人間には能力差がある。
賢く生まれる人間もいるし、その逆もまた然りだ。
中学生の頃、頭のいい人間が一晩二晩程度の勉強で凡人をゴボウ抜きする姿を何度も目にする度に「世の中はなんて不平等なのだろう」と思った。
こんなにも歴然と能力差をみせつけられると…なんか「ロースペック人間がコツコツやる理由なんてなくない?」と思ってしまわない方が難しい。
ウサギ型人間がほんのちょっとの努力でカメをギュンと周回遅れにできるのなら、カメ型人間が頑張る意味はあるのだろうか?
「バカが頑張る意味なくない?」
「ってか地頭がいい人間が本気になって頑張れば、なんだって出来るだろ」
「はぁ…なんか人生アホくさくなってくるな…」
こんな事を考えた事がある人もいるだろう。世の中は実に理不尽である。
しかし最近になって、どうも人生は上のようには簡単ではないらしいという事がわかってきた。今日はその話をしよう。
物凄く頭がよくて、やる気もあったのに高学歴になれなかった子供の話
エリザベス・スピーゲルというアメリカの中学校教師の話をしよう。
彼女は優秀なチェスの指導者で数多くの名プレイヤーを育てあげた人物だ。
彼女の指導をうけ、チェスプレイヤーとして大成したジェイムズ・ブラックという少年がいる。
彼は貧しい地区に住むアフリカ系アメリカ人だ。
学業的には落ちこぼれであったものの、スピーゲルの手ほどきによって12歳でチェスのマスターのタイトルを獲得した。
いわゆるやればできる子供であり、典型的なウサギ型人間だといえよう。
スピーゲルはジェイムズをみて一つの計画を思い立った。
それは彼をニューヨーク屈指の名門高校に入学させようというものである。
ジェイムズもスピーゲルの情熱に感化され、二人は真剣に名門校合格を目指して受験勉強に半年取り組む事となった。
こんなにも頭がよい子供が優秀な指導者の元で受験勉強に励むのだから受験ぐらい合格しそうなものだけど、結果は残念ながら不合格だ。
ジェイムズはチェスで彼に勝てる生徒が一人もいない学校に入学できなかったのである。
やる気、やり抜く力、地頭と現代における三種の神器ともいえる貴重な才能を持っていたにも関わらず、彼は地頭で彼に劣る凡百の人間にまったく勝てなかった。
ウサギ型人間がカメ型人間に敗亡を喫した瞬間である。
<参考 成功する子 失敗する子 何がその後の人生を決めるのか>
早期教育は思った以上に大切
失敗の原因は教師や生徒が怠けたからではない。
スピーゲルは熱心に受験勉強の指導を行ったし、ジェイムズも固い決意をもって懸命に学習した。
それでもジェイムズは名門校の合格を勝ち取ることはできなかった。
何故か?それは早い時期に”知識を詰め込む”教育を受けなかったからだ。
貧しい地区で生まれ育ったジェイムズは学習にあたっての基礎知識が著しく欠けていた。
ヨーロッパ大陸やアフリカ大陸の場所も知らず、基礎的な語彙もなく、計算力も著しく欠けていたジェイムズは、スピーゲルがどんなに情熱的に勉強を教えても何も身につかなかったという。
これを読んだ方の中には「それなら足りない基礎知識を習得させればいいではないか」と思った人もいるかもしれないが、残念ながらジェイムズはそれを身につけられる段階を既に逸していた。
早期の詰め込み教育はある段階を超えてしまうと地頭が幾らよくても不可能になるらしい。
結局、ジェイムズは半年もの間かなり真面目に勉学に取り組んだにもかかわらず、最後の最後まで基本的な知識を脳にインストールことができなかった。
そんな子供が名門校合格の学習レベルにたどり着けるわけもなく、結果は当然のごとく不合格だったというわけだ。
世の中にはやり直しがきかない事がある。
そしてそれは能力云々を超えた場所にあるものなのである。
土台は学校だけではなく、環境でも形成される
ジェイムズは高学歴になる為の最初の土台を築き上げる事に失敗した。
それは「頭のいい子が本気で頑張ったら、何でもできる」ようなものではなかった。
エリート校の試験で好成績を収めるには”長い年月をかけて身につけた知識や技能”が必要だ。
この手の基礎知識の習得は早い段階での教育でも当然提供されるが、その場は学校に限らない。
家族や友人など、所属する文化から知らぬ間に吸収されるものの方がむしろその影響は大きい。
つまり周りの大人の話す言葉や友達に影響されて吸収する知識は意外と馬鹿にできないのである。
