八村塁の「発言騒動」とNBAでの現在地

最近、NBAのロサンゼルス・レイカーズに所属する八村塁選手の代表チームやヘッドコーチに関する発言が話題になりました。

米プロバスケットボールNBAレイカーズの八村塁(26)が、日本バスケットボール協会(JBA)や日本代表のトム・ホーバス監督に対して批判を繰り返している騒動が米国など海外でも物議を醸している。

八村は協会の現状について「お金の目的があるような気がする」と〝拝金主義〟と主張。ホーバス監督の手腕も疑問視しており、その理由を細かく列挙しながら「今回こうなってしまったのは僕としても残念」と続投に反対を表明している。(Yahooニュース

個人的には長年のNBAファンとして彼を擁護したい気持ちもありますが、ここではその是非を論じることはしません。

 

代わりに、彼が現在NBAでどのようなポジションにいるのか、客観的なデータを基に検証してみたいと思います。

これにより、彼の発言がどのような背景で生まれたのか理解を深められるのではないでしょうか。

 

また、W杯、パリ五輪での活躍を契機にNBA挑戦をはじめた河村勇輝選手がこれからNBAでどのような壁を超える必要があるのかも、同時にわかって頂けるのではないかと思います。

 

八村塁のNBA選手としての「定性評価」

まず、八村の現在の立ち位置を「定性」的に捉えると、彼は「NBA優勝17回(歴代2位)を誇る超名門チーム、ロサンゼルス・レイカーズのスタメン選手」です。

この事実だけでも、日本出身のプロバスケットボール選手として前人未到の領域です。

しかし、今回は彼の現在の実力と立場を冷静に客観視するため、「定量的な側面」に注目します。

その指標として用いるのは「年俸」です。

 

NBAの「サラリーキャップ制度」と選手の価値

NBAでは、戦力均衡を目的とした「サラリーキャップ制度」が採用されています。

1チーム最大15名まで契約が可能で、その選手たちに支払える総年俸の上限が設定されています。

 

今シーズン(24-25シーズン)の年俸上限(サラリーキャップ)は$140,588,000(約211億円 ※1ドル=150円換算)で、同時に下限も$126,529,000(約190億円)と設定されておりそれを下回ることはできません。

上限を超えて支払うことは可能ですが、その場合ラグジュアリータックス(贅沢税)と呼ばれる罰金のようなものをチームからNBAに支払う必要があります。※1

 

生々しく言うと、上記で定められた範囲内のいわば「予算」を本契約選手15人に配分することで、チームが運営されているのです。

ただし、個人個人の契約は多種多様で非常に複雑です。

チーム内に複数年契約と単年契約の選手が混在し、選手ごとの年俸上限および最低保証年俸がNBA在籍年数や個人タイトルの有無などで変わります。

 

そのため、単年の年俸だけを切り取って選手の実力を直接測ることは難しい面もあります。しかし、話をシンプルにするため、2024-25シーズンの単年年俸のみを用いて分析を進めます。

 

レイカーズの年俸配分が映す八村の評価

というわけで、まず、八村が所属するロサンゼルス・レイカーズにおける年俸がどのように配分されているかを見てみましょう。

以下はチームの本契約選手15名の2024-25シーズンの年俸です。


※引用:basketball-reference 日本円は筆者が1$=150円換算で追加

 

八村塁選手の年俸は1,700万ドル(約25.5億円)で、チーム内で4番目に高い額です。

この金額は、彼がレイカーズのスタメン選手として重要な役割を担い、チームから大きな期待を寄せられていることを示しています。

具体的には、攻撃面ではレブロン・ジェームズ(LeBron James)とアンソニー・デイビス(Anthony Davis)という二大エースに次ぐ3~4番手のポジションで、守備では相手のエースとマッチアップすることも非常に多いです。

相手チームやコンディションに左右されることなく、スタメン及び接戦のラスト5分にはほぼ必ず起用されます。逆に言うと重要な場面で責任を取るべき選手のひとりであるということです。

