外の女性を観測することは容易なことではなかった。

 

そんな清く正しい男子高校生が、「オフ会やりませんか?」という呼びかけに、多少なりと「女性との遭遇」を期待してしまうのは、もはや不可抗力と言わざるを得ないだろう。

「1990年代当時、パソコン通信でゲームのディープな話をしているユーザーの中に、一体コンマ何パーセントの女性が含まれているのか」ということは、冷静に考えれば自明でありそうなものだが、当時無知だった私はパソコン通信の男女比に思いを致すことすら出来なかった。

 

結果、私は人生初の東京行きになけなしの新幹線代を投じ、見知らぬ男性二人とほぼ無言で2時間ボーリングに興じることになり、これがおよそ人生初のオフ会体験だった訳だが、まあこれも今となってはいい思い出ということにするしかない。

 

今なら私自身もうちょっと楽しい場にする自信があるのだが、残念ながら当時の私はまだ若すぎた。

正直なところ、後のお二人も、「わざわざ名古屋から新幹線に乗ってやってきたチビガキ」である私をどう扱ったものか、さぞかし困ったことだろうと思う。

 

長々と書いてしまった。

結局私が何を書き残したかったのかというと、「こんな時代、こんなシーンが、日本のどこかにあったんだよ」という記憶のひとかけらだ。

 

昨今、「インターネットに残るものって、決して永続するわけじゃないんだな」と知らされる機会が多い。

どこかで誰かが書いた日記はいつの間にか消えているかも知れないし、すぐ隣にいると思っていたあの人は知らない内にネットから消えているかも知れない。

これは「いつかの誰かの記憶が、誰からも観測出来ないものになる」こととイコールでもある。

 

だから、「これは、きっと、どこかに残しておいた方がいい記憶だ」と思ったものは、どんな機会であろうと書いておくべきだ。

最近の私はそう思うようになった。

 

この記事が届く人がどれだけいるのか私には分からないが、誰かひとりにでも、「あ、こういう記憶、ちょっと面白いな」と思ってもらえれば、幸いなことこの上ない。

 

今日書きたいことはそれくらい。

 

 

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(2019/5/13更新)

 

 

【プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

(Photo:Anirvan)