「ネットワーク科学」という学問分野があります。
20世紀末に立ち上がった、比較的新しい学問分野ですが、扱う対象は非常に広範囲にわたります。
ビジネス、伝染病、脳科学、インターネット、生態系……。
要素の「つながり」に着目することで、諸現象の動態を解明しようとするこの試みは、すでに多くの成果をあげてきました。
「世界中のだれとでも6人を介せばつながることができる」という、ハーバード大のスタンレー・ミルグラムの実験。
「被リンクこそ、webページの価値を表す」という、Googleの検索アルゴリズム。
「弱い紐帯の強さ」というハーバード大のマーク・グラノヴェッターによる論文は、社会学で最も引用回数の多い論文の一つです。(出典:新ネットワーク思考 NHK出版)
そのネットワーク科学研究の第一人者である、アルバート・ラズロ・バラバシは、2018年に「社会的成功」について、ネットワーク科学を用いた研究を行いました。
バラバシ氏は、この研究を始めた動機として、つぎのように述べています。
私の人生を豊かにしてくれた、英雄とも呼べる偉大な研究者たちの一部はなぜ知名度が低く、グーグル検索でヒットしないのか。
そして、その偉大な研究者の発見以上に素晴らしいとも、斬新だとも思えない研究者がもてはやされるのはなぜなのか。
このような疑問は、誰もが持ったことがあるかもしれません。
例えば、昨年に大きなブームとなった「鬼滅の刃」。
確かに良い作品ですが、率直なところ、鬼滅の刃よりも面白い漫画作品は、いくらでもあります。
なのに、なぜ、鬼滅の刃だけが、あれほどのヒットを生み出せたのか、不思議に思う方も多いのではないでしょうか。
実力があれば成功しやすいが……
バラバシ氏は「実力だけで成功できるのは、テニスやゴルフのような、明確にパフォーマンスが測定できる場合のみ。」と言います。
要するに、点数やタイムで順位がつく、個人競技だけといって良いでしょう。
逆に言えば、それ以外の領域では、パフォーマンスの高さは必ずしも成功に結び付きません。
例えばアート。
バラバシ氏らは統計的分析によって、「ある芸術家の、最初の5年間に作品が展示された美術館・ギャラリー」を見れば、その後何十年にもわたって、彼の成功の予測が可能だと突き止めました。
なぜでしょう。
それは、アートの世界で成功を決める大きな要因の一つが、「一流の美術館・ギャラリーのネットワークに入れたかどうか」だからです。
それ以外からのキャリアスタートでは、作品の質にかかわらず、一流の美術館での展示を望めません。
一流は一流同士、三流は三流同士でつながっているからです。
実際、三流の美術館からスタートして「成功」をつかんだのは、50万人のアーティストのうち、たった227名でした。厳しい現実です。
(その227名は共通して、「ネットワーク外への売り込み」を必死にやっていたそうです)
実力がそのまま「成功」に反映されない分野は、アートだけではありません。
全米で最も権威のあるワインの品評会では、「ワインの品評結果に一貫性がない」と疑いを持ったワイン醸造家が実験をしたところ、「審査員は同じワインに次々と異なる点数をつける」ことが判明し、ワインの品評会の受賞は、ほぼ運だ、と判明しました。
醸造家にとっては、憤慨せざるを得ない結果でしょう。
フィギュアスケートにおいては、後半に登場する選手のほうが、演技がうまいように見えるバイアスがかかることから、「演技を披露する順番」が順位を大きく左右します。
ピアノコンクールに至っては、プロの音楽家ですら「音楽」を聴いただけでは、受賞した演奏をほぼ聞き分けることができませんでした。
逆に、「音を消した、演奏の動画」を見た時が、最も受賞した演奏の的中率が高いという始末。
音無しの動画だけ見たほうが的中率が高いなんて、演奏は関係ないじゃないか、という方、いるでしょう。その通りです。
これは「演奏中の身振り」が受賞の決め手となっているからです。
なぜこのようなことが起きるのか。
それは、客観的な判断基準がない世界では「明らかに悪いもの」しか判別ができないからです。
「優先的選択」によって、格差は広がるばかり
そりゃそうだ、という方もいるでしょうが、当人たちにとっては、これは笑い事ではありません。
なぜなら、「1位」と「それ以外」では、金銭的にも、知名度的にも、天と地ほどの差があるからです。
また、一度成功すると、認知のバイアスに拍車がかかり、成功が成功を呼びます。
「優勝者は、次も優勝しやすい」のです。
これは、マタイ効果「持っている人は与えられて、いよいよ豊かになる」として知られていますが、バラバシ氏はこれを「優先的選択」という言葉で表しました。
優先的選択は、いたるところに顔を出します。
例えば、SNSのフォロワー数。
経験的に、フォロワー数を千人から一万人にするよりも、ゼロから千人にするほうがはるかに難しい。
それは、フォロワーが増えれば増えるほど、さらにフォロワーを増やしやすくなるためです。
あるいはクラウドファンディング。
クラウドファンディング運営会社は、「目標値は低めに設定せよ」と出品者にアドバイスしています。
なぜなら、「目標額を達成しているプロジェクト」に、さらに資金が集まる傾向があるからです。
今話題の音声SNSのClubhouse。
突如としてブームになっているように見えるのは、熱心に取り組んでいる一部のインフルエンサーが「初期の成功」をつかむことに邁進しているからです。
