「面接の短い時間で、人を適切に見極めるのは本当に難しい…」
採用業務に携わったことがある人なら、きっと一度はそんなふうに感じたことがあるはずだ。
だがもし許されるなら、私にはこんな選考をしてみたいという妄想がある。
「30分で、3品以上の料理を3人分、作ってみて下さい」
突拍子もないデタラメに思われるだろうか。
しかし料理には、その人の考え方や現在地、能力の方向性がもろに表れる。
(1)メニューづくり(と買い物)
(2)調理準備
(3)下ごしらえ
(4)調理
(5)盛り付け
(6)後片付け
これだけの工程をみせてもらえるのに、その人のことがわからないわけなどないだろう。
逆に言えば料理とは、それだけリスペクトすべき重労働かつ知的労働ということだ。
そしてそんな信念をつい最近、2人の料理人から確信できる出来事があった。
「目でも楽しんでもらいたいんです」
私が住んでいる奈良県生駒市は、“日本一のベッドタウン”である。
県外就業率日本一になったこともある市町村で、住んでいる人の多くが大阪、兵庫、京都に働きに行く。
交通の便が余りにも良いため、文字通り「寝に帰るだけ」の街になっている形だ。そんなこともあり、美味しいごはんを頂けるお店は本当に少ない。
そんな中、先日、ウチの近くに本格的なビストロがオープンするという珍事があった。
(生駒なんかでオープンしてくれて、本当にありがとう…)
そんな想いを胸に、さっそく予約を入れ訪問する。
まだ30代くらいだろうか、とてもホスピタリティのある爽やかな店主が出迎えてくれて、期待感が高まる。
そしてメニューを開くと、期待は驚きに変わる。
豊富な前菜やサラダ、リゾットに魚料理、メインの肉料理……その多くが数百円~2,000円程度の、呆れるほど安価な設定だ。
いくらビストロ(=大衆食堂)といっても、やりすぎだろう。
さっそく前菜盛り合わせや生ハムサラダ、トリュフリゾットなどを頂くのだが、本当に美味しく量もシッカリで、すぐにお腹いっぱいになり満足してしまった。
とはいえこのバグっている値段設定について、どうしても聞かずにはいられない。
「このリゾット、お皿一面にこれだけトリュフを散らすなんて、本当に豪華で楽しめました。こんな値段で、本当に採算を取れるのですか?」
「ありがとうございます。今の時期はサマートリュフなので、比較的安価に手に入るんですよ。目でも楽しんでもらいたいので、頑張ってます!」
そして、料理は採算ギリギリでいいので、お酒で利益を出していこうと考えている、ということを説明する。
そんなホスピタリティあふれる店主の料理にすっかりと酔いしれ、気持ちよく家路についた。
しかしこの時、ひとつの疑問が心に残る。
(トリュフって、豪華に見えるけど別にそんな旨くねえよな…)
「見た目よりも実質を取るべきです」
それから数日経ったある日のこと、とても残念なニュースを耳にすることがあった。
奈良県で初めて、ミシュランのビブグルマンを獲得したビストロ、「ル・ノール」が閉店するという知らせだ。
店主の北田シェフはフランスに料理留学し、帰国後は一流ホテルで腕を磨いた本物の料理人である。
にもかかわらず、文字通りの“ビストロ価格”でフランス大衆料理を食べさせてくれる、庶民の味方のとっておきのお店だ。
残念でたまらず、さっそく訪問する。
「北田さん、なんでやめちゃうんですか…(泣)」
「少し体力の限界を感じまして…。しばらく武者修行にでます。10年後くらいにまた、やるかも知れませんので、よろしくお願いします!」
そんな会話で最後の味を惜しんでいる時、ふとアラカルトメニューに目が留まった。
“トリュフリゾット”
先日のモヤモヤ感もあり、食事の締めにリクエストする。
そして最初の一口を頂いた瞬間、おもいっきり鳥肌が立った。
「北田さん…最高に美味いです。正直私、トリュフを美味いと思ったこと一度もなかったんです。しかしこのリゾット、口の中にトリュフの香りがブワッとたって、言葉になりません(泣)」
「桃野さん、トリュフって乳製品と相性がいいんですよ。香りを立てるには、細かく刻んでリゾットに混ぜ込むと最高です」
「薄くスライスして表面に散らすやり方は、どうなんですか?」
「この時期のサマートリュフでそれをしても、香りを楽しめません。庶民的な価格でトリュフを楽しむなら、見た目よりも実質を取るべきです」
そして、見た目も香りも楽しむなら細かく刻んで乳にあわせ、なおかつ仕上げに薄く散らすのがホテルのやり方だと説明する。
しかしそれだとコストがかかり、庶民価格で楽しむことができなくなるので、このやり方で提供しているのだと話してしてくれた。
最後の最後に、なんてものを食べさせてくれるんだ…。
お別れの日に頂いたシェフ渾身のリゾットは、寂しさと満足感が入り混じった、とても切ない後味になってしまった。
家に帰るまでが遠足
話は冒頭の、「30分で、3品以上の料理を3人分、作ってみて下さい」についてだ。
なぜ採用の選考で、そんなことをしてみたいと妄想しているのか。
再掲すると、料理にはざっと以下の工程がある。
(1)メニューづくり(と買い物)
(2)調理準備
(3)下ごしらえ
(4)調理
(5)盛り付け
(6)後片付け
例えば(1)のメニューづくり。
料理を作る目的からすでに、その人の考え方や現在地、能力の方向性が表れる。
食べる人の空腹を満たし、活力を得て欲しいと願うのであれば、ラーメンにから揚げ、ライスをつくるのも一案だ。
食事を通し、束の間の幸せを提供したいという想いを込めるのであれば、前菜、メイン、デザートを用意するような人もいるだろう。
果物を3品、切って並べるだけなんていうのも最高におもしろい。
冷凍食品を電子レンジで温めて、パックご飯とともに並べるような人にも興味がある。
「自分にできることは、これが全てです」
例えばそんなことを堂々と言えるような人は、信用できるからだ。
下ごしらえから調理の工程には、さらにその人の考え方が表れる。
温かいものは温かく、冷たいものは冷たく食べてもらおうという人なら、下ごしらえに時間をかけ、全ての仕上がりがちょうどよくなるように計算するだろうか。
きっとこういう人は、組織を俯瞰的に見る仕事が向いているのだろう。
「簡単な料理から一つずつ仕上げよう」
そう考える人なら、一品一品に集中し、下ごしらえと調理を一皿ずつ仕上げるかもしれない。
こういう人には、きっとシングルタスクに集中し成果を挙げる仕事が向いているのだろう。
メニューや工程そのものが大事なのではない。
どういう目的と想いで、その仕事に取り組んだのかを聞きたいということだ。
今、目の前で作ってくれたもの、作った工程の意味・メッセージ性を質問すれば、取り繕った説明など絶対に通用しないのだから。
そして話は、2人のビストロ店主が作った、ほぼ同じ材料・価格のリゾットについてだ。
新規オープンした店主のリゾットは、見た目の豪華さと華やかさを演出しようとするものだった。
まだお客さんが少ない中で、印象的な料理で顧客の心に爪あとを残そうとする想いが透けて見える。
気持ちは華やいだが、その一方でトリュフの美味さを感じられることはなかった。
一方の北田シェフが作ったリゾットには、料理人人生の集大成が表れていた。
「庶民的な価格で美味しいものを食べてもらいたい」
という一貫した姿勢と、見た目に頼る必要がない、揺るぎない余裕と自信である。
だからこそ、料理にはその人の考え方や能力の方向性、現在地が透けて見えると、確信したということである。
余談だが、北田シェフが「ル・ノール、最後の営業が終わりました」と、感謝のメッセージをSNSに投稿したのは、最終営業日の翌日のことだった。
いわずもがな、料理の段取りには
(6)後片付け
も含まれる。
きっとお店の後片付けが一段落したところでスマホを取り、“最終営業日”を宣言したのだろう。
本当に寂しい閉店だったが、最後の最後まで色々なことを教えて下さった、素晴らしい料理人だった。
いつの日か、北田シェフがまたこの田舎町に戻ってきてくれることを、心から楽しみにしたいと思う。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
若い頃は昼・夜とも「天下一品こってり」を食べて平気だったのに、今では昼に半分だけ食べて夜まで胃もたれするようになりました。
あかん、お酒で胃を鍛えなければ…。
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