「親切にしたのにお礼を言われなかった」

 

エレベーターや電車内で席を譲るといったシチュエーションでのこういったポストは定期的にバズり、物議をかもす。

「お礼を言うのは人として当然」という人もいれば、「お礼や見返りのために親切にするわけじゃないんだから」と言う人もいる。

 

どちらの意見も理解できるけど、こういった議論を見るたびに、「そもそもお礼を言わない人なんているのか?」と懐疑的だった。普通に言うでしょ、お礼なんて。

 

が、先日はじめて「親切を無視される」という経験をして気が付いた。

……なるほど、実際やられてみると、結構ムカっとくる。

今日はその経験から、「親切に対してお礼を言うべき派と言う必要がない派の対立」について書いていきたい。

 

エレベーターを譲ってもらったらお礼を言うべきか

大前提として、親切にしてもらったら、ほとんどの人はお礼を言う。

しかし世の中には、親切にしてもらってもお礼を言わない、それどころか「それくらいしてもらって当然ですけど?」みたいな態度の人も存在する。

 

たとえば、こんなポスト。

引用ポストを見ると、

「そもそもエレベーターはそれ以外では移動が困難な人のためのものなんだから、健常者は最初からエスカレーターを使え」

「エレベーター以外に選択肢がある人が譲るのは当然で、感謝しろなんておかしい」

といった主張も少なくない。

 

いやまぁ、エスカレーターを使える人がベビーカーや車椅子ユーザーにエレベーターを譲るのは当然だよ。とはいえ「どうぞ」って言ってもらえたら、そこは「ありがとう」じゃないの? 譲らない選択肢だってあるのに、わざわざ譲ってくれたんだから。

 

お礼の必要性なんて議論するまでもないと思うのだが、「感謝しないのはおかしい」「いちいち感謝を求めるほうがおかしい」という対立は定期的に目にする。

両者の主張の根本的なちがいは、いったいどこから来るんだろう。

 

ずっと疑問だったが、実際自分が親切を無視された結果、この対立は「思いやりと権利の認識のちがい」なんだろうなぁ、という結論に至った。

 

親切を無視されると、結構モヤモヤする

先日、アスファルトが発する猛烈な熱気に顔をしかめながら、犬の散歩をしていたときのこと(うちの犬は家でトイレをしないので、木陰になっている土の地面の散歩道を短時間歩いてる)。

歩行器を押しているおじいさんが、よたよたとこちらに向かって歩いてくる。大丈夫かなぁ、と見ていると、横道にある5段ほどの階段を上がるのに苦労しているようだった。

 

近づいて手助けしようとするも、間違っても犬がおじいさんをケガさせないように片手で犬のハーネスをつかみながらなので、なかなかうまくいかない。勢いよく動かして、おじいさんが階段で転んじゃっても大変だし……。

そこでもう一人犬の散歩をしている人が現れ、わたしがおじいさんを支え、もう一人が歩行器を持ち上げることに。2人がかりで協力し、ようやくおじいさんは無事に階段を上れた。

 

ふう、よかったよかった。

……あれ?

なんかおじいさん、そのまま普通に立ち去ったんだけど??

 

いやまぁ別にいいけどさ。でも暑い中立ち止まって手伝ったわけだし、一言ありがとうって言うとか、せめて笑顔を返すとか、それくらいやってもよくない?

一緒に手伝った人と顔を見合わせ、お互い肩をすくめる。

 

もちろんわたしは、見返りのために手伝ったわけではない。別にお礼としてなにかを欲しがっていたわけでもない。しかし実際に親切を無視されてみると、結構モヤモヤする。

 

わたしってそんなに心が狭かったのかな? 心の底では「やってやったんだから感謝しろ!」って思うような偽善者だったのかな?

