世の中には、「親を殺されたのですか?」というくらいにうま味調味料、「味の素」を毛嫌いする人が多い。

グルメ漫画『美味しんぼ』の作者、雁屋哲氏などは、その急先鋒だろうか。

 

「うま味調味料は舌を麻痺させる」

「すべての料理が同じ味になる」

 

といった強い調子で、折につけ同作品の中でうま味調味料(味の素)への攻撃を繰り返してきた。

 

そんな私自身、味の素そのものを最後に食べたのはおそらく50年近く前の、幼少期の頃だ。

オヤジがきゅうりのぬか漬けに味の素と醤油をかけ、晩酌をしていた時のこと。

 

「お父さん、何その白いふりかけ」

「これか?味の素っていって、美味しさが増す調味料だよ」

「美味しそう、僕にもちょうだい!」

 

そんなこと言って一口もらったのだが、きゅうりのぬか漬けに期待する味ではなく、2口目はおねだりしなかった覚えがある。

そんな記憶もあり私自身、味の素そのものを購入したことはないし、自分の料理に使うことはない。

 

しかし言うまでもなく、私たちは普段の食事から、味の素をはじめとした「うま味調味料」を相当量、摂取している。

例えばどこの家庭にもあるであろう、味付けの定番「味塩コショー」。

原材料に記載がある「調味料(アミノ酸等)」というのは、うま味調味料のことだ。

美味しい味噌汁を手軽に作るのに欠かせないアイテム、「シマヤだしの素」にも含まれている。

インスタント食品や、外食をはじめとした業務用食品は言わずもがなである。

 

調味料の一部として、あるいはインスタント食品などの形では、多くの人が無意識に買い求めているうま味調味料。

ではなぜ、今も根強く「味の素」そのものとしては、毛嫌いする人が多いのだろうか。

最近、やっとその理由が理解できた気がしている。

 

「おいお前、自分だけ帰るつもりか?」

話は変わるが、昭和生まれの世代にとって「サービス残業」は本当に、やって当たり前のものだった。

残業ならともかく、仕事を終えて帰ろうとしたら、こんなことを言われゲンナリした記憶があるオッサン世代も多いだろう。

「おいお前、まだみんな仕事してるのに、自分だけ帰るつもりか?」

やむを得ず、机に座り直し適当に書類を広げ、何かをやるフリをして皆の仕事終わりを待つ。

 

(こんな非生産的で無意味な風習、俺がエラくなったら絶対に止めさせてやる…)

20代前半の頃はとにかく、そんな思いで時間が過ぎるのを待ち、理不尽に耐えた。

 

それからしばらく経った30代前半、地方の中堅企業で経営の立て直しに取り組むことになった時のこと。

業績は最悪で昇給はもうずいぶんと凍結されている会社だ。

当然のことながら賞与もなければ、将来に夢も希望もない。

従業員の士気は最悪で、在庫の商品を持ち出すもの、会社の経費を不正に掠め取るような横領行為らしき資金の動きすら、散見される。

 

(こんな状態でどうやって、従業員皆が前を向いて仕事に取り組むような仕組みを作れるんだ…)

そんなことに思い悩んでいたある日、役員会でこんな提案をする。

 

「仕事が終わったらいつでも好きに帰っていいように、就業規則を変更しましょう」

 

私には、昔から確信している一つの経験値がある。

「多くの人は、就業時間から逆算して仕事をスケジュールしている」

という事実だ。

言い換えれば、8時間という尺に合わせて仕事を引き伸ばしている人が少なくない、ということである。

 

しかしこれをもってして、上司が「これからは同じ仕事を6時間でやれ」などと言っても、絶対に機能しない。

頑張る理由が存在しないし、下手に頑張って短い時間で成果を出したら、余計な仕事が2時間分さらに降ってくることを従業員はよく知っているからだ。

給料が増えるわけでもないのに、そんな指示に従うわけがないだろう。

 

だからこそ、「その日に自分がやるべき仕事をすべて終えたら、自由に帰れる選択肢」を従業員に付与すべきだと提案した。

 

「今日は14時に退社して美容院に行き、夕方からの飲み会に備えたい…。どうやって仕事を片付ければいいだろう」

そんな“個人的に頑張れる”動機がエンジンになると、人は真剣に効率性を考え始めてくれる。

 

そして効率の追求は必ず仕事の可視化に繋がり、人員やコストの再配置でも、「本当の状態」を把握することができるようになる。

ある部署でほとんどの従業員が午前中で帰れるのに、別の部署で残業が発生する状況が続くのであれば、明らかにリソースが偏っている。

“個人的に頑張れる”動機づけを設定してもなお仕事をこなす時間が足りない状態が続くのであれば、努力ではどうにもならない程に何らかのリソースが不足していることは明らかだ。

 

