大学生ぐらいの頃、よく好んで読んでいた漫画の一つに寄生獣というものがある。

有名な作品なのでご存知の方も多いだろうが、知らない人向けに簡単に解説しよう。

 

この漫画はある日謎の生命体が空から世界に飛翔し、人間を支配する。彼らは人間に寄生し、寄生された人は人を食べる人形のバケモノとなる。

これらの多くは人間の脳をのっとって人格ごと丸っと人間を支配するのだが、そんな中運良く寄生体の侵入に気がつき、脳への侵入を防いで右腕で食い止める事に成功したのが主人公であるシンイチだ。

 

寄生獣はこのシンイチと右腕に寄生した謎の生命体ミギーのコンビでもってあらすじが進められる。

このミギーが実にいいキャラをしており、ピュアな青年であるシンイチに様々な疑念を投げかけるのだ。

 

その投げかけは時に読者の心を強く打つ。

もうかなり昔の漫画だけど、未だに何度読み返しても全く飽きる事がない。まさしく名作である。

 

「ああ、僕にもミギーみたいな良きパートナーがいたら良かったのにな」

 

寄生獣を読み返すたびに僕はそう思っていたのだけど、最近になって私達は思っている以上に寄生獣的な生き物であるという事を腸内細菌叢の勉強を通じて学んだ。今日はその話をしようかと思う。

 

生後まもない頃から抗生物質漬けとなった赤ちゃんは…

”あなたの身体は9割が細菌”という本に出てきた衝撃的なエピソードを紹介しよう。

抗生物質漬けで、人工的に自閉症患者がうまれたという話である。

 

この話はエレン・ボルトという名の女性に実際におきた話だ。

彼女は幸運にも4人の子供に恵まれたのだが、4人目の子供アンドルーにちょっとしたトラブルが生じた。

 

アンドルーが生後15ヶ月頃、アンドルーの耳に感染症を示唆する耳だれの症状が生じた。

「難聴になってはいけない」と小児科医はアンドルーに治療目的で抗生物質を投与したのだが、残念な事に耳だれは収まらなかった。

 

こうして何度も何度も耳だれを繰り返したアンドルーは長期間にわたる抗生物質投与を受ける事となった。

最初は特段大きな変化はなかったようだが、一ヶ月ほどすると突然自体に変化が訪れた。

それまでごく普通の赤ん坊であったアンドルーにキャラクターの変化が生じた。具体的にいうと、引きこもりがちとなり、突然不機嫌になって泣き叫ぶようになり、奇怪な行動が目立つようになったという。

 

困り果てた両親は医師の診察をうける事にした。結果は自閉症。

それまではごく普通の発達障害を持たない普通の子供であったアンドルーが、幼少期における長期間にもわたる抗生物質投与の結果、自閉症になってしまったというのである。

 

自閉症は先天的なものだけだと思われていたが…

それまで自閉症は先天的な病気だと思われていた。

恥ずかしながら僕も自閉症が後天的に生じうるだなんてこの本を読むまで思いもしなかったのだが、どうも世の中には後天的に自閉症の症状を呈する例というのが稀ながらあるようだ。

 

アンドルーの母、エレン・ボルトはそれまで産まれた3人の子供と何一つ変わりなく産まれたアンドルーが、このように突然変化してしまったのは、長期間にわたる抗生物質投与の結果ではないか?という仮説をうちたてる。

 

彼女はアンドルーが長期間にわたる抗生物質投与の結果、通常の腸内細菌叢を徹底的に破壊され、それにより壊れた腸内細菌叢バランスでもって毒素が腸内に発生し、それが脳にたどり着いた結果として自閉症を発症したのではないかという仮説に思い至ったという。

 

エレン・ボルトは医学の素人だ。

そして、これまで自閉症が遺伝以外で生じるだなんて話は医学界のどこにも無かった。

多くの医師は彼女の珍説を「ありえない」と一蹴し、彼女の治療依頼を引き受けなかった。

 

だが、最終的には「興味深い仮説だ」と思ってくれる良き医師に恵まれて、アンドルーは治療される事となる。

 

脳と腸は思ってる以上に通じ合っている

結果は衝撃的だった。治療から三日後、アンドルーはそれまでとはうってかわって落ち着いた態度をとるようになり、それまで苦手であった共感的な態度を示せるようになったという。

 

言葉をたくさん覚えるようになり、着替えを嫌がらなくなり、それまで苦手だった食事も普通に執り行えるようになる。

それまでできなかったトイレトレーニングも、早々に習得できたというのである。

 

腸内で起きていた問題が解決された結果、アンドルーの自閉症症状は明らかに改善傾向を示した。

この結果を元に、エレン・ボルトは一つの結論へとたどり着く事となる。それは脳と腸は思った以上に相互作用をしているのではないかというものである。

 

残念ながら、治療は遅かった

先ほどもいった通り、アンドルーは産まれた時はごく普通の赤ん坊であった。

だが不幸にも彼は耳の感染症を景気として長期間にわたる抗生剤投与をうける事となった。

 

この抗生物質は耳にだけ届くわけではない。

口から入った抗生剤は、アンドルーの消化管すべてに行き渡る。

結果、アンドルーが元々もっていた腸の中に居る常在細菌達がメタメタな事となり、腸内環境が完全に狂ってしまう事となった。

 

そうして抗生剤投与にもめげずに生き残った、いわゆる悪玉菌の一種であるクロストリジウム・テタニ(破傷風菌の一種)がアンドルーの脳を壊す物質を腸の中で大量に生産する事となった。

結果、彼はその毒に脳をやられて自閉症を発症してしまったというわけなのである。

 