みんなが「こんなの常識でしょ?」としたり顔で披露する知識の普及率は馬鹿にならない。
それは優秀な教師と情熱的な生徒であったとしても、ある年齢を超えてしまうと身につける事が極めて難しいエリートになる為の土台で、それを育むのに最適な場は”環境”だ。
よくいう”生まれか育ちか”の答えはこれでもうハッキリしただろう。
ある程度よい場所に生まれて育ってくれないと、その後はもう”育てられない”のだ。
エリートになる為に何よりも大切なのは…残念ながら地頭ではなく環境だったのだ。
成功は親の地位でだいたい決まってしまう
IQの高さよりも育った場所の方が大切なのは社会実験でも証明されている。
かつて高いIQを保持するものを追跡した社会実験があった。
1990年にアメリカの心理学者ピーター・サロベイ氏とジョン・メイヤー氏が行った有名な実験だ。
実験の提唱者は当然というか、IQが高い≒社会的にも成功しやすい傾向にあると予想しこの実験を行ったそうだけど、結果はまったくといっていいほどに相関がみられなかった。
では何が成功に最も影響していたか?
それは親の社会的地位だ。似た者同士はくっつきやすい。
成功者は成功者と、高学歴は高学歴と繋がりやすい傾向にあり、それらが作り出す強固なネットワークはエリートになるための最大の基盤となる。
結局、成功したいのなら頭の良さ云々より成功した人たちに囲まれる事の方が大切なのである。
現代社会は童話のウサギとカメのようにはいかないのだ。
成功は能力差で競うものではなく、どの環境に属するかなのだから、頭がどんなに良かろうが置かれた場所が良くなければ成功のルートに入り込む機会を逸してしまう。
だから頭が悪いカメだって、特に初段階の頃はノロノロ頑張る価値はあるのである。
むしろカメだからこそ、頑張る価値があると言えるかもしれない。
都会で中学入試が白熱する理由も、この事実を皆が何となく察しているからだろう。
僕は自分の子供がウサギだったら中学入試もアリかなぁと思っていたが、むしろ我が子がカメであると思えば思うほど、やらせた方がいいのかもしれないなぁと少しだけ認識を改めてしまった。
大人から承認さえ与えてもらえば、子供はいくらでも頑張れる
早期教育が非常に大切な事は上記の事例で理解いただけたと思う。
地頭がどんなによくても、最初の最初でつまずいてしまったら二度と取り返しがつかないのだから、いやはや世の中というものは恐ろしいものである。
では置かれた環境が悪ければ全て駄目なのだろうか?
まったく逆転の目はないのだろうか?その可能性を打ち壊す可能性がある話をしよう。
たとえ貧しい地区に生まれ育ったとしても、人はある条件さえ満たされれば成長可能だったという夢と希望に満ち溢れた話である。
インドの教育科学者であるスガタ・ミトラはタミル語という地方言語しか話されていないインド南部の村で興味深い実験を行った。
この村にインターネットに接続されたコンピューターを設置し、英語で書かれたDNAの複製に関する資料を読めるようにした上で、村の子どもたちが自由に使えるように放置した。
二カ月後、彼は村を訪れて子どもたちにDNAの複製についてテストを行ったが、この段階では結果は散々だった。
次に彼は大人の監督役をつけることにした。
村に顔見知りの若い女性会計士がいたので、ちょっとした手助けを頼んだ。
若い女性会計士は「DNAの複製のことなど何も知らない」と言ったが、ミトラは「おばあちゃん役」をしてくれればいいんだと安心させた。
コンピューターと向き合っている子どもたちの後ろに立ち、さかんに褒め言葉をかけ、何をしているのか尋ねるだけすればいいと言い残し、彼は村を去った。
二カ月後、子どもたちのテストの正答率は五〇パーセントに跳ねあがった。
この正答率はニューデリーの裕福な私立学校に通う生徒たちとほぼ同様だという。
つまり、インドの貧しい村の子どもたちでも裕福な親の子どもたちと同程度までにキャッチアップできるのだ。
後ろで認めてくれる大人がいれば、だが。
<参考 イアン・レズリー. 子どもは40000回質問する~あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力~>
大人の役割とは子供に関心を示してあげる事なのかもしれない
先の現象は非常に興味深くはないだろうか?
