ちょうど3カ月ほど前、私のスマホに知らない番号から着信があった。
いつもなら、詐欺や勧誘の類いを警戒してスルーするのだが、その時は電話に出た。何か感じるものがあったのだろう。
「●●さんの携帯でしょうか。私、●●と申します。先日、兄の●●が亡くなりました。生前は兄が大変お世話になったそうで、ありがとうございました」。
虫の知らせというヤツだった。
亡くなった兄とは、仲間内からの誰からも愛された、愉快な天然キャラの兄貴分で、後輩から「オヤジ」と呼ばれていた。
酒とギャンブル、そして鉄道を愛してやまない男で、失礼を承知で言えば、自堕落なオヤジの身内とは思えない、妹さんのていねいな語り口に少々驚いた。
古希(70歳)を目前にした突然の死。オヤジは生涯独身で、妹が一人いることは聞いていたが、面識はなく、話すのは初めてだった。
妹さんは多くを語らなかったが、死因は脳血管系の病気で、賃貸アパートで亡くなっていたという。孤独死だったようだ。
オヤジの訃報を仲間に報告すると、オヤジを慕う9人が集まり、墓参りに行くことになった。
関東近郊にあるオヤジの墓の前で、それぞれが感謝の思いと別れを告げた。そして、墓参の帰途に、墓地の最寄り駅前にあった雀荘に入った。
ギャンブル仲間が亡くなるのは、オヤジで4人目と記憶しているが、死んだ仲間の思い出を語りながら「追悼麻雀」を打つのが、仲間内での不文律だった。
卓(4人麻雀)が2卓もたち、あぶれる人間(打てない人)も出るほどの盛況な追悼麻雀となったが、これもひとえに、オヤジの人徳だと思う。
その一方で、「追悼麻雀」だというのに、悲しい話や暗い話は一切なく、話題はオヤジにまつわるバカ話ばかり。
思えば、オヤジが他人の悪口や説教の類いを口にしたことを聞いたことがない。
ただ仲間を笑わせ、楽しませることが生きがいだったようなオヤジにふさわしい、愉快な追悼の場となった。
そんなオヤジが、こつ然と姿を消したのは、妹さんから訃報が届く約2年前のことだった。
オヤジが長年使っていた携帯番号が突如解約された。酒や麻雀の誘いがしたくても、誰も連絡がとれない、また誰にも連絡が来ない、という状態が続いた。
音信不通の理由として考えられたのは、生涯自営業(個人事業主)だったオヤジが、60代になってから安定収入に恵まれず、その日暮らしのような状態だったこと。
そして、仲間内の数人から借金をしていて、返済が滞っていたこと。
いつも笑いが絶えず、これといった持病も聞いたことがない人だったから、そのくらいしか音信不通の理由は思い浮かばなかった。
オヤジは、いわゆる「無年金者」の一人だった。厚労省の令和3年度の調査では、65歳以上の約3%にあたる約52万人が無年金者だという。
自慢できる話ではないが、私の酒&ギャンブル仲間には、後期高齢者の大先輩も含め、無年金者が4人いる。
オヤジは会社勤めの経験がなく、イベント企画や広告代理店的な仕事を請け負う自営業者だったが、国民年金の受給資格期間(現在は10年以上、平成29年7月以前は25年以上)を満たしていなかった。
「何回か(国民年金の保険料を)払った時期もあったけど、ズルズルと払わない状態が続いてさ」。
酒場で、オヤジがそんなことを話していたのを覚えている。
自由奔放、言葉を変えれば、その場しのぎの人生─。
国民年金の納付が任意だった時代(昭和61年3月まで)もあったとはいえ、「老後も自分で稼げば全く問題ない」という楽観的な発想が、無年金者の道を選択させたものと思われる。
オヤジが音信不通になって以降、安否確認のため、賃貸アパートや、その最寄り駅に何度も通った。私一人でも7~8回は行ったし、仲間数人と「捜索隊」を組んだこともあった。