「なんて恐ろしい話なんだ…抗生剤って、こんなに怖いものだったのか…」

僕はこの本を読んで、こんな事例がある事を知って本当に衝撃をうけた。

 

その後のアンドルーだが、残念な事に神経系の発達はもう既に元に戻らないレベルにまで達してしまっていた事から、治療薬バンコマイシン投与を辞めると元の自閉症の症状が戻ってしまい、正常の発達を辿ることは困難であったようだ。

”あなたの身体の9割が細菌”の中で、成長したアンドルーの姿をみる事ができるが、そこに映る彼の写真姿はまさしく自閉症を持つもののあの顔だ。

 

悪い菌を殺すために産まれたペニシリンの子孫が、まさか人間の発達をぶっ壊すキッカケともなるだなんて…

どうも私達は思ってる以上に、複雑なファクターでもって成長する生き物らしい。

それこそ冒頭にあげたミギーではないけれど、私達のお腹の中にいる沢山の腸内細菌達は、私達の思考や肉体の発達、そのほか様々なものに影響を与えているようだ。

 

抗生物質で家畜は太りやすくなり、身長が伸びる

その他にも興味深い事例が”あなたの身体の9割が細菌”にはたくさん出てくる。

僕が先のエピソードの他に衝撃をうけたものとして、抗生剤投与でもって太りやすくなり成長が促進されるというものがある。

 

以前から有名な話の一つに、産まれたばかりの家畜のエサに抗生物質を混ぜると家畜が大きくなるという傾向がみられるというものがあった。

この話は僕も昔聞いた事がある。

その時は「抗生物質の予防投与でもって感染症にかかりにくくなった結果、スクスクと育っていくんかな?」ぐらいにしか思っていなかった。

 

だが事態はちょっと異なるようだ。感染症にかかる・かからないに関わらず、家畜は抗生剤投与でもって大きくなるのだそうだ。

原因は抗生物質の投与でもって家畜の腸内細菌バランスに変化が生じた結果だと推察されている。

 

これは抗生剤投与群と抗生剤無投与群との比較検討をすれば明確な差として現れるのだという。

つまり、抗生剤自体が家畜の成長バランスを変えるのだ。

 

先進国の加速した成長傾向は抗生剤の乱用が原因?

この事実をもって”あなたの身体の9割が細菌”では近年の先進国における高身長ならびに肥満傾向は、抗生物質が以前と比較してあまりにも気軽に投与された結果なのではないかという説が紹介されている。

 

それまでは加工食品が産まれた結果だとか、あるいは栄養状態が以前と比較して良くなったからだとか、あるいは精製された炭水化物を人類がたくさん食べるようになったからだとか、いろんな高身長や肥満の仮説を読んだものだったけど…

 

まさかそこに抗生剤投与なんてファクターが関与しているかもしれないだなんて、僕は全く思いもしなかった。

もし、気軽な抗生剤投与で太りやすい身体にされてしまったのだとしたら…そりゃダイエットがいつまでたっても上手くいかないわけだ…

 

「子供を持つ機会に恵まれたら、少なくとも小さい頃は抗生剤を与えるのはやめておこう…」

そう思う事必死のエピソードである。

 

私達は己の内なる多様性にあまりにも無自覚だったのではないだろうか?

多様性という概念がある。

リベラル化した私達の社会においては、多様性を守る事が基本的には良きことであるという理念が掲げられている。

 

実際には多様性は実に難しい概念だ。

多様性を本当に保ちたいのなら、わかりあえない人達とも、どうにかこうにか共存する為のシンドイ思いを私達はしなくてはいけない。

 

このように外の世界の多様性の重要性は最近になって実によく語られるようになったけれど、改めて考えてみると私達の内なる世界において多様性の大切さが語られる事はまずない。

むしろ無菌や徹底した消毒など、どちらかといえば私達自身に関して言えば多様性の否定が昨今のブームである。

 

僕も医療人なので昨今のコロナウイルス・ムーブメントでもって「消毒・消毒・消毒」と己の身なりを常にキレイにする事ばかりを考えていたのだが、改めて考えるにこれはまさに多様性の否定行為である。

 

「表では多様性がシンドイが大切だと公言しているのに、己の肉体では多様性を真正面から否定していただなんて…」

「これぞまさにダブルスタンダードじゃないか…」

「ちょっとは自分の肉体王国の多様性の事も考えなくちゃアカンかもしれんなぁ…」

 

”あなたの身体の9割が細菌”を読んで、誠に自分の肉体に対しての内省が欠けていたなと通関してしまった次第である。

自分の身体に限っていえば多様性を保つための努力は難しいものではない。

不必要に抗生物質を飲まず、野菜中心の食生活を心がけ、定期的な有酸素運動を行うのが大切との事である。

 

そうして己の肉体という、内なる一つの人体国家の民が喜んで暮らせるような体内環境を保てばよいのである。

それで自分の内側に限っていえば、よき多様性が保たれる事だろう。

 

僕はこれらの行動を意識するようになって、まるで一つの国家を統治しているかのような錯覚すらおぼえるようになったのだけど、寄生獣としての私達にはこの視点が実は欠けているのではないだろうか?

 

自分の常在細菌の和平を保つ。その為に、細菌達が喜ぶような恩賞を毎日キチンと分け与える。

実は私たちは誰もが己の肉体における王なのだ。そのキングダムをどうやって統治してゆけばよいかは、全て私達自身の王様力によって決定される。

 

「おれ、王様としての自覚が足りてなかったわ…腸内細菌叢、今までスマンかったな」

 

”あなたの身体は9割が細菌”を読むと、そう思えること必死である。ぜひとも御一読をオススメする。

 

 

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【著者プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

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noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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