そんな思いで実験的にこの制度を導入すべきだと提案したのだが、社長を含む全役員の反対を食らった。

「そんなことをしたら、部署間で不公平が発生するだろう」

「違います。むしろ不公平を可視化して調整をするための制度です。定時まで座っていることを求めるというのは、“頑張らないほうが得をする”制度です」

 

ある役員は、こんな理由で反対する。

「仕事を効率化して時短ができるのであれば、そのぶん人を削減したほうが得策では」

「頑張ったほうが損をする仕組みで、誰が頑張るんですか…。自分事として考えた時に、本当にそれで頑張れますか?」

 

一つ一つに粘り強く反論をするのだが、最後には社長がこんな事を言って、私の提案にとどめを刺した。

「会社は従業員から時間を買っているのだから、早く帰らせるメリットがない」

 

それに対し、仕事は成果を上げることが目的であり、定時までイスに座っていることが目的ではないこと。

就業時間いっぱいに“働かせる”意識ではなく、成果にフォーカスする意識に経営者から切り替えること。

変則的に「6時間勤務社員」などを募る形で給与の調整をかけてもいいので、実験的に試してみるべきだと説明するが、多勢に無勢で全く理解を得られなかった。

 

そう言えば先日、タクシーに乗った時にこんな車内CMをみた。

「リモートワークの生産性を管理しましょう!」

「社員がどれだけ、自宅でPCの前に座っているかを可視化!」

 

いったい何の冗談なんだと、こういうものを採用する経営者が令和の時代にも存在するのかと、暗澹たる想いになった。

仕事とは求められる成果を上げることであって、生産性とは就業時間中、イスに座っていることなどではない。

 

“時間いっぱい、個人の時間を経営者が自由に使える権利”

などと考えている経営者やサービスがまだまだ、令和の時代にも生き残っていることに驚くとともに、そりゃあ日本の生産性、落ちぶれるまで落ちるはずだと合点がいった。

 

「おいお前、まだみんな仕事してるのに、自分だけ帰るつもりか?」

平成初期の頃、そんな指導をしていた昭和のオッサン世代の価値観は今も、令和の時代にしつこく残り続けている。

こんな価値観、いい加減に上書きされなければ本当に、日本はヤバい。

 

「楽をするヤツは好きになれない」

話は冒頭の、味の素についてだ。

多くの食品から摂取している“うま味調味料”なのになぜ、今も根強く『味の素』としては批判する人が多いのか。

 

変なものから作られている、発がん性がある、“チャイナレストランシンドローム”と呼ばれる健康被害の可能性がある、などと書き立てられた歴史があるが、今ではその全てが否定されている。

ただ、それら風評被害で今も多くの人の脳裏に、“なんか食べたくない”というイメージが刷り込まれている影響は、きっと大きいのだろう。

 

しかしそれ以上に大きな理由に、もしかして、

“楽をしようとすることに対する罪悪感”

“楽をしていることに対する嫌悪感”

があるということは、ないだろうか。

 

グルタミン酸やイノシン酸の旨味を上手に抽出することは、本当に楽な作業ではない。

鰹節一つをとっても、昭和の時代には鰹節削り器で薄く削るのは子供の仕事で、そこから母親が美味しい味噌汁を作ってくれた。

 

しかし令和の共働きの時代、あるいは子供が習い事などで忙しくしているご時世では、こんな“役割分担”など、現実的ではないだろう。

だからこそ、冷凍食品や様々な調味料・調味液がヒットし、その中に多くのうま味調味料が含まれていることを、誰も気にしない時代になった。

 

とはいえ、最後の最後の砦として、

「うま味調味料をダイレクトに使うなんて…」

という意識から、使いづらいという人も多いのではないのか。

味塩コショーやシマヤだしの素など、調理の一工程として使用する分には、“罪悪感が薄れる”ということはないだろうか。

 

自分で感じるだけならまだしも、もし自分で料理もしないオッサンがこんなことをいい始めたら最悪である。

「うま味調味料で楽をしようとするなんて、許せない」

 

そして、そのような発想こそがまさに、私が経営立て直しの現場で苦しんだ経営者たちの意識だ。

「頑張って時間いっぱい働く従業員が偉い」

「効率よく楽をするようなヤツは好きになれない」

という、余りにも終わっている昭和の価値観である。

繰り返すが、こういう意識こそが日本の生産性を先進国最下位に貶めた元凶ではないのか。

 

なお最近では、単身・夫婦世帯を問わず、20~30代の味の素ユーザーが拡大しているそうだ(同社調べ)。

固定的な価値観に囚われると、個人でも会社でもロクな結果にならない。

私を含め、「どうも味の素そのものは使う気になれない…」と思うのであれば、いったいそれはなぜなのか。

若い人の働き方や社会を理解する端緒として「味の素」から考えてみるのは、おもしろいことなのかもしれない。

 

 

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【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
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(2025/6/2更新)

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

暑くて汗をかくので、最近はキュウリの浅漬けを量産しています。
調味液にはもちろん、うま味調味料が入っています。

X(旧Twitter) :@ momod1997

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