気が付いたら、フリーライターになって7年も経っていた。
まともな社会経験もなく、ライターとしての経験も一切なかったのに、よくもまぁ生計を立てられるようになったものだ。
おかげさまで、順調すぎるくらい順調にやってこれた。
しかし最近……というかもう1年以上、わたしは「壁」を感じ、悩んでいる。
かんたんにいえば、停滞しているのだ。
なぜわたしは、成長を感じられなくなってしまったのだろう……。
順風満帆なフリーランス生活……で、その先は?
まずはざっと、わたしの経歴をお伝えしよう。
2014年に大学卒業後ドイツに移住し、現地で就活するも断念。ビザのために大学に入学するもこれまた挫折、バセドウ病発覚でアルバイトも退職。
引きこもりになり、ヒマつぶしがてらブログを開設。
当時は絶賛ブロガーブームで、イケダハヤト氏やはあちゅう氏らがオンラインサロンを立ち上げ、それに続く同年代がブログで荒稼ぎし、「新卒フリーランス」がもてはやされていたころだ。
「ブログもかなり読まれてるし、わたしもいけるんじゃね? 乗るぜ、このビッグウェーブに!!」というノリでフリーランスライターになった。
結果、なんだかよくわからないが、うまくいった。
ライターを名乗って2年の間に、東洋経済オンラインや現代ビジネスから執筆オファーがきたり、Yahoo!ニュースに寄稿したり、記事がテレビで取り上げられたり、新潮新書から本を出していただいたりと、たくさんの経験をした。
インターネット上に無数に存在する「フリーライター」のなかでは、わたしは成功している部類に入るだろう。と思う。たぶん。
……で、どうする?
そう、問題はここだ。
で、この先どうする?
これが、わたしをここ数年間苛んでいる「壁」だ。
教会前広場でアコーディオンを弾くおじいさんに腹が立った日
モチベーションがなくなったわけではない。書くのは相変わらず好きだし、フリーライターになったことを後悔したこともない。
でも早々にうまくいってしまったことで、正直、満足してしまった。
1年前の夏、友人に「今後の目標はあるの?」と聞かれてはっとした。そんなもの、まったくなかったから。
わたしは今後、どうなりたいんだろう。
大きなメディアで書いた実績があるし、本も出した。そのうえで、なにを目指せばいいんだろう。なんのためにがんばればいいんだろう。
ここ1年、いやもっと前から、目標のない自分に対するモヤモヤが溜まり続けていた。
そして先日、以前わたしに目標を聞いてきた友人と、再びフランクフルト近郊で会うこととなった。
大きな教会前の広場に面するカフェでケーキを食べながら、のんびりと談笑していたときのこと。大きな四角い箱を持ったおじいさんが現れ、折りたたみ椅子やらなにやらを設置し始めた。
箱から出てきたのは、使い込まれた様子のこげ茶色のアコーディオン。
おじいさんは椅子に座り、楽しそうにアコーディオンを弾き始める。わたしは知らなかったが、ドイツではきっと有名な曲なのだろう。
数曲弾き終え、おじいさんは立ち上がり、黒いハットを手に深々とお辞儀をした。広場に面したカフェのテラス席に座っていた人々はいったん雑談をやめて、笑顔で拍手をする。さながらコンサート会場だ。
おじいさんはその帽子を持ってカフェを巡り、いろんな人からおひねりをもらう。
とてもほほえましい、贅沢でのんびりとした時間だ。
……なんて、わたしは思えなかった。
突然アコーディオンを弾きはじめてうるせぇな、と思ったし、勝手に弾いたのにカネを請求すんじゃねぇ、とも思った。
そしてそんなふうに思った自分に、心底びっくりした。
わたしはいつのまにか、音楽を楽しむ心の余裕すら失っていたのか……。
リセット期間として、7年目ではじめて「休暇」をとった
このままじゃダメだ。おじいさんのアコーディオンの音色すらうるさい、と思うような精神状況はよろしくない。
猛烈に危機感を覚えたわたしは、8月まるっと仕事を休んだ。
フリーランスだからいつでも休めるわけだが、そこをあえて「休暇」として、仕事を断ったのだ。
思えば2016年にフリーライターになる宣言をしてから7年間、休暇らしい休暇を取ったことがなかった。
それ自体を苦だと思ったことはないが、つねに「書くこと」が頭のなかにあり、目の前の記事を書くことに囚われて、自分の将来を考えたり新たな分野を勉強したり、ということから遠ざかっていたのは事実。
もう少し自分と向き合う時間を作って、アクティブになろう。
そうすれば、このモヤモヤ停滞期からも抜け出せるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて、思い切って「休暇」にしてみた。
結果はどうだったか?
