ニューヨークのホームレス厳選三名

先週、所用でニューヨークを訪れた。移動の際に地下鉄を利用したが、メトロカードを購入することなく、タッチレス決済機能付きのクレジットカードをかざすことで乗車できるようになっており、感動した。

「これは便利だ!」とばかりに、Uberを使うことなく地下鉄と徒歩を駆使していたところ、ある時突然、改札口が開かなくなった。

何度かタッチし直すも、ゲートはピクリとも動かない。

 

(まずいな。クレジットカードはこれ一枚しかない…)

 

隣の改札機で試すが、やはり拒否される。モタモタしていると他の利用客ににらまれるため、とりあえず隅っこへ退避。そして人の波が去ってから、再度トライしてみた。

――やはりダメだ。このままでは約束の時間に遅れてしまう。

 

すると背後から、片足のないホームレスの男性がゴミ袋を下げて近づいてきた。しゃがれた声で私に向かって何か叫んでいる。

 

(絡まれたら終わりだ。頼む、反応してくれ!)

 

半ば祈りながら、何度も何度も改札機にクレジットカードを叩きつけた。しかし祈りも虚しくゲートが開くことはなかった。

 

「Swipe! Swipe!」

 

私の真横までやってきたホームレスは、そう叫んでいた。なるほど、スワイプするという手があったか。

ホームレスの助言通りに、私は改札機の上部にある隙間へカードを通した。

しかし結果は変わらず、このカードはもう使えないということが分かったのである。

 

現金はゼロ、クレジットカードも一枚しか持っていない私は、マンハッタンで皿洗いするしかないのか…。

 

とその時、ホームレスが松葉杖で「右」を指した。そこにはEmergency(非常出口)があり、移民と思しきアフリカ系の家族が立っている。

そしてしばらくすると、申し合わせたかのように非常出口の扉が開いたのだ。

周りを気にしながらも、移民の集団はドサドサと駅構内へと侵入していく。どのような経緯かは分からないが、駅員が内側からドアを開けてくれたのだ。

 

するとホームレスが、私に向かって低い声でこう叫んだ。

 

「Go!」

 

全てを理解した私は非常出口へと走り、移民の列の最後尾に張り付いた。ドアをくぐる際に念のため駅員に確認すると、面倒くさそうな顔で小さく頷き、私を通すとドアを締めて去って行った。

 

こうして私は無事地下鉄に乗車できたわけだが、ニューヨークへ来てまさかホームレスに助けてもらうとは、夢にも思わなかった。

 

イエス・キリストの再来

ニューヨークの地下鉄は、噂通りカオスだった。マンハッタン在住の友人から、

 

「ホームの端には立たないように。突き落とされるから。」

「なるべく人のいるところで待つように。いざとなったら助けを求められるから。」

 

という忠告を受けていたが、リアルに事件が起こりかねない雰囲気に圧倒された。

 

世界有数の規模を誇るニューヨーク地下鉄は、1904年10月に開業。運賃は乗車の際に2.75ドルを払うだけなので、4駅以上離れた場所へ行くならば地下鉄が便利である。

 

なぜ4駅かというと、初乗りが170円の都内地下鉄に比べると、倍程度の運賃を払う計算になるため、近場への移動ならば自らの足を使うのがニューヨーカーなのだ。

さらに「その距離なら歩けるよ、30分もあれば!」という会話が当たり前に出てくるので、やはり歩くことに慣れているのだろう。

 

 

Eラインに乗り込んだ私は、ドア付近の座席に腰を下ろした。目の前にはおんぼろのベビーカーが止まっており、またもや片足がないホームレスと思しき男性が、ハンドル部分に覆いかぶさるように寝ている。

生足と義足との明らかなサイズの違いが、貧富の差の象徴というか、厳しい現実を物語っているようで言葉に詰まる。

 

二駅ほど過ぎたあたりで、ホームレスのベビーカーが徐々に私の方へと近づいてきた。すっかり寝入っている本人は、ベビーカーが動いたことに気付いていない。しかしこのままでは、ガクンとつんのめってシートから転がり落ちてしまうだろう。

そこで私は、両足を伸ばすとベビーカーの前輪を靴底で止めた。

 

(私が車輪止めの役割を担う間は、あなたも安心して眠れるぞ)

 

しかし間もなく、ホームレスは車輪止めの存在に気が付き、顔を上げると弱々しい声で「Sorry」と告げた。

ところが、驚くべきはその「顔」だった。白髪交じりのロングヘアーから覗く顔が、とんでもなく美しかったのだ。そして誰かに似ている、誰だ…。そうだ、イエス・キリストだ!

