「私が支えてやらないと失敗しそうだったんで、経営に参画したんです」

自社の社長を目の前にしてそう言い放ったのは、(株)エコロギーのCOO・池田健介だ。

そしてそれを、経営トップであるCEO・葦苅晟矢(あしかり・せいや)も顔色ひとつ変えず淡々と聞いている。

 

アクの強いベンチャー企業経営者なら、もうそれだけで怒り出すようなトップもいるだろう。

聞きようによっては、経営トップをディスるかのような発言に眉をひそめる人もいるかも知れない。

 

しかし池田は満面の笑顔で、まったく悪びれる様子もない。

 

しかしこの、28歳のCEOと29歳のCOOがやろうとしている事業は、だからこそ魅力がある。

今回はそんな、若い2人の経営者がカンボジアで取り組む、地球に優しい「昆虫食」の会社のお話をしてみたい。

 

人類は肉食を続けられるのか?

単刀直入に言って、2人が挑戦している課題は時にゲテモノ扱いもされるような、「昆虫食による食糧問題の解決」だ。

その社名が表すように、エコなコオロギを養殖・加工し、地球にも人にも優しい食習慣の導入を目指そうという会社である。

 

近年、大豆ミートによる代替肉の普及が急速に広がるなど、地球環境に負荷が大きい食生活に問題意識を持つ人は増え続けている。

そういった意味で昆虫食は、次に来る私たちの、有力な選択肢の一つになり得るであろうことは間違いない。

 

とは言いながら、率直に言って抵抗なく昆虫を食べられるという人は、恐らく日本人にはそう多くないだろう。

どれだけ「地球に優しい」「健康に良い」と言われたところで、無理なものは無理というものである。

 

正直、私だってそうだ。

そのことは十分に理解した上で、敢えて最初に「コオロギを食う」ことはどれほど地球と健康に優しいことであるのかを、レクチャーしてみたい。

 

引用:独立行政法人水資源機構「水と川とダムのお話」

 

ご存知のように、肉食は大変環境負荷の大きな食文化である。

肉食そのものは、栄養価に優れ人類の心身の健康を支え続けてきた食文化であることに疑いの余地はないが、80億人に及ぶ人類を支える食習慣として地球環境を維持することはできない。

上図のように、水資源一つをとっても、1kgの牛肉を生産するために必要となる量は実に20トンである。

 

引用:農林水産省「知ってる?⽇本の⾷料事情」p2

 

また同様に、牛肉1kgを得るためには、その11倍もの穀物を飼料として与える必要がある。

タンパク質を得るための食料として、肉食は非常に環境負荷の高い食習慣であることは議論を待たない。

 

思えば、昭和に子ども時代を過ごした40代半ば以降の世代にとって、牛肉といえば特別な晩ご飯であった記憶があるのではないだろうか。

すき焼きといえば最上級のご馳走であり、お肉ばかりを食べていたら怒られたほどに、夢中になって頬張った「特別な日の高級品」であった。

 

引用:農林水産省「知ってる?⽇本の⾷料事情」p2

 

それは数字でも読み取ることができ、日本人の肉類の消費量は1980年と2011年の比較で1.5倍以上に伸び、さらに伸び続けている。

世界でも同様で、私たちは経済的に豊かになると肉の消費量が増え、地球環境への負荷を増大させ続けるという食習慣を持っている。

生産にかかる手間やコスト、環境負荷を考えると肉食とは本来、贅沢品で無ければおかしい存在であるにも関わらず、である。

 

そして「このまま世界の経済成長が続き、肉食を続けるととんでもないことになるのでは・・・」と、多くの人が気付き始めた。

それがまさに、今である。

そのため、大豆ミートなどの代替食がにわかに存在感を増しているということだ。

 

では昆虫食、とりわけ(株)エコロギーが取り組んでいるコオロギの生産にかかる環境負荷はどれくらいなのだろうか。

 

 

同社の生産工程の場合、1kgの可食部を得るために必要な飼料は牛肉のわずか7%、水に至ってはわずか0.05%で済む。

加えて温室効果ガスの排出量は、牛肉のわずか4%だ。

 

また飼料も上記のように、食品工場の不良品やビール工場の残渣であり、本来は廃棄して環境に負荷を与えていた「ゴミ」である。

まさに究極のエコであり、同じ量の食料を生産するための手段として昆虫食のアドバンテージは極めて大きい。というよりも比べ物にならない。

「とはいっても、やはり牛肉のほうが栄養価に優れているのでは?」

という思いがなくもないが、その栄養価でも実は昆虫食は負けていない。

たんぱく質の含有量でビーフジャーキーを上回ることはもちろん、私たちに不足しがちな鉄分や亜鉛といったミネラルまで豊富に含まれており、全くスキがない。

増え続ける人口を考えると、持続可能な人類の健康的な食文化のために、これら数字から私たちが何を読み取るべきかは明らかだ。

 

繰り返しで恐縮だが、昆虫食という選択肢には正直抵抗がある。

私自身、今現在としてコオロギのハンバーグと黒毛和牛のステーキのどちらかをご馳走すると言われたら、きっとステーキを取るだろう。

しかし、地球が人類に迫っている現実的な問題として、

 

・肉食に頼りたんぱく質を摂取する食文化では、これ以上の人類を支えることはできない

・人類は新たに、環境負荷の低いたんぱく質の摂取方法を今すぐ考える必要がある

 

という切実な課題があるのもまた、事実である。

嫌であろうが抵抗があろうが、この喫緊の問題から私たちは逃れることができない。

 