このモヤモヤは、なんだろう。

 

思いやりが返ってこなかったことへの違和感

やらなくてもいいことだけど、やったほうが相手はうれしいだろうな。

こうやって相手の立場になって考えて行う他者への献身が、「親切」だ。

 

とはいえ赤の他人に声をかけて力になるというのは、多少なりとも勇気が必要になる。

電車でお年寄りに席を譲ったら「年寄り扱いするな」と怒られたり、具合悪そうな女性に男性が声をかけたら事案扱いされたり。

それでも手を差し伸べるのは、「相手が困っているならなにかしてあげたい」という思いやりがあるからだ。

 

こっちはそうやって相手のことを思って行動したのに、相手からなにも返ってこないと、「え?」って肩透かしを食った感じになっちゃうんだよな。

こっちはあなたの状況を想像して、困っているなら助けたいって行動をしたのに、あなたはこっちの勇気やら行動力やらを想像して「ありがとう」の一言も言わないの?と。

 

なんだろう、一方的にフラれたような気持ちというか、思いやりのやり取りが成立しなかった不快感というか。お礼の有無が問題じゃなくて、こっちだけが相手を尊重したことへの腑に落ちない感じというか。

 

基本的に人間には、返報性の原理が働く。

何かをしてもらったら自分もこうしよう、という恩返しの本能があるのだ。

だから自分の思いやりに対して相手の思いやりが返ってこないと、「あれ?」と違和感を覚える。それがきっと、わたしのモヤモヤの正体だったのだ。

 

手助けしてもらうのは「権利」という認識

では逆に、「ありがとう」を言わない人は、なぜそういう選択をするのだろう。

それはきっと、「助けてもらうのは当然の権利」だと考えているからじゃないかと思う。

 

親切はあくまで自発的なものなので、極論やってもやらなくてもいいことだ。だからこそ、「わざわざやってくれてありがとう」と感謝するのは当然、という話になる。

 

しかし、権利となれば話は別。

権利は行使できて当然のもの。だから権利の行使に対して、人はあまり感謝をしない。

 

有給休暇をとるために「すみません、ありがとうございます」とペコペコするのはおかしい。有給休暇をとらせてくれたから精一杯会社に尽くそう!とも思わない。だって労働者の権利だから。それと同じ。

 

ベビーカーユーザーがエレベーターに乗るのは優先的な権利だから、譲ってもらうことに対してありがたがる必要はない。当たり前のことだもの。

きっとこんな理論なのだ。

 

手助けしてもらうことを自分の権利だと思っている人に感謝を求めることは、「労働者は有給休暇の存在に感謝しろ」というようなもの。「当然の権利なのになんで感謝するの?」と首を傾げられるだけだろう。

 

そしてそれは、「手助けをするのはまわりの人の義務」とも言い換えられる。

まわりは義務を果たすべきだし、それをされるのは自分の権利。

そう考えているのなら、「自発的な親切」として席を譲る人と溝が生まれるのは、ある意味当然なのかもしれない。

 

それでもやっぱりお礼は言ったほうがいい

「手助けは他人の義務であり助けてもらうことは自分の権利」という考えは、人によっては傲慢に映るかもしれない。

でもその権利(他人に手助けされる環境)のために戦い続けた人たちがたくさんいたから、駅にエレベーターとスロープが設置され、多目的トイレが各地に作られるようになったのだ。

 

だからその主張を、安易に否定する気はない。

別にどちらが正しいかを決めたいわけでもないし、わたしだって車椅子ユーザーになれば考え方が変わるかもしれないし。

 

「思いやりによる親切」か、「権利の行使」か。

これは立場や考え方によって変わることだから、きっと正解はないんだろう。

 

ただ単純に、「やってもやらなくていい親切」と「必要な手助けをしてもらう権利」という捉え方の違いがあるんだな、というのはわたしにとって新鮮な発見だった。

親切に対してお礼を言ってくれたらうれしいけど、たとえそれがなかったとしても、「この人は毎回手伝いを必要としていて大変なんだな」くらいに思う心の余裕を持っていればいいだけの話だ。

 

……ただわたし自身は、だれかに手を差し伸べてもらったら、ちゃんと「ありがとう」と伝えようと思う。

その一言でお互い「いい一日だ」と思えるのなら、やらない理由がないから。

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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(2025/6/2更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

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