ラーメン店の潰れ方が、ちょっとシャレにならない。

「飲食店ドットコム」の調査によると、1年以内の廃業率は30%、3年以内の廃業率では実に60%を超えるそうだ*1。

 

一般法人の起業5年後の生存率が80%を超えることに比べると*2、もはや特殊事情を疑うレベルである。

しかしなぜ、ラーメン店をはじめとした、一部外食の廃業率はこんなに高いのだろう。

 

参入障壁が低いので、経営者の認識が甘い、ということなのだろうか。

あるいは、過当競争で店が多すぎるのか。もしくは新しさを出しづらいので、埋没が早いのか…。

中には、とても美味しいのにすぐに潰れてしまう店があるので、本当に不思議な業界である。

 

そもそも論として、ラーメンは安すぎる。

あれだけの手間暇をかけた一杯が概ね1,000円以下で食べられるなど、はじめから成功するわけがないというものだ。

そしてそれが定着してしまっているので、例えば1,500円以上のような値段設定が難しく、儲けが出にくいというのも、大きな理由なのだろう。

ではなぜ、ラーメンはこれほど安い値段が定着しているのか。

 

恐らくその理由の一つが、「原価積み上げ方式」の価格設定にあるのではないだろうか。

そしてこれはラーメンに限らず、「儲からない商売」をして従業員を不幸にしている経営者すべてに、いえる特徴でもある。

ITなど一部の業界でよく見る、「人・月方式」で見積書を作成する商売である。

 

「売上予想はこれくらいで、原価はこれくらいかかるのだから、10%の利益を出すなら売値は1,000円だな」

こういう発想が、従業員を不幸にするだけでなく、会社をも短命にしてしまう。

 

「え…そんなの商売の常識だろ」

そんなふうに思われただろうか。

 

確かに、政策金融公庫に起業融資を申し入れると公庫は必ず、この方式の売上・収支予想の提出を求める。

そのためなかば「起業の常識」化しているのだが、声を大にしてもう一度、言いたい。

 

この発想をするから、ラーメン店はすぐに潰れてしまう。

そしてラーメン店に限らず、これはおそらく日本企業の、日本人経営者の儲けがヘタな最大の元凶のひとつともいえる病巣だ。

 

なぜそんな事を、言いきれるのか。

 

「たまたま獲れただけ」

話は変わるが、もう随分昔の話だ。

会社の大株主に大手証券会社があり、鬼のように厳しいウエノという担当者がいた。

 

目標未達の場合、延々と部門長をド詰めし、最長で深夜の3時まで役員会が延びたこともある。

曖昧さを許さず、能力が不足している取締役は容赦なく更迭を求めるなど、いろいろな意味でキツい兄ちゃんだった。

 

その一方で、まだ若く独身ということもあり、女性社員が多い当社に来るのは本当に楽しかったらしい。

そんなウエノのお目当ては、20代なかばのひとりの女性社員である。

 

「桃野さん、なんとか彼女との間を取り持って下さいよ~」

「私、久しぶりに女性を好きになったんです…」

2人で飲みに行くとそんなことまで言い出すほどに、完全に入れあげていた。

 

「知らんがな…さすがに立場があるんで、社員にウエノさんを斡旋とか、できないですよ(汗)」

「えー、じゃあ1回でいいので、3人で飲み会とかどうですかね。セッティングしてくださったら、あとはなんとかしますから~」

 

いやいやお前、仕事ができて収入も飛び抜けてるのに、彼女ができねえの、そういうとこやぞ。

上司と大株主担当者との飲み会の席に、若い女性社員をいきなり1人で同席させるとか、まずそのシチュエーション狂っとるやろ。

まずは少しでも、「この人いいな」と思ってもらえる自助努力をしろと。

その上で、自然に飲み会をセッティングできる空気感になったら力を貸すから…。

 

そんなことをアドバイスして、その日は別れた。

 

すると次の来社の時、ウエノは狂った行動に出る。

なんと、全長1mほどのクマのぬいぐるみを片手にフロアに入ってくると、

「これさっき、ゲーセンのクレーンゲームでとりました。よろしければどうぞ」

といって、その女性社員に手渡してしまったのだ。

 

確かにそのぬいぐるみは、ディズニー公式で売っているような有名キャラではなく、いかにもゲーセンの景品でありそうな安っぽいクマだった。

つまり彼にとっては、本格的な贈り物でドン引きされるのを避けるために、

「たまたま獲れただけだし、俺には不要だからあげる」

という口実に使いやすかったのだろう。

だからお前、そういうとこやぞ…。

 

受け取った女性社員は明らかに戸惑い、私に相談に来る。

「桃野さん、これ受け取ってもいいのでしょうか」

「…会社としては別に問題はないけど、まあちょっと困るよね。本当に迷惑なら俺から返すけど、どうする?」

「…今回はもらっておきます」

 

しかし、これに味をしめたウエノの行動はさらにエスカレートする。

それ以降、来社のたびに「たまたま獲れた」という口実で、次々とプレゼント攻撃が始まってしまったのである。

ぬいぐるみ、巨大おやつなど、くるたびに必ず持ってくるそのプレゼントに女性社員の顔は完全にひきつっていた。

 

