好きを仕事にしよう。好きな事なら努力なんて苦しくもなんともないんだから。
実に様々な場所でよく聞く言葉である。最近も下の記事で似たような内容を読んだ。
「私は“努力の仕方”を学べなかった」――SUSURUと指原莉乃が語る、「好きを仕事に」するために必要なこと(Yahoo!ニュース オリジナル 特集)
さてこの「好きな事はキツくない」伝説だが、個人的には”ウソ”だと思っている。
もちろん世の中には色々な人がいる。だからそういう人がいる可能性を否定はしないけど、少なくとも僕は好き≒ラクではない。自分の周りの人間も大体似たような事を言っている。
好きしか無い仕事なんてありえない
僕は医者とライターという二足のわらじを履く生活をしている。
ライティングについては一応得意で好きな分野ではあるのだけど、じゃあライティング業務がキツくないかと言われたらぶっちゃけキツイ。
全ての仕事にいえる事だと思うのだけど、どの仕事も楽しい時間と苦しい時間がある。
ライティングなら、指から文字がスルスルと流れ出る時間は楽しい時間だし、逆にどんなに考えても全くネタが思いつかず記事が書き進められない時間は地獄のように苦しい。
「今週も締め切りが迫ってきたけど、まだ文字数0だッピ…」
「書かなくちゃいけないけど、書くネタが一つも無いッピ…」
「もう、どうしていいのかわからないッピよ…」
ライターとして生きるという事を選んだその日から、この”書けない業”は絶対に背負い込む必要がでてくる。
”作品を作りたくても作れない業”は書くのが好きだから逃げられるような性質のものではない。これに加えて
「あー、今日は仕事する気が全然おきないけど、締切近いし書かなくちゃなー…」
「けど指が1ミリも動かないな…」
「鬱だ…」
という”やる気の業”からも絶対に逃れられない。
好きを仕事にすると、好きじゃない業がセットでくっついてくる
このように好きを仕事にすると、もれなく”好きじゃない業”が絶対に付きまとってくる。
全部が全部好きで構成された仕事というのが絶対に無いとまでは言わないけど、たぶんあったとしてもツチノコ並みにウルトラレアな産物だろう。
僕は書くのが好きだからこの”好きじゃない業”もある程度は「やむなし」と抱えて生きていけてるけれど、それは「苦しくない」とか「シンドくない」とは全然別物だ。
実際、ライティングを仕事にした結果、かつては大好きだった”書くこと”が大嫌いになってしまったという人を僕はたくさん知っている。たぶん音楽だとか絵とか、そういう業界にも似たような人達は多いのではないだろうか?
好きで生きていけてる事は僥倖以外の何物でもないが、それは決して”ラクチン”ではない。
好きだからこそ、それに付随してくる苦しい部分も受け入れて愛していけないと駄目なのだ。
苦手で全然できないものの中にこそ、むしろ面白いものがある
「好きを仕事にしても苦しいとか、夢がなさすぎる」
「いったいどうすればいいってんだ…」
先の話を読んだ人の中には、こう絶望してしまった人もいるかもしれない。
しかし絶望させた僕がいうのもなんだけど、この問いに対する回答は極めて簡単で、かつ誰でもできる。
つまらない仕事の中に、面白さを見い出せばいいのである。
それに最も役立つのが惰性だ。ピンときたものや、たまたま縁があったものを惰性でやり続けていたら、これは絶対に手に入る。
先程、僕は医者とライターという二足のわらじを履いていると書いたけど、実は最近になって本業の医者がやっと面白くなってきた。
実は医者になった当初、僕はマジで自分が医者に全然向いていないと日々絶望に暮れていた。
患者さんの名前は覚えられないわ、患者さんに気を遣えないわ、集中力が続かないわと、それこそ書き続けていけば同期の医者より下手な事だらけで
「やっべぇ…マジでなる仕事間違えたわ…」
と思わない日は無かったぐらいである。
できなかった事ができるようになるというのは、思っている以上に面白い
しかしそんな適性がないと思っていた仕事も、惰性でもってやり続けていたら不思議な事に時と共にどうにかできるようになっていく。
むしろできるようになってくると、今度は思ってもみなかった部分に”面白さ”が見つけられるようになってくる。
できなかった事ができるようになるというのは、思っている以上に”面白い”。
こうして僕はいつの間にか他人から「医者のセンスがある」と言われるようにまでなり、あんなにも嫌いだった医者という仕事を好きになり始めている。
本当に不思議なのだけど、最初は不得意だったものが得意になると愛らしさが二重も三重も変わる。
先程、僕は「好きを仕事にすると、もれなく”好きじゃない業”も絶対に付きまとってくる」と書いたけど、逆に得意ではなかったものの中に楽しさが見いだせるようになるとそれが”ラク”になる。
もちろん医者の仕事にシンドイ部分はある。だが最初が一番苦しかったからなのか、今が一番楽しい。
