小さくて見えにくい。あるのかないのかわからない。

そんな悪意や攻撃は、時にあからさまな差別やヘイトスピーチより心を蝕む。

ひとつひとつは小さくても、それらは日々蓄積し、じわじわと浸食して人の内面を脅かす。

 

「マイクロアグレッション」は、日常生活に埋め込まれた脅威である。

しかも、する方は無意識なことが多く、誰でも気づかぬうちに「加害者」の側に回っている可能性もある。

 

もはや職場でのダイバーシティは必至な現在、インクルーシブなビジネス環境を整えていくためにはどうしたらいいのだろうか。

マイクロアグレッションを通してそのヒントを探ってみよう。

 

職場ではありのままの自分自身を放棄する?

仕事柄、日常的に外国人に接していると、彼らを通して日本社会を再認識することがよくある。そんな話から始めよう。

 

「もっと早く知りたかった」

数年前のことである。当時、筆者はあるプロジェクトに参画し、外国人の就労・定着支援を目的とする日本語研修の講師を務めていた。

対象は、外国籍で日本での就労を目指す人や現在就業中で今後も働き続けていきたい人たち。

 

10数名の小さなクラスだったが、受講者はみな学習意欲が高く、教室にはこちらが圧倒されるほどの熱気が充満していた。中には、夜勤明けで寝ないまま出席していた人もいれば、片道2時間の道のりを毎朝運転して来る人もいた。

その日の研修内容は、「担当者のミスで期限までに必要な書類が出せなくなってしまったときにどうするか」だった。

 

モデルはこうだ。

まず、上司に声がけをして都合を訊く。上司が対応してくれたら、状況を説明し、期限を延ばしてもらうよう依頼して指示を仰ぐ。ただし、その際、担当者のミスや責任について明示的に言及するのは避け、「メールが見当たらないのですが・・・」などと敢えて曖昧な表現を選ぶ。

 

こうした会話の流れやそれぞれの場面での日本語表現をクラス全体で検討した後、口頭練習をするのだが、途中で受講者の1人がこんなことを言った。

「あーあ。私は何にも知らなかったから、前の職場では上司や先輩にこっぴどく叱られちゃった。全然、悪気はなかったんけど、今にして思うと、ずいぶん失礼なことを言ったりやったりしちゃってたんだわ」

すると、それに呼応して、日本で働いた経験がある受講者たちが次々に口を開いた。

 

「僕もそう。あの頃はどうしてこんなに怒られるんだろうと疑問だったけど、今になればその理由がよくわかる」

「そうそう。叱られて、よく泣いてた。でも、私の方が非常識だったんですね」

そして、「もっと早くこういうことを知っておきたかった」と口を揃える。

 

「例えば、どんなふうに叱られたんですか」

思わず訊くと、その答えはこうだった。

 

「お前は何年、日本に住んでるんだ? その日本語を何とかしろ」

「敬語も知らないで仕事ができるとでも思ってるか?」

「先輩を責めるんですか? あなただってミスをするでしょう? そんな態度ではいつまでたっても、ここにはなじめませんよ」

 

しかし、本当に彼らが悪いのだろうか。

 

「現実はもっと厳しいの!」

ここで、日本語教育に関する状況を確認してみよう。

2020年10月末時点での外国人労働者の総数は1,724,328 人だったが、厚生労働省がまとめた資料に載っている在留資格の中で日本語教育を受ける機会が保障されていると確実にいえるのは、「技能実習」の402,356 人と「資格外活動」のうちの留学生306,557人の計70万人あまりである。*1:p.6、*2:p.2

 

実際に、ボランティア教室も含め、日本語教育を受けている外国人はごく僅かだ(図1)。*3:p.14

図1 日本国内における属性別日本語学習者数(2020年度、総数160,921人)

引用)文化庁(2020)「令和2年度国内の日本語教育の概要」p.14
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/nihongokyoiku_jittai/r02/pdf/93285801_01.pdf

