オレのアドバイスは間違えていたのかもしれない。

そう反省していることがある。

ランニングシューズ選びについてのアドバイスだ。

 

「この靴で走っても大丈夫?」

 

マラソンを趣味にしているオレに、暴飲暴食を趣味にしている(と思われる)友人が自分の履いている靴を指差しながら聞いてきた。

ランニングを始めたいという。1か月前の話だ。

 

走る理由は「腹」だ。中年太りにも程があるだろってくらいに友人の腹はパンパンだ。

ワイシャツのボタンがはち切れそうになっている。

 

履いていた靴は、お馴染みニューバランス996だった。

街を歩けば必ず見かけるニューバランスのタウンシューズの一つだ。

その歴史を見れば1980年代に「本格的」ランニングシューズとして世に登場したシリーズだが、今では完全にタウンシューズ扱いだ。

ランニングシューズタイプのタウンシューズということになるだろうか。

 

「いや~もっとちゃんとしたランニングシューズを買ったほうがいいよ」

 

オレはそう答えてしまった。

そのアドバイスを反省しているんだ。

 

マラソンを趣味として本気で走っているランナーが、ニューバランスのタウンシューズを履いて走ることはない。

ランニングシューズタイプだったとしてもだ。

なぜなら本格的なラニングシューズではないからだ。

発売当時は本格的であっても、今の基準で考えると本格的ではない。

 

ソールのクッション性能がそうだし、アッパーの通気性能も本格的とは言えない。

それらは格段に進化している。

だからスポーツ店の「ランニングシューズ」コーナーにこの靴はない。

「タウンシューズ」コーナーにある。

 

しかし、だからといってニューバランス996で走れないわけじゃない。

最新のテクノロジーは採用していないかもしれないが、立派なランニングモデルのシューズには違いない。

 

ランニング初心者がこれを履いて走ったって別にいいんじゃないのか。

オレが友人にアドバイスすべきだったのは

 

「靴なんてどうでもいいから、まずは1キロ走ってみろ」

 

そんな言葉ではなかったのか。

友人は別に下駄を履いて走ると言っている訳じゃないんだ。

 

ランニングを始めようと思っている人にとって大切なのは、ランニングシューズ選びじゃない。

とにかく初めの一歩を踏み出すことだ。たとえ裸足だったとしてもね。

 

とは言っても、マラソンを趣味にしていると、ランニングシューズ選びにこだわりを持ってしまうのはこれまた仕方のないことだ。

 

長い距離を走れば、靴擦れなどのトラブルも多くなる。

それを避けるためにできるだけ自分の足の形にフィットしたものが欲しくなる。

新しい素材を用いたソールのクッション性能で、多くランナーが自己ベストを更新したと聞けばそれを履きたくなる。

 

ランニングシューズの性能が、マラソンの結果に直結すると信じて疑わないランナーは少なくない。

オレもその一人だ。

そんな自分基準で友人にも

「ちゃんとしたランニングシューズを買ったほうがいいよ」

なんてアドバイスをしてしまったんだ。

まだ走り始めてもいない友人に。

 

もちろん市民ランナーがみな、最新の本格的なランニングシューズで走っているのかといえば、決してそんなことはない。

使い古しの、踵のすり減ったボロボロのランニングシューズだったり。

どこぞの安物メーカーのランニングシューズだったり。

そんなのを履いて走る人は珍しくない。

そしてそんなの関係なしに速かったりする。

 

それを見ると、ランニングシューズなんてなんでもいいんじゃないのか?そう思うこともある。

少なくとも一般的な市民ランナーのレベルならば。

 

「弘法筆を選ばず」の精神もかっこいいんじゃないのかって。

 

この話について、だから「ランニングシューズなんて、なんでもいいんじゃないのか?」について考えた時、思い出すエピソードがある。

ちょっとした思い出話だ。

 

オレが中学3年のときの話だ。

遠い昔の話だ。

 

校内の体育大会での出来事だ。

その「事件」はリレー競技で起きたんだ。

距離はたしか4×200mだったと思う。

学校のグラウンドにつくられたトラック1周の距離は200mだったはずだ。

とにかく4人×トラック1周のリレーだ。

 

3年生のリレーといえば体育大会の最終競技であり花形競技だ。

その着順のポイント次第で、クラス対抗の勝敗も決まることの多い重要な競技だ。

 

オレはそのリレー選手に選ばれた。

「選ばれてしまった」という表現がふさわしいかもしれない。

あまりうれしいことではなかった。

オレは走るのが特別に速いわけではなかったからだ。

 

まぁ野球部ってこともあって遅くはなかったと思うが、陸上競技を走るレベルにないことは確かだった。

残り3人に選ばれたやつらも同じようなものだった。

陸上部は一人もいなかった。

 

他のクラスには陸上部員もいるし、各運動部の俊足たちもそろっていた。

勝てる要素は一つも見つけられなかった。

クラスメイトもそう思っていたと思う。

 

花形競技のリレーだ。注目度は高い。

全校生徒の前で恥をさらしたくない。

だから嫌だなと思った。

まぁいいよ、てきとーにやろうぜ、そう強がるのが精いっぱいだった。

 

そんな我がチームを紹介したい。

 

1走 タドコロくん(帰宅部。運動能力は高い)

2走 クドウくん(野球部。走るのは速くない)

3走 オレ(野球部。走るのは速くない)

