野球に殺される

野球に殺される。……といってもバットで頭を殴られるとか、硬球をぶつけられるとかいう意味ではない。野球に時間を取られることで、おれの時間が殺される、ということだ。

おれの時間……本を読んだり、映画を見たり、競馬の予想をしたり……。いや、べつに殺されてもいっか。

でも、まあ。あと、「野球に殺される」は「アイドルに殺される」というすばらしい曲の節で読んでください。

 

まあ、野球は怖い。おれは広島カープという日本プロ野球のチームのファンを物心ついたころからやっているが、シーズン中はその試合を見ることに夢中になってしまう。

なに、見るといっても、横浜(しかも横浜スタジアム近く)に住んでいるおれ、広島の球場に行くなんてできない。もっぱらインターネット配信である。

 

ネット配信。これはおそろしい。そしてすばらしい。

おおよそ、関東圏に住むカープファン、昔はジャイアンツ戦の地上波中継で見るくらいしかなかった。

 

これがどうだ、カープの試合も……えーと、あの、ネット中継といっても、「セ・パ11球団主催試合見放題」のうちには入っていないくて、要するに最後の1球団なのだけれど、そのあたりの複雑でしょうもない事情は各自調べられたい。

おれは、「カープ主催試合」の配信のみ契約している。ビジターの試合は見なくてもいい。というか、それまで見ていたら、もたないという思いがある。

それでも、その契約では横浜と中日の主催試合も見られてしまうので、まあかなりカープの試合を見てしまうことになる。

 

野球のなにがおもしろいのか

しかし、なんだろうか、野球のなにがおもしろいのか。

なぜ、おれは野球を見るのか。これをあらためて考えてみると不思議なもので、どうにも言語化しがたい。

 

これが、「カープを応援する」という文脈のみで語れば、物心ついたころに刻み込まれた呪いのようなものと説明がつく。

幼いころ、カープとジャイアンツの試合が中継されていて、広島出身の父がこう言ったのだ。「赤と黒、どっちが好き?」と。戦隊ヒーローものに夢中だった自分は、赤はリーダーの色、黒は悪者の色(とは限らないけれど)という印象から、「赤!」と言った。

それ以来だ。そこから父と父の母によって教え込まれたカープ史観というものに洗脳されたといえば、それだけの話かもしれない。

 

しかし、どうだろうか。カープ以外の野球の試合もテレビに映っていれば、思わず見てしまう。高校野球なんて最たるものだ。

「プロに比べて技術もなにも劣っている試合のなにがおもしろいの?」という声もあるだろう。

このところの炎天下でエースピッチャーが投球過多になるとか、アマチュアの試合なのに商業化しすぎているとかいう批判があるのも知っている。しかし、やっていれば見てしまう。

 

それが、たとえば自分の住む神奈川の代表の試合だとかいうならまだ理由もつく。それがどうだ、なんかやっていて、自分に縁のない代表同士でも、ちょっと負けているとか、なんかピッチャーのモーションが好きだとか、そんな理由でどちらかにちょっと肩入れすれば最後、なんか最後まで見てしまう。

野球の試合は5分で終わらない。おれの時間が殺される。高校球児に殺される。灼熱の応援席で奏でられる応援曲に殺される。

 

これは、なんなのか?

 

正岡子規いわく

野球といえば、正岡子規である。そういうことになっている。

正岡子規ならば野球の面白さをうまく人々に伝えているのではないのか。

そう思ったおれは正岡子規の「ベースボール」を読んでみた。

 

うーん、とりあえずはとにかく、この複雑なルールをなんとか伝えようとしているのが伝わってくる。というか、この説明だけ読んで「野球」というスポーツを想像できる人がどれだけいるのだろうか?

