『営業はいらない』(三戸政和著/SB新書)という本を読みました。
営業はいらない (SB新書)
- 三戸政和
- SBクリエイティブ
- 価格¥780(2025/06/10 03:22時点)
- 発売日2020/02/06
- 商品ランキング277,374位
僕自身は、「営業」という仕事をやったことがありませんし、セルフのガソリンスタンドで「カード作りませんか?」と声をかけられるたびに
「こういうやりとりが面倒くさいからセルフに来ているのに!」
とイラっとするくらい「知らない人とやりとりするのが苦手」なのです。
それでも、「営業」には、生身の人間どうしの心の機微の把握や気遣いなど、良い面もあるのだろう、と思ってはいます。
「人」と接することで癒されるという高齢者もけっこう多いですし。
営業マン受難の時代を証明するかのように、この20年の間、営業マンの数は2001年の968万人から、2018年にはついに864万人にまで減少した。
これはピーク時に比べて、約100万人の営業マンが消滅したことを意味している。
営業マンが減少している原因としては、前述したインターネットの普及のほか、流通構造の革新や合理化もその要因の一つとして考えられる。
具体的には、元卸や仲卸といった複雑な卸売構造が見直されたことや、フランチャイズシステムの発達により全国にチェーン店が普及したことなどが挙げられる。
ただ気になるのは、「営業・販売事務従事者」の数が大きく伸びている点だ。この事実を最初に指摘したのは恐らく、統計データ分析家の本川裕氏であるが(プレジデントオンライン2019年9月9日の記事参照)、調べてみればたしかにその増え幅は実に、56万人から70万人へと14万人にものぼる。
なぜ営業職全体は減っているのに、営業事務職が増えているのか。それは足で稼ぐ従来型の「外回り営業マン」の数が減る一方、セールステックと総称される営業支援ツールを駆使する「内勤型営業マン」が増えているためである。
営業マンは今、間違いなく激動の時代に突入している。
最近のニュースをみていると、「かんぽ生命」で横行していた「郵便局員への高齢者の信頼につけ込んで、強引に理不尽な契約を取る」というような「対面販売の負の面」ばかりが目立っているような気がします。
この本のなかでは、ネット証券会社と対面販売での株を買うときの手数料の違いなども紹介されているのですが、20万円以下の国内株式の場合、業界最大手の野村證券の窓口で買うと、税込みで手数料2860円、ネット証券最大手のSBI証券では、10万円から20万円までなら115円なのです。
もちろん、窓口で株を取引する人のなかには、長年の優良顧客として優遇される人もいるのでしょうけど、同じ株が手に入るのに、ネット取引とここまで手数料が違うと、競争になりませんよね。
ネットの使い方がわからない、とか、ネット証券での口座開設がめんどくさい、という理由で窓口しか利用したことがない人はそれなりにいるとしても、一度使い始めてしまえば、ネット証券のほうがはるかに手っ取り早いし、手数料も安いのです。
いずれにしても、株取引に関する、暴落や倒産、配当減などのリスクはあるのですが、同じ株を買うのに、手数料が2860円と115円とは、あまりにも差が大きい。
その分、対面販売だと優遇されるかというと、「証券会社や銀行が儲かる商品」を勧められることも多いのです。
それで商売をしている側も、この価格差に問題意識を持っていることは間違いないと思うのですが、既存の大手証券会社が、大勢いる社員に給料を払うためには、窓口での手数料をネット証券と同じにはできないのです。
保険、とくに貯蓄型保険の必要性に疑問を感じている若い人たちが多いなかで、厳しいノルマを課せられていたことは、「かんぽ生命」の事件の原因でもあります。
営業マンなら、コンピュータ相手よりも、「人間対人間」だから行き届いたサービスをしてくれる、というのなら、存在意義もあるのだろうけど、実際は、郵便局員ですらノルマを達成するために顧客を騙す時代なのです。
僕などは、疑り深い性格なので、「営業マンがわざわざ勧めてくるものは、まず信用しない」ことにしています。
この本のなかで、著者は、「テクノロジーが生身の営業マンを代替している」一例として、製薬会社の営業マン(MR:医薬情報担当者)の減少を指摘しています。
医薬品の販売は極めて専門性が高く、複雑で広範な知識が必要となる上、使用時のリスクなども存在する。
そのため傍から見れば、医薬品の営業活動については、一見テクノロジーが導入されにくいように思われる。また、「医師の側としても、重要な医薬品を購入するのだから、やはり人を介してじっくり説明を受けたいのではないか」と思ってしまう。
しかし現実はそうではない。なんとインターネットを通しての購買が急激に進んでいるのだ。
MR認定センターのまとめによると、MRの数は2013年度の6万5752人をピークに、6年連続で減少し、2018年度末には5万9900人となった。特に2018年度の減少は過去最高で、1年で全体の約4.1%にあたる2533人が減少した。