 

したがって、多くの外国人労働者は日本語教育を受けないまま働いているという現実があるのだ。

 

実際に、これまで筆者が関わってきた外国人労働者の中には、20年、あるいは30年近く日本で働いていても、ひらがなの読み書きすらできない人たちが珍しくなかった。

中には日常会話に不自由しない人たちもいるが、それは必要に迫られてサバイバル的に習得したもので、体系的な日本語教育を受けた経験をもつ人は稀である。

 

文化的な問題もある。

日本では職場の誰かがミスをした場合、それを追求するような言動は避けるのが一般的だ。だが、追求するというのではなく、責任の所在をはっきりさせる文化もある。言葉が不自由な場合、まるで追求しているかのように聞こえることもあるかもしれない。

 

そうした状況で、外国人労働者に対して、ここは日本だからと、日本人同様に日本語を使いこなし日本人と同じように振舞うよう要求するのはあまりにも酷ではないだろうか。

「皆さんが悪いわけではないでしょう。皆さんは今まで日本語の勉強をした経験がありません。それに文化も違うのですから、日本人の方でもそういう事情を理解する必要があるのではないでしょうか。相手の立場に立つべきだというのは、お互いさまです」

「ありがとう、先生。でもね、優しいのは先生たちだけよ。職場はそんなに甘くない。すごく厳しいの。なんていうか、言葉で叱られるだけじゃなくて、雰囲気っていうか、なんか自分の居場所がないっていう感じなんです。それで、受け入れてもらいたいと思って、頑張って日本のやり方に合わせてる。でも、それでも受け入れてもらえていない気がするんです」

そんな意味のことを1人がいうと、多くの受講者が頷いた。

 

あなたの言うことは、所詮、きれいごとだと言われた気がした。

ありのままの自分を大切にしてほしいと伝えることは、意味がないどころか、彼らの居場所を奪うことにつながってしまうのだろうか。

本来の自分自身であることを諦めて周りに「同化」することが職場での彼らの居場所確保につながるとしたら、それに手を貸すのが講師としての務めなのだろうか。
それにしても、言葉で叱られるだけではなくて、雰囲気で居場所がないと感じるとは、どういうことだろう

 

マイクロアグレッションの脅威

「マイクロアグレッション」とは、文字通り、小さい(マイクロ)攻撃(アグレッション)だ。

インクルージョンや多文化共生に関連する領域—筆者が携わる日本語教育界隈でも最近よく耳にし、共有されるようになってきた理論である。

 

マイクロアグレッションとは

読者にお薦めなのが、マイクロアグレッションの専門家、デラルド・ウィン・スー博士による『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』。非常に読み応えのある書籍だ。

その中から、興味深い事例や分析をご紹介していこう。

まず、マイクロアグレッションの定義は次のようなものである。*4:No.482-485

マイクロアグレッションというのは、ありふれた日常の中にある、ちょっとした言葉や 行動や状況であり、意図の有無にかかわらず、特定の人や集団を標的とし、人種、ジェンダー、性的指向、宗教を軽視したり侮辱したりするような、敵意ある否定的な表現のことである。加害者はたいてい、 自分が相手を貶めるようなやりとりをしてしまったことに気づいてい ない。

 

最大のダメージをもたらすのは「善意の加害者」

スー博士はマイクロアグレッションを3つのカテゴリーに分類しているが、その中で最も被害が大きいのは「善意の加害者」が自覚せずに行うときであるという。*4:No.1208-1211

目立たない形の偏見や差別が、数え切れないほど継続的に起こり、それが日常的に累積して目に見えにくいけれど大きいダメージを被害者もたらす。*4:No.1270-1277

それは、家族、隣人、同僚の間で、あるいは教師と学生、医療従事者と患者、雇用主と従業員の間でも発生する。

 

