Une vie sans fin

科学の書棚を見ていたら、なにかSFのタイトルのような本が目に入った。

フレデリック・ベグベデ『世界不死計画』である。

世界不死計画

世界不死計画

  • フレデリック・ベグベデ,中村佳子
  • 河出書房新社
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  • 発売日2019/01/26
  • 商品ランキング965,358位

本書の「それなりの重要性を持つ但し書き」にはこうある。

「虚構と現実の違いは、虚構はかならず信じるにたるものでなければならない、という点にある」
とマーク・トゥエインは言った。でも現実が信じるに足るものでなくなった場合はどうだろう? 今日、科学は、虚構より、よほど奇想天外だ。これはサイエンス・ノンフィクション作品である。

というわけで本書、作者自身と同姓同名の作者自身と似たような境遇の五十代の男が「永遠に生きること」に奔走する話である。

世界各国でいろいろな医師や研究者に会う。そこでかわされる会話は実際のインタビューそのままだという。

 

ちなみにこのフランス人の作者は元コピーライターで、コラムニスト、文芸評論家、テレビ司会者、映画監督……など多彩な経歴を持つ。

そしてもちろん、作家、ジャーナリストである。大きな文学賞もとっている。

本書では、人気テレビ司会者という面を誇張しているようだ。

 

原題は「Une vie sans fin」。訳者あとがきによれば、直訳で「終わりのない命」とか「果てしない一生」となる。

本書の冒頭にルイ=フェルディナン・セリーヌの『夜の果てへの旅』からの引用があるのだから、そういうったタイトルのほうが良いように思う。

不定冠詞のUneがあることから、「ひとつの」、「とある」というニュアンスが出て、ある男が不死を求める様が現れているという。だったらなおさら。でも、まあいろいろ事情があるのだろう。

 

ちなみに、おれが好きなセリーヌのほか、シオランとペソアの名前が出てきたので、このフランス人は信用できるかもしれないと思った。

現代フランス人にとってセリーヌ、シオラン、ペソアがそれぞれどういう存在なのかよくしらないが。

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ペソアはいいぞ。

 

話を戻す。いずれにせよ不死。

これは人類が人類であることに自覚的になったときから抱えてきた一つの夢であり、また、それが悪夢である可能性についても考えられてきたことだろう。

 

いずれにせよ、古代から権力者は不老不死を求めてきたという話はたくさんある。

でも、成功したという話はきいたことがない。だが、このごろの科学をもってすれば?

 

何度も何度も人間が考えてきた話だ。語られつくされた話題かもしれない。

それでも、いまだ語られ、そしてこれを最新の科学技術で実現しようとする人間がいる以上、今なお色あせた話ではないだろう。それどころか、今でこそ熱い話題かもしれない。

 

あるいは、いまはSFというものがビジネスに取り入れられているともどこかの見出しで見た。

たまには、そういう妄想をしてみてもいいかもしれない。たまには?

 

人類の修正と優生思想

で、技術となると、その一つに遺伝子操作がある。とはいえ、これはこのごろの話でもない。

「人類の修正、改良、『能力増進』を望むカリフォルニア系トランスヒューマニストをどう思われますか?」

「第二次世界大戦前、すでにそうしたタイプの夢は存在しました。コールド・スプリング・ハーバー研究所の実験です。目指すところは同じ。非常に美しい夢物語でした。病気のない人類をつくろうというのです」

「『病気のない人類』、それとまったく同じ言葉をビル・ゲイツ(元マイクロソフト)、マイク・ザッカーバーグ(フェイスブック)、セルゲイ・ブリン(グーグル)といった、この惑星一の金持ち三人が使っていましたよ。ザッカーバーグはつい最近、二一〇〇年までにすべての病気を撲滅するために三十億ドル出資すると発表したばかりです」

「一九三〇年代、コールド・スプリング・ハーバーの研究者たちは、優生学によって病気を消滅させたいと考えていました。一定数の人間に不妊手術を行い、一定数の人間を強制的に結婚させたりしました。その大層な夢はナチスに引き継がれ、そしてそれきり、信用を失いました。しかしあらゆる家庭が、よその子供より健康な子供を持ちたがるのです」