MRの新卒採用の抑制も続いており、2019年の春には、製薬会社の6割がMRに新卒の採用を見合わせている。
MRの数をここまで顕著に減らした裏には、実は「MR君」というWebサービスの存在がある。
「MR君」は、日本最大級の医療情報専門サイト「m3.com」等を運営するエムスリーによって提供されているもので、従来はMRから医薬品を購入していた医師の動きを、Web上に代替したサービスである。
さまざまな接待は20年前くらいから制限されるようになりましたし、医者の側からも、仕事場に押しかけてきたMRさんに、何度も同じ自社製品の宣伝をされるのは鬱陶しい、という面はあったのです。
その一方で、接待大好き、MRさんと仲良し、という人も一昔前は多かったし、今でも、大部分の大きな学会や研究会には製薬会社が協賛しています。
新薬の開発においても、病院と製薬会社の協力は不可欠です。
でもまあ、日常においては、忙しいところに声をかけられ、何度も聞いたことがある宣伝をされる、というのは、かなりのストレスではあったわけで、もう、「MR君ばんざい!」って感じなんですよ。
MR君は、使用者のこれまでの傾向をデータ化して、カスタマイズされたリコメンド機能すら持っています。
この本のなかでは、自動車メーカのテスラや家電のバルミューダなど、個性的な製品でファンをつくり、顧客のほうから、その会社の製品を検索して買いにくる事例も紹介されているのです。
ただ、読みながら考えていたのは、たしかに「営業マン」にはさまざまな問題があるけれど、インターネット販売というのも盲信できるものではない、ということなんですよ。
そもそも、多くの人は、自分の専門外においては、羅列されたデータをみても、どれが本当に必要なのか、どこが優れているのか理解するのが難しい。
僕も「本当はどの洗剤がいちばんよく汚れが落ちるのか」なんて、どんなに成分表示やCMをみても、わからないのです。
それで、結局のところは、Amazonのレビューをみたり、口コミに頼ったりしているわけで、一周して「人」を信じている、とも言えるんですよね。
母数が多ければ、それなりに有意な結果にはなりそうだけれど、口コミが効果的、ということで、口コミを作り出すテクニック、みたいなのもどんどん編み出されているのです。
最初から「ニセの口コミサイト」が作られていて、検索するとそれが上位に表示される場合すらあります。
この本のタイトルは「営業はいらない」なのですが、著者は、不要になる「営業」はたくさんあるけれど、これまでの時代に「営業マン」として必要とされた資質は、これからの時代に十分活かせるものであり、少数精鋭で「小商い」をやっていくことに可能性があるのではないか、と述べています。
実際、私のファンドは私を含めて4人態勢となっており、5人以上にならないようなサイズ感で運用することをイメージしている。その理由は、それ以上になるとマネジャーである私の仕事の効率が如実に下がることを実感しているからである。
私は効率的に働くことで、「お金からも、働くことからも自由になり、好きなことを、好きな人と、好きなようにやれる人生を手に入れたい」と思っている。
そのために、ファンド5人以内の態勢が、マネジメントやコミュニケーションロスが発生しない、無理のない経営体制だと感じている。ブルーポンド戦略を実践するなら、みなさんにも少数精鋭型のコンパクトな経営をおすすめしたい。
多くの人を雇って事業を拡大する理由などどこにもない。わざわざ仕事の効率を下げ、人生のクオリティを下げる必要はどこにもないのだ。
著者が勧める「ブルーポンド戦略」に興味を持たれた方は、この本を読んでみることをおすすめします。
ひたすら成長を求め続ければ、どこかで限界にぶつかるし、組織を維持するために過剰なノルマを従業員に課すことになる可能性も高くなります。
組織が大きくなると、それを維持するために、どうしてもコストがかかってしまう。
そこから、過剰なノルマが課せられるようになり、誰も幸せにしない「ムチャな営業」が常態化していくのです。
最後に頼れるのは、人か、「MR君」か。
結局、AI(人工知能)に「何を重視するか」を設定するのは人なんですよね。「人を騙してでも儲けたい」という目的でつくられたプログラムは、容赦なく顧客を欺きます。
そして、かんぽ生命の場合のように、現場でそんな「詐欺まがいの営業」をやっている人たちも、自分の生活を守るためにやむを得ずやっている、と思っているのです。
われわれは、何を信じたら良いのだろうか?
『営業はいらない』の著者のように、自分で生き方を切り開ける人は、そんなにいないだろうな、という気もするのですが、「営業」という仕事に行き詰まりを感じている人には「効く」本だと思います。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで
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(Photo:Hinata-sennin)