コロナ禍になる前、旅しながら働くデジタルノマドの特集をちらほら見かけた。
デジタル技術によって可能になった、新しいライフスタイル。
時間や場所に縛られず、自分らしい生き方を追求。
遠く離れた場所で、刺激的な生活をしながらお金を稼げる。
こんな煽り文句を、何度も目にした。
旅しながら働く系の発信者は多く、ツイッターには日々、おしゃれなカフェだのホテルだので仕事をしている写真が流れてくる
(フォロー外のツイートを表示させるのやめてくれ……)。
さて、コロナ禍も(少なくともドイツでは)ある程度落ち着いたので、先日夫と愛犬とともに、2泊3日の旅行に行くことにした。
そこで、「せっかくなら旅行中、静かな環境で仕事をしてみよう!」とMacbookを持参。
旅先での仕事、気になる生産性はいかに……?
旅だからできることを我慢して働くくらいなら、自宅で十分
愛犬クロがまだ車に慣れていないこともあり、目的地は車で1時間半の小さな森のホテル。
旅行プランなんて大層なものはなく、まわりの山を散策し、ホテルで夫はプログラミングの勉強、わたしは執筆して静かに過ごす予定だった(周囲にはなにもないので、旅行中の食事はすべてホテルのレストラン)。
非日常的な空間で、日々の喧噪を忘れ、夫と愛犬とともに山を眺めながらMacbookを開く。
あ~とってもそれっぽいですねぇ。ツイッターでよく見るやつだ~。
……でもちょっと待て。
やる気が! まったく! 出ないッ!!
実際にグーグルドキュメントを開いて思ったのだが、たいていの人間は、旅行に来てまで仕事したくはない。
非日常を求めて来たのだから、仕事なんて現実は忘れていたい。
「そんなのちょっと考えたらわかるだろ」と言われたらそのとおりなのだが、普段とちがう環境ならなにか生まれるかな……とか、他にやることがないから集中できるだろうな……とか思ってしまったのだ。
はい、気のせいでした。
しかも、山の中のなにもないホテルにも関わらず、仕事の邪魔をする誘惑が多いこと多いこと。
せっかくならいろんなコースを散歩したい。散歩したらお腹がすく。旅行中はちょっとイイモノを食べたいから、デザートもつけちゃおう。歩いて疲れたしお腹いっぱいだから、部屋に帰ったらのんびりしたい。
とまぁこんな感じで、「あれをしたい」という誘惑に負け、「もう仕事なんていいや旅行中だし~」という気分になってしまった。
都市部での旅であれば、誘惑はもっと多いだろう。
観光地があったり、レストランやカフェがあったり、クラブやバーなんかもあるから。
それらの誘惑を蹴散らして自分を律することができれば「旅をしながら働く」ことも可能なのだろうが、せっかく旅行をしているのに自分に厳しくなんかしたくない。
そもそも、「旅だからできること」を我慢して働くくらいなら、もはや自宅でいいのでは?
旅行中にまさかのノートパソコン故障
なんて思いながら迎えた2日目の朝、予期せぬトラブルが起こる。
なんと、Macbookが充電できなくなってしまったのだ!
朝早く目が覚めたわたしは、犬を撫でながら、のんびりと狩野英孝さんのゲーム配信アーカイブを見ていた。
充電が10%を切りそうだったので充電コードを差し込むと、右上のバッテリー表示に雷マークがつき、「充電中」となる。
しかし数分後、充電がさらに減って8%になっている。おかしい。
とりあえず差しなおそうと充電コードを抜くが、なぜかバッテリーには充電中を意味する雷マークがついたまま。
コードを抜いたり差したり再起動したりするが、充電中マークはついたままなのに充電はされない。
どういうことだ……!?
そうこうしているうちにバッテリー表示が赤くなり、まもなく充電が切れ、うんともすんともいわなくなった。
え、どうしよう、なにも仕事ができないじゃん!