「暗にトランスヒューマン主義者はナチスだとおっしゃりたいのですか?」

ジュネーヴ大学病院のスティリャノス・アントナラキス教授、との会話だ。

ちなみに教授は、「死を追い払う」最大のネックは脳だという。

 

そうだ、不老不死にとって、一つには「病気にならない」という課題も出てくる。

それを克服するために遺伝子操作をする。特定の遺伝子を生殖から取り除く。

 

これは、優生思想に接近しかねない。というか、そのものかもしれない。

それでも、すでにこれはそうなっている。

新型出生前診断は当たり前になっている。国家でなく個々人が行う優生主義は、受け入れられているといっていい。

 

その先に、中国で実際に行われたゲノム編集ベビー(デザイナーベビー)の話などもある。

これを行った科学者は懲役刑を受けている。SFの話ではない、現実の話だ。

 

選ばれた人間だけの不老不死

我が子を特定の障害や病気から避けるために、遺伝子操作をする。

そのようなことができるのは、今のところ限られた階層ということになるだろう。

地球レベルで見たら、普通に生み出される個体のほうがはるかに多いだろう。

 

その格差こそ許されないものだ、という考え方もあるだろう。

『世界不死計画』では、現代に生まれた赤ん坊の平均寿命は140歳になるだろう、と語る医師もいた。

とはいえ、それも限られた(恵まれた)環境に生まれ、育ち、生きる人間についてだ。

 

同じ人間なのに、先進国の富裕層と、そうでない層でそこまで差がついていいのだろうか。

とはいえ、そんな問いも今さらなのかもしれない。もう、すでに、国によって平均寿命など大きな差があるのだし、それはわりと長く変わっていないことだ。

 

「同じ人間なのに」という物言いは、今後有効なのか、今すでに失われているのか。考える必要があるかもしれない。

あるいは、デザイナーベビーが倫理的でないと批判されるのも「皆に行わっていないから」という理由である可能性もある。

それを望むあらゆる親がそれを平等に手にすることができれば?

 

それでも人間は病気や障害といったものを含んでこそ人間である、という考え方もあるだろう。

だが、すすんで病気や障害を得ようとする人も普通はいないだろうし、我が子にあえて病気や障害を付与しようとする親がいれば、それは普通の生殖以上に罪深い(※普通の生殖を罪と考えるのは反出生主義からくる個人的な見解です)というか、かなりおかしなやつということになるだろう。

 

不死の夢と悪夢

次世代でなく、我が身の不老不死についても考えてみようか。

 

まず、どの時点での不老かという話にもなる。

たとえばおれは40歳を少し過ぎたくらいだが(自分の年齢をしっかり把握していない)、今、この時点から老いないとしたらどうか。おれは、「それでも構わんなあ」と思う。

 

自分の肉体的(筋力的)なピークは30代半ばくらいで、クロスバイクで1日200km近く走り回っていた。

とはいえ、熱烈にそのころに戻りたいとも思わない。

 

とはいえ、体力の喪失、肉体の衰えを感じるのも否めない。これ以上先で不老になっても、あまりおもしろくはないような気がする。

とくに摂生して、肉体を鍛えて生きているわけでもない。

永遠の40歳ならまだいいが、これが50歳、60歳になっても同じかというと、そうとも言えないように思う。

 

え、不老不死になることを基本的に望んでいるの? というそもそもの問いもあるかもしれない。

『世界不死計画』では、主人公に永く生きなくてはいけないという動機があった。おれにはとくに動機がない。

 

でも、死にたくない。これは……説明する理由があるのだろうか。おれは死にたくない。普通だ。

 

でも、普通でもない。おれは精神病を患っていて、希死念慮とも無縁ではない。

むしろ、このようにままならない人生など、一刻も早く終わっても構わないと思ってすらいる。

生活に恵まれているわけでもない。人生が楽しいわけでもない。

 