それでもオヤジには会えず、アパートにも生活感がなかったため、安否を心配して、ダメ元で居住地の役所や警察署にも行った。
当たり前だが、個人情報を理由に、詳細は教えてもらえなかった。
捜索隊の中には私を含め、オヤジに金を貸しているヤツもいたが、オヤジの場合、金のことなどどうでもよかった。
借金に抵抗のある人には理解できないと思うが、これは本音だ。仲間も同じだったに違いない。
オヤジには金に換えられない生きる活力、笑い、喜び、思い出……、のようなものをもらい続けてきた。
これまでのようにオヤジと飲み、麻雀卓を囲みたい─。
オヤジの笑顔、活力で英気を養いたい─。
それ以前に、ただ安否だけでも確認したい─。
オヤジは生涯、自営業者として働き、晩年は金銭的に恵まれないこともあったと思う。
子供好きと言っていたが、家庭にも縁がなかった。
だが、人望だけは人一倍あった。「オヤジに会いたい」、「オヤジと酒を飲み、麻雀がしたい」。
今もそう思っている仲間が大勢いるのは事実。これは何事にも代えられない。
職場を離れれば付き合いも自然消滅。そんな人間模様も少なくない中、仕事上や利害関係などの打算は一切なく、趣味や遊びだけでつながる仲間の絆は侮れない。
オヤジという人間が好きでたまらなかった仲間たちの思いに触れ、改めてそう思った。
妹さんから訃報が届く数カ月前、オヤジから一度だけ連絡が入ったことがある。
見知らぬ番号だったが、留守電にオヤジの声が入っていたので、すぐ折り返した。
いつものオヤジの第一声である、「生きてるか?」という声が返ってきた。「生きてるか?」と聞きたいのはこっちだったが、野暮なことは言わなかった。
「今、サンライズ出雲に乗っているんだ。寝台(列車)はいいな。昔、寝台に乗っては、各地のギャンブル場や酒場を巡ったのを思い出すよ。そう言えば、寝台で東京に戻ってきたその足で(麻雀)卓を囲み、お前に国士(国士無双=役満)を振り込んだことを思い出したよ。この野郎!」。
いつもながら会話の中身は薄っぺらだが、笑いとシャレに満ちた、オヤジ流のトークだった。
サンライズ瀬戸・出雲は、現在日本で定期運行されている唯一の寝台列車。
鉄ちゃん(鉄道愛好家)でもあったオヤジは、最後に、「みんなに迷惑をかけてすまないな。お前からよく謝っといてくれよ。頼んだぞ」と一方的に話して電話を切った。
その後、オヤジからの着信番号に何度か電話を入れたが、つながらなかった。
オヤジの訃報を連絡してきた妹さんは、最後に私の銀行の口座番号を聞いてきた。生前、オヤジから、仲間への借金返済を頼まれていたようだ。
その原資が、酒と麻雀を断ち、人知れず働き続けた金なのか。あるいは、死亡保険金の類いか何かは分からない。
ただ後日、口座には、仲間数人と私からの借金総額に加え、詫び料と思われる額が振り込まれていた。
遅ればせながら、仲間との約束を守ることが、オヤジの最後の願いだったのか……。
何度も言うが、金のことなどどうでもいい。ただ、昔のように、またオヤジと酒を酌み交わし、雀卓を囲みたかった。
そう思わせる仲間が何人いるか。あるいは、仲間からそう思ってもらえる人間でいられるか。
人間のクズと呼ばれる私が言うのも何だが、そんなところに人生の価値があるような気がする。
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【著者プロフィール】
小鉄
約30年、某媒体で社会、スポーツ、音楽、芸能、公営競技などを取材。
現在はフリーの執筆家として、全国を巡り、取材・執筆活動を行っている。
趣味は全国の史跡巡り、夜の街の散策、麻雀、公営競技。
Photo by:Albert Hu