 

八村は日本のメディアでは「レイカーズのスタメン」と簡単に紹介されますが、名実共に「超名門レイカーズの不動のスタメン」として報酬面からもそれが裏付けられています。

 

八村とドラフト同期が映す「NBAの残酷さ」

ただこの表から読み取れることはそれだけではありません。この中にはNBA入団後の過酷な競争の残酷さが隠されています。

 

下から3番目と4番目の選手、年俸12位のジャクソン・ヘイズ(Jaxson Hayes)選手と13位キャム・レディッシュ(Cam Reddish)選手の年俸がお互い示し合わせたかのように$2,463,946.00(約3.7億円)と全く一緒になっています。

これは両選手がNBA在籍年数に応じて保証される最低年俸近くのミニマム契約だからです。

充分高額ではありますが、彼らはギリギリNBAに残っている選手たちとも言えるのです。

 

しかも、実はその2選手共に八村と2019年ドラフト同期です。

彼が1巡目9位で指名された時、ヘイズは8位、レディッシュは10位で、要するにその3人はNBA入団時はほぼ同評価だったのです。

 

ちなみにNBAでドラフトされると4年間は優遇され、特に上位であればあるほど年俸面でも高待遇となります。

その3名とも最初の4年間ほぼ横並びで合計約2,000万ドルの年俸をもらっていました。

 

6年目の現在全員がトレードを経験し同じレイカーズに所属していますが、2023年にレイカーズと3年総額5100万ドルの契約をした八村は他2名の年俸約8倍になりました。

一方、ヘイズとレディッシュは彼らの最初の4年間よりも遥かに低い最低保証年俸の選手になっているのです。(彼らの名誉のために言っておくと、この状態から活躍しサバイブし年俸が上がる選手はいくらでもいます)

 

この事実だけでも八村がNBA入団後にいかに厳しい競争を勝ち抜いてきているかを伺い知ることができると思います。

 

NBA年俸偏差値から見る八村塁の立ち位置

次に、八村塁選手がNBA全体でどのような立ち位置にいるのかを見てみましょう。

八村の年俸1,700万ドルはNBA本契約選手約450人の平均年俸である約1,120万ドルを大きく上回っています。

さらに中央値、つまり225位前後の選手の年俸約600万ドルの3倍近くに相当します。

この数字から、八村選手がNBA内で高く評価されていることがわかります。

 

しかし、選手の「格」をより正確に捉えるには、この数字だけでは十分とはいえません。

そこで、NBA全選手の年俸を偏差値で分析し、その中での八村選手の位置を明らかにしていきます。

 

以下は、2024-25シーズンのNBA本契約選手の年俸リストおよび偏差値の一覧です。

2024年12月4日現在でNBA本契約選手は445名です。

※Russell Westbrook、Reggie Jackson、Kevin Porter Jr.選手がトレードにより2チームから年俸が支払われているためリスト上は448位まで。また449位以降は過去のトレードによるサラリーキャップ調整分

 


Googleスプレッドシート:https://docs.google.com/spreadsheets/d/1EKkEt5DzwmoyRVfXVz3nR65AGDrvuk8x7N4h6mcfvg8/edit?usp=sharing
※引用:basketball-reference 日本円は筆者が1$=150円換算で追加。

 

さて、年俸を偏差値にしてみると序列がはっきりわかります。

1.偏差値80超(1~14位)— ベテランスーパースター

このグループには、レブロン・ジェームズ(LeBron James)、ステフィン・カリー(Stephen Curry)やケビン・デュラント(Kevin Durant)、など、現在のNBAを代表するスーパースターが名を連ねます。

いわゆるNBAの「顔」としてリーグを牽引する存在です。

 

