「脳の働きで驚くべき特徴の一つは、めったにうろたえないことである」
これは行動経済学者であるダニエル・カーネマンによる言葉だが、いわれてみると私達はとにかくなんでも決めたがりである。
<出典: ファスト&スロー>
人は中途半端な状態で行動するのがとにかく苦手な生き物だ。
AもありえるしBもありえる、とか全てにわたって検討する事など普通の人には不可能である。
「私、はっきりしない男嫌いなんだよね」
なんかいかにもな感じのセリフだが、こう言いたくなる人の気持ちもわからなくはない。
はっきりしないは物凄く疲れる。
自ら進んで疲弊したがる人間はあまりいない。
それが男女の仲のような根本的に疲れる関係でなら、なおさらである。
こうして、人はどんどんと直感を研ぎ澄ましていくようになる。
プロフェッショナルによる素早い意思決定は、みていて非常に気持がいいものの一つだ。
うろたえず、自信をもって、素早く行動する様を美しく感じない人はラットレースとも言われている資本主義社会の世の中において格好良く感じない人はほぼいない。
ハッキリとした速さは現代における美だ。
こうして人は、どんどん直感を先鋭化させていく。
早い思考の格好良さにはあがらえない
ダニエル・カーネマンは早い思考をシステム1とし、遅い思考であるシステム2と区別し有名にした第一人者である。
システム1はわかりやすくいえば直感である。
2×2が4になるというのは、論理的思考というよりも、ほぼ直感でみんないける。
対するシステム2は熟考である。
41×47の掛け算を直感で演算するのは普通の人にはほぼ不可能であるが、じっくり考えれば日本人のほぼ全ての人はこの問題は解けるだろう。
理想をいえば。
当たってても外れててもいいから、とりあえず行動の指針を決めてしまう。
それにしたがって行動して、不具合がでてきたらその都度修正すればいい。
こうして些末な事は直感で処理していき、大切なことはロジカルに考え、直感だけでは至れない領域にまで思考を深めてゆく。
こう動けばいいはずである。
しかし僕が知る限り、こう動けている人間はほぼいない。
何故か?それは人は美しさや格好良さにあがらえないからである。
さきほども言ったが、現代社会においては速さは美徳である。
ぶれないで、素早く意思決定をおこない、目の前の仕事をバンバン処理していく。
こう書くと、さも優秀そうであるこの振る舞いだが、逆にいえばこれはあまり深く考えていないからこそできる行いでもある。
実際問題、目の前の仕事を高速で片付けるのは気持ちがいい。
こうして、この気持ちよさと見た目の格好良さに闇落ちし、ほとんどの人はいつしか手段と目的が逆転してしまう。
確かに、結果として仕事が早く片付くのはよい事だろう。
だが、ダークサイドに堕ちた人間は、仕事を高速でさばくことの気持ちよさにいつしか溺れてしまい、普通ではありえないスピードで仕事を処理してしまう。
中途半端になれたドライバーが1番事故を起こしやすいとはよくいうが、仕事においてはこの中途半端ドライバーで行き止まっている人は相当数である。
実際、医者でもかなりこの中途半端ドライバーは多い。
医者は他人からミスを指摘されるのを極端に嫌う
かつて僕が研修医だった頃の話だ。
すごく偶然ではあったのだけど上司の診断ミスをみつけてしまい、カンファレンスで特にオブラートに包まないで指摘した事があった。
すると突然、場の雰囲気が最悪になった。
詳細は書かないが、まあ酷い有様であった。
最終的には患者さんが大事に至らずに済んでよかったのだが、僕はプライドというものの難しさをこの時はじめて理解した。
あれから10年近い年月がたった。
かつての上司と同じような年齢になった僕だが、まるでドラマの再生ボタンを押されたかのごとく、研修医から自分のミスを指摘された。
どうだったって?
言うまでもなく、最悪の気持ちになった。
脳の中を恥の感情が占め、いいわけを山程言いたくなる感情に支配されてから、一呼吸置いて冷静になり、恥をしまいこんで自分のミスを僕は受け入れた。
家に帰る途中、なんでかつての上司がやったようなミスを、自分がやってしまったのかを延々と考えた。
が、結局のところ僕は早く意思決定する事と仕事を高速で処理する事の圧倒的美しさにあがらえず、闇落ちしていたのだという結論以外に至ることができなかった。
先程書いたシステム1とシステム2の話は有名な話でもあるので
「またこの話か」
と思った人もいたと思う。
実は僕もこの話がでると「またか」と食思不振になるのだが、そう思う僕ですら、システム2を働かせる事を失念してしまうのである。
早く動けるだけでは駄目なのだ。
あえて遅く動けるようになってこそ、プロとしては一人前なのである。
チェックリストを使って、己にスピード制限をかける
アトゥール ガワンデというアメリカの外科医のライターがいる。
彼は、「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」という本で、チェックリストを使うだけでミスが劇的に減少し、最善の意思決定ができるという事例を山程紹介している。
例えばである。
外科手術を始める前、チェックリストで手術部位だとか患者さんの名前、年齢などをイチイチ確認するようにしたらどうなったか。
言うまでもなく、ミスが減った。
が、面白いのはここからである。
なんと手術時間も早く終わるようになったのだというのである。
普通に考えれば、チェックリストで確認する時間が増えた分だけ手術も遅くなりそうなものだが、現実はその逆なのだ。
このガワンデ本は2011年のもので、僕は最近まですっかり存在を忘れていたのだが、己のミスを指摘された帰り道にふと存在を思い出し読み返し、10年越しにようやくその真価を理解した。
チェックリストは素早く動きすぎないために必要な”間”なのだ。
ラットのように素早やく動きたくなってしまう私達を、パッと足止めし、速度制限にかける。
するとどうなるか。
頭がリセットされるのみならず、システム2が働く余裕がうまれる。
これは新鮮な気づきであった。
速さの誘惑に屈せず、あえて遅い思考を働かせるためのキッカケのようなものが、たった一枚の紙で無尽蔵に生み出せるのだから、まさしく魔法のような話である。
あえて遅く動く事が、結果として1番早い。
こういうところに仕事の面白さが詰まっている。
ガワンデの本はどれも名作揃いだが、この本はその中でもピカイチである。
ぜひ読んでみて欲しい。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます→ https://note.mu/takasuka_toki
(Photo:Paul Dunleavy)