その例としてスー博士は「よそ者扱い」を挙げている。

ここで勘のいい読者はピンときたに違いない。

「お前は何年、日本に住んでるんだ?」「そんな態度ではいつまでたっても、ここにはなじめませんよ」という、冒頭のエピソードに出てきた言葉である。

 

こうした言葉を投げかけられたのは、日本人の配偶者として日本に骨を埋める覚悟で来日し、長年日本で暮らしている女性だった。

彼女は、日本人と家庭を作り、子どもを産み育てながら、懸命に働いてきた。

それでも、彼女が日本人と同じような振る舞いをしない(できない)こと、日本人と同じような言葉遣いができないことから、よそ者扱いされ続けているのである。

 

別の例をみてみよう。

以下のようなことばを聞いて、どう思われるだろうか。

「雇い主として、私はいつでも男性と女性を等しく扱います」*4:No.1309

「僕は、最も能力のある人が仕事を得るべきだと思ってるんだよ」

「男性と女性は、成功する機会を等しく与えられている」

 

誰にも反対のしようがない立派な意見だ。

しかし、これらの言葉が特定の状況、つまりマジョリティーからマイノリティーに向けられとしたらどうだろう。

それは、次のようなメッセージになるかもしれない。

「マイノリティと女性はこの仕事には不適格だ。だから、日本人の男性が採用されたとしても、私のバイアスだとは思わないでほしい」

 

言った本人に悪意はない。自分の言葉がまさかマイクロアグレッションに当たるなどとは全く思ってもいないだろう。

しかし、マイクロアグレッションは、文化的に強く植え付けられた、自民族中心主義的な価値観やバイアス、思い込み、そしてステレオタイプに満ちた世界観が、私たちの信念や態度、振る舞いに反映されたものなのである。*4:No.1296-1298

 

マイクロアグレッションの加害者にならないために

私たちは誰でも、そうとは気づかずにマイクロアグレッションの「加害者」になる可能性がある。そうならないためには、どうしたらいいのだろうか。

 

マジョリティーの権力は「現実を定義する力」

最も大切なのは、自分がマイクロアグレッションを伝える側になり得るという認識をもつことだ。*4:No.1292-1295

自分がそれと気づかずにマイクロアグレッションを犯してしまったとき、そのことを認識するためには、セルフモニタリングが必要だ。つまり、バイアスに基づいた行動をとってしまった可能性について自ら探ることができるかどうかがポイントなのだ。

 

そして、「そんなことはしていない」などと防御的にならない態度も必要だ。

ここで、示唆的なエピソードをご紹介しよう。*4:No.1321-1360

 

スー博士(アジア系アメリカ人)は、ある時、アフリカ系アメリカ人の同僚と一緒に飛行機に乗った。機内はあまり混んでおらず、乗務員(白人)にどこに座ってもいいと言われた。

そこで、使い勝手のいい前の方の席に座ったのだが、後からスーツを着た白人男性たちが3人乗り込んできて、博士たちの前に座った。

離陸直前に、乗務員が近づいてきて、博士たちに飛行機の後方に移動してもらえないかと頼んできた。 理由は飛行機の重さを均等に配分しなければならないということだった。

 

博士は考えた。

なぜ私たちが選ばれたのだろう?  私たちは最初に搭乗した客で、3人の白人男性は最後に乗り込んできたのに、なぜ彼らではなく私たちが移動するよう言われたのだろう?  私たちが有色人種だからだろうか? それともこれは人種などには関係なく、誰にでも起こる偶然の出来事なのだろうか?  私たちは気にしすぎの、ケチな人間なのだろうか?

