去年辺りから低山トレッキングにハマっている。
これまではどちらかというと、高山のに興味があった。富士山や雲取山、千畳敷カールの登頂経験は素晴らしい体験で、地図を見ながら
「俺、こんな山を登ったんだな」
と振り返るのはとても楽しい。
その調子で日本百名山を一通り制覇するのも悪くはなかったのだが、車を持たない自分には多くの山はアクセスに難があり、どうにも気が乗らなかった。
山登りは楽しいのだが、アクセスに手間がかかるのが難だ。
もうちょっと気軽に何とかならないかと思ったところ、東京は高尾山がハチャメチャに便利な事に気がついた。
新宿から1本。帰りもラクチンな高尾山~陣場山トレッキング
高尾山は東京の西側にある有名な低山だ。東京周辺に在住の方なら、遠足等で一度や二度は訪れた事があるだろう。
高尾山がいいのは登山口まで電車が伸びているという点にある。新宿から京王線で直通、高尾山口駅まで乗ってけば、その時点から山登りが始められる。
電車からわずか5分ほどの距離で山登りが始められる場所は、ちょっと他には無い。
東京だと奥多摩にもいくつか良い山があるはあるのだが、いずれもバスか車を使って山奥にいかねば挑戦できない。
その点、高尾山は新宿から超速で行けて、超速で登れてしまう。
ケーブルカーも伸びてはいるが、別にそのまま稲荷山コースから登山口につっこんで行けば、即登山である。
体力に乏しい人は30分~1時間ほどかけて高尾山の山頂まで目指して頑張ればよいし、ある程度の体力がある人は是非ともそこから脚を伸ばして景信山、更には陣場山まで進んでいって欲しい。
帰り道も明瞭で、難所もなく、思い立ったそばから登山を楽しむことができる。
山登りの目的は心頭滅却にあり
なぜある種の人は山に登るのか。いろいろな意見があるとは思うが、自分は山登りというアクティビティを通した内観に、形容しがたい魅力があるからだと感じている。
山登りをやり始めると、それはもう色々な雑念が頭の中に思い浮かぶ。
ムカつく上司やら職場への悪口、思い通りにならない日々、そういった世の中の理不尽への悪態が無限に出てくる。
しかしここからが面白いのだが、そうやって無限に出てくるかと思っていた悪態も、山を登り進める事にいったん打ち止めになる。
おそらく適度な肉体への負荷に伴って、身体が疲れる事で悪口をいう体力自体が無くなってくるからだと思うのだが、そのうちスーッと澄んだ心境が必ずやってくる。
「おお、普段の生活だと簡単には拭えない雑念が、山を登ると消えるのか」
この体験はとてもヤミツキになる。決して日常生活では到達できない境地が山にはある。
更に負荷をかけていくと、知らない自分がそこにいる
こうして山登りに夢中になる事を、一部の愛好家は山ハイと言うようだが、山ハイにはいくつかのステージがある。
故に脚を進めれば進めるほど、どんどん深化する。
人間というのは実に面白いもので、心が澄み渡ったからこそ逆に出る反応というのがある。
雑念にまみれた自分から自由になれたと思ってからしばらくすると、今度は日常生活では全然考えもしなかった考えがコンコンと心の底から湧き出てくる。
それは人生についての深遠な悩み事である事もあるし、あるいは忘れていた20年以上前の過去である事もある。
あるいは仕事で悩んでいた事の新しいアイディアである事もあるし、楽な山登りにつながる身体操作方法だったりもする。
人間というのは身体という入れ物からは自由になる事ができない。
私たちは思考は自由だと思っているが、実際には思考は強く身体という枠組みに制約をうける。
だから身体を特殊な状態に設置すると、思考も飛躍する。
そうして飛躍した思考は、同じ日々の繰り返しでは絶対に辿り着けない境地へと私達を運んでくれる。
これがもう、めちゃくちゃ面白い。
景色は副産物でしかない。淡々と夢中になる事のがよっぽど大事
そうして何度か特殊な心理状態に入り込む事に成功してからというものの、自分は仕事やらプライベートで行き詰まったりした際
「今週は早起きしてサクッとトレッキングしてこよう」
と思うようになった。今では特に思い悩まなくても、年に4回は高尾山~陣場山~藤野駅までのコースを走行している。
登る度に必ずといっていいほどに、何かの発見があり、一度たりともやって損したと思った事は無い。
このコースはアクセス自体の気軽さもいいのだが、何より肉体への負荷が適切なのである。危険な箇所も少なく、また人が多いのも良い。
山で出会う人に「こんにちわ~」と簡単な挨拶をして交錯するのは不思議な感覚である。