まったく野球のルールを知らない人たちにこれを読ませて、これをもとに試合をやってみてもらいたい。たぶんおもしろいことになる。

 

でも、そういうおもしろさじゃあないんだ。野球のおもしろさだ。それについて書かれていないのか。書かれている。

○ベースボールの特色 競漕競馬競走のごときはその方法甚だ簡単にして勝敗は遅速の二に過ぎず。故に傍観者には興少くなし。球戯はその方法複雑にして変化多きをもって傍観者にも面白く感ぜらる。かつ所作の活溌にして生気あるはこの遊技の特色なり、観者をして覚えず喝采せしむる事多し。

いや、競馬にも競輪にもボートにもオートにもそれぞれ遅速で済まない簡単でないところがあるんだけどね、などと言いたくなるが、まあそれはいいとする。「方法複雑」、「変化多き」をもって面白いといっている。

 

たしかに、野球のルールは複雑だといっていいかもしれない。

いろいろ変化もあるし、おれだって「第4アウト」について正確に説明しろと言われたら困る。

でも、そういうこともめったに起こらないし、そこまで難しいかな……。

 

などというおれは、「野球のルールを説明した絵本」を幼いころに読まされた記憶がある。

読まされたといっても、無理やりではなく、自分から夢中になって読んだような記憶もある。模造記憶かもしれないが。

 

だいたい、なんとなく、わかるだろ。ゴムボールとプラスチックのバットで野球ごっこをしたり、ソフトボールをしたり、キックベースしたりしなかったのか? と言いたくなる。

 

……という態度が、野球が嫌われる、敬遠される原因なのですよね。

実際のところ、令和の若者というより、令和の60代女性などでも「子供のころ見たいテレビがあったのに、父親が巨人戦にチャンネルを合わされていた。だから野球は嫌い」という話が聞こえてくる。

野球に対する怨嗟は積み重なっている。まあ、一家族一モニター時代ではない今、子供たちは好きな配信を見ているのかもしれないが。

 

昭和の野球

令和の野球のことはとりあえず置いておいて、昭和の野球の話をしようか。

 

おれが昭和の野球といわれて思い浮かべる書き手がいる。近藤唯之である。おそらく、多くの人にとって「誰?」ということになるだろう。

山際淳司ですら「誰?」となりかねないなかで、近藤唯之は厳しい。そう思う。それでも、おれにとってプロ野球と言われて切り離しがたい人物が近藤唯之なのである。幸いにもWikipediaに項目もあるので、どういう人物かは読んでもらいたい。

 

さて手元に、近藤唯之の『戦後プロ野球50年 川上、ON、そしてイチローへ』という本がある。たまたま、おれの押し入れの手前の方にあったから抜き出してきた本である。

これが代表的な著作というわけではない。だいたい、どんな本でも同じようなことを書いている。定番の「近藤節」を炸裂させている。そこらへんの新古書店などでいくらでも手に入るかと思われるので、気になったら手にとってもらいたい。え、気にならない?

 

して、この本の書き出しはこうである。

 伝説によると、太平洋戦争が終わった直後、一番早く”素振り”をやり始めた日本人は、川上哲治一塁手(巨人)だといわれている。

戦後プロ野球は川上の素振りから始まったのだなあ、と思ってしまうのは少し早い。

「伝説によると」だ。だいたいにして近藤はこの「伝説によると」を省く。「伝聞によると」も省く。見てきたように書く。

そこがいい加減だと批判されることもあったが、そこが昭和一桁生まれの人間のおおらかさじゃあないですか。とはいえ、この「伝説」には少し根拠がある。

 虫明亜呂無の戦友の話によると、川上は昭和20年8月15日の午後1時~2時頃、もうサーベルで素振りを始めている。

「虫明亜呂無って誰?」という話はさておき、伝聞の伝聞ではあるが、出どころを書いている。珍しい。

 

ともあれ、こういう伝説や逸話とともに語られてきたのが昭和の野球ではないのか。

そして、近藤唯之は、プロ野球選手の人生を、サラリーマンの人生に重ね合わせて語る。対象は「サラリーマン」である。さらに言えば、満員電車で夕刊タブロイドを読む男性が対象である。

そこに人生の悲哀を込めて語るのである。人生訓を語るのである。

 私がプロ野球半世紀を通じて、最高の監督は三原脩だと考えるのは、ここのところなのだ。数年先のプロ野球を読み切り、きっちりとした戦略構想を立てる。立てるだけではない。汗水たらして走り回って、その戦略構想を実現してしまう。こんな凄い男がほかにいたろうか。それでいて物干し場から女風呂をのぞき、キャバレーの女と温泉へしけこむ。たまらないくらい、男の中の男じゃあ、ありませんか。