好きの中にある嫌い。嫌いの中にある好き。ごっちゃにすれば、どっちも同じじゃんとしかいえないのだけど、この2つの間には無限の差がある。
少なくとも僕にとっては好きから始めたライターよりも、嫌いから始まった医者の方が今では圧倒的に”ラク”なのだから、世の中は誠に不思議なものである。
惰性の力は馬鹿にならない。惰性だって一つの立派な継続力である。
弱小校のエースより、強豪校の落ちこぼれだった事に意味がある
続いて、物事の継続にあたって大切なもう一つの概念であるコンプレックスについて解説しよう。
岩本能史さんというウルトラマラソンの世界で有名な方がいる。
<参考 違う自分になれ! ウルトラマラソンの方程式>
彼はもともと走るのが得意で、中学校の頃は他人に負けたことが無いほどに脚が早かったそうだ。
普通に考えればそのまま順風満帆に有名ランナーとして名を馳せていきそうなものだけど、残念な事にそうはならなかった。
中学時代に徹底的に鍛えすぎたからなのか高校入学以降、彼の記録はほとんど伸びず、3年間ずっと陸上部内でビリであり続けたのだそうだ。
岩本さんの高校3年間は地獄そのものだったという。エースから一転して落ちこぼれとなった彼は嫉妬と羨望の醜い塊になり
「なんで地元の普通の高校に行かなかったんだろう。そこでならエースになれて、楽しい日々ばかり過ごせたはずだったのに…」
と思わなかった日は無かったそうだ。
そうして悔しい日々を過ごし続け、高校を卒業する段階になって陸上部の顧問に岩本さんが挨拶に伺った時、顧問の先生が彼にこういったという。
「弱小校のエースでいるよりも、強豪校の落ちこぼれだった3年間の方が将来役に立つ。今にわかるときがきっとくるから」
当時の岩本さんはこれを聞いても「何を言っているのだ?」と全く意味がわからなかったそうだが、日本有数のウルトラマラソンランナーとなった今になって振り返るとこの言葉が強く彼の胸を打つのだそうだ。
得意なことをやらされ過ぎると、それが苦しくなって嫌いになる
実は中高時代にガチの陸上を経験した人の多くは、大人になってマラソンをやらないのだという。
ほとんどの人は他人に無理やりキツい事をやらされて苦しかった記憶だけが残るからなのか
「もう十分やりきったし、二度とあんな苦しい思いはゴメンだ」
と、得意だった走るという行為を自分の人生の外に放り出してしまうらしい。
普通に考えれば好きで得意だったはずの陸上をライフワークにするのは自然の事のように思うかもしれないが、現実はその逆になるのだから世の中は誠に面白い。
岩本さんは「もし高校時代に自分がエースだったら、きっとこの年になって走り続けてなかっただろう」と先の本で書かれている。
高校時代にエースになれなかったという執念がくすぶり続けていたからこそ、彼はウルトラマラソンという、フィールドを変えての勝負に至る事に成功したのだろう。
怨念じみたコンプレックスだって、人生で最も大切な執着となる
得意な事を限界までやり切ったと感じたら…”好き”がどこかへと消え、後には”苦しさ”しか残らない。
これが人間という生き物の性質だ。
逆にある種の怨念じみたコンプレックスの中で見つけたキラキラしたナニカが、鬱屈とした心の闇を照らしたりもする。
これもまた、人間という生き物の性質である。
結局、突き詰めれば好きとか嫌いとか関係なく、何か一つの物事に徹底して粘着し続けられるかどうかが最も大きいのだと自分は思う。
その粘着力を惰性で保つのも人生だし、執念から醸造するのも人生だ。原材料が何であれ、辞めずにやり続けるという継続性を保てるのなら、最後に必ずキラキラとした何かが見出される。
人生は小説や漫画とは違って、キレイに完結しない。どんなに大変な日であっても、一晩寝たらまた次の日が始まる。
この連続する日々の中、腐る事なく淡々と人生を処理にあたって最も大切なのは、才能のようなわかりやすくキレイに語られるものの中には自分は無いように思う。
「仕事だから仕方がない。やるか」
のような惰性。あるいは
「昔振られた男への愛憎が未だにおさまらない」
といった妄執のような執念のようなものの中にこそ、物事を継続させる終わりなき燃料の秘訣が宿されているように思う。
あなたを突き動かす原動力は何だろう?たぶんそれが、あなたという人間の本質だ。それを糧にして、先へ先へと進めば、その先には必ず尊い何かがある。
その尊いものの姿は誰にだって拝むことができる。あなたがそれを、辞めなければね。
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【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
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