かつて日本では、仕事は単なる賃仕事ではなかった

詩人の中桐雅夫さん(職業としては、新聞社勤務の政治部記者)に「会社の人事」という身も蓋もない題の詩がある(1979年 晶文社)。

 

西欧の典雅な詩の形式であるソネット(14行詩)の形を借りて、こんなことを書く。

「絶対、次期支店次長ですよ、あなたは」顔色をうかがいながらおべっかを使う、いわれた方は相好をくずして、「まあ、一杯やりたまえ」と杯をさす。

「あの課長、人の使い方を知らんな」

「部長昇進はむりだという話だよ」

日本中、会社ばかりだから、飲み屋の話も人事のことばかり。

(第3連4行略)

子供のころには見る夢があったのに

会社にはいるまでは小さい理想もあったのに。

英語で仕事ということを表す語はいくつかあるらしいが、この詩を読んでわたくしの頭に浮かんでくるのがjobという言葉である。

英語のニュアンスの違いがわかるわけではないが、jobには生きていくため、食べていくため、やむなくする苦役といった語感があるような気がする。賃仕事である。

Occupationとかworkといった単語とは何か違う感じがする。

 

本当かどうかは知らないが、アメリカの多くの労働者は仕事をするのは生きていくためのやむをえない苦役と考えて、退職の日が近づくと指折り数えてその日を待つのだそうである。

仕事をしている時間は生きていくためにやむなく魂を会社に売り渡しているので、本当の自分はアフター・ファイブの時間あるいは退職後の方にあるということらしい。

 

しかしこの中桐さんの詩では、そういう割り切りかたはされていない。

仕事は生きていくための金稼ぎの手段ではなく、生きることの根源とかかわる何かなのである。

だからこそ、人事が問題になる。

かつて日本では、仕事は単なる賃仕事jobではなかった。

 

最近、メンバーシップ型の労働からジョブ型の仕事への転換ということがよくいわれる。

人事が飲み屋での最大の話題になるというのは会社がメンバーシップ型でいまだ運営されているからである。

 

中桐さんの詩集は1979年、もう40年も前に刊行されているのだから一昔前の会社風景なのかも知れない。

が、少なくともコロナ禍で客足が遠のく以前のオフィス街の呑み屋さんでの会社勤めのひとの話題の多くはこれに類したものだったのではないだろうか?

 

1941年という遥か昔、下田光造という精神科医が提唱した「執着性性格」という概念があるのだそうである。

どういうひとがうつ病になりやすいかを論じたもので、以下のような性格である。(笠原嘉「精神科医のノート」による。(みすず書房 1976年))

「几帳面、正直、真面目、小心、律儀、強い道徳律、仕事好き、強い責任感、完全主義、念入りな仕事、凝り性、時間厳守、業績主義、義理人情重視、人と争えぬ、人と折り合いが悪くなると自分の方で折れる、人に頼まれるといやといえぬ、人の評価を気にする・・・」

 

最近、このような「執着気質」(もっと一般的には「メランコリー親和型」気質)を基盤として発症するうつ病は絶滅危惧種とか天然記念物とか言われるくらいに目にすることが少なくなっている。

もはや縁の下の力持ちをやる人は会社社会でも稀になってきているのであろう。

 

その代わりに増えているのが「適応障害」や「発達障害」である。

前者も会社の人間関係に起因するものが多く(「あの人とだけは一緒に仕事できません! 異動させて下さい!」)、昔だったら単なる我儘といわれただろう人である。

後者は単的に仕事の進め方がうまくいかないことが問題となる(同時並行的に仕事をすすめられない。言葉の裏が読めない・・「きみは本当に優秀だねえ!」「いえ、そんなことはありません。」)。

 

これらは、人と争えぬ、人と折り合いが悪くなると自分の方で折れる、という執着気質とは正反対である。

 

最近の気分転換は退社後の一杯ではなく、帰宅後のゲーム

愚痴をこぼせること、それをきいてくれるひとがいるということは精神衛生上大いに好ましいことは明らかだから、アフター・ファイブの呑み屋さんは日本における最大のメンタルケアの場となっていたのかもしれない。

 

縄のれんのおかみさんやバーの女の子の最大の仕事は、お客さんの愚痴をきいてあげることなのだそうである。

「本当に大変ねえ! でも頑張っていればまたいいこともあるわよ・・」

日本のサラリーマンが仕事に専念できるのは、アフター・ファイブに疑似恋愛的な雰囲気に容易にひたれる場がたくさん用意されていたからであると聞いたことがある。

 