「苦労したことはなんですか?」

ところで同社では、COOの池田が日本に留まり全体統括をしている一方で、CEOの葦苅はカンボジアに長期滞在し、生産拠点の管理・経営をしている。

そのためリモートで話を聞いていたのだが、やはり気になるのは現地での暮らしだ。

 

「どんなところに住んでいるんですか?生活の苦労はありますか?」

「来た当初はいろいろ不便はありましたけど、いいところですよ」

「なるほど・・・」

 

会話が続かない。

ぶっちゃけた話、なにか苦労した話やカンボジアでの暮らしならではの話を期待したのだが、質問を外したか。

しかしそこで池田が口を挟む。

 

「桃野さん、葦苅は飄々としてるだけです。コイツ去年までとんでもないところに住んでいたんですよ。」

「といいますと?」

 

「葦苅が住んでいたのは、ワンルームで10人近くが共同生活をおくるドミトリーというものです。そこで、1日の宿泊費を300円に抑えていました」

「それはなかなかですね・・・」

 

「私もコロナ前に泊まりに行きましたが、2日で口内炎ができて、1週間でホテルに逃げました。葦苅はそこに1年住んで主になりました(笑)」

 

そして温暖なカンボジアを始めとした東南アジアには、実は大手食品メーカーも昆虫食に興味を持ち、社員が派遣されてくること。

しかし現地環境の過酷さにすぐに音を上げ帰ってしまうので、自前の生産設備を持つに至っていないことなどを話してくれた。

 

なお同社では、コオロギの飼育環境、飼料、飼育に関するノウハウを現地の農家に提供し、農家の副業としての生産体制を構築している。

葦苅の仕事は生産を委託している村に赴き、技術指導をしながら育ててくれたコオロギを現金で買い取り、信用を積み上げることだ。

 

そこでの苦労についても聞いてみたが、

「そうですね・・・コロナ禍の時に、お金をアルコール消毒されたくらいのもんです」

と、相変わらず飄々としている。

 

ここでもたまらず、池田が口を挟む。

「葦苅は簡単そうに言ってますが、カンボジアの山奥の村は“よそ者”に敏感なんです。現地に馴染み、信用を積み上げる過程がどれだけ大変であったのか、少し聞いて下さい」

と、この事業が形になるまでの葦苅の苦労を、彼に代わり熱心に話してくれた。

それを葦苅は、相変わらず顔色一つ変えずに淡々と聞いている。

 

 

「葦苅さん、お住みになっているところやこれまでの大変さは相当なものじゃないですか。本当に苦労はないのですか?」

「正直、快適とまでは言えないかも知れませんが、私が高校時代に過ごした生徒寮に比べたら100倍マシですね」

と、微かな笑顔を見せた。

 

ちなみに葦苅が過ごした寮というのは、ラ・サール高校の生徒寮のことだ。

現在は建て替えられて快適になったようだが、葦苅が在学していた当時は、

「壁はコンクリむき出し、飯はクソマズ、携帯娯楽も全て持ち込み禁止でした」

と、少し感情を出して語ってくれた。

 

なるほどと、合点がいった。

確かにそんな苦労の思い出との比較もあるのかも知れないが、葦苅は

「環境に対して不満や苦労をぶちまけても意味はない。やるべきことをやるだけだ」

と、前だけを向いているのだろう。

 

だから、「苦労や大変なこと」を質問されても全く何も出てこない。

圧倒的な熱量と使命感を持ち、何かに打ち込んでいる時の起業家特有の「その他への鈍感さ」である。

 

まとまった資金もないままカンボジアに渡り、“よそ者”が村に溶け込み、生産体制を築いてしまった。

それだけでも、この葦苅という男の持つ熱量や人柄が伝わってくるような、とても興味深い現地での“苦労話”である。

 

「私が支えてやらないと・・・」

そして話の最後に、私はお互いを経営のパートナーに選んだ理由を質問してみた。

するとここでも葦苅は、

「池田のことは信用し、信頼しています。私が持っていないものを持っている良いパートナーです」

と、淡々と語る。

 

それに対し池田は逆に、感情を込めて熱く語りだした。

「葦苅は、細かなことに気が付かないかもしれません。弁も立ちません。でも、それで良いんです。葦苅は私たちにとっての価値観を明確に立てて、進むべき方向を力強く指し示す最高の経営トップです」

そしてそのビジョンの魅力、一度決めたことをやり通す強い意志、人として信じられる魅力を存分に語る。

 

冒頭でも書いたが、池田は自分のボスを目の前にして

「私が支えてやらないと失敗しそうだったんで、経営に参画したんです」

と言い放つようなナンバー2だ。

 

しかしその言い方には全く毒がなく、むしろ心からの信頼関係に基づくことものであることすら感じさせる。

まさにこの二人は、組むべくして組んだパートナーなのだろう。

ベンチャー企業にしては珍しいことだが、だからこそこの会社は、きっとまだまだ大きくなるはずだ。

 

 

この二人の魅力に感化され、私もできることから、昆虫食に挑戦してみようと思い立った。

結局のところ、食文化とは食材そのものが身近であるか無いか、ただそれだけである。

野生のコオロギを普段から見てしまっているので抵抗があるのかも知れないが、先入観をリセットしてしまえば大したことではない。

 

なお同社では、飼料を改良し「本当に美味いコオロギ」の開発も推し進める予定なのだという。

環境に優しく、栄養価にも優れ、安価であり、しかも美味しいとなれば、もはや食べない理由はない。

「昆虫を食べるなんて・・・」

などという先入観に囚われている自分の狭量さすらも払拭してくれるような、そんな魅力に溢れた若い経営者たちとの出会いだった。

 

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
経営と近現代史を中心に、マイナビ、さくらインターネット、朝日新聞などにコラムを連載中。

twitter@momono_tinect

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