「当事者意識を持て!」という説教を、上司からされたことはないだろうか。
どんなことでも他人事だと思わず、自分ごととして真剣に取り組めというような意味で使われることが多いようだが、私はこの言葉が大嫌いだ。
部下に対しこの説教をする上司は、どうしようもないとすら思っている。
社員が当事者意識を持てるかどうかは本人の問題ではなく、上司や組織の問題だからだ。
この考えが確信に変わったのは、大阪の中堅メーカーで事業再生担当の取締役を担っていた時だった。
事業再生の現場は、本当に過酷だ。
経営危機の中にあっては、昇給の凍結など当たり前。
それどころか、給与の一律カットに従業員の削減、経費の切り詰めなど、ステークホルダーからの要求は全く容赦がない。
さらに、頑張れば将来業績が上がり会社も自分も良くなるという希望を持つこともできないので、社員たちはゴールのないマラソンを強要されるようなものである。
当然のことながら、そんな環境は社員の心身をどこまでも追い込み、心が荒む。
そんな状況が1年、2年と続くと、その問題は形になってあちこちから吹き出す。
ある若手社員は、取引先から現金で回収した200万円余りを持ったまま、ある日突然、行方不明になってしまった。
経営トップはもちろん激怒し、警察に届けるというが、
「まずは弁済させることを考えましょう。信頼関係を最初に傷つけたのは会社の方です。」
と説得し、翻意させる。
ある退職した社員は会社に恨みを募らせ、同業他社に再就職後、同社から会社のサーバーに不正アクセスし情報を抜くという事件をやらかしたこともあった。
この際も経営トップは激怒し警察に届けると言い張ったが、私は独断で彼に連絡を取り、
「お前のやったことは全部、アクセス記録で把握している。今すぐウチにきて、全てを話して詫びを入れろ。」
と、“温情”をかけた。
この時はさすがに、経営トップに激しい口調で叱責されたが、
「彼を追い込んだ責任は、会社にもあります。」
と、主張を譲らなかった。
極論を言うようだが、ここまで士気が崩壊しているグダグダの会社で、もし上司から、
「仕事には当事者意識を持て」
などと説教をされて、マジメに聞ける人はいるだろうか。
給与は同世代の最低水準で、さらにそこから一律カット。
休日は法律ギリギリの最低限のみ。
サービス残業は当たり前。
将来に夢を持つこともできず、希望もない。
当事者意識を持つどころではない。
会社がそこまで自分たちのことを考えてくれないなら、穏便に辞めるのなどまだマシな方だろう。
中には、「自分の人生を傷つけられた分、会社から少しでも取り戻さないと損だ」と考え、横領など不正行為に走るものが現れるのは、容易に想像がつく。
人は誰だって、自分を大事にしてくれない相手のことを、大事にしようなどと思わない。
つまり、社員が仕事に対し当事者意識を持てるかどうかは全て会社の責任であり、会社次第ということだ。
なぜ仕事を頑張れるのか
話は変わるがもう10年ほども前、サントリーの社員と過ごした30分ばかりの思い出深い旅がある。
「桃野さん。ウチではね、昼間から酔っ払ってないと仕事をサボってるって怒られるんです(笑)」
彼との出会いは、近鉄電車の車内だった。
近鉄特急の2階建て車両は1階部分が団体専用の個室になっており、6人が半円に座れるちょっとしたパーティールームみたいなつくりになっている。
そしてこの個室、以前は特急料金さえ支払えば、一人でも普通に利用することができた。
その気になれば座り心地の良いソファーに寝転ぶこともでき、昼間っから車内酒を呷るには最高の環境だ。
そのためその日も、出張の予定が早めに終わった私はビールを片手にソファーに深く腰掛け、車窓に流れる風景を楽しんでいた。
するとそこに、昼間っからビールを片手にしたスーツ姿のオッサンが、停車駅から乗り込んできてしまった。
席は6人仕様なので、当然のことながら残り5席分の指定席は誰でも買える。
しかし半円の個室ということもあり、これがものすごく気まずい。
おそらく相手も、この個室を独り占めするアテが外れたんだろう。
見知らぬオッサン同士が斜向いに、無言で缶ビールを傾ける生ぬるい空気が流れる。
そして何度か目が合い、お互いの口元が緩んだ時、先に口を開いたのはオッサンの方だった。
「お邪魔しちゃって、なんか申し訳ありません・・・」
「いえいえ。黙ってても気まずいので楽しくやりましょう。」
「ありがとうございます。いつも昼間から飲んでるんですか?」
「いえいえ、今日は出張帰りですので特別です。」
「そうなんですね。私は日によっては、朝から飲んでますよ(笑)」
(・・・やべえ。こいつ仲良くしちゃいけないヤツかも。)
驚きが顔色に出てしまったのかも知れない。
「実は私、サントリーで営業をしてるんです。」
オッサンは慌てて自己紹介を始め、名刺交換会が始まってしまった。
「あ、そういうことなんですね、よかった(笑)。スーツ姿の紳士でいらっしゃるのに、昼間からモルツを飲んでるわけです。」
「桃野さん。ウチではね、昼間から酔っ払ってないと仕事をサボってるって怒られるんです(笑)」
「どういうことですか?」
「例えば、生ビールの味がおかしいって居酒屋さんからお叱りの呼び出しを受けるのは、営業時間前です。当然、昼間から駆けつけますが、味を確認しないわけにはいかないじゃないですか(笑)」
「あー、なるほど・・・」
それにしても、仕事で酒を飲み、次の仕事先に移動する電車の中でも缶ビールを飲むとはなかなか「仕事熱心」だ。
その理由を問うと、
「私が取引先で飲むのは、何らかの理由でエラーが出てしまった酒です。だから移動中に、正しい酒で舌をリセットしてるんです。」
と笑った。
もちろん、お酒のことなので健康の問題もあるし、今も同社がこのような営業をしているのかを私は知らない。
しかし食品メーカーの研究開発部門では、四六時中、開発中のサンプルを食べるのはザラだ。
丸亀製麺で、全国のうどんの味に責任を持つ麺匠・藤本智美氏は毎日多くの店舗を廻り、来る日も来る日も朝から晩までうどんを食べ続けているそうだ。
そのような仕事は、当事者意識どころか本当に仕事が好きでなければ、とてもやってられないだろう。
オッサンもとても楽しそうに酒を飲み、またその後も楽しそうに、酒の雑学をたくさん聞かせてくれた。
その目は心から仕事を楽しんでおり、こちらまで元気がもらえるほどであった。
そういえば、サントリーの企業理念は「チャレンジ精神」で、創業の志は「やってみなはれ」である。
これは創業者・鳥井信治郎の口癖で、今も全社員のカルチャーとして大事にされているそうだ。*1
チャレンジしようとする心意気や、「まずはやってみよう」という前向きな力は、充実した心身からしか生まれてくるものではない。
「当事者意識を持て」などという、的外れで押し付けがましい説教とは無縁だ。
サントリーの強さを肌感覚で教えてもらった出会いとして、今も思い出深く心に残っている。
「当事者意識」とは「利益の一致」の別称
話は冒頭の、私が取締役をしていた会社の話についてだ。
当時、法律を犯すような行為をした社員や元社員を警察に突き出すという経営トップになぜ私が異議を唱え続けたのか。
正直、当時は漠然と「それでは問題解決にならず、事態を悪化させる可能性がある」と、目先の問題を見ていたように思うが、今から思うと少し違う。
従業員との信頼関係を先に壊し、心を折ったのは会社であり、その上でなぜ一方的に警察に突き出せるのかという違和感だ。
もちろん、社員と誠実に向き合い、経営者として信頼に応えていた上での裏切りなら、私だって絶対に容赦はしない。
しかしあの局面では、全くそうではなかった。
ホンダの創業者である本田宗一郎はたくさんの心に刺さる言葉を遺しているが、その中に以下のようなものがある。
「私はいつも、会社のためにばかり働くな、ということを言っている。
君たちも、おそらく会社のために働いてやろう、などといった、殊勝な心がけで入社したのではないだろう。自分はこうなりたいという希望に燃えて入ってきたんだろうと思う。
自分のために働くことが絶対条件だ。一生懸命に働くことが、同時に会社にプラスとなり、会社を良くする」*2
意味のない美辞麗句ではなく、リアリストらしいとても現実的な言葉だ。
そしてこれこそが、本当の「当事者意識」だろう。
当事者意識とは、命令されて持つものではなく自然発生的に湧き上がるものであり、そのためには「自分のために働くことが絶対条件」である。
サービス残業に理不尽な業務命令・・・
そんな状況で誰が、会社のことを自分ごととして考えられるものか。
もし、「部下や社員の当事者意識が足りない」と悩んでいる経営者や組織の長がいるのであれば、ぜひ考えて欲しい。
部下や社員が当事者意識を持っていないのでれば、それは「自分のために働いている」実感を持てないからだ。
そんな時は、「当事者意識を持て!」と叱責するのではなく、「会社や私に足りないものを教えて欲しい」と、語りかけるべきである。
*1 サントリー「採用情報」
https://www.suntory.co.jp/recruit/direction/
*2 HONDA「Honda ISM」
https://www.honda-recruit.jp/about/hondaism.php
【プロフィール】
大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
去年の今頃、仕事で旭川に出掛けたのですが、余りの寒さに冬山用防寒着を着込んでも震え上がってしまいました。
通りでは、子どもたちが素手で雪遊びをしていました。
人間の環境適応力ってスゴイ・・・。
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fecebook桃野泰徳
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