「仕事のやりがいは何ですか?」

 

学生時代、働いている人に会うと毎回毎回この質問をしていたのだが、 今に至るまで納得できるような回答をバシィっと僕に叩きつけてくれた人は1人もいない。

 

「おいおい、お前ら何のために働いてるんや」

 

学生時代の僕は微妙な回答をもらうたびに、心のなかでこう毒づいていたものだったけど、自分自身も働き始めてから上の質問が酷く難しいものだという事に遅まきながら気が付かされた。

 

自由の味は旨い

「やりがいって・・・なんだろう」

 

働き初めの頃はお金をもらえる事自体が嬉しかった。

給与をもらえる身分になり、親から経済的に独立し、自分の好きなように生活できるようになって、自由の味は本当に素晴らしいものだと知った。

 

自分で稼いだお金で何をしようが、法に反する行為で無い限りは誰にも文句は言われない。

大学の帰り道に缶ビールを買って飲むと背徳感が残るが、仕事終わりにプシュッとやるのは格別に旨い。

 

「そうか、人は自由を獲得する為に働くのか」

 

社会人2~3年目まではこれがやりがいの正体だと思っていた。

ところが、そのうち溢れんばかりのお金を稼いだ人が、意外と仕事を辞めてない事例を散見し「ひょっとして、お金で獲得できる自由は意外と限定的なものなのでは?」と思うようになった。

 

フロー状態に入るのには、集中さえ出来ればいい

フローという概念がある。

<参考 フロー体験入門 M.チクセントミハイ>

 

フローとは簡単に言えば物事に没頭する時に人が入り込む精神状態である。

提唱者のチクセントミハイいわく、この状態になると人は幸せになるのだそうだ。

 

この概念自体は結構有名なので、知ってる人も多いだろう。

 

僕がフローという概念を知ったのは学生時代の時で

「確かに言われてみると、夢中になってゲームをしている時、ゲームから感じる内容以上に多幸感が溢れ出ている」

「夢中になれるような仕事に就くことができたら、きっと随分と楽しいのだろうな」

と漠然とは思っていた。

 

ところで、フロー体験できそうな仕事というと、どんなものを思い浮かべるだろうか?

少なくとも学生時代の僕は「自分の得意な事や好きな事だろう」と漠然と思っていた。

 

しかし最近になって「どうも得意とか好きとか関係なしに”物事に集中できるか否かだけ”が肝心なのでは?」という風に思うようになってきた。

 

コンビニ人間で学ぶフロー体験

芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの『コンビニ人間』はフロー状態の人間の精神状態を体験できる最高の書籍である。

 

特に冒頭が凄い。

 

冒頭文は以下で読めるので、ぜひ未読の方がいたら読んでみて欲しい。

【第155回 芥川賞 候補作】『コンビニ人間』村田沙耶香:芥川賞・直木賞発表を楽しもう:芥川賞・直木賞発表を楽しもう(芥川賞・直木賞発表を楽しもう) – ニコニコチャンネル:社会・言論

 

この本を初めて読んだ時の僕の認識は

「へー、コンビニ労働でもフロー状態に入れる人がいるんだな」

ぐらいだった。

 

けど最近、10年近く働いて仕事になれてきたからなのか、自分自身も診察中に上のような状態に入れるようになった事に気がつき、愕然とした。

 

「好きでもなんでもなかったはずの医療で、まさかフロー状態に入れるとは」

 

診察中の自分はとにかく虚無だ。とにかく仕事のみに集中し、コンビニ人間ともいえる位に機械的に役割のみに徹底している。

 

見ようによっちゃ、僕は社会の歯車だろう。

わざわざ満員電車に揺られ、病院に歯車になりにいってるのだから、社畜と呼ばれても何もおかしくない。

 

けど、この瞑想ともいえるレベルで仕事に没入できる事が、今では楽しくて仕方がない。

全てを忘れ、機械的に己の役割のみに徹している時、自分自身が文字通り全てのしがらみから開放され、無にも近いような感覚に入れるのである。

 

誤解してほしくないのだが、僕は決して医療行為はそこまで”得意ではない”。

好きか嫌いかと言われても、せいぜい”嫌いじゃない”ぐらいである。

10年近く働く事で、いつの間にか”得意でもなく”・”好きでもない”この行為を、機械的にこなし”没頭”できるようになってしまっただけである。

 

何百回、何千回と日本舞踊で決まりきったお作法をこなす事で己の中に”型”を作り上げるが如く、仕事も徹底して練り上げると”型”になる。

全てを忘れて業務に没頭できる状態になった自分は、ようやく”コンビニ人間”になれたのである。

 

「なるほど。仕事って、ある種の瞑想に近いんだな」

『コンビニ人間』は筆者である村田沙耶香さん自身の体験を元に書かれたのだという。

 

実は彼女もコンビニで働くのがエラい好きなようで、芥川賞の授賞式でも「これからもできたらコンビニで働き続けたい」と語っていたのが妙に印象的だった。

 

彼女はコンビニでフロー状態に入れるが、あくまでコンビニでの勤務は永遠の2番手だろう。

いうまでもなく、彼女の1番は小説執筆である。

 

ただ、彼女は執筆活動だけではなく、コンビニ勤務でもフロー状態に至れるのだ。ここに仕事の妙がある。

 

恐らくなのだけど、フロー状態に入り込む為の1番のポイントは”好き”とか”得意”ではない。

それらは物事の習得を円滑にするかもしれないが、1番大切なのはとにかくルーチンレベルになるまで続けられるか否かである。

 

脳で考えなくても身体が動くレベルで物事を実行できるようになれば、たぶん誰でもフロー状態には入り込める。

 

全く踊りの経験が無かった人でも、何万回も練習すれば無思考で踊れるようになるように、仕事もきっちりコミットしてできるようになると、いつの間にか”全てを忘れて集中する為のツール”に落とし込める。

 

仕事とは、ある種の瞑想ツールなのである。

 

弘法筆を選ばず、フロー状態も活動を選ばず

僕が医者活動で”コンビニ人間化”できるのは、記事執筆やらビデオゲームで熱中するのが以前からこの上なく好きだったからだろう。

 

弘法大師はどんな筆を使おうが見事な書を描くというが、たぶんフロー状態も全く同じである。

”好き”とか”得意”なんて筆を使わなくても、ゴールが1つなんだから何の活動を通じてでも同じ境地に到達できる。

 

子供の頃、周りの目を気にせず1人の世界に没入していて本当によかったなと今では思う。

あの体験がなければ、決して僕はコンビニ人間になれなかっただろう。

 

仕事のやりがいの正体とは、少なくとも僕にとっては、コンビニ人間になる事だったのだ。

 

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【プロフィール】

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高須賀

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