1か月の休暇のおかげで、わたしは「壁」の正体を突き止め、それを乗り越える方法も見つけることができたのだ。今日は、そのことについて書いていきたい。
気付いたら無関心なツマラナイ人間になってしまっていた
休暇に入ったわたしは、夫に犬を預け、さっそくひとりでショッピングに出かけてみた。犬を飼ってから買い物はアマゾンで済ませていたので、こんなお出かけすら1年ぶりだ。
ふらふらと、街を目的なく歩いてみる。
そういえばここのパン屋、いつも並んでるな。興味はあったけど行ったことがなかった。ヒマだし、並んでみようか。
あれ? よく行ってた本屋のとなりって、下着屋だったのか! ドイツでは下着を買ったことがなかったな。ドイツで下着購入は記事になるんじゃないか?
もうすぐお昼か。だいぶ暑くなってきたな。日本は14時が一番暑くなるって習ったけど、ドイツはどうだろう。ググってみるか。へぇー、16時なんだ。夕方のほうが暑いなんて、ヘンな感じ。
こういう小さな「気付き」すら、わたしのなかではずいぶんご無沙汰だった。
ドイツに来た当初は、あれも知りたいこれも知りたい、なんだこれは、調べてみるぞ、と何にでも興味を持っていたはずなのに。人に聞いたり本を読んだりしていたはずなのに。
ライターになりたてのころは、積極的にいろんな人とコンタクトを取り、取材も受けていた。
しかし何度も振り回されたせいでやる気がなくなり、最近はテレビやラジオ、ウェブメディアの取材を100%断っている。せっかくだから、久しぶりにいくつか取材を受けてみるか。
そういえば、料理のレパートリーも全然増えていないな。新しい料理に挑戦したり、パンを焼いたりしてみよう。
仕事に使えそうな本ばかり読んでいたから、話題の小説を読んでみたり、昔好きだった歴史書を読み直してみたりもいい。
そうやって「せっかくだから」といろんなことに手を出して、気付いた。
わたしは停滞していたんじゃない。
面倒くさがっていただけだったんだ。
面倒くさがったら、人は停滞する
休暇中に読んだ『書くのがしんどい』という本には、こうある。
書くことはメンタルの作業だと思われがちです。しかし実は、もっと「フィジカル」なことです。体を動かさずにおもしろいことを書くというのは、哲学者ならまだしも普通の人には無理でしょう。
取材マインドを持って町を歩いたり、誰かと話をしたり、フィジカルに動くからこそ、書くことが自然に溜まっていくのです。
「取材マインドを持ってフィジカルを使うこと」とは、好奇心をもって実際に行動する、ということだ。
まさにこれが、わたしに欠けていることだった。
思えば、小説を書いても途中で投げ出し、イラレの勉強も中途半端なままになっていた。
小説を書かなくても困らないから。イラレができなくても問題ないから。
ドイツ語だって何度か勉強しようとしたけど、現状の語学力で足りてるから、数日でやらなくなってしまった。
他人と関わるのが面倒くさい。新しいことをやるのが面倒くさい。
このままでいいや、これで十分だし。
「これでいいじゃん」と体を動かすことを面倒くさがったら、人は停滞する。
「おもしろいもの」「刺激的なもの」「知らなかったもの」が遠ざかり、何も起こらなくなるから。
でもこれは、どうしようもないスランプでも、乗り越えなければいけない試練でもなんでもない。
面倒くさがらずに好奇心をもって行動すれば、すぐに打開できる。
ただわたしが怠慢だった、というだけの話だったのだ。
「面倒くさい」に流されず、好奇心と行動力を大切に
わたしのように、現状のぬるま湯に浸かってそれに慣れてしまい、「このままじゃダメだけど何をしたらいいのかわからない」という「壁」を感じている人は、たぶんいっぱいいると思う。
でもそれは、「壁」でもなんでもない。
自分の「面倒くさい」という怠惰な感情に起因しているのだ。
「それはわかっていてもなんだかやる気が出なくて……」という人はきっと、疲れている。
わたしがアコーディオンおじいさんにイラついたのと同じで、刺激を楽しんだり、新しいものに目を向けたりする気力がなくなってしまっているだけ。
そういうときは、きっちり休んでしっかりリフレッシュしよう。
気力が戻ってからまわりを見渡せば、たくさんの「おもしろいこと」に気付けるはず。
最近停滞してるな、なんとなく上手くいかないな、成長が感じられないな……。
こんなモヤモヤを吹き飛ばす方法は簡単だ。
突飛なことをしなくていいから、面倒くさがらずに好奇心を持って行動すべし。
話はそれからだ。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
Twitter:amamiya9901
Photo by :Noémi Macavei-Katócz