4走 カワサキくん(帰宅部。走り幅跳びはけっこう飛ぶ)

 

こんな4人だった。雑草軍団だ。

 

ここで「靴」の話になる。

中学校の体育大会とはいえ、リレー選手に選ばれたからには、みんなそれなりに「ランニングシューズ」を用意して勝負に挑むことになる。

ただ我がチームの4走、アンカーのカワサキくんは違った。

 

「オレ、靴なんて別になんでもいいよ。」

 

そんなスタンスだった。

カワサキくんはいつも履いていた「普段履き」で勝負に挑むことになった。

その靴とは「コンバースオールスターハイカット」だ。

 

当時多くの中学生が普段履きとして愛用していた、いわゆるズックだ。

ニューバランス996が本格的なランニングシューズからタウンシューズになったように、「コンバースオールスターハイカット」も本格的なバスケットシューズとして世に登場したことは有名だ。

それが1910年代だというのだから、その歴史には驚く。

しかし今では完全なる「普段履き」用の靴だ。

ズックだズック。

 

カワサキくんはこの大舞台にズックで勝負に出たんだ。

 

土のグラウンドを走るのには、ズックのソールはグリップ力に不安があるように思った。

しかし、どうせオレたちは勝てない。

まぁ、いいか。いまさら靴を変えたところでどうにもならない。

好きにすればいいさ、そう思った。

 

ただそうは言っても、がんばらない訳にはいかない状況になっていた。

このリレーで万が一、オレたちのチームが優勝すればクラスの総合優勝も決まる点差だったからだ。

 

晴れ渡った空にピストルが鳴り響く。

 

1走のタドコロくんがナイフのように切れ味鋭いスタートダッシュをみせた。

コースは大外だ。

タドコロくんは断トツ1位でトラックを駆けている。

なにが起きているのかわからなかった。

バカやめろ、そう思った。

勝ちたいと思うと同時に目立ちたくないとも思った。

そのまま2走のクドウくんにバトンパスした。

 

2走のクドウくんは明らかに他の2走より遅かった。

しかしタドコロくんの作ったリードは他が追いつくことを許さなかった。

途中からオープンコースになった。

クドウくんはトップのままオレの前に現れた。

「ゴー」そう叫んだ。

 

3走のオレはクドウくんの「ゴー」を合図にスタートした。

だけど、来ない。クドウくんが来ない。

タイミングが合わなかった。バトンパスゾーンが終わる。

ヤバい。オレはほとんど立ち止まって振り向いた。

バトンを受け取る。バトンパス失敗だ。

2位のチームはすぐそこにいた。

タドコロくんが作ったリードはなくなった。

 

オープンコースになっているので、すぐには追い越しをかけてこない。

オレのすぐ後ろを走っているのは同じ野球部のアキヤマくんだ。俊足だ。

どう考えてもオレの方が遅い。

息使いがはっきり聞こえるほどの距離だ。

 

オレは野球部のキャプテンだった。アキヤマくんは副キャプテンだ。

キャプテンを追い越すんじゃねーぞ、そんな勝手なことを思って走った。

 

最終コーナーを回った時、アキヤマくんが横に並んできた。

4走アンカーにバトンを渡したのはほぼ同時だった。

 

終わった、そう思った。

 

オレがバトンを渡したカワサキくんは帰宅部でコンバースハイカットを履いていた。

アキヤマくんがバトンを渡したのは陸上部の短距離選手で本格的なランニングシューズを履いていた。終わった。

 

4走アンカーのカワサキくんのあの時の猛烈な走りは、今思い出しても笑ってしまう。

 

アニメの中のキャラクターのように、脚がグルングルン回って砂埃を上げて走っていくイメージだ。

グイグイスピードを上げていく。

同時にバトンをもらった陸上部短距離選手をどんどん引き離していった。

 

陸上部短距離選手をグイグイどんどん引き離していく帰宅部カワサキくん。

 

誰も予想できなかったその光景に、全校生徒の応援は異様なほどに盛り上がる。

 

雑草軍団が勝つのは目前だ。

 

カワサキくんはトップのまま最終コーナーに突っ込む。

ザザッザザッと脚が外側に流れ出した。スリップしている。

体のバランスが崩れる。明らかに制御不能だ。

 

そこからはスローモーションに見えた。

本当にスローモーションに見えたんだ。

 

前のめりになるカワサキくん。

右肩から地面に崩れ落ちるカワサキくん。

転がるカワサキくん。

 

音が消える。

 

次の瞬間、悲鳴と歓声。

 

カワサキくんは立ち上がれない。

雑草軍団は最下位に終わった。

 

このエピソードから

「やっぱりランニングシューズはちゃんと選んだほうがいいな」

と思う人もいれば

「コンバースでもいけるんだな」

そう思う人もいるだろう。

 

長々と読んでもらって申し訳ないが、正解はわからない。

はっきりしていることは、カワサキくんは弘法大使ではなかったということだ。

 

ところであれから1か月。

友人はまだ走り出していない。暴飲暴食は続けている。

 

【著者】氏名:シブケン

大学卒業後、建設コンサルタントに勤務。趣味多数。

特に「マラソン」「アマチュアバンド」「キャンプ」の趣味歴はそれぞれ「17年」「27年」「27年」と長い。長い割に大きな成果は出ていない模様。

その趣味活動における悲喜こもごもをブログに綴るのもまた、趣味のひとつになっている。