ところで、会社の仕事というのが退社後の一杯とワンセットであるなら、テレワークの推進というのもなかなか容易ではないのかもしれない。

仕事の後に家で呑んでいても、誰も愚痴をきいてくれるわけでもない。

まさか、奥さんや子供相手に愚痴もこぼせない。

 

だから、最近の気分転換は退社後の一杯ではなく、帰宅後のゲームになっていると聞く。

 

最近の若いかたの睡眠時間はとにかく短い。

午前2時就寝、下手をする3時に就寝などというのがざらである。

 

「もっと早く寝られないの? 体に悪いよ!」というと彼らは

「10時まで仕事で、家に帰ると11時でしょう。そのまますぐに寝たのじゃ、一日が仕事のためだけで終わってしまうじゃないですか? それじゃ悔しくて。だから帰宅したらゲームをします。それが自分の時間です。」

という。

それで就寝が午前2時3時になるらしい。

 

さらに、「上のほうの人を見ていると、偉くなりたいとは思いませんね」ともいう。

「上にいけばいくほどますます会社にこき使われるだけなんだから。」

 

都市伝説なのかもしれないが、昔は部長とかになると、机の上に足をなげだして新聞か何かを読んでいて、部下が書類をもってきて、お伺いをたてると、ちらっと目を通して、「ま、いいんじゃない!」とかいって再び新聞に戻るとかでよかったのだそうである。

だが今はプレイング・マネージャーといって、自分の仕事がしっかりとあって、なおかつ部下の指導もするので、仕事は増える一方なのだそうだ。

 

これからは、だんだんと会社の人事には関心のないひとが増えていき、会社は各人がただ淡々と自分に課されたjobをこなしていくだけの場になっていくのだろうか。

 

ゲーム依存症患者が増えている

わたくしはまったくゲームというのをやらない人間なので間違った理解をしているかもしれないが最近、ゲーム依存症患者が急増していて大きな問題となっている。

 

ゲームというのはある確率でうまくいくことがあるのだと思う。

それはただの偶然なのだが、しかし、そのうまくいったときに感じる自己充足感が強烈で(おそらく多量の脳内麻薬が放出される)、その再現を求めて延々とゲームを続けることになってしまうのではないだろうか。

もはや会社での仕事は脳内麻薬を放出させるほどの達成感を働く人にもたらさなくなっているのかもしれない。

それで、帰宅後、睡眠時間をけずってでもゲームに熱中するひとがでてくる。

 

ドストエフスキーに「賭博者」という小説がある。(わたくしは読んでいない。以下S・モーム「世界の十大小説」による。)

 

ある賭博者が賭けに負けてとぼとぼと賭博場を去ろうとして、ポケットに一枚の金貨が残っているのに気づく。

「これで何とか飯にはありつける」と思うのだが、「待てよ」と思う。

それで賭博場に引き返し、なけなしの金貨を賭ける。そして20分後には170枚の金貨を手にしている。

もしも最後の金貨で飯を食べたのならそれは凡庸な人間である。

そうせずに、それを賭けて170倍にした自分は並みの人間ではない。特別な人間なのだ・・・。

 

それにくらべたら、仕事中毒、会社依存のほうがまだ可愛いだろうか。

それともそれは立派な病気なのだが、なぜか今までは病気とみなされてこなかっただけなのだろうか?

 

ゲーム依存患者の男女比は7:1で圧倒的に男に多いのだそうである。

おそらく会社依存もまた圧倒的に男性に多いはずである。

 

ところで、冒頭の中桐雅夫氏はアルコール依存症による肝不全で亡くなったのだという。

享年63歳。会社社会の鬱屈がそうさせたのだろうか。

 

男とは何とも悲しい性である……。

 

などと男のくせに他人事のようなことを書いているが、上述のバロン=コーエンさんの本の巻末の自己採点テストが付されていて、それを信じるならば、わたくしは、、性別は男性だが、脳はかなりの程度、女性的らしい。

以上は、そういう人間の書いたものとして割り引いて読んでいただければ、幸い。

 

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【著者プロフィール】

著者:jmiyaza

人生最大の体験が学園紛争に遭遇したことという団塊の世代の一員。

2001年刊の野口悠紀雄氏の「ホームページにオフィスを作る」にそそのかされてブログのようなものを始め、以後、細々と続いて今日にいたる。内容はその時々に自分が何を考えていたかの備忘が中心。

ブログ:jmiyazaの日記(日々平安録2)

Photo by Ehimetalor Akhere Unuabona on Unsplash