たまらないくらい、近藤節じゃあ、ありませんか。というか、これが昭和の価値観なので、令和から批判したい人は批判すればいいと思いますが。

プロ野球選手というのは、要領がいい。ドロボー猫みたいに要領がよくないと、野球やって女房、子供を食べさせていけない。風のような速さで豊田が最上席の場をゆずる。仰木がさっと座ぶとんを持ってくる。高倉が三原の肩をもみ出す。それから約1時間、三原は肩をもませながら女風呂をのぞきつづけた。昭和11年にプロ野球が創設されて以来58年間、名監督は10人を超える。しかし選手に肩をもませ、女風呂をのぞいた名将はこの三原ひとりしかいない。

 

昭和の価値観なので……。え、野球と関係ある?

でも、たぶんね、おれもさすがに昭和のころにサラリーマンやってなかったのでわからないけれど、こういう見方をされていた面もあるんじゃあないかと思う。そして、それゆえに支持され、それゆえに反感を買い……。

 プロ野球は昭和11年に創設されて以来、約7000人近い人物が登録されてきた。だがその契約金で借金返済が目的というのは、この永淵ひとりしかない。

安い飲み屋の借金がたまったのでプロ入りしたという(あくまで近藤ワールドのなかで)永淵洋三の話などもいい。

「あぶさん」のモデルになった人物である。

 オレは借金30万円してもやめられなかった酒――だから世間にたくさんいる酒飲みのために、オレは安い酒、安いやきとりで商売をする。
いいじゃないですか、店内を見渡しても、プロ野球時代の写真1枚、記念品1個ない。
「あのときはあのとき、いまはいま」
この割り切り方こそ職人なのだ。
客もプロ野球の話は一切しない。それでいて佐賀の客はみんな、この眼の前のおやじが、元首位打者だったのを知っている。だからこそプロ野球の話はしないで、客がおやじに酒をついでやる。おやじも黙って飲んで頭を下げる。
いいじゃないですか――。

なにがいいの? という人も多いかもしれないが、おれはいいじゃないですか、と思ってしまうのだが、どうだろうか。

 

野球は今後、どうなるのか?

さて、なぜか昭和サラリーマン的プロ野球話にちょっとひっぱられてしまったが、おれの最初の疑問である「野球ってなにがおもしろいの?」というところの答えにはなっていない。

 

正岡子規は「所作の活溌にして生気あるはこの遊技の特色」と書いたが、そうだろうかという気もする。

おれの親しい女の人によれば、野球というのはピッチャーばかりが運動していて、外野などは「暇そう」なのだ。という。いや、シフトなどで動いたり……とか言っても、いや、まあ確かにというか。

 

その点、サッカーなどは、力量差がありすぎる試合のキーパーなどを除いたら、みんな活溌なように見える。というか、先の近藤本にはJリーグというものに対峙せざるをえなくなったプロ野球の話が出てくる。

長嶋茂雄と野村克也の平成6年の対談だという。そのなかで、野村の発言が以下である。

「だからあんたも巨人OBもお坊ちゃまなんだ。プロ野球の最近数年間の歴史を見てごごらんよ。最初に天才ジョッキー武豊の出現で女の子がプロ野球から競馬に流れた。次は、若、貴兄弟で大相撲にとられた。真打ちはJリーグだよ。いまスポーツ紙の一面はJリーグ5回にプロ野球1回、5対1の比率なんだ。それもこれもプロ野球が何十年と客に対して、見せてやるという態度をとりつづけたツケが、いま回ってきたんだ。いまこそ全選手が客をよろこばせる、ハラハラ、ドキドキ、しびれさせ、見ていただくという気持ちを持たないと、根こそぎJリーグに持っていかれてしまう」

プロ野球ファンでない人も「ノムさん」は知っているのではないか。そのノムさんはファンサービスの人でもあった。

 一塁走者になった野村はくやし涙がこみ上げてきた。「この拍手が21年間かかってつくってきた記録の報酬なのか」
この安打は野村がプロ入りした昭和29年以来、21年間かけてつくりあげた”2500本目”の安打だった。

その観客6000人、拍手したのは数十人。まあ、近藤唯之の話ではあるが。

 

そのような窮状を知っている野村にとって、Jリーグは脅威だった。

 

と、過去形にしてしまったが、どうだろうか。ちょっとよくわからない。

Jリーグは発足当初の派手な扱いはなくなったが、たくさんのチームが各地に根付き、大きな裾野を作っているように見える。

 

一方で、「スポーツ紙の一面」を飾るような全国的な広がりがあるかというと、どうかわからない。

とはいえ、「スポーツ紙の一面」というものの価値が平成に比べてものすごく下がっているのも事実ではあるが。それでも、サッカーについて、サポーターの高齢化、あるいは代表チームの人気低下という話も聞こえる。欧州リーグなどを気軽に見られる環境もあるという。

 

そういう意味では、野球ファンもメジャーリーグを見ているのだろうか。そういう人もいるだろう。だが、なんといっても大谷翔平ではないかという気もする。

野球知らずも、野球嫌いも、大谷翔平の名前を知らない人は少ないだろう。投手と打者という二刀流をしているという話も知っているだろうか。

それがどれだけ桁外れなことかというのはともかく、ニュースは取り上げる。まあ、ちょっと規格外すぎてスポーツ人気の興亡の文脈で語るのは無理があるか。

 

……などというのも野球ファンの傲慢と言われるかもしれない。

野球をやっている国と、サッカーをやっている国の数の差を知らないのか、と。たかだか日本とアメリカの話だと。二刀流ならカンポスやチラベルト(古い!)がいたとか。

 

まあいい、ともかく、野球のなにがおもしろのか、おれにはわかりませんでした、というのが結論になる。なっていいのか。

エラーをした野手がグラブを見つめていじっている姿を中継で抜かれる姿とか、下位打線で先頭打者になった捕手が初球をフルスイングして外野にファールを飛ばしてくるっと回っている姿とか、いいじゃないですかと言いたいが、我ながら説得力がない。

 

というか、もう日本も少子化でそもそもの人口が減っていて、さらに金のかかる、いろいろ面倒な部活である野球を選択する子供、家庭も減っていくのであろう。

ただ大谷翔平の活躍だけが、報じられていくのだろう。

もう、野球は滅びる。ラジオのアナウンサーが架空の試合を中継することだけが、野球のすべてになる。

 

そもそも野球はプレイの中継がすべてなのか、という話にもなる。

おれは選手名鑑やストーブリーグを好む人間でもある。書かれた野球も好きだ。

高橋源一郎の『優雅で感傷的な日本野球』とか(『惑星P-13の秘密』とか)。

ロバート・クーヴァーの『ユニヴァーサル野球協会』とか。

 

もう、『ユニヴァーサル野球協会』の世界なんてのは、どんだけ野球をつきつめているか、ということだ。

主人公は架空の野球リーグをつくり、選手を設定し、サイコロを振って試合を進めていく。それが膨大な記録となる。歴史を積み重ねていく。

 ヘンリーは人名にはいつも気を使った。人名こそが、一種独特な成功と失敗の感覚、一種独特な感情を野球ゲームにもたらすのだ。サイコロや各一覧表や他の小道具はドラマの仕掛けにすぎず、ドラマそのものになり得ない。それ故に、永続性という重みを一手に引き受けられるような名前を選ばねばならない。

ここまでくると、わけがわからんよな。

 

でも、おれにはなんかわかる。なんかわかるから、野球を見ている。野球の歴史を見ている、とすら言える。

ラプソードやトラックマン、ホークアイでリアルタイム解析されるのも野球なら、語られなかったものも歴史のうちである。

 

どちらもおれは好きである。いずれにせよ、おれはつまらない人生を野球に殺されて、それで満足である。

それもまた、昭和生まれの男の人生じゃあ、ないですか。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by Don Starkey