先日、元人気アナウンサーのイタコ芸がネットや週刊誌で話題になっていた。

かつてアイドルアナウンサーとして人気を博した彼女は、現在は占い師として活動をしている。

特殊な霊感とヒーリング能力を持つという男性と結婚し、夫の導きによって彼女も霊能力に目覚め、今では日常的に死者と交信が出来るようになったそうだ。

 

数年前に癌で早世した彼女の妹や、不幸な死を遂げて間もない有名女優が降臨したと言う体で書いているブログを、私も好奇心から読みに行った。

 

ごくごく普通の感覚で生活している身にとっては、ブログの内容はちょっと何を言っているのか分からない。

ただ、幼い我が子を二人も残してこの世を去らねばならなかった妹の無念を代弁したい気持ちについては分からなくもないし、彼女が語る言葉の中には「確かに」と頷ける言い分もあり、事実も含まれているのだろうという印象を持った。

 

けれど、会ったこともない女優の霊と会話したと主張し、商売に利用しようとするのはやりすぎだ。

しかも、その怪しげな商売で多額の金銭を儲けていると自慢し、高級ブランド品を購入する様子をSNSで見せびらかすのだから下品なものだ。

 

今回の件は、元人気アナウンサーとその家族の知名度が高かったことから話題になり、「死者への冒涜」「遺族に失礼」と非難されたが、特殊な霊能力を持っていると自称する者が降霊術で商売すること自体は、洋の東西を問わず昔から行われている。

日本では、恐山のイタコが死者を口寄せできる霊能者として有名だ。

 

最近は目にする機会が無いが、私が子供だった1980年代にはオカルトがブームだったので、その手のスペシャル番組には恐山のイタコが頻繁に出演していた。

当時テレビに出ていたイタコの降霊パフォーマンスは大袈裟だった。何でもありの時代だったから、画が地味にならないようインパクトを重視したテレビ向けの演出が過分にあったのかもしれない。

彼女たちによる儀式は始めに目を瞑り、数珠を振って体を揺らしながら何やら呪文のようなものを唱える。しばらくして突然「キエーーーッ!!!」と雄叫びをあげたかと思うと失神し、起きるとドスの効いた不明瞭な声で話し始めるのだ。

そうした一連の流れは、子供の目にも分かりやすく、面白く映ったものだ。

 

散々「1999年7月、世界は滅亡する」だとか「死後の世界はあるんです!」だのとテレビは喧伝しておいて、実際のところ世紀末を境に終わったのは世界ではなくオカルトブームの方だった。

いつの間にかテレビに超能力者や霊能力者が呼ばれることもなくなり、恐山のイタコによるパフォーマンスを2時間特番で見ることもなくなった。

私もいっぱしに擦れた大人になって、滅びなかった世界でイタコもユリ・ゲラーも丹波哲郎も忘れて生きていたある日のことだ。恐山のイタコがゲスト出演しているラジオ番組がふいに耳に入ってきた。

 

あれは何の番組だったのだろう。再婚したばかりの夫の車の助手席で、ぼんやりと外を眺めていた時だったのを覚えている。

カーラジオから聞こえてくる男性アナウンサーの声がひどく真面目だったことを思うと、チャンネルはNHKだったのではないだろうか。番組の内容も、決してオカルトを取り上げて面白がるようなふざけたものでなく、いたってまじめに死者への供養や、残された遺族の悲しみについて語るものだった。

だからこそ、あっさりと霊能力を否定し、死者の口寄せは仕事としてやっていただけだと語るイタコの女性と、思いがけない返答に窮して慌てるアナウンサーのやりとりが愉快だったのだ。

 

恐山のイタコとして長く活動してきたというその女性は、落ち着いた低い声やゆったりした語り口から察するに、すでにご高齢で、引退の時期を迎えておられるご様子だった。もはや仕事に未練はないのだろう。

引退前に好きなことを喋ろうと思って出てきたのだろうか。

 

彼女はアナウンサーから、

「恐山は亡くなった人の魂が集まる霊場として有名ですが、そこで行われるイタコの口寄せも有名ですね。なぜその地域には、昔から死者と交信できる女性が多いのでしょうか」

と問われ、何でもないことのようにこう答えた。

「あぁ、それはね、貧しかったせいです。東北は土地も人も昔は貧しかった。耕したって作物もろくに穫れないような痩せた土地に住んでいるとね、食べていくのに困ったんですよ。特に私たち世代の女たちはちゃんと教育も受けられなくて、他にできる仕事がなかったから、イタコになるしか生きていく術がなかったんです」

 

「えっ…」

私の心の声と男性アナウンサーが漏らした声が重なる。

彼女の超現実的な答えを聞いて、私は身を乗り出した。凝視したスピーカーからアナウンサーの戸惑う声が流れてくる。

 