そうは言ってもしかたがない。
なぜならここは、山の中のホテルなのだから。
パソコンがあればどこでも働ける=パソコンがなければなにもできない
夫曰く「アップデートをしていないと充電できなくなることがある。まずアップデートしてみよう」とのことで試してみたが、ホテルのWi-Fiではアップデートに3日かかるようで断念。
どうしようもないので、とりあえず漫画『ゴールデンカムイ』を1巻から読み直すことに。
(仕事に役立ちそうな本を何冊かkindleにダウンロードしていたが、前述のとおり旅行中はのんびりしたい欲が勝り、結局漫画を選んだ)
以前デジタルノマドワーカーがインタビューで、「ひとつの企業に収入を依存するリスク」「時間や場所による制限」などを語っていたとき、「たしかにそうだ。デジタルノマドは自由で楽しそうだなぁ」と思った。
しかし実際やってみると、デジタルノマドのほうが「ノートパソコン一台に依存している」というとんでもない制限があるのでは!?という気になってくる。
故障は運が悪かったといえばそのとおりなのだが、家なら別PCやタブレットで代用できるし修理にも出せるので、対処しやすい。
しかし旅先では手持ちの機器が少ないし、修理に出してしまうとそこから移動できなくなっていまうから、相当な痛手だ。
自宅に戻り、充電コードを差したままアップデートを試みたら15分ほどで終わり、充電問題は解決したからよかったものの……。
「ノートパソコン一台あればどこでも働ける」というのは、当然のことながら「ノートパソコンが壊れたら一切働けない」という意味である。
スマホのフリック入力で記事を書けないこともないが、とんでもなく非効率だし、プログラマーやデザイナーなんかはほぼ詰みだろう。
それは果たして、「便利」で「自由」なんだろうか。
旅しながら働くのは本当に「自由」なのか
たった2泊3日の旅ではあったが、わたしには「旅しながら働くノマドワーカー」になるメリットを一切感じられなかったし、自由になるどころか制約が増えてただただ面倒くさい印象だった。
今回は家→ホテル→家だが、家→ホテル1→ホテル2→ホテル3……と移動するとしたら、その制約はさらに大きくなるだろう。
バックパッカーしながらブログを書いていた友人が何人かいたが、最初のほうこそ楽しんでいたものの、数か月もすれば「疲れた」「家に帰りたい」と言っていた。
毎日「どこでご飯を食べよう」「どこに泊まろう」と考え、ホテルや移動の手配をし、Wi-Fiがあるカフェを探さないといけない。家暮らしとちがって出費の予測が立たないので、つねに口座残高とにらめっこ。
旅の不自由さに疲弊し、旅をやめてしまったのだ。
もともとわたしがフリーランスとして働いているのもあるが、わざわざ「旅」と「仕事」を混ぜこまなくとも、旅するときは思いっきり旅を楽しんで、仕事するときは集中できる自宅やオフィスのほうがメリハリがついて効率がいいんじゃないか、と思う。
帰る場所があり、非日常感を味わえるから旅が楽しいのであって、結局毎日仕事をするのであれば、「旅のロマンとはいったい……?」という話である。
「旅しながら仕事」が向いているのは、「旅が日常」の人
とはいえ実際、旅をしながら働いて幸せそうにしている人たちもいる。
それは、どんな人たちなのだろう。
きっと、旅自体が仕事の人か、旅が人生の主軸の人だ。
旅自体が仕事というのは、たとえば全国の〇〇をめぐるブロガーや写真家などのこと。
旅=仕事だから、「旅しながら仕事」を苦痛に思うことはないだろう(それならその仕事を選ばない)。
旅が人生の主軸の人とは、「ずっと旅をしていたいけどお金のためには働かなきゃいけない。だから旅しながら必要なだけ稼ぐ」タイプのことだ。
以前見たデジタルノマドのインタビューで、「旅が好きで思いつきで飛行機や深夜バスに乗ってどこかに行ってしまう。だから、どこでも働けるフリーのデザイナーになった」と書かれていた。
そういう人たちにとっての優先度は旅>>>>仕事なので、当然、旅を楽しむことが大事。しかし生きるにはお金が必要なので、「旅しながら仕事をしよう」と考えるのはしぜんな流れだ。
こういう人たちにとっての「旅」は、わたしが思う「非日常的な行為」ではなく、「日常的なライフワーク」なのだろう。
わたしが感じた旅中の誘惑は、旅を「特別なもの」だと思うから感じるのであって、特別じゃないなら存在しない。
それと同時に、旅中に感じる不便や制約も、その人たちにとっては日常だから、そこまでストレスではないのではないか。
つまり旅しながら仕事を楽しめる人は、「旅に非日常感を求めないくらい旅慣れしている人限定」なんじゃないかと思う。
というわけで、たまーに旅行して「また来たいね~」とキャッキャウフフするような人は、仕事を忘れて心行くまで旅を満喫したほうが、仕事も旅もより楽しめる、という結論である。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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