「仕事ができて、しかも誰からも愛される仕事仲間」
といわれたら、誰を思い浮かべるだろう。
面倒見のいい上司、豪放な同期、子どもみたいな好奇心で仕事を楽しんでいる取引先の社長…。
いろいろだと思うが、きっと「できればこんな人になりたい」と、心のどこかで憧れているのではないだろうか。
しかし憧れたところで、「どうすればなれるのか」は、もちろんそう簡単なことではない。
モノグサが面倒見の良いふりをしたところで、見透かされるに決まっている。
臆病な上司が豪放なフリを始めたら、恐ろしくて近づきたくもないだろう。
無理のある見せ方は必ず破綻するので、けっしてやるべきではないということだ。
では諦めるしか無いのかといえば、もちろんそういう話ではない。
きっと誰もが思う「仕事ができる、誰からも愛されるビジネスパーソン」に通底する価値観は、実はそう多くないからだ。
では、その価値観とはいったい何なのか。
“永遠の勝ち逃げ”
話は変わるが、もう30年以上も前のことだ。
友人と2人で“青春18きっぷ”を使い、京都駅から網走駅まで鈍行列車で旅をする、相当無茶な夏休みの遊びをしたことがある。
記憶はやや曖昧だが、確か東京の安宿で1泊し、青森、旭川でも野宿をして、やっとの思いで網走までたどり着いたのではないだろうか。
「おい、あのきれいな山、もしかして岩手山ちゃうけ?」
「なんやろうな、きれいな山やな!」
ネットもスマホもない時代なので、車窓からみえる風景にそんな会話を楽しんでいると、
「はい、岩手山ですよ!標高は2038mで、県民の自慢の山です」
と話しかけてくれた、20代前半くらいの美しい女性のことは今も忘れようがない。
それをきっかけに周囲の人たちと会話が始まり、オヤツや飲み物を貰うなど、本当に楽しい時間を過ごした。
しかしこの鈍行列車の長旅、経験したことがある人ならわかると思うが本当に過酷だ。
帰路、網走から札幌まで戻ってきた時には2人ともヘロヘロになり、もう1分たりとも電車に乗りたくないと心が折れていた。
「おい、俺もう電車無理や…おかね頑張って、飛行機で帰らんか?」
「…そうやな、実は俺もそう思ってた(泣)」
どちらからともなくそんな会話をすると、さっそく札幌駅の旅行代理店のようなところに行き、当日の航空機チケットの値段を聞く。
しかし当然のように、貧乏学生に利用できるわけがない金額に腰を抜かし、頭を抱えた時のこと。
「トワイライトエクスプレスの一番安いチケットなら、飛行機よりも安く帰れますよ?」
「え?それって、あの有名な寝台列車ですよね…?」
少し補足すると、トワイライトエクスプレスとは当時、札幌駅ー大阪駅間で運行されていた超豪華寝台列車だ。
23時間をかけ1,500kmを走破する大人気の特急で、とても当日チケットが取れるものではなかった。
しかし夏休みの終わりどき、札幌駅発大阪駅行きの便には若干の余裕があるのだという。
まさかそんな選択肢があったとは…。
あと30分ほどで出ると言われ慌ててチケットを買うと、さっそく電車に飛び乗った。
「うおおおおお!横になって帰れるなんて!寝台列車最高!」
「最高やな!でも、腹減ったな。なにか食べ物でも買って飲み会にしようぜ!」
友人とそんな会話をしながら、さっそく電車の中を探検する。
しかし端から端まで歩いても、売店どころか新幹線のワゴンサービスのようなものもない。
どうしたものかと車掌さんに尋ねてみると、驚くべき答えが返ってきた。
「この特急では、食事の車内販売はありません。夕食は和定食6,000円か、フレンチ12,000円のコースだけです」
「ええ?僕たち貧乏学生なんで無理です…どこかで駅弁買えますか?」
「駅弁を買えるような、時間に余裕がある停車駅はありませんね…」
「そんな…メッチャ腹減ったんですが、何か買えませんか?」
すると車掌さんは、ビールの自動販売機の横にスナックの自販機を併設しているので、そこで買ってほしいと説明する。
やむを得ず友人と向かうと、そこで売っていたのはピーナツなどの、乾き物のカプセルのみ。
「…仕方ないな、これで残り21時間、ガマンしようぜ(泣)」
そんなことを言いながらビールとあられで乾杯し、ひたすら寝続けて空腹に耐えた。
惨めでしかたなかったが、今となっては本当に楽しかった青春の一コマだ。
それから随分と時間が経った2015年、トワイライトエクスプレスの廃止が決まった時のこと。
あの惨めで懐かしい思い出にリベンジしようと何度も予約を試みるが、残念ながら最後まで、チケットを買うことはできなかった。
そしてそのまま引退の日を迎え、その後、解体されてしまっている。
今度こそ、あの一番安い寝台ではなく、豪華な個室で寝てやるんだと…。
そして当時はとても手が届かなかった12,000円のフレンチを、一番高い酒と一緒に飲むんだと…。
