友人との別れは辛い。
例え親しかったのが35年も前の話で、友情なんてとっくに失われていると分かっている相手だとしても、完全に縁を切るとなるとそれなりの覚悟が必要だ。
ミュージシャンとして活動している梨乃ちゃんは、私にとって古い友人の1人だった。
私たちは、お互いがまだ中学生の頃に塾で知り合い、仲良くなった。
仲良くなったと言っても、学校も違えば家も遠かったので、いつも一緒にいるほど親しくなったわけではない。
それでも気が合い、趣味も合い、話の合う友達だった。当時の私たちは、どちらも内向的で大人しく、アイドルよりもアニメのキャラクターに夢中になるようなオタクだったのだ。
今ほどオタクが市民権を得ておらず、アニメ好きを公言すると同級生からバカにされる時代だったから、私にとって梨乃ちゃんは、大好きなアニメの話で盛り上がることのできる数少ない友達だった。
やがて高校生になり、塾を辞めた後も、梨乃ちゃんとはしばしば顔を合わせてお喋りした。
私が通っていた高校と梨乃ちゃんが通っていた高校は近所だった為、通学ルートがかぶっていたのだ。
高校時代の私は、大して絵が上手くないのに東京の美大を目指しており、梨乃ちゃんもピアノが上手くないのに東京の音大を目指していた。
どうにか二人とも現役で志望大学に合格すると、「上京してからも仲良くしよう」と約束して、連絡先を交換しあった。
それなのに、大学に入ってから梨乃ちゃんと会ったのは、たったの一度きりだ。
大学に入ってからの彼女はちょっと暗くて、会話も弾まなかったので、それきりになってしまったのだと思う。
梨乃ちゃんは、元々ピアノでプロを目指せるほどの腕はなかった。だから、いざ音大に入ってから苦労することになったようだ。
一方の私はといえば、大学デビューを果たしてすっかりイイ気になっており、地元の友人たちを軽んじるようになっていた。そのため、私と梨乃ちゃんの縁はここで一度切れてしまう。
切れていたはずの縁が再び繋がったのは、それから20年後のことだ。
離婚して地元に戻っていた私がアルバイトをしていたレストランに、時々ギターを弾きにやってくる「リノさん」という女性がいた。
彼女の演奏はすごく上手なわけではなかったけれど、どうやら地元では人気のミュージシャンらしかった。
呼ばれればどこでもギターを持って駆けつけるフットワークの軽さと、嫌味のない朗らかな人柄が人気の理由だったようだ。
私は彼女が店にやって来るたび、必ず手を挙げて「ロミオの青い空」をリクエストした。正確には、「ロミオの青い空」のオープニングテーマである「空へ・・・」という歌だ。
リノさんのレパートリーは幅広く、昭和歌謡から演歌、はてはシャンソンまで弾きこなしたが、私はその古いアニメソングが好きだった。彼女のギターの音色に、その歌はとても合っている気がしたから。
そんなある日、facebookを開くとリノさんからメッセージが届いていた。
「ロミオの青い空」をリクエストする以外に口をきいたこともないリノさんが、いったい私に何の用事があるのだろう。訝しみながらメッセージを開くと、
「こんにちは、ユキさん。いつもブログを楽しく読ませてもらっています。ずっと気になっていたのですが、ユキさんはもしかして、私の知っている『ゆきちゃん』ではないでしょうか?中学の時、塾にいた友達に『ゆきちゃん』という女の子がいて、お顔立ちとか毒舌な感じとかが似ているので、もしかしたらそうなんじゃないかと思って」
リノさんが私のブログを読んでいるとは意外だったが、中学の時の塾と言われて思い当たった。
「あっ。もしかして、リノさんって中川梨乃ちゃんですか?
中学の時に英語の塾で一緒だった?」
「そうです!やっぱり!」
驚いたことに、ミュージシャンのリノさんは友達の梨乃ちゃんだったのだ。
言われてみれば面影があったが、あまりにもキャラが変わっていたので気づかなかった。
だって私の知っている梨乃ちゃんは、内気で、決して人前に出るような女の子ではなかったのだから。
そもそも彼女が弾いていたのはギターじゃなくてピアノだったはずだが、何がどこでどうなってこうなったのだろうか。
そこには長い物語があった。
やはり彼女は大学在学中、ピアノに挫折していた。音楽の道も諦めて就職したそうだ。
けれど地元にUターン後、ふとしたキッカケからギターを手に取り、路上で演奏するようになった。
路上ライブに慣れてくると、やがて飲食店でも弾くようになり、そうこうするうちイベント出演の声もかかるようになって、いつしか音楽が仕事になっていったと言う。
再会を果たした私たちは、時にお茶を飲んだりランチをしたりしながら、会わなかった間の人生について語り合った。
互いに「ちゃん」付けで呼び合うような昔馴染みの友人は、例え何十年と会っていなくても、あっという間に距離が縮まる。そして、これからは一緒に年を重ねていく友人として、緩やかに関係が続いていく。
てっきり、そう思い込んでいた。
それが私の独りよがりだったと分かったのは、今年の春のことだ。
ここ数年のあいだ地元を離れていた私は、梨乃ちゃんと直接顔を合わせる機会がなかった。
その間、特にメッセージのやり取りなどもしていない。わざわざマメに連絡を取り合うようなことをしなくても、関係が終わったり変わったりしないのが昔馴染みの良さのはずなのだから。
けれど、私と梨乃ちゃんの関係は変わってしまったらしかった。
コロナ禍が明けて様々なイベントが通常開催されるようになると、梨乃ちゃんはまた地元のイベントに引っ張りだこになった。
ある日、屋外のライブ会場で彼女を見かけた私は「久しぶりだね」と声をかけた。すると、彼女の顔にはありありと困惑の色が広がったのだ。
