少し前、こんなツイートを見た。

「利己的な欲求を排除し、会社への貢献を念頭に行動する」は、経営者や管理職がいかにも好みそうな話だし、なんとなく「いい話」っぽいのだが、実務的には、私は少し異なった考え方を持っている。

 

 

私が駆け出しのコンサルタントだった頃。

ようやく現場のプロジェクトを仕切らせてもらうほどの経験を積んだときのことだ。

 

そのプロジェクトは、業務プロセスに関するもので、業務フローの作成が必要だったので、私はクライアントに調査票の様式をわたし、担当者に所属部署の簡単な業務フローを書いてください、という依頼をした。

 

しかし。

リーダーを交えて念入りに事前の打ち合わせをしたのだが、残念ながら、期限の日にその担当者の出してきた業務フローはひどいものだった。

今思えば、彼は論理的思考能力が不足しており、荷が重かったかも知れない。

 

だが、彼が自分からそうは言えなかったとしても、あまり弁解の余地はなかっただろう。

ヘルプも出さず、必要な質問もせず、締め切りギリギリまで手を付けず、「締め切り間際で、やっつけで作った」というのがバレバレの成果品だったからだ。

 

私はそのプロジェクトリーダーに相談した。

「業務フローが、結構ひどい出来なのですが、この方にまかせて大丈夫なのでしょうか?」

 

彼は言った。

「言われたとおりです。彼にはまだ荷が勝ちすぎていると思いますので、ちょっと時間を作って話します。」

 

そして1週間後。

業務フローはほぼ完全な状態で仕上がっていた。

プロジェクトリーダーがつきっきりで指導し、随分と力を貸したようだ。

リーダーはかなりの時間を使ったのだろうが、成果物を無事に仕上げることが出来たので、担当者からも、リーダーに対する感謝の念が伝わってくる。

 

なるほど。

きちんと作らせるのは、大変だったろうに、部下に成果を挙げさせる、いいリーダーじゃないか。

私はそう思った。

 

まさに彼こそ、冒頭のツイートにある「利己的な欲求を排除し「会社への貢献」を念頭に行動している人」のように見えた。

 

 

結局、プロジェクトは皆の力と、リーダーの努力により、滞りなく終わろうとしていた。

私はメンバーたちから「リーダーの良い評判」を聞くたびに、「リーダーに恵まれましたね」と返していた。

 

そしてプロジェクトも終わりに差し掛かったときのこと。

そのプロジェクトリーダーから、ミーティングの終了時に「そろそろ終わりですね。飲みに行きましょうよ」と誘われた。

 

正直、私は非常に嬉しかった。

彼からマネジメントの秘訣を聞きたかったし、部下の成長に時間を使うその姿は、とても好印象だったからだ。

 

彼は会社から少し遠い、新宿の居酒屋を指定した。

 

 

そして当日。

彼は他愛もない話を楽しそうにし、私は食事を楽しんでいた。

 

しかし、私は「彼の考え方を知りたい」と思っていた。

そこで、一段落したとき、プロジェクトの活躍を称賛した。

「素晴らしいプロジェクトマネジメントでしたね。部下の方々からの信望も厚いので、とても助かりました。」

 

だが、予想に反して、彼は無表情だった。

「どうしたんですか?」

 

彼は少し酔っているようだったが、

「そうですね。」と、嬉しそうでもない。

「どうしたんですか?」

「いやいや。」

「……?」

 

あまり突っ込まないほうが良さそうだ、と察知して、私は話題を変えることにした。

「部下の育成とかも、得意そうですよね。」

「……。」

 

無反応である。

私はなにか悪いことを言ってしまったのではないかと、危惧した。

「どうしたんですか?何か私、失礼なことを言ったでしょうか?すみません、気づかず申し訳無いです……。」

 

すると、そのリーダーは、「いえいえいえ!気にしないでください。」という。

私はなにも言えなくなってしまった。

 

彼は「あ、いや、申し訳ない。」という。「褒められるほどのことはしてないので。」

私は言った。「なぜですか?プロジェクトはうまくいき、部下たちからの信頼も厚いと思うのですが。」

 

しかし、彼の口から出てきたのは予想外の言葉だった。

「ひどいでしょう?ウチの部下たち。能力低いんですよ。」

「……?」

 

率直な印象は「怖い」だった。

いつもと雰囲気が違う。

 

