「人生をうまくやっていくのに必要なものは何なのか」。

 

ネットの民はこういう話題が昔も今も大好きで、上はメディア関連企業の配信サイトから、下は匿名掲示板まで、記事は引きもきらない。で、「うまくやっていくのに必要なもの」として定番なのが、実家の太さ・学力・IQの高さ・容姿の素晴らしさあたりだ。

「うまくやっていく」人に含まれがちな個別のファクターをひも解いた時、実際、それらはあったほうが良いものだろう。

 

でも、それらに恵まれた人が必ず人生で花開いてみせるかといったら……そうとも限らない。

 

たとえばある男性は、さきほど挙げたすべての「うまくやっていく」能力に恵まれてはいたけれども、二十代も半ばになる頃には冴えない人脈に埋もれるうちに精彩を失い、活躍を聞かなくなってしまった。

また別の女性も、才色兼備にして家庭環境にも恵まれ、それらを鼻にかけるでもない人物だったのに、三十代に入ってからの幾つかの人生選択で意にそぐわない方向に向かってしまい、昔日の輝きをキープできなくなってしまった。

 

こうした人々を振り返ってさえ、実家の太さや学力、IQや容姿が人生を左右するのはまあわかるし、その重要性を否定することはできない。

しかし、それらが人生をうまくやっていくための必要条件とも十分条件とも言えないことも、またわかる。

 

人生をうまくやっていく必要条件や十分条件など無い。が、うまくやっていくうえであったほうが良いファクターは実家や容姿に限らず、いろいろあるわけで、今日はそのなかから「世渡りのための気配り」と「意志」について触れてみたい。

 

「世渡りのための気配り」と、それに関連した「人生のフラグ管理」

私は、人生をうまくやっていくための重要ファクターのひとつとして、「世渡りのための気配り」を挙げたい。

ここでいう気配りとは、ゴマをするとか、上司や同僚に取り入って好印象を獲得するとか、そういう方向性のものではない。

もちろん上司や同僚の好印象を得るのも処世術としてバカにできないのだけど。

 

ここでいう「世渡りのための気配り」とは、自分がどういう人間で何をしたがっているのかを無理のないかたちで周囲に伝えて、それをとおして自分の意志決定の差し障りや代償を減らすための気配りのことだ。

だからこれは、他人のための気配りという意味合いはかなり少なく、自分のための気配りという意味合いがかなり強い。

 

ゲームの好きな人向けには「人生のフラグ管理」と言い直すこともできるだろう。

これから結婚する・転職する、そういった自分の人生の大きなフラグを管理するとは、自分自身の意志の問題もさりながら、周囲の人びとの理解や承認、許容や許諾といった問題を含むだろう。

私が人生のフラグ管理という時、それは自分自身の意志決定の問題以上に、周囲がその意思決定についてこれるかどうか、受け止めきれるかどうかにかかわる問題とみなさずにいられない。

 

もちろん、周囲の人びとの理解も許諾もガン無視して、ほとんど唐突に結婚したり転職したりすることだってできなくはない。

けれども周囲の人びとがついていけない・許容できないような決定は、人間関係に波風を立ててしまうし、決定のその後に癒えない爪痕を残してしてしまうことだってある。

人生の節目節目に大きく舵を取らなければならないその瞬間に、周囲の人びとがついてこれるのか/ついていけないのかによって、その舵取りが伴う副作用の程度も、舵取りそのものの成功の度合いもかなり変わる。

 

だから、人生の舵取りを行うにあたってはそれこそ「人生のフラグ管理」と比喩したくなるような、周囲の人びとが同意してくれるとまではいかなくても、せめて諦めてくれやすいような伏線を準備しておいたほうがいいし、その手腕が人生をうまくやっていくうえでかなり重要のよう、私には思える。

 

ところが、この「世渡りの気配り」「人生のフラグ管理」について意図的にやっている人は思うほど多くはない。

 

高圧的な親や上司がいるから、職場の人事の方向性がまったく思うに任せないから、といった事情で決定を隠さなければならない人ならまだわかる。が、周囲の人びとの同意や諦めを獲得しやすい環境にいる人でも、案外これに手回しをせず、まったく疎かにしていたりする。

そして疎かにしたまま急に舵を切るから無用の衝突や反感を買ったり、舵取りそのものはこなせたとしても前の部署に砂をかけていってしまい、周囲、または当人が後悔するような転帰を迎えることさえあったりする。

 