それをやり遂げてこそ、あの青春の1ページは完結するのだとリベンジに燃えていたのに、その機会を永遠に失ってしまった。
そういえば子供の頃、「欲しい物をあれもこれも食べたかった」思い出の駄菓子屋があった。
大人になり、久しぶりに再訪したら廃屋になっているのを見た時にも、こんな想いで胸が苦しくなった。
リベンジできないままの思い出に“永遠の勝ち逃げ”をされるのは本当に悔しく、そして甘酸っぱくて切ない。
「おもしろそうじゃん、やってみようぜ!」
話は冒頭の、「仕事ができる、誰からも愛されるビジネスパーソン」についてだ。
そういった人たちの多くが持っている、共通の価値観とは何か。
プロスペクト理論という考え方がある。
やや乱暴に説明するが、その柱になる考え方の一つは、
「人は利益の追求よりも、損失回避を優先し意思決定をする傾向がある」
というものだ。
例えばこんな状況を想像して欲しい。
「今年のボーナスは、2つの選択肢を用意した。1つ目は50万円の無条件支給。2つ目はコインの裏表ゲームで、勝てば100万円、負ければ0円。どちらにする?」
こんなことを言われたら、ほとんどの人が50万円を選ぶだろう。
しかし合理的に考えれば、この条件で受け取れる報酬の期待値はどちらも50万円なので、全く同じだ。
なんなら無条件支給が49万円であっても、そちらを選ぶ人のほうが多いのではないだろうか。
つまり私たちは「機会を失うよりも、損をすることに、より大きな心の痛みを感じる」ということだ。
それほどに人は、「得をしなくてもいいから、損をしたくない」という抗いがたい本能に支配されているということである。
その一方で、面倒見のいい上司、豪放な同期、子どもみたいな好奇心で仕事を楽しんでいる取引先の社長…。
こういった人たちは総じて、リスクとはいえないようなリスクを恐れない。
言い換えれば、“当たれば100万円”を選ぶことを躊躇しない合理性を持っているということだ。なぜか。
面倒見の良さとは、裏を返せば「人間関係への投資」だ。
“回収”できない可能性も確かにあるが、しかし部下や友人のために使う “投資”など大したリスクではなく、しかもリターンが大きいことをよく知っている。
好奇心にあふれる社長も同じで、さまざまなことに挑戦するリスクなど大したことではないことを理解している。
そしてそのような「リスクを恐れず、キラキラした目で可能性を追求する人」を、私たちは豪放な人と感じる。
しかしプロスペクト理論の“種明かし”を知ってしまえば、実はこんな“リスク”など大したものではないことが、よくわかるだろう。
「リスクにではなく、可能性にこそ敏感なビジネスパーソン」
を目指せば、実は全く同じ期待値で、誰だってそんな人になれるということだ。
そして話は私の、トワイライトエクスプレスの思い出についてだ。
なぜいい歳になっても、いつまでも、この思い出や駄菓子屋の記憶が心に染み付いているのか。
これも結局、プロスペクト理論の「失った心の痛み」からくる後悔なのだろう。
叶うなら取り戻したい友との楽しい旅行、大人買いしたかった駄菓子屋、懐かしいふるさと、できなかった親孝行…
正直、いくら貧乏学生でも6,000円の和定食なら後日、必死にバイトを詰めれば食べられたはずだ。
「あの時にこうしておけば良かった…」
そんな、もう二度と取り戻すことができない決断への後悔である。
そしてそのまま生き続けたら、最期の時にはきっとこういうのだろう。
「もっと自分らしく生きたかった…」
皮肉にも、“可能性ではなく、リスクばかりを恐れる”プロスペクト理論の行き着く先にこそ、リスクと後悔しかない人生の終りがあるかもしれないということだ。
もちろん、考え方を急に切り替えるのは簡単なことではない。
年齢を重ねるにつれ、私たちには“何かを失う心の痛み”が蓄積され続けるのだから当然だ。
だからこそ、組織や企業を率いるリーダーにこそ勇気を持って、こう口に出すことをクセづけて欲しいと思っている。
「おもしろそうじゃん、責任は俺が取るからやってみようぜ!」
想定されるリスクなど、本当は大したものではいことくらい実は誰だってわかっているはずだ。
それができればきっと部下も組織も、もちろん自分も変わることができる。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
焼き鳥で一番美味しいのは胸肉の塩だと言い続けているのですが、誰からも共感をもらったことがありません。
なぜなのでしょうか(泣)
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Photo by:Cheng-en Cheng