街で出会う人にそんな事をやりまくってたら「選挙かよ」って感じだが、ハイキングでそれをやるのは逆にむしろ普通の事になるのだから、いやはや人間というのはTPOでいくらでも常識が動く生き物である。
そうやって脳みそを空っぽにして山登り自体になりきると、ゾーンとしか形容できない不思議な感覚に数時間にもわたって没入する事ができるようになる。
敷居が低いのが何よりもいい
一度この感覚を知ってしまうと、低山トレッキングがやりたくてウズウズするようになる。
人間は何かに夢中になる事に異常なまでの執着を示すものだが、多くの場合において、何かに夢中になるのは意外と難しい。
面白い未読の漫画は見つけるのがホネだし、スポーツなら誰かを誘わないとやれない。
その点、低山トレッキングの敷居の低さは素晴らしい。
一人で電車に乗って、スタスタあるく。
必要な事は、たったそれだけだ。お金も時間もそこまで膨大には必要ではない。思い立ったその日に遂行は可能で、かつ自分自身の体力の丈に合わせて難易度もいくらでも調整可能である。
ここまで敷居が低い気分転換も、そうは無い。終わった後に温泉や銭湯を組み合わせるのもオススメである。
何度も繰り返す度に、成長した自分を実感する
こうして何度も同じ場所で低山トレッキングを繰り返すうちに、いつしか自分は過去の登山の事を振り返るようになった。
数年前にトレッキングを始めた頃は、景信山までが限界であった。両脚はパンパンに張り、その先に行けるだなんて全然思いもしなかった。
それが何度か繰り返すうちに、もうちょっと先に先にと行けるようになり、相模湖や藤野にまで脚が伸ばせるようになった。
最初の頃は同じルートを何度も繰り返すのは飽きがあるんじゃないかと思っていたのだが、やってみるとスタンプラリー的な登山よりも、同じルートを何度も繰り返す方が全然楽しかった。何故か?それは道に記憶が宿るからだ。
路には記憶が宿る
路には自分しか無い記憶が宿る。何度も何度も同じ場所を通り過ぎると
「ああ、数年前はシンドかったなぁ…」とか「ここはいい景色なんだよな」
というように、自分にしか見えない記憶の道がどんどん構築されるようになる。
この記憶の道を拡張させていく事がとても面白い。まるで自分だけの秘密基地を持つような贅沢さが、同じルートを繰り返し歩む事には宿されている。
そうこうしているうちに、僕は山登りというのは、山を登る過程で自分自身の心の中を登るものなのだとようやく理解した。
それまでは山頂でコーヒーでも入れて景気をつけようだとか、山頂で景色写真をとってみたりもしたのだが、どうにもそれがシックリこなかった。
他にも似たような事をやっている人がいるから楽しいかと思ったのだが、残念ながら自分にその楽しさは理解できなかった。
しかし今では、山登りで本当にみるべき景色は道に宿すものなのだと知った。
こればかりは何度も何度も同じ場所を通った人間にしかできない特権である。
だって記憶というのは、そんなに簡単には土地には宿らないのだから。
お気に入りの散歩道を持つのは丁寧に時間をかけたものだけの特権である
かつて京都で哲学の道という場所を歩いた事がある。
哲学の道は銀閣寺と南禅寺の間を結ぶ、約2kmに渡る散歩道で、20世紀初期の哲学者である京都大学教授 西田幾太郎が、毎朝この道を歩いて思想に耽っていたという事から名付けられたものだ。
中学生の頃に哲学の道を歩いた時はよくわからなかった。別に悪い道だとは思わなかったが、そこまで取り上げるほどのものか?としか思えなかったのだ。
しかし今では哲学の道は西田幾太郎にとってのオンリー・ワンであり、彼にちょうどよい条件であったからこそ、唯一無二の道に仕立て上げられたのだろうと理解している。
誰にも多分、自分だけの道があるのだ。それを見つけられるかどうかは、自分次第だが。
故人かつ事故事例ではあるが、クレヨンしんちゃんで有名な臼井儀人さんも山登りが趣味だったそうだ。
彼は荒船山の本当に事故が起きないような場所で脚を滑らせて転落してしまったという。
おそらく、臼井儀人さんにとってのアイディアの源泉は荒船山の道にあったのだろう。
それが死因となってしまったのはとても悲しい事ではあるが、偉大な先人から我々が学べることは大変に多い。
みなさんも低山とはいえ、危険性は皆無ではないから気をつけて参りましょう。道は歩くためにあるもので、死ぬものではないのだから。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
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