1位は年俸偏差値85.6($55,761,216/約84億円)カリーです。

レブロンじゃないの?と思った人もいると思います。

レブロンは未だトップエリート級ですが、39歳キャリア最晩年と言うこともありますし、まさにサラリーキャップ制度の狙いなのですが、レブロンがそのレブロンたらしめる人気と実力の額を貰い続けるといい選手にチームに来てもらえないので、いい塩梅の額に落ち着いてます。

それでも14位年俸偏差値は80.0($48,728,845/約73.1億円)です。

 

2.偏差値70-80(15~31位)— 各チームのエース格・若手スーパースター

この層には、いわゆる「エース」たちが集まります。

例えば、昨シーズンNBA6年目でようやくNBAファイナルに辿り着いたルカ・ドンチッチ(Luka Dončić)や河村の所属するグリズリーズのエースとして超人的身体能力を誇るジャ・モラント(Ja Morant)のような、すでにチームの中心選手でありながら若手スーパースターとして、これからNBAの顔となるであろう選手が含まれます。

サラリーキャップ制度の影響で、最近では優勝を狙うチームの最適解として、年俸30位以内のエース級選手2名を揃えるデュオを形成するのがトレンドとなっています。

レイカーズのレブロンとアンソニー・デイビスやミルウォーキー・バックスのヤニス・アデトクンポ(Giannis Antetokounmpo)とデイミアン・リラード(Damian Lillard)、昨シーズン優勝したボストン・セルティックスもジェイレン・ブラウン(Jaylen Brown)とジェイソン・テイタム(Jayson Tatum)の2大エースです。(※テイタムは次年度からNBA史上最高額となる5年3億1400万ドルの契約が確定している)

 

フェニックス・サンズはケビン・デュラント、デビン・ブッカー(Devin Booker)、ブラッドリー・ビール(Bradley Beal)のBig3を形成していますが、この場合、その一人でもかけてしまうと並々ならぬ戦力ダウンが起こり、昨年は良い結果とはなりませんでした。

 

3.偏差値60-70(32~68位)— 実力派選手と未来を担うスター候補

この層には、オールスター選出歴を持つような既に実力が認められたベテランと次世代のトッププレーヤー候補が含まれます。

前者の代表格はNBA最強ディフェンダーの一人であるボストン・セルティックスのドリュー・ホリデイ(Jrue Holiday)です。

後者はまさにトップスターへの道を歩み始めた(要するに年俸偏差値70以上を目指す)選手たちがひしめき合っていて、オクラホマサンダーのシェイ・ギルジャス=アレクサンダー(Shai Gilgeous-Alexander)、ニューヨーク・ニックスのジェイレン・ブランソン(Jalen Brunson)、シャーロット・ホーネッツのラメロ・ボール(LaMelo Ball)のようなイキのいい若手スターがここに位置しています。

前述したジェイソン・テイタムも今シーズンまではこの位置ですが、来年度から年俸8位となりまさに序列最上位へとステップアップします。

 

4.偏差値50-60(69~149位)— スタメン選手の層

NBA全30チームのスタメン選手5名の合計である150位前後がちょうど偏差値50になるのは偶然なのかわからないですが(むしろそのように契約で調整しているのかもしれない)、ここまでが各チームのスタメン選手ということになります。

 

八村は、この層に属しており、偏差値は約54.6、NBA全体で101位に位置しています。

これは彼が所属するレイカーズでの3~4番手という役割が、NBA全体で見ても同様なポジションであることを示しています。

 

つまり、現在の八村は単にレイカーズのスタメンであるだけでなく、NBA全体においても「確固たる地位を築いた中堅スタメン選手」として評価されていることがわかります。

まさにそれが彼のNBAの「」を表していると言えます。

 

5.偏差値45-50(150~250位)— ローテーション選手の層

ローテーション選手とは、スタメン選手がベンチに下がる間に出場するベンチメンバーのことです。その中でもさらにセカンドチームと呼ばれる選手たちは、スタメン選手と直で入れ替わることで、試合の流れを保ち、時には変える重要な役割を担います。