彼女のパフォーマンス中、私は最前列でステージ上に立つ彼女を見つめていたが、目が合うことはなかった。
その後も、思いがけず顔をあわせる機会が2度ほどあったのだが、やはり彼女が私に向ける笑顔は硬いように感じられたし、お茶の誘いも断られた。
そうした彼女の態度の変化に戸惑いは感じたが、その理由はわざわざ確かめなくても分かるような気がした。
彼女は以前、
「こうして人前に出て目立つようになると、どんなに敵を作らないよう気をつけていても、私のことを嫌う人は必ず出てくるし、色々と傷つくことも言われる」
と、こぼしていた。
それは私も同じことだ。書いていたブログが多くの人に読まれるようになると、会ったこともない人たちが私のファンになり、口を聞いたこともない人たちがアンチに変わった。
それは仕方のないことだ。全方位に差し障りがなく、一人の敵も作らない記事は書けない。
仮に当たり障りのない記事しか書かないとしたら、物書きとしての私に需要は無いだろう。
再会を果たした頃の梨乃ちゃんは「いつもブログを楽しく読ませてもらってる」「夫もゆきちゃんのブログを読んでいるから、『このブログを書いているのは私の友達なんだよ』って自慢した」と言ってくれていたので、てっきり彼女は私のスタイルを理解した上で、受け入れてくれているのだと思っていた。
当初は確かにそうだったのかもしれない。けれど、今では違うのだろう。現在の彼女は、私と付き合い続けることに差し障りがあるのだ。
ひょっとすると梨乃ちゃん本人が、私の書いた記事の内容に腹を立てることがあったのかもしれない。あるいは彼女とプライベートで親しい誰かか、もしくは仕事上でお世話になっている誰かが私を快く思っておらず、もし私と親しくすると、生活や仕事に影響があるのかもしれなかった。
はっきりしているのは、「私と仲がいいと思われたくない」と彼女が思っていることだ。
私と梨乃ちゃんのスタンスは、真逆と言って良かった。
私は地元の人たちと仕事上の利害関係を持たない。誰に嫌われようと、それが生活や仕事に響くことは一切ない。だからこそ人間関係に気を使わず、書きたいことが書ける。
けれど、梨乃ちゃんはそうではなかった。
ギター弾きのミュージシャンなど掃いて捨てるほど居る中で、人柄の良さと人付き合いの良さこそが彼女の武器なのだ。
誰からのどんな要望にも体当たりで挑戦し、全力で期待に応えようとする姿勢が愛され、多くの仕事につながっている。
もう梨乃ちゃんと会うことはないと心密かに決めていたのに、つい先日、共通の友人が主催するパーティで思いがけず会ってしまった。
まずいことに、それは少人数制のこぢんまりしたホームパーティだった為、お互い相手の存在に気づかないわけにいかない。
けれど、彼女の方は私に気づかない芝居を貫くことにしたようだ。あからさまに私を避ける態度を目の当たりにし、私もようやく覚悟を決めることができた。
目や喉元に込み上げて来るものは熱かったが、わずかに残っていた親愛の情は急速に冷めていった。
心が冷えていく勢いでスマホを掴み、まずは旧Twitterで梨乃ちゃんのフォローを外し、次にfacebookで友達から削除した。
この数ヶ月の間ずっと逡巡していたことは、いざ実行してしまうとあっけなかった。35年来の友人関係をキャンセルするのに、ほんの5秒とかからないとは。
人気者の彼女はいつものように人に囲まれ、演奏をリクエストされていた。私は最後に「ロミオの青い空」を聴きたかったが、リクエストに手を挙げることはもうできなかった。
すると、
「梨乃さんといえば、やっぱり『ロミオの青い空』だよね〜。あれ聴きたい!」
という声がどこからか飛んだ。私以外にもロミオのファンがいたのだ。
物悲しいイントロが流れだすと、私は本当に哀しくなった。こらえていた涙が抑えきれなくなるほどに。
リノさんが梨乃ちゃんだと知る前から、私は彼女のギターが奏でる「ロミオの青い空」が好きだったのだ。けれど、それを聴くのはこれが最後になるのだろう。
自分の中で梨乃ちゃんとの別れを済ませ、流すべきものを流してしまうと、その後はすっきりした気持ちで彼女の存在を無視する事が出来た。
パーティは宴もたけなわとなり、私が梨乃ちゃんに背を向けるような格好で知人と話し込んでいると、ふいに肩を叩かれた。
「やっ!お疲れ!」
バリッバリに顔を強張らせた梨乃ちゃんに挨拶されて、思わず笑みがこぼれた。
あれほど私から声をかけられないようにと固く身構えていたくせに、いざ私から素知らぬふりを続けられると、今度はいたたまれなくなったのだろう。そういう小心なところは、中学生の頃から変わっていないなと思うと可笑しかった。
そうなのだ。彼女は変わらない。そして私も変われない。だからこそ、私たちはもう友達ではいられない。
「せっかく声をかけずにいてあげたのに、どうしたのよ。無視されて居心地が悪くなったの?だって仕方ないじゃない。近頃のあなたの態度に、私が傷ついていないとでも思った?」
なんて、意地悪を言ったりしなかった。代わりに
「梨乃ちゃんのロミオが聴けてよかった」
と、本心を伝えた。
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【著者プロフィール】
マダムユキ
最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
Twitter:@flat9_yuki
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