最近、小学生の娘が「決められない」と口にすることが増えた。
例えば「何をして遊ぶか」。
外で自転車に乗るか、ウチでままごとをして遊ぶか、それとも本を読んで過ごすか。
「決められないから、お父さんきめて!」と決定を投げてくる。
「好きにすりゃいいじゃん。」
というと、
「決められないの!」とむくれてしまう。
あるいは「学校の宿題をいつやるか」。
「宿題手伝って!」と娘が言うので、
「いいよ、いつやるの?」と聞くと、
「決められない」という。
「じゃ、すぐ始めるか、おやつを食べてからやるか、あるいは夕食前にやるか、いつやる?」と聞いても、
「えー、わかんない」という。
「決めてくれないと、お父さんも予定が立たなくて困る」というが、
「じゃ、お父さん決めてよ」と娘は言う。
また「決めてよ」か……と思う。
「じゃ、今すぐ」と私が言うと、
「えーーー、いますぐはイヤ。」というので、
「じゃ、いつがいいの?」と聞くと、
また「えー、わかんない」と、意思決定を放り投げてしまう。
子供はみんなそうなのか……とも思ったが、もうひとりの娘(妹)は、上の娘(姉)とは全く異なる。
何においても、決めるのがめっぽう早い。
「どっち?」と聞くと、間髪を入れず「こっち」と決める。
「もうちょっと考えたら?」と母親が熟考を促すときもあるが、それによって意思決定が翻ることは殆どない。
だから上の娘が「子供だから決められない」というわけでもなさそうだ。
それにしても、一体なぜ、娘がここまで「決められない」のか。
残念ながら、私には、娘の「決められない」という気持ちが全くわからなかった。
*
だが、よく周りを見渡してみると、大人でも「決められない人」は、実はかなりたくさんいる。
例えば就職。
相談をしに来た学生に「何をやってみたいんですか?」と聞くと、「決められない」という人は、想像以上に多かった。
また「親が勧めているので、この会社がいいです」と、決定を親に委ねる人もいて、根が深いな、と思うこともあった。
あるいは仕事。
上級管理職なのに「決められない人」がいることに、私は驚いた。
部下からの要求に対して、「YES」も「NO」も言わず、保留するばかり。
「社長に聞いておくから」と口では言うのだが、社長に相談した形跡もない。
彼は「決めることを避け続ける」ので、「何であんな人が部長をやってるの?」と、憤りをあらわにする人もいた。
彼が部長をやっていたのは、社長と仲が良かったことが大きいのだが、部下にとってみれば「決められない部長」は、仕事をしない無能以外の何物でもない。
もちろん、結婚、転職などの大きな意思決定だけではない。
日常でしなければならない些細な意思決定、例えば服装、休日の過ごしかた、趣味の品の購入、見るべき映画の演目、友達との約束など、「決められない人」は、無数に存在する。
*
大人になって、自分の人生の選択を決められないのは気の毒に思うし、また、先に挙げた部長のように、「決める仕事」を放棄するのは論外だ。
だが、念のために断っておくが、この文章は「決められない人」を貶める意図はまったくない。
当然、私の娘に対しても「決められない」について責めたり、怒ったり、叱ったりすることはない。
ただ、娘にはこれだけは言っている。
「自分できちんと考えて、決めなければならない時が、いつかかならず来る。そのために、今から決めることに慣れておくのは大事だ」と。
それは、「人生は自己責任」とか「自分で決めたことはきちんとやれ」とか、そういった薄い話ではない。
「決めること」は「他人ではなく、自分の人生を生きること」だと言いたいのだ。
人生は、誰がなんと言おうと、有限である。
人生100年時代、というが、100年なんて、生きてみればあっという間だ。
その有限の「生」を、何に投入するかを真剣に考え、意思決定していくことは、人生の充実度に大きな影響を与える。
「私は何を食べたいのか?」
「私はどんな学問を修めたいのか?」
「私はどんな仕事がしたいのか?」
「私は誰と友だちになりたいのか?」
「私はどのようなコミュニティに属したいのか?」
「私はどのようなパートナーと過ごしたいのか?」
「私はどのように余生を過ごしたいのか?」
「私にとっての幸福とはなにか?」
そういった問いに対して、これだ、と「決めた人」は全力投球でそれに取り組めるだろう。
*
とはいえ、「決める」のが苦手な、しかも子供である娘に、それを伝えるのは難しい。
そこで、聞いてみた。
「なんで、決めるのが難しいと思ったの?」と。
娘は言った。
「あとから、「あっちにしておけばよかった」と思うのが嫌なの。」
「でも、両方はいっぺんにできないよ。どっちかを捨てないと。」
「捨てるのが嫌なの。捨てないで済む方法って、ない?」
そうか。
ここで、疑問が氷解した。
決められない人は、「自分が選択しなかったほうを捨てる」のが苦手なのだ。
そう言えば、思い当たるフシがいくつもある。
おもちゃ箱から溢れたおもちゃを、「入らないなら、捨てないといけない。」と言ったとき、最後まで嫌がったのは姉の方だった。
逆に、妹のほうは、「すてていーよー」と気楽にいう。
他にも、姉は極端に「捨てること」を嫌がっていた。
自分のものだけではなく、古くなった家具の買い替えに伴う、家具の廃棄がイヤ。
故障した機械を捨てるのもイヤ。
落書きをした紙を全部とっておきたい……
「決められない」の正体は、「捨てられない」だったのだ。
だが……「捨てられない」に対して、処方箋はあるのだろうか?
*
近藤麻理恵さんの、世界的ベストセラー「人生がときめく片付けの魔法」には、こんな言葉が出てくる。
「心がときめくモノだけを残す。あとは思い切って捨ててみる。すると、その瞬間から、これまでの人生がリセットされ、新たな人生がスタートする」
これは、良い処方箋ではないだろうか。人生も同じだと思う。
結局「心がときめく、本当に大事なことをする時間」が、人生には大事なのだ。そのためには「ワクワクしない時間」は捨てていく必要がある。
昔、誰かが「大人になっていく、ということは、可能性を捨てていくということだ」と言っていた。
シロクマ先生も、「できる事」をどんどん捨てないと生きていけない、という。
孔子も、「四十にして惑わず」と言った。
「自分の人生を生きる」は「要らないものは捨てる」と等しい。
まずは娘に「要らないものを、きちんと捨てられる」ようになることから教えなくては、と思う。
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