「6th Man of the Year(シックスマン賞)」という個人タイトルが存在するほど、チームにとって欠かせない存在です。

 

この層の選手たちは主に以下の3つの属性に分類されます:

  1. 実力を持つ若手や中堅のレギュラークラス選手

スタメンではないものの、毎試合安定して出場時間を得る選手たちです。

彼らは中堅選手や、在籍4年以内でポテンシャルを認められた若手が中心です。

この期間を通じて実績を積むことで、スタメンや上位契約へのステップアップを目指します。八村塁選手も、レイカーズに移籍したばかりの時はこのポジションでした。

 

  1. 今シーズンのドラフト1巡目指名選手

この層には、今シーズンのドラフト1巡目で指名された選手も含まれます。彼らは、チーム事情に応じてスタメンやセカンドチームとして起用され、実戦の中で成長することが求められます。

 

  1. キャリア晩年を迎えた元スーパースター

少数ながらかつてリーグを代表するスーパースターだった選手もこの層に含まれます。

クリス・ポールやラッセル・ウェストブルックのように、身体的ピークを過ぎた選手たちが、豊富な経験とリーダーシップを活かし、若手育成や試合の要所でのプレーを任されています。

なお、レブロン・ジェームズのようにキャリア最晩年でトップ契約を維持する選手はNBA史上でも例外中の例外です。というか彼一人しかその事例はありません。

 

6.偏差値45未満(251~446位)— 最低保証契約の選手たち

このグループには、ドラフト2巡目の選手やドラフト外からNBA入りを果たし、本契約を勝ち取った選手が多く含まれます。彼らの多くは最低保証年俸での契約となり、NBA全体の約4割を占めます。

 

セカンドチームの一員となる選手もいますが、故障者が出た場合のバックアップとしてチーム事情に応じて出場機会が左右されることが多いです。プレイオフになると出場機会はほぼありません。

また、この層の序列最下位に位置する選手たちは、試合の趨勢が決まった後の「ガベージタイム」での出場が主な役割です。(※NBAでは得失点差が順位に影響しないため、勝敗が決まった試合はケガ防止を兼ねて流される)

 

現在の河村勇輝選手は、サラリーキャップに含まれない2way契約選手で本契約選手ではないため、現在の出場はすべてガベージタイムです。

これはビジネス上の観点からもそうならざるを得ません。シーズン前に各々の選手と役割とその期待値に基づく契約をしており、まずはその選手たちに活躍する機会を与える必要があるからです。

これは河村の実力の問題ではなく、もはやビジネスの問題です。

それでも、この層の選手たちの中から渡邊雄太選手のように本契約を勝ち取り、NBAでの地位を確立した選手たちは多数います。

 

NBA年俸偏差値から見る選手たちの「格」と挑戦の意義

今回は、NBA年俸偏差値ランキングをもとに、選手たちの「格」について解説しました。

 

年俸という「数値」を見るだけでも、八村塁選手がNBA入団後もいかに厳しい競争を勝ち抜いてきており、しかもなお現在進行形でその競争に晒されていることがお分かり頂けるのではないかと思います。

 

また、河村勇輝選手が今後NBAで本契約を勝ち取り、実際に試合で活躍するまでにはいくつもの高い壁が存在することも感じて頂けたかと思います。

NBAでの契約やそれに伴う役割は単なる実力だけではなく、ビジネス上の構造やタイミングによる影響を受けるものです。

 

さらに上記二人だけでなく、渡邊雄太選手や馬場雄大選手のようにそれに果敢に挑戦し、道なき道を激烈な競争の中で切り開こうとした選手たちが存在することも忘れてはいけません。その挑戦そのものが既に価値あることで、日本人選手たちの未来への希望を示しています。

今回の分析が、彼らの挑戦の背景をより深く理解する一助となれば幸いです。

 

 

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著者:楢原一雅

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