とはいえ、だ。「長く苦しい人生」ではなく、「不老不死」となると、それは後者を取りたくなるのは……当然ではないか。

 

と、ここで意見が分かれるのだよな。

そういうテーマのフィクションもたくさんあるはずだ。

だいたい、「永遠の命を得た人間は、そうでない人間との別れを繰り返すことになり、孤独という地獄に陥る」という話になる。愛する人と一緒に生き、遠からずともに死ぬべきだ、と。

 

だが、そうでもねえだろう。おれはもとより今の人生からして孤独な方にいるので、人類の末路まで見届けてやりたい、などと思う。

むろん、不老不死、不老長寿を完全に肯定的に描いたSFだって少なくはない。

 

と、いささか概念的になったが、不老不死ってそもそも生活が保障されているのか? 人権はあるのか? マイナンバーは?

そのあたりの具体的なことを考えると、「永遠に長く苦しい人生」という第三の道が出てくる。

不老不死だけど、衣食住のために、ずっと働かなければならない。それは厳しい。夢がない。

 

凍結された過去人に価値はあるのか?

最近読んだSFでは、人工冬眠のようなもので人間が何百年の時を過ごし、その眠っている間に投資したお金がすごく増えているとかいう描写があった。

それならば、なかなか夢がある。

 

人工冬眠による長寿化。遠い未来へと生きる。

ひょっとすると、その未来では人間の不老不死化が完成していて、その恩恵にあずかれるかもしれない。それも悪くない。

 

しかしなんだろう、人工冬眠のときおれが思い出すのは小学生のころに見た「アメリカお横断ウルトラクイズ」のことだ。

若い人は知らないだろうが、みんなニューヨークに行きたかった時代もあるのだ。

 

で、ある年の優勝商品が、人工冬眠サービスへの加入権だった。とはいえ、今ですら夢の技術、何十年も前のそれはなんだったのか。

実のところ、それは死体の冷凍保存サービスだった。死後に遺体を冷凍保存する。

遠い未来、死んだ人間が生き返れるようになったら解凍してもらう。そういう話だ。

優勝者はとりあえず生きたまま氷をぶっかけられていたように思う。罰ゲームだ。そういう時代もあったのだ。

 

が、そのときおれは思ったものだ。

「果たして未来の人間が、生き返りたいなんて欲望だけもって冷凍されている人間をわざわざ解凍するのだろうか」ということだ。

そんなやつ、なんかそのまま墓に入れてしまいたくなるかもしれない。

 

でも、もしも百年前に冬眠処理が施された人間がいて、現代の技術ならよみがえらせることができるとなったらどうだろう。

ちょっと興味はある。それがべつに特別な人間でなくとも、ただ百年前の人間の話を聞きたい、あるいは百年前の人間に現代を見せたい、そう思うかもしれない。

案外、我欲で冬眠している人間にも復活のチャンスは与えられるかもしれない。

 

とはいえ、それが数人とか数十人ならともかく、何万人とかいたらどうだろう。やっかいなことになりそうだ。

いや、人口減の時代であれば……って、やっぱり死後凍結されている人間は年寄りばかりか。

 

思考による永遠

などとくだらない妄想をしていたら、時間ばかりが過ぎてしまった。

いまだ有限であることが運命づけられている人間、こんなところで時間を食っていてはもったいない。

とはいえ、人生なんて死ぬまでの暇つぶしとも言う。

 

こんなくだらないことを考えていた人間の脳が外部記憶装置にでもコピーされて、これまた不死化される時代も来るだろうか。

肉体から自由になることも不死ではある。不滅の思考。

 

古くから残る書物なども、ある意味ではその作者の一部の不死化ともいえる。

ただ、少なくとも、おれについては、自分が書いたものが残るとは思えない。そういった意味での不死にも縁遠い。

 

このまま延々と話続けることもできるが、老いる人間に夜更かしはよくない。一晩の眠りが必要だ。

 

それでは、おやすみなさい。

(あなたがこれを朝に読んでいても些細なことである)

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

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