さすがにその状況を見かねて、私はウエノに言った。

「ウエノさん、この恋は芽がないです。彼女も少し戸惑っているので、撤退しましょう…」

女性の扱いや口説き方などわかっているとはとてもいえない私だが、少なくとも彼が間違っていることだけは、よく理解できた(泣)

 

必死さを隠す作戦として、クレーンゲームの景品を口実に使ったアイデアそのものは、まあ悪くないだろう。

でもお前、その1mのぬいぐるみ獲るのに数千円か、下手したら万札飛ばしただろ…。

なぜ最初は、簡単に獲れたように見える小さなピカチューから始めないんだ…。

 

もう20年近く前の話だが、仕事ができるくせに女性との距離の取り方がヘタだったウエノのことは、忘れられない。

その後、彼が幸せを共にできるパートナーに出会っていることを、心から願っている…。

 

”日本一の給料”の正体

話は冒頭の、ラーメン店の廃業率についてだ。

またなぜ、「原価積み上げ方式」の経営者は従業員を不幸にするとまで、言い切れるのか。

 

そもそもだが、私たちがものを購入する時の判断材料として、誰が原価など意識しているというのか。

しかし値付けをする売り手はなぜか、

「原価は800円だから、価格は1,000円が適切だな」

などと、わけのわからないことを考える。

不味いラーメンなど50円でも不適切だし、美味ければ1,200円でも適切であるにもかかわらず、である。

 

つまり私たちはものを買う時、個人であれ法人であれ、

「この商品に、この金額を使う価値があるかどうか」

で判断するということである。適切な価格設定に、原価がいくらであるかなど極論、無関係だ。

 

そしてこの本質を理解し、ブッチギリの利益を挙げている会社が、「日本一、社員の給料が高い」ことで知られるキーエンスである。

キーエンスの粗利益率は、実に80%を超える*3。

 

「顧客が得られる便益を考えると、この商品にはこれくらいの価値がある」

という発想から、値付けをしているといってもいいだろう。

そしてこれこそが、付加価値の本当の意味である。

 

ラーメン店で言えば、「このラーメン1杯を食べるのにどれくらいの価値があると判断して頂けるか」から、価格設定するということだ。

そしてその予想満足度が原価を上回らないなら、その商売は辞める。

上回るなら、やってみると考えるのがスジである。

結果として同じ値段であったとしても、考え方を間違えればいつか必ず破綻するだろう。

 

そして話は、クレーンゲームに狂ったウエノのことだ。

彼にとってクレーンゲームで得られる便益は、大きく以下の2つだったのだろう。

 

「好きな女の子のために、景品を獲ろうとプレイしている幸せな時間」

「さりげないプレゼントとしての、ちょうどいい口実」

 

クレーンゲームで遊ぶ、いい歳をした大人たちの目的も、似たようなものである。

 

「彼女を喜ばせたい」

「獲れた時の、子供のはしゃぐ顔を見るのが幸せ」

 

それそのものが目的なので、数千円を突っ込んでも、得られた景品を自分のものにすることなど無い。

景品を獲得するまでが、遊び手にとっての“商品”だからである。

 

しかしそれも昔の話で、今やゲーセンのクレーンゲームは、いくら突っ込んでも獲ることができないおかしなマシンに変わってしまった。

ハサミの使い方も、特殊なことをしないと景品が獲れないなど、素人がフラッと遊びに行って楽しめるものでは無くなってしまっている。

 

であれば、「景品が獲れた時の、彼女の喜ぶ顔が見たい」という“商品”を受け取れないのだから、顧客が離れていくに決まっているではないか。

1,000~2,000円で獲れるような設定こそがこのゲームの付加価値だったはずなのに、完全に目的を外している。

そんなゲームに、誰が3,000円も5,000円も突っ込むというのか。

 

どんな商売でもそうだが、

「この商品を求めてくださる顧客の、本質的な想いや幸せとは何か」

を追求・実現し、それに対する対価を頂くのだという発想で価格を設定し、改良し続けなければならない。

そしてこれに矛盾する、売り手の都合でしかない「原価積み上げ方式」の”傲慢な価格設定”は、いつか必ず破綻するということだ。

 

「1,500円でもリピートして頂けるラーメンとはなにか」

を追求することが、商売と付加価値の本質だと考えるのだが、いかがだろうか。

 

 

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

ダイエットをしたのですが、勢い余って5ヶ月で10kgも痩せてしまい、BMIが「痩せ」付近まで来てしまいました…。
体組成計で「体年齢」が出るのですが、コレやばいんです。
半端なくやる気になってしまうと健康を損ねますので、少しお肉をつけたいと思います・・・。

twitter@momono_tinect

fecebook桃野泰徳

Photo by:Diego Lozano

 

 

*1
株式会社シンクロ・フード プレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000527.000001049.html

*2
中小企業庁「起業の実態の国際比較」
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H29/h29/shoukibodeta/html/b2_1_1_2.html

*3
日経新聞「キーエンスと東芝の違い 「粗利」8割と2割が分けるもの」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD10DAV0Q1A111C2000000/