「あの、貧しさ…ですか」

きっとアナウンサーは神秘的な答えを期待していたのだろう。姿は見えないが豆鉄砲を食らった鳩のような表情をしているに違いないと想像したら、笑いが込み上げてきた。

 

「えっと、しかし、ですね。イタコの方々は修行を積まれて、お亡くなりになった人の霊を体に乗り移らせて、死者の言葉を語るという能力を体得されますよね」

「あぁ、それはね。そういう風に見せるやり方があるんです」

「やり方、ですか?」

「えぇ、その『やり方』はね、口伝えで伝承していくんですよ」

「…」

「亡くなった人と話したいと願うご遺族の心を、お慰めする為の『やり方』です」

 

女性の声は堂々としていて、後ろ暗さはみじんも感じられなかった。

イタコの仕事とは、亡霊と交信することではない。死者ではなく今を生きている人の心を慰め、前向きになれるよう手助けすることこそが仕事と思い、彼女はこれまでやってきたのだろう。

 

「恐山のイタコには長い歴史と伝統がありますが、近年はなり手が居らず、数が減っていると聞きます。何故でしょう。現代人は都市化された生活の中で、霊的な感覚が衰えているのでしょうか」

「いいえ、社会が豊かになったからです。それに、女もちゃんと教育を受けられるようになりました。今の若い人たちは、イタコよりも良い仕事に就くことができるようになったということです。喜ばしいですね」

 

「はっ、はあ…」

イタコのおばあさんの割り切った返答が清々しいのと、それに対して二の句が継げないでいるアナウンサーの戸惑いっぷりが可笑しくて、思わず声に出して笑ってしまった。

お婆さんの話には誠実さが感じられた。恐山のイタコと呼ばれる巫女たちは、霊能力があるからではなく、無学と貧しさ故に死者を呼び寄せるパフォーマンスを仕事にするしかなかったのだ。

 

実際に死者の魂を呼び寄せている訳ではないからといって、嘘つきや詐欺だとは思わない。

彼女たちは降霊のパフォーマンスをする前に、「死んだ人間ともう一度と話したい」と願う依頼者たちから丁寧に話を聞き、その心情を汲み取って、死者の魂を降ろしたという体裁を取りながら、喪失に苦しむ心に寄り添った言葉をかけて励ますのだろう。

 

愛する人に先立たれてこの世に残された人たちは、なお生き続けねばならない。そのためには、喪失を乗り越えねばならない。

過去に囚われた人の心を現在に引き戻す手伝いをするのが、イタコの降霊術なのだ。

 

ラジオに出ていた女性も、そう思えばこそイタコとして長く仕事を続けてこられたのだろうし、サービスを受けた人々が概ね満足してきたから、後ろ指を刺されることもなく「恐山のイタコ」という存在は社会に認められてきたのだと思われる。

 

ひるがえって、冒頭に書いた元アナウンサーはどうだろうか。

彼女のブログには、「私は、亡くなった人の声が聞こえます」だの「愛からのメッセージを受け取るのが得意中の得意♡」だのと綴られている。

彼女によると、元々そうした才能があったところへ、夫からヒーリングを受けて能力が開花したのだと言う。

 

歴史のある霊場で厳しい修行を積み、数十年の経験を積んだベテランのイタコですら実際に死者と交信することはできないそうなのに、もし本当に亡くなった人の声が聞こえているとしたら、それは病気による幻聴か思い込みかのどちらかだ。

彼女が聞いたと話す死者からのメッセージが、彼女にとって都合のいいことしか言っていないのが証拠だろう。単に自分の言い分を死者に代弁させているに過ぎないのではないか。

 

彼女のブログには、読んでいて胸焼けを起こすほど「愛」「愛」「愛」「愛」と、繰り返し「愛」という言葉が綴られている。

「自分たちは愛がある素敵な人間だ」と自画自賛しながら、他者を慮る言葉は一言も出てこない。

 

要するに、彼女の語る愛とは自己愛のことなのだ。異常な自己愛の強さは、スピリチュアルの世界へ逃げる人たちの共通点と言っていい。

拗らせた承認欲求と肥大した自己愛を抱える人間ほど、躓いた時に他者の言葉に耳を塞ぎ、神や幽霊など目に見えないものの声を聞きたがる。そしてますます現実社会とは馴染めなくなり、人生は再建不能に陥っていくのだ。

 

恐山のイタコにすら聞こえない死者の声を聞くという彼女の最近の顔は、死者よりも生気がない。

彼女が冒されているのは、果たして病なのか狂気なのか、あるいはその両方なのか。

私を含めた多くの目が、彼女の行き着く先を見つめている。

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

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