人々は皆、自分の人生や家庭の都合が大事なので、他人の人生の舵取りにそこまでの関心を持ってくれはしない。

また、これから自分が取ろうと思っている舵取りを祝福してくれる人ばかりとも限らない。

利害の問題として、他人の人生の舵取りを自由にさせたくない人だっているだろう。

 

それでも、自分の人生の転機を迎えるにあたり、その変化を易しくし、その変化の副作用を軽減するために周囲に働きかけ、譲歩や諦めをかたちづくっていく余地は案外あるものである。

そうした余地を見つけ出す巧さ、見つけ出したら今後の自分の舵取りについての伏線を有形無形のかたちで張り巡らせておき、いざ転機を迎えたその瞬間、「あいつがああするのはよくわかるし、仕方ない。これからもうまくやって欲しい」と思ってもらえるための工作を日頃から怠らない巧さは、人生をうまくやっていくにあたって結構重要な要素ではないだろうか。

 

そのためのプレゼンや仄めかしは、いきなり理解や許諾を得ようとするもの……ではない。

はじめのうち、反発や反感を呼びかねないものでさえあって構わない。ゆっくり時間をかけて、自分自身のキャラ立ての一環として実施していくもの・周囲に刷り込んでおくもの、といった速度感で仕掛けていくものだ。

 

時間がかかるのは不可避なので、できれば異動や転職と同時に仕掛け始めておくのが理想的だ。

「そういえば、入社した時からあいつはああ言ってたな、あいつの価値観なら、そう動くのはわかるしやむを得ない」と周囲に思わせてしまえたら最高である。

 

このあたりは器用さが求められるところなので、誰にでも・どこでもできるものではないかもしれない。

とはいえ、控えめに言ってもこれらが上手い才能というのは間違いなくある。

 

「意志」に勝る才能なし

そして案外忘れられがちだが、才能の王、渡世の王ともいうべきものは、私は意志だと思う。

 

意志が強ければなんでもできる、とは言うまい。

とはいえ、意志なくして、いったい人生はどうやって自分自身のものにできるだろう?

 

意志、というのも実はけっこう難しい。

たとえば有名になりたいとか、たとえば高収入になりたいとか、そうやって願うだけでは意志が強いとはいい難い。

 

意志が強いとは、願望がたくさんあるとか、欲しがり屋であることと必ずしもイコールではない。

欲しがる対象や目標が明確だったり、折に触れて欲しがる対象や目標を再定義してはもっと研ぎ澄ませて、そのために必要な実践や実行を重ねて惜しまないこと、これこそが意志が強いというものだ。

 

「願望は、それだけでは意志ではないし、志向性や方向性を持ち、一定の鋭利さを伴っていなければ意志が強いとも言えない」と言い直してもいいかもしれない。

 

意志はしばしば、精神論だと非難されやすく、実際、いくら意志が強くても竹やりでステルス爆撃機を落とすのは不可能だろう。

しかし逆もまた然りで、ここでいう意志が薄弱であれば、対象や目標に向かって明確にアプローチすることも、アプローチを継続することもままならない。

 

実践や実行と堅く結びつくだけの意志が伴わない限り、どんなトライアルも結局は風任せになってしまう。

それどころか、世間の風をどう追い風にするかといった創意工夫さえできず、風に吹き飛ばされるがままになってしまって、なすすべがない。

ひとつの目標に向かって多方面からアプローチし続ける、臨機とガッツを継続するのも難しいだろう。

 

学歴が乏しくても、容姿がそれほど優れなくても、「人生のフラグ管理」のような機敏に優れなくても、意志は、ときに人生やプロジェクトをブルドーザーのように突き進めていく。

そうした意志が、なんらかのきっかけや才覚と結合しようものなら、無類の強さを発揮する。

そして私たちを、あたかも漫画の主人公たちのように飛躍させる。

 

控えめに言っても、意志によってカバーできる範囲は案外広く、各方面で活躍している人々は皆、意志が強い。

その点において、意志の強さは、もうそれだけでひとつの才能である。

意志の強さは、先天的/後天的要素によってかなり個人差があるが、自分の子どもに対しては、少なくとも、この意志の強さを妨げるような子育てはできるだけ避けたい。

つまり、ラジコンドローンのような子育てだけは避けたいものである。

 

意志を育てる子育てはわかりにくいが、意志を潰す子育てはわかりやすいので、これを避けるだけでも意義は大きい。

 

 

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(2024/1/22更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo by David Matos