このインド南部の村は、冒頭に例としてあげたチェスマスター・スピーゲルが住んでいた場所であるニューヨークのスラム街と同じく、低所得者層で構成されている。
普通に考えれば、知識が普及するのには最悪の環境といえよう。
DNAの複製なんてメシの種にもならない高尚な概念が浸透する余地はどこにもない。
だが…それでもインターネットと褒める教師役の二つが組み合わされば部分的とはいえ高所得者の子どもたちと同じ程の知識が普及するのである。
知識が普及しないのは、それをやった所で誰も褒めてくれないからだったのだ。
つまり…全ては大人の責任だったのである。
チェスマスター・スピーゲルが子供の頃に地理や語彙、計算能力を身に着けなかったのはそれをやっても認めてくれる大人が誰もいなかったからだ。
インド南部の村の子どもたちも、DNAの複製について、大人が誰も褒めてくれない状況下だと全く普及しなかった。
後ろでじっと見守って、子供に興味を持つ。
たったそれだけで、子供が成長するのだとしたら…大人の役割というのは子供を厳しく指導したり良い道へと導く事ではなく、キチンと興味を示してあげる事なのではないだろうか?
相手に関心を示せるようになって、私達は初めて大人になったといえるのではないだろうか?
私達はつい他人に自分の良いと思った事を押し付けがちになる生き物だ。誰もが自分の話をしたがり、誰かの話は聞きたがらない。
相手にキチンと興味を示し、相手に共感する。
口で言うのは簡単だけど、実際に実践するとなると本当に難しい。
特に価値観が異なる相手ともなると、その難易度は格段に上がる。
「大人は何もわかってくれない」という使い古されたフレーズがあるけれど、異なる価値観を持つもの同士の対話の難しさを示すのにこれ以上最適なものもそうはない。
常識が異なる相手に共感的態度でもって好奇心を示す事は酷く難しい。
これは何も幼い子供に限った話ではなく自分の上司も自分の部下もそうである。
”話がわかる”人間というのは、それほどまでに貴重なのだ。
相手の話にじっと耳を傾け共感する事は自分勝手に身の上話をする事の何百倍も難しい。
だが、その共感的好奇心こそが何よりも人を育てるのである。
万人にそれをやれとは流石に言わないが、身の回りの大切な人ぐらいはそれができるように努力してみてはいかがだろうか?
インドの貧しい村でDNAの知識を普及させる触媒となった若い女性会計士のような人間になれれば、きっとあなたに山程の人望ができる。
相手にキチンと興味を示し、注目する。きっとそれだけであなたは立派な大人として尊敬される事だろう。
人に慕われるのには何も偉業を為さずともよいのである。
溢れんばかりの野心でもって業績を積み重ね他人から尊敬されようと躍起になる人もいるけれど、そんな事をせずとも後ろに立ち、さかんに褒め言葉をかけ、何をしているのか尋ねる事さえできれば、あなたの元には必ずきっと尊敬の念が集まる。
仕事に燃えて、出世しようと業績を積み重ねるのも確かに悪くはない。
特に若い頃はそれで成長できる事もあるだろう。
ただ、果たしてずっとそれを続けた先に、あなたが本当に欲しいものはあるのだろうか?
尊厳は他人から奪うものではない。
自分の手で作れるものである。
自分が本当に欲しいのは紙面の上に乗っている経歴なのか、それとも人望なのか。
それがわからない人間は、たぶんずっと一人ぼっちなのである。
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(2024/12/6更新)
【著者プロフィール】
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