博士たちは日々の経験から、 乗務員は人種によって自分たちを「二級市民」として扱ったのだという結論に至った。

 

気にしないようにと自分に言い聞かせてようとしたが、博士は怒りをこらえることができなかった。そこで、自分をコントロールしようと懸命に努力しながら、無理に作った穏やかな声で乗務員にこう尋ねた。

「 あなたは、 2人の有色人種の客に対して人種差別的なことをしたことを自覚していますか?」

しかし、乗務員はそれを認めず、逆に憤った。

「 私は今までこんな風に責められたことはありません!  よくそんなことが言えますね? 私は人種差別などしていませんよ! 私はただ移動をお願いしただけです」と。

博士が自分の考えと感情を説明しようとすればするほど、乗務員は防衛的になり、最後は話し合いを拒否するという事態に陥った。

 

1つの出来事に対して、スー博士と乗務員は異なった解釈をしていたのだ。

同じような多くの状況を経験している人たちと、それが1回的な意味しか持たない人たちとは世界観が違うのである。

それが両者の間に心理的ジレンマをもたらす。

 

では、どちらの現実感覚が正しいのだろう。

乗務員の言動に人種差別的なニュアンスを感じた2人の乗客か、自分は乗客の身の安全に配慮していただけであり、なんら罪はないと本気で信じている乗務員か。

 

問題は、どちらが正しいか間違っているかではない。

ここで重要なのは、乗務員が意識的に差別をしたかどうかではないのだ。*4:No.1425-1434

問題にすべきは、マジョリティは自身の無自覚さのために、他の集団に属する人たちに、自分たちの世界観を押し付けてしまうことができる、という点である。

 

権力とは、現実を定義できる力である。*4:No.2004-2012

マジョリティは他のグループに対して、その場のリアリティを定義し、「ここで起こっていることは、こういうことだ」と押し付ける可能性が高いのだ。

マイクロアグレッションが起きたとき、加害者は否認するかもしれない。そして、被害者はしばしば誤解していると言われ、敏感すぎると言われ、加害者の言葉を素直に受けとるべきだと言われる。

 

被害者の立場からすると、まずこうした解釈の衝突と直面し、もしマイクロアグレッションが起こっていたとしても、加害者が自分自身の意図に気づかない場合には、それを証明するすべがなく、それが可視化された場合であっても、そんなことはとるに足らないことだと言われるのである。*4:No.334-340

つまり、被害者は、加害者と向き合うことを選んでも、何もしない方を選んでも、どちらの場合にも貶められるという、どうにもならない立場におかれてしまうのだ。

 

インクルーシブな職場作りのために

話を冒頭の日本語研修に戻そう。

受講者たちは、果たして本人たちが言うように、職場で「非常識」な言動をしていたのだろうか。

もしかしたら、それはマジョリティの解釈、リアリティではなかったろうか。

 

どちら側にもリアリティはある。

自分が疑いなく感じているリアリティとは別のリアリティを感じている人たちもいるのである。もしかして、そういう人たちに、自分のリアリティを絶対的に正しいものとして押し付けてはいないだろうか。

私たちは分類基準や状況によって、マジョリティにもなり、マイノリティにもなる。

 

つまり、マイクロアグレッションの加害者でもあり、被害者でもあるのだ。

そのことを心に留め、改めて同じ職場の人たちや周囲の人々にとってのリアリティに思いを寄せる―インクルーシブな職場作りの第1歩として、そんなところから始めてみるのはどうだろう。

 

—ミテモ株式会社 Deeperより

 

 

 

 

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(2021/11/29更新)

 

 

 

 

 

【著者プロフィール】

ミテモ株式会社

人・組織・地域のサステナブル・シフトを実現するコラボレーター。

世界の問題・課題・トレンドを掘り下げ、持続可能な社会づくりを追求するためのコンテンツをお届けします。

『Deeper』

Twitter:@mitemo

 

 

*1

参考)厚生労働省(2021)「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ【本文】 (令和2年 10 月末現在)」

*2

参考)厚生労働省(2021)「『外国人雇用状況』の届出状況表一覧(令和2年10月末現在)」

*3

引用・参考)文化庁(2020)「令和2年度国内の日本語教育の概要」

*4

引用・参考)デラルド・ウィン・スー(2021)『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』明石書店(電子書籍版)