彼らは成功が雪だるま式に増えていくことを知っている。
だから「初期の成功者」になりたいのです。
ハリーポッターシリーズの著者、J・K・ローリングは、ハリー・ポッターの成功のあと、密かに「ロバート・ガルブルイス」という別名で犯罪小説を出していましたが、最初の作品は、わずか500部しか売れませんでした。
ところが「ガルブルイスの正体は、ローリングだ」ということをローリングが認めた瞬間、それは一瞬にして、世界的なベストセラーとなりました。
サンフランシスコのある小学校で、「知能テスト」を行い、上位20パーセントは、その後1年で特に知能の伸びが期待できる「英才児」と呼ばれました。
そして、実際にその20パーセントの子供たちは1年後、本当に素晴らしい成績をとったのです。
しかし、実はその20パーセントの英才児はランダムに選定されたもので、テストの結果はデタラメでした。
実は、変わったのは「教師たちが生徒を見る目」だけ。
「彼らは優秀」というバイアスが、教師の見方を変え、それが実際に生徒の能力に影響を与えるとは、恐ろしい話です。
実際、サクラの行列には効果があり、アマゾンのレビューの自作自演にも効果があります。
ヒットチャートは人々の音楽の選好を左右し、チームの業績は「チームで一番の有名人」に与えられるのです。
結果として、初期値のちがいによって、成功者は成功をほしいままにし、教育格差は埋まらず、富の偏在は解消しないどころかますます顕著になる。
これが、「成功」の本質です。
だから「成功しているようにふるまうと、成功しやすい」のは、事実であり、特にパフォーマンスを測定できない領域においては、合理的な行動です。
皆様の身の回りにもいる、いかにも「俺は成功者」という振る舞いをする人。
彼らをよくを見かけるのはそのためです。
長期的には「化けの皮」ははがれる
しかし、いくら「評判がさらなる評判を呼ぶ」いっても、長期的には「実際のパフォーマンス」、つまり実力がものを言います。
「突き抜けて優れたモノ」は、しばらく待てば、知名度がなくともトップに上がってくることを、彼らはミュージックチャートを操作した実験から証明しました。
Google、ボーイング、潰瘍薬のザンタック、サミュエル・アダムズ・ビール……新参者であっても、質が極めて優れている場合は、初期の知名度は「長期的には」関係がないのです。
前述したハリー・ポッターも、初版はわずか500部。そのうちの300部は図書館に寄贈されました。
しかし、ハリー・ポッターは、そこから一人ずつ、愚直に人気を獲得し、ついにはベストセラー中のベストセラーとなりました。
ナシーム・ニコラス・タレブは「反脆弱性」の中で、「時の試練」こそ、より分けの最善の手法だと述べていますが、これは真理です。
本や科学論文の年齢を考慮するのが、脆いものとそうでないものをえり分ける最善のヒューリスティックということになる。(中略)
10年間発行されつづけている本は、もう10年残るだろうし、2000年前から読まれている本は、かなり先まで読まれるはずだ。
(中略)一見すると平凡で、ずっと注目されなかった成果が、何年かたって大発見だったとわかることもある。つまり、時は、過大評価された研究をひとつ残らずゴミ箱に放りこむ
成功は「試し続けること」にあり
ただし、この「長期的には」というやつは結構な曲者です。
短期的に成果を出せなければ、生活や商売は立ち行きません。
ゴッホやモーツアルトは生前に金銭的に恵まれず、貧困の中で生涯を終えました。
ダグラス・プラシャーという生物科学者はノーベル賞につながる大発見をしましたが、研究の資金を得ることができず、二人の友人に手柄を譲り、その知人がノーベル賞を受賞しているとき、トヨタの時給8.5ドルの送迎バンの運転手をしていたそうです。
成功まで何年かかるかわからない中、あがき続けるのは大変な苦難です。
くじけそうになる時もあるでしょう。
しかし、400万本の論文を検証した結果、次のことがわかりました。
・研究者が、画期的な論文を発表するのに、年齢は関係がない
・成功に関連が深いのは「生産性」
つまり精力的に活動し、アウトプットを増やせば増やすほど、成功の可能性は高くなっていくことは、厳然たる事実です。
バラバシ氏は次のように締めくくっています。
社会的に成功したい?
ならば、精力的に働き、生産性高くアウトプットしなければなりません。
宝くじよりは「当たる」可能性はずっと高いのです。
特に、創造性に、年齢は関係ありません。
頑張り続けて結果が出なければ、別の分野に行けばよく、何をするにしても「始めるに遅すぎる」ということはないのです。
さらに、自分の功績を、周囲のネットワークにアピールし、それを周囲に喜んで利用してもらえなければなりません。
「成功」は、あなたのパフォーマンスを、周りが喜んで取り上げてくれる時に生じます。
成功するかどうか不安?
大丈夫、たった一回でも成功すれば、あとは雪だるま式に成功が成功を呼んでくれます。
そうです。
ネットワーク科学の出した、「科学的な」成功の法則は、奇しくも、大昔から言われている
「成功するまでやめるな」
という格言の証明だった、というわけです。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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