 

美しく澄んだ瞳、整った細い鼻筋、青白く透き通った肌。さらに、伸ばし放題の髪の毛と髭すらも、どこか神秘的で気品を感じる。こ、これは正にイエス・キリスト――。

 

あまりの衝撃に呆気にとられた私は、しばらく彼を見つめていた。しかし彼はすぐさま下を向き、再び眠りについてしまった。

この男性にどんな過去があったのかは分からない。だが明らかに、いまの人生を辿るような人ではなかったのではないかと、勝手に想像してしまうのである。

 

松葉杖でハイタッチ

「Fu×k you! #$%&’!」

 

(あぁ、やっちまった・・・)

たまたま空いている車両を見つけたので、ここぞとばかりに乗り込んだ私は即座に後悔した。

その車両には、奇声を発しながら松葉杖でシートやポールを叩きまくるホームレスが乗っていたのだ。

 

大声を上げて騒ぐだけならまだしも、アルミ製の松葉杖を振り回しながら、車内の備品を破壊しているのだから穏やかではない。

そしてこの車両には私ともう一人、不運にも乗り合わせてしまった乗客がいる。その男性と目が合うと、我々は申し合わせたかのように隣の車両への貫通ドアへと向かった。

 

しかし皮肉なことに、ご乱心のホームレスから遠いほうの貫通ドアは、連結部分のため開かない構造となっていた。つまり我々が脱出するには、次の駅まで待つか、ホームレスを突破して逆側の車両へ逃げるかのどちらかしかない。

そして後者はありえないので、結果として次の駅まで命乞いをするしかない、というわけだ。

 

日本にいる頃、

 

「一度でいいから、痴漢や強盗にあってみたいんだよね。常に対処のイメージができてるから、正当防衛としてどこまでやれるのか、試してみたいんだ」

 

などと、生意気なことを抜かしていた自分を恥じる。

身長2メートル、体重100キロを超えるであろう巨漢相手に、なにが対処だ。しかも相手は松葉杖という強力な武器を持っている。

 

そうこうするうちに、窓やポールに罵声を浴びせつつ、松葉杖を振り回しながら巨漢ホームレスがこちらへやって来る。いざとなったらやるしかない、と覚悟を決めた私は、ポールに寄りかかるようにして時が来るのを待った。

 

と、そこへ車内アナウンスが流れた。もうすぐ次の駅へ到着するのだ。あぁ、助かった!と安心したのもつかの間、あと少しで停車するという場面で、窓ガラスを割れんばかりに叩きながら、巨漢ホームレスがこちらへ向かってくるではないか。

(いったい何が起きたんだ!?頼むから落ち着いてくれ!)

 

「Hey, bro! hey! hey!」

 

よく聞くと誰かを呼びながら、松葉杖で窓ガラスを叩いている。どういうことだ?

そしてホームには、同じく松葉杖をついたホームレスの男性が、足を引きずりながら走っている。知り合いなのか――。

 

ドアが開くと同時に、二人のホームレスは松葉杖でハイタッチを交わすと、顔をほころばせて再会を喜んだ。

さっきまでの恐怖心はどこへやら、見ているこちらまで温かい気持ちになってしまったではないか。

 

日米ホームレス格差

同じ地下鉄、同じホームレスといえど、日本と米国とでは随分と差がある。なんというか、ホームレスのたくましさが違うのだ。

ホームレスを目指すわけではないが、彼らは彼らなりにちょっとしたポリシーがあり、胸を張って生きているように感じたのである。

(了)

 

 

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(2023/3/15更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

URABE(ウラベ)

早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。ブラジリアン柔術茶帯、クレー射撃元日本代表。

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