「酔っていらっしゃいます?」

「いや、特に酔ってるわけじゃないです。……正直、能力低いやつは大嫌いで……育成とかも本当はやりたくないんです。」

「……。」

「社長が、「育成」が出来ない管理職はダメだと、部下からの信望が厚くないリーダーは、最低だと。いつも言うわけですよ。そりゃ、やらざるを得ないです。別に彼らのためじゃない。」

 

その後は、彼は部下に対する愚痴を言い続けた。

「あいつはやる気がない」

「あいつは頭が悪い」

「素直じゃない」

……

普段ならば、考えられないような言動だ。

 

思うに、彼には相当なストレスが掛かっていたのだろう。

だれか愚痴を聞いてくれる人が欲しかった。だから、プロジェクトの終わりに、後腐れのない私を、飲みに誘ったのだ。

私は体よく、はけ口として扱われた、ということだ。

 

私はただ、驚いた。

はけ口として扱われたことにではない。

社会人になって初めて、「リアルに腹黒い人物」を見た、という事実にだ。

「この人……よく隠しているな。全くわからなかった……。」

 

私は「上司は人格的に優れていなければならない」とその時まで思っていた。

だが、違った。

彼は褒められた人格ではなかったが、結果を出していたし、部下にも好かれていた。

そういう人も、実際にいたのだ。

 

そして、プロジェクトはそつなく終了した。

私はそれ以来、彼と部下について話したことはないし、他の人にも何も言わなかった。

 

しかし、私が彼から教わった「腹黒さ」は、その後恐ろしく役に立った。

それは、「どんな利己的な動機からであっても、結果を出して、周りの人々の役に立っている限り(そしてその動機がばれない限り)称賛される」という単純な事実を教えてくれたからだ。

 

 

世の中には「与える人」(ギバー)と、「奪う人」(テイカー)、そして「与えるともらうがバランスする人」(マッチャー)がいるらしい。

そして、この中で一番失敗するのは、実は「ギバー」だ。

人に与えすぎると、自分のことに手が回らなくなり、疲弊してしまうらしい。

だが、面白いことに一番成功するのも「ギバー」なのだ。

 

一体、大成功するギバーと、大失敗するギバーの差はなんだろうか。

それは、自己利益への関心=「利己心」だ。

 

著者のアダム・グラントによれば、単に人に与えるだけではなく、「利己心をもとに人に与える」ほうが、燃え尽きずに長く人の役にたつし、より大きなWin-Winを創造できる

自己犠牲的な人は、利用され、燃え尽きてしまうのだ。

(出典:GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代)

 

企業が、CSRやメセナ活動をすると、

「利益」のためだろ

と批判をする人がいるが、上の話からすると、「利益なき社会奉仕は、継続しない」ということになる。

また、ビル・ゲイツなどの大金持ちの一部が、「金持ちへの税制を強化しろ」というのも、自己犠牲ではなく、金持ちへの風当たりが強くなることを警戒した、純粋な利己心からきている可能性もある。

 

だから、企業が利益を目当てに社会奉仕をすることは、むしろ歓迎すべきことなのかも知れない。

あのプロジェクトマネジャーのように、「利己的」であっても、勤めを果たして結果を出しさえすれば、物事は上手くいくからだ。

 

 

もちろん「動機が不純なら、結果が良くてもダメだ」という方もいるだろう。

哲学者のカントは、道徳に対して

「いくら良い行いをしても、結局自分のためだったら、それは道徳的であるとは言えない」

と言ったという。

 

カントの言うことに従えば、ギバーも「不道徳」、上のマネジャーは「不道徳」であるし、メセナもビル・ゲイツも「不道徳」である。

彼は「善い行いは、動機が重要」と言ったのだ。

 

だが、カエサルは「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それがはじめられた当時まで遡れば、善き意志から発していたのであった」
と言った。

つまり彼は「善き意志ではなく結果が重要」と言った。

これらの考え方は、決して相容れないだろう。

 

個人的には、おそらく、100%ではないものの、私は実務家としてカエサルに与する。

 

どうせ人の心の中はわからない。

クリーンさを標榜したとしても、それが真実かは誰もわからないのだ。

 

結局、他人や世の中は、表に出てくる「発言」や成し遂げた「結果」しか見ないのだから。

 

 

◯Twitterアカウント▶安達裕哉(人の能力について興味があります